唯「あ~だるい~」

律「やっと授業終わったよ~」

 2人の先輩の気の抜けた声が聞こえる。
 前の私なら怒っていただろうが、もうこのくらいならどうでもよくなった。慣れって怖い。

紬「今お茶淹れるからねー」

唯「わーい!」

律「ぷっはあ!毎日この瞬間のために生きてるようなもんだぜ」

澪「おっさんかお前は」

 ムギ先輩の淹れるおいしいお茶に、律先輩のリアクションに、澪先輩のツッコミ。

唯「あずにゃん、飲まないの―?」

梓「ちょっと!こぼれるから離れてください!」

 そしていきなり抱きついてくる唯先輩、変わらない日常。

私は、先輩たちの演奏に憧れてこの部に入った。自分もその演奏に加わりたかったから。でも

梓「これ飲み終わったら、練習しますよ?それと離れてください」

唯「ちぇー」

 自分と同じギターで、憧れの的だった唯先輩はこんなだった。
 唯先輩は好きだし、抱きつかれるのだって正直嫌いじゃないけど、練習のことは話が別だ。
 いくら才能があったって練習を欠いてはいい演奏ができるはずがない。

律「梓は真面目だなー。次のライブまでだいぶあるんだからのんびり行こうぜ?
  ムギ、おかわりー」

紬「はーい」

 律先輩も、やる気を出すときは誰よりも出すのに普段はだらけてる。
 たぶんこの部の中で一番演奏が上手いムギ先輩も、自分から練習しようと強く言おうとはし
 ない。


澪「みんな。いつまでもだらけてないで練習するぞ」

 澪先輩は、私の唯一の味方だ。こうして私の意見に賛同してくれて、一緒に練習しようとみ
 んなに言ってくれる。
 この人がいなければ私は軽音部に残らなかったかもしれない。

梓「そうですよ!練習しましょう!」

 澪先輩のおかげで私も自分の意見が間違ってないと確信できる。

律「わかったよ。よっこいしょっと」

唯「うー、立てないーよー澪ちゃん手貸して」

澪「しょうがないな。ほら」

唯「ありがとー。よっと」

 澪先輩は優しいしかっこいいし綺麗だし・・・私の憧れの人だ。

 その後は、澪先輩のおかげでティータイムを早々に切り上げ練習に勤しむことができた。
 放課後、唯先輩と律先輩、ムギ先輩はクラスの用事があると言って別れた。
 長くなるようなので先に帰ってくれと言われ、別のクラスの澪先輩と私の2人で帰路に就い
 た。
 帰り道、私は澪先輩に話しかけた。

梓「あの、澪先輩」

澪「なに?」

梓「いつもありがとうございます。練習、しようって言ってくれて」

澪「なんだそんなことか。いいよ。軽音部として当たり前のことだしね」

 澪先輩はそう言って私の頭を撫でてくれた。

梓「えへへ・・・」

 私の澪先輩への感情は恋なのかただの憧れなのかはわからないけど、今は間違いなく幸福な
 時間だ。

澪「私は梓の味方だからな」

 澪先輩は優しく言って手を離した。本当はもっと撫でてほしい・・・もちろん恥ずかしくて
 言えるはずない。

 次の日。数学、英語、生物、世界史、国語、体育・・・いつも通り授業を受けいつも通り音
 楽室へ。
 最後の授業が体育だったから少し遅れた。音楽室に入ると先輩たちがすでに揃っていた。

唯「あずにゃーん!遅いよもう」

 例によって唯先輩が抱きついてくる。あったかい。

律「いきなりか」

梓「すいません、遅くなりまし・・・唯先輩苦しいです」

澪「ふふっ」

 澪先輩に笑われたけど、笑顔もまた綺麗だったので結果オーライということにしよう。

紬「梓ちゃんのお茶淹れるからねー」

梓「あっ、それより練習を」

唯「まあまあ一杯ぐらいいいじゃん」

 まあどうせいつものことだし、一杯くらいならいいか。澪先輩もいるし・・・。


梓「美味しいです」

紬「ありがとう」

律「きっと高いお茶なんだろうなー」

紬「そんなことないわ。普通のものよ?」

唯「ムギちゃんの言う普通ってどれくらいなんだろう」

律「怖いから聞かないでおこう」

 適当な雑談をしてるうちにお菓子も食べ終わり、お茶はみんな飲み干した。

梓「そろそろ、練習しましょうか」

唯「えーもう?」

律「そりゃ早いよー」

 そろそろ澪先輩が叱咤してくれるだろう。


梓「澪先輩」

澪「何?」

梓「唯先輩と律先輩が練習始めてくれないんです。澪先輩も言ってやってください」

唯「あずにゃん怖いよ~」

梓「当然のことを言ってるだけです!澪先輩なんとか言って・・・」

澪「まあ、まだいいんじゃないかな。さわ子先生も来てないし」

梓「・・・・・・え?」

澪「今日はもうちょっとのんびりしててもいいかなーって」

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。というよりも理解したくなかったのかもしれな
 い。


 言ったはずだ。澪先輩は私の味方だと言ってくれたはずだ。私と澪先輩は仲間のはずだっ
 た。
 でも、澪先輩は私を助けてくれなかった。唯先輩たちの味方になってしまった。

 つまり私は澪先輩に、裏 切 ら れ た ?

 裏切った。澪先輩が私を・・・私は澪先輩に憧れてたのに。澪先輩がいるからこの部にいる
 のに。
 澪先輩がいるから練習を主張してるのに。私はこんなにも澪先輩が好きなのに。

 裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた裏切られた
 澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩に澪先輩が


梓「裏切った」

澪「どうしたんだ、梓。ぼーっとして」

梓「私を裏切った!あなたは私を・・・信じてたのに、私は澪先輩を信じてたのに!」

律「あ、あずさちょっと落ちつ」

梓「うああああああああ!」

 私は部室を飛び出した。後ろから先輩たちの呼びとめる声が聞こえたけど聞く気にはならな
 かった。


 家までのことは良く覚えてない。帰った時には全身汗だくで息も切れていたから全力で走っ
 てきたんだと思う。
 シャワーを浴びようかと思ったが、自然に足は自室に向かい、ドアを開けベッドに思いっき
 り飛び込んだ。

梓「うっ・・・う、ひどいよ・・・」

 しばらく泣いた。頭の中には澪先輩が現れたり消えたりしていた。澪先輩のことなど思い出
 したくなかったのに。

梓「・・・」

 何時間泣いたかはわからない。心に少し余裕が出始め、私が去った後の音楽室のことを考え
 た。
 きっとひどい雰囲気にしちゃったな・・・
 いや、でも私は悪くない。悪いのは軽音部なのにろくに練習しない先輩たちだ。
 澪先輩も、私の味方って言っておきながらひどいよ。


 私は、澪先輩が味方でいてくれるから練習を・・・
 あれ?なんかこの状況何かに似てるような気がする。
 ああ、そうだ。今日の世界史の授業で聞いたんだ。

梓「ホーネッカー・・・」

 冷戦時代、東ドイツの指導者だったホーネッカー。
 彼は社会主義勢力が不安定になりながらも、ソ連を信じ社会主義を貫き通した。
 だがソ連のゴルバチョフはホーネッカーを見捨て、資本主義勢力と距離を縮めていった。
 ホーネッカーは孤立し、辞任に追い込まれた。

梓「そうか、私はホーネッカーだったんだ」

 私はホーネッカー。澪先輩はゴルバチョフ。私は澪先輩を信じて練習しようと主張したの
 に、澪先輩は私を見捨てた。
 そして律先輩たちの側についた。私は孤立した。

梓「・・・もういいや」

 何も考えたくない。日も暮れていなかったけど、眠りに就くことにした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「・・・ずさ、あずさ」

梓「・・・ん」

 もう朝?あんまり寝た気分じゃなかったけど・・・

「あずにゃ~ん!」

 私のことをこんな呼び方するのは・・・

梓「唯先輩!?」

唯「あ!起きた」

梓「せ、先輩がなんでこんなところにって・・・ええ!?」

 そこには唯先輩だけではなく、律先輩、ムギ先輩、と、憂までいる。
 そして澪先輩も、一番後ろにいた。

梓「なんでみんな私の部屋にいるんですか?」

律「梓。鍵開けっぱなしだったぞ?防犯意識がなってないな」

梓「私に防犯意識を教えるために来たんですか?」


唯「違うよ。もっと大切なことのためにきたんだよ」

梓「一体なんですか?」

紬「その前に、さっきのこと説明してくれないかな?」

梓「・・・」

 澪先輩の方向を見た。目が合った。

澪「梓・・・?」

梓「澪先輩なんか大っきらいです」

澪「え!?」

憂「梓ちゃん!?」

唯「どうしたのあずにゃん・・・?」

梓「どうもしてません」

澪「あ、梓・・・」

梓「もういいです!帰ってください!」

律「梓!なんで怒ってるか理由くらい言ってくれないと帰らないぞ!」

梓「・・・」

紬「梓ちゃん、お願い」

梓「・・・澪先輩は、ゴルバチョフです」

澪「へ?」

梓「私はホーネッカーなんです!澪先輩は私の気持ちを裏切ったんです!」

唯「え?ご、ごるば・・・?ほねっか?」

憂「お姉ちゃん、たぶんどっちも人の名前だよ」


 梓「私は・・・私は・・・!」

 私はみんなに話した。溜まっていたものを全部吐き出した。
 練習をもっとしたいこと、澪先輩のこと・・・ 
 話終わるころには涙が物凄い勢いで流れていた。
 みんなは黙って私の話を聞いていた。

梓「えっぐ、・・・だからぁ、みおぜんばいのぉ・・・がなじぐで・・・ぐすっ」

 もう自分でも何を言っているのか聞きとれなくなった。

澪「梓・・・」

梓「え・・・」

 澪先輩は、私を抱きしめた。そして昨日のように頭を撫でながら言った。

澪「ごめんな・・・梓。本当にごめん」

梓「ひっく・・・うぅ」

唯「澪ちゃんいいなあ」

憂「お姉ちゃんちょっと静かにしててね?」


澪「私、梓がそこまで考えてくれてるとは思わなかった。それなのにあんなことして・・・」

 顔は見えないけど、澪先輩も泣いてるみたいだった。

澪「今日も、変な気を使わないで練習すれば良かったな。梓の望み通りに」

 ん・・・?なにか引っかかる。変な気を使う?

梓「気を使うって、澪先輩は何に気を使ったんですか・・・?」

澪「もちろん梓にだよ」

梓「意味がわかりません・・・」

澪「え?」

 澪先輩は少し驚いたような声を出し、抱擁を解いた。

澪「梓、もしかして忘れてるの?」

梓「何をですか?」

律「・・・今日は梓の誕生日だろ」


梓「あ」

 そうだ。今日は11月11日。私の誕生日だ。

梓「忘れてました・・・」

唯「え~!あずにゃんドジっ子にもほどがあるよ」

梓「唯先輩に言われたくありません!」

 ドジっ子にドジっ子と言われてしまった。恥ずかしすぎる。

梓「じゃあ・・・澪先輩がまだ練習はいいって言ったのは・・・」

澪「・・・これをやるためだよ。みんな、準備は良い?」

 澪先輩が聞くとみんなが元気よく返事した。

澪「じゃあ、場所は変更になったけど・・・梓、誕生日おめでとう!」

「おめでとう!!」

 みんながポケットから突然クラッカーを取り出していきなり鳴らした。かなりびびった。

梓「ひいっ!」

唯「驚いてるあずにゃんかわいいー!」

憂「梓ちゃん、はいこれ」

 憂はさっきから持っていた箱から立派なケーキを出した。

律「みんなで作ったんだぞ」

梓「これを、みなさんが?」

唯「昨日、あずにゃんと澪ちゃんと別れたあとにみんなで家に来て作ったんだよ!」

梓「じゃあ、私と澪先輩を先に帰したのは・・・」

澪「梓に悟られないためだよ。ごめんね。私も梓と別れた後合流したんだ」

 そんな・・・みんな私のためにそこまでしてくれてたんだ。
 なのに私はあんなことしちゃって・・・

梓「あ、ありがとうございます、それにすいませんでした・・・」

律「あれ?また泣いてるのか?」

梓「泣きません!」

 その後は私の部屋で大騒ぎになった。さわ子先生も途中から来て無駄に盛り上げてくれた。

さわ子「梓ちゃ~ん。誕生日特別衣装はいかがあ?」

梓「ぜ、絶対来ませんからね!」

唯「あずにゃんのケチー」

さわ子「いやーでも今日で梓ちゃんが生まれて・・・何年だっけ?
    あんた何年生まれ?」

梓「1992年ですよ。平成4年です」

さわ子「・・・」

梓「どうしました?」

さわ子「テメー若すぎるだろこんちくしょう!昭和生まれを舐めるな!80年代生まれを舐めるなよおおお!」

澪「先生落ち着いてください!」

 部屋の中はめちゃくちゃになって、両親が帰ってきたら怒られるかもしれない。
 だけど、最高に楽しい時間だった。


 80年代か・・・ホーネッカーが辞職したのも80年代の終わりだったっけ。
 どんな気持だったのかな・・・
 私は少しだけホーネッカーの気持ちがわかった気がした。
 一般的には悪者っていうイメージらしいけど、きっと彼も寂しかったんだと思う。
 だから頑固になってしまったんだ、私みたいに。

澪「梓、こんな騒ぎになっちゃって大丈夫か?」

 だけど私にはこんなに優しい先輩たちがいる。私はすこし気を張りすぎたのかもしれない。
 もうちょっと、甘えてもいいよね。

梓「大丈夫です、だって大好きなみんなと一緒ですから!」

澪「ふふっ、ありがと」

唯「私も好きだよーあずにゃん!すりすり~」

梓「ああもう!いい雰囲気だったのに!」




おわり



最終更新:2010年02月09日 02:48