澪(ただ、律のミットめがけて……)

澪「投げる!!」シュパッ!!

憂(真っ直ぐ!! これならっ!!)ブン!!

  ズバンッ!!

「ッタラーーーーーイック!!」

憂(この私が振り遅れ!?)

律(ここにきて球威が蘇った!!)

憂(ちょっとポイントを修正しなきゃ……!!)


澪「投げるっ!!」シュパッ!!

ギュィィィィィィン!!

憂「くっ!?」チッ!!

「ファール!!」

憂(ファールチップ! バットの上っ面!? 更に手元で伸びてきてる……!!)

律(イケる……イケるぞ澪!!)

憂(……和さんに……和さんなんかに)

憂「嫌……絶対に負けたくない!!」

律「それはこっちも同じ気持だぜ憂ちゃん!!」

憂(お姉ちゃん……!!)


律(さぁ、遊び球なんて必要ないよな)

律(しかも変化球なんて投げてそれがすっぽ抜けた日にゃ……)

律(後悔しても後悔しきれない)

律(お前の一番いい球)パパパ

澪 コクコク

律「さぁ、来い澪っ!!」

澪「ふっん!!」シュパッ!!

ギュルルルルルルルル~~ッ!!!

憂「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」

憂「おねえちゃ~~~~~ん!!!!」

──────────
─────
──

──
─────
──────────

 スタンドからの歓声は鳴り止まない
 それは勝者にもまた敗者にも等しく与えられたものだった

 澪はその歓声の渦の中心に立っている

 球場の球速表示は132を掲示していた

 澪はただ一点を見つめたまま動かない
 ただ一点、憂の特大ホームランが着弾したレフトスタンドを……

澪「自分でも分かるくらい、いい球だったんだ……」

澪「全力のストレートだったんだ……」

澪「それをあんな所まで飛ばされるなんて……」

澪「悔しい……」

 しかしその言葉とは裏腹に律の方へと向き直った澪の顔は
 素晴らしく晴れ晴れとしていた


澪「律。 なにぼさっとしてるんだ? 早くボールくれ」

律「澪……」

 ボールを要求する澪に対して律は何も言ってやることができなかった

 しかし澪は試合はまだこれからだと言わんばかりに自信たっぷりの表情をしてる

澪「今度は絶対に抑えてやるからな」

 そんな澪を見て事実を突きつけるべきか律は迷った
 しかし、律はそれは自分の役目であることを悟り意を決してある一方を指さした
 澪はその指の先にあるものを確認する

 律が指さした先にはバックスクリーンがあり
 そこに映し出されていたスコアをゆっくりと1回から順に澪は見た

 最後の9回裏の欄には3の隣に×の表記
 すなわちそれは─────

澪「サヨナラ……負け……」

澪「そっか……もう試合は終わりか……私は……負けたんだな……」

 憂が歓喜の輪の中でサヨナラのホームを踏む

 澪は力なくマウンドに膝をつき大粒の涙を零した

澪「ひっぐ……ごめん、みんな……ひっぐ……」

澪「私……ひっぐ……ごめんなさい……」

 人目もはばからず泣きじゃくる澪
 今まで見たこともないようなクラスメイトの泣き顔を見て
 少女たちはマウンドに集まり肩を寄せ合い共に泣いた


 そして誰からともなく抱き合った
 時には慰めあい、時には讃えあい、若干1名は鼻血を出して……



 マウンドで繰り広げられている光景をさわ子はベンチで独り静かに見ていた

さわ子「フフッ、青春ね。私ももう少し若ければね~」

 そう、もう少し若ければあるいはベンチを飛び出しマウンドに駆け寄り
 一緒に涙したかもしれない

 しかし彼女は教師である
 泣き顔を携え帰ってくる生徒を優しく一人一人抱きしめよう
 彼女はそれが自分の役割だと自覚していた

 だが、焼肉食べ放題の賭けに負けたことを思い出し
 その悔しさからベンチの隅で独り寂しく泣いているところを
 生徒たちに慰められるのはこの少し後の事であった



紬「みんな。せっかくだから砂、持って帰らない?」

律「おぉ~。いいね~」

唯「甲子園の砂だね。青春の味だね」

和「そうね。せっかくここで野球やったからには持って帰らない手はないわね」

紬「ほら、澪ちゃんも。ね?」

澪「うん……ヒック」

律「あはは! 澪ったらシャックリしてやんの~」

澪「仕方がないだろ。さっきまで泣いてたんだから……ヒック」


 そう、ここは高校球児の聖地、阪神甲子園球場
 紬の父が球団社長と知り合いでタイガースがたまたまロードに出ていた
 この時期に球技大会の場として提供されたのである
 ありがとう阪神園芸のみなさん!!


律「澪?」

澪「ん?」

律「勝ちたかったか?」

澪「いや……結構満足してるよ」

律「……だな」

澪「また、試合したいな」

律「まさか澪の口からそんな言葉が出てくるとは……!!」

澪「茶化すなよ」

律「ふふっ。ごめんごめん」

澪「でも、そのときは……」

澪「そのときは、またキャッチャーよろしくな。律」

 けたたましいセミの鳴き声
 それに負けじと掛け声を出す

 金属バットの打球音

 ボールがグラブに収まる音

 止めどなく流れ出る汗

 素振りで潰れた手のまめ

 帽子のつばの裏に書き込んだメッセージ

 練習帰りに寄ったアイス屋さん



 決して燃え尽きることの無い太陽が
 楽しかったことも辛かったことも
 素晴らしい思い出へと変えてこの青空の下へと昇華していく


 こうして

 彼女達の夏は

 おわりを告げた─────




 ♪~♪~♪~♪~

 なぁぁぁぁつの お~わ~ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ

 なぁぁぁぁつの お~わ~ひぃぃぃぃぃには

 ただ あなたにあいたくぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁるの

 いつかと同じ 風ふぅ~きぬくぇぇぇぇぇるかぁぁらぁぁぁぁ




そして翌日

梓「はぁ……。やっとバンドの練習できますね」

紬「ゴメンね、梓ちゃん」

唯「ムギちゃんのお菓子とお茶も久しぶりだよ~♪」

律「まずはやっぱりティータイムだよな」

梓「球技大会終わったら練習するって言ったじゃないですか~」プンスカ

紬「まぁまぁ」

梓「ところで、澪先輩はどうしたんですか?」

律「あ、ああ……澪な……」

 ガチャ

梓「あ、澪先輩♪」

澪「コラコラ。お茶飲んでる暇があったら練習するぞ!」

梓「澪先輩! ですよね~。もっと言ってやってください!!」

澪「律、早く防具付けてグラウンドに出てこいよ」

梓「えっ?」

律「あのさぁ~澪?」

澪「なんだよ? お前が球受けてくれなきゃ投球練習できないだろ」

紬「澪ちゃん。ちょっと聞いて?」

唯「何か重要な事忘れてない?」

澪「ムギもまだ小技が苦手だし、唯は全然バッティングがなってないぞ」

律「あの……。学祭までもう時間がないぜ。そろそろバンドの練習しないと……」

澪「……」






澪「あ」


 おしまい



最終更新:2010年02月03日 02:16