絶対音感という能力がついてからというもの放課後ティータイムの名は学園都市内で知る人はいないのではないかというくらいの知名度になった。もちろん、ライブの規模もでかく屋外だ。動員数も高校軽音楽部のそれを遥かに上回る。

そんなバンドのヴォーカル平沢唯は、先ほどの出来事を、なるべくなるべく思い出さないようにこれから始まるライブのために集中力を高めていく。そこでふと、彼女はあることを思い立ち、部長の田井中律に話しかけた。

唯「ねぇりっちゃん・・・・ちょっと、歌いたい曲があるんだ・・・・」

律「あ?どうしたよ、なんて曲だ?いきなり言われても演奏はできねぇぞ?」

唯「これなんだけど・・・・」

と、唯はその曲の歌詞カードを律に手渡す。律はそれを食い入るように見る。

律「・・・・・・まぁ、いいぜ。インストを後ろで流すだけになっちゃうけど・・・・いいか?」

唯「うん、充分。ありがとね、りっちゃん!」

そうして唯は踵を返し歩き出す。

律「唯・・・何があったかは、知らない。けど、これだけは忘れないでくれ。わたしは・・・・わたしたち放課後ティータイムは5人で1つ。みんな唯の味方だからな?」

唯は律のその言葉に返答せず、ツカツカ歩みを進める。目に大粒の涙をためて。

御坂美琴はいまだにネットカフェにいた。彼女の能力をもってすればネットカフェの端末から動画の発信元をたどることなどたやすいこと。彼女は学園都市第3位の電撃使い。電脳の世界で彼女に不可能は恐らく、無い。

そして、突き止めた。

動画を発信している端末の位置情報は同じ第5学区の端っこ。このネットカフェからも近く、今宵放課後ティータイムのライブが行われる会場からはたったの3キロ弱しか離れていない。そんな近い場所に、今回の元凶が潜んでいる。

もう、手遅れだろう。動画が配信されている時点でそうだ。すでにユイの体はこの動画のクソ男に汚されている。それでも、それ以上、悲しみが増えないように、ユイを助け出すために。

学園都市第3位の超電磁砲は走り出した。

御坂(待ってなさい、ユイ。かならず・・・助けるから!)

ライブ開始までもう時間がない。


……

薄暗い部屋の中。大いなる希望に満ちた未来を期待して生まれてきた量産型絶対音感の一人001号は、自分の心ではすでに受け止めることのできない絶望に打ちひしがれていた。

体にはいくつもの痣ができ、まだ未成熟な秘所からは赤いしずくが垂れている。破瓜の血ではなく、乱暴に扱われた末に垂れてきたおぞましい血。

男「おやぁ~?いけないなぁ~ユイちゃん・・・・綺麗にしとけって・・・さっきいったのになぁぁぁぁ!!」

ユイ「ひぃっ!・・・も、お嫌なのぉ・・・辛いの痛いの・・・・」

男「だめだねぇ~・・・・君に拒否権はないんだよぉ~・・・だって僕は君の”パートナー”だからねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

また、殴られる。ユイはそう思った。今まで何度も何度も、殴られてきた。でも、そのたびに耐えてきた。たまの外出も、許されていた。2か月前。オリジナルと接触するまでは。

あの日から、外出まで許されなくなった。男の家畜として生きる日々。絶望しつくした。希望なんてない。もう誰も助けにこない。男の平手がまたわたしの頬を襲う。痛い。痛いのは嫌だ。そう思った、その時。





ドッゴォォォォォォォォォン!!!


けたたましい破壊音はドアを何かがぶち破った音。その何かは音速の3倍で飛ぶコイン。侵入するは1人の女子中学生。

御坂「ジャッジメントもどきですの~。ちょっとお話いいかしらぁ~!」

7人の最強の1人。超電磁砲がそこにいた。


律「唯。そろそろだぞ。一曲目。お前のリクエストだ・・・行って来い!」

バシン!と律は力強く唯の背中をたたく。部長のそれは唯にとっては少々痛くむせてしまったが、心は強く、とても勇気づけられた。

唯「・・・・・・うんっ!」

ゆっくり、ゆっくりとスポットライトの当たるステージへと唯は歩みを進めた。美琴を信じ、ユイの無事を祈り。唯は自分の戦場へと乗り上げる。

   「こんばんわ!平沢唯です!!」



男「だ、だれだよお前・・・」

御坂「それはこっちのセリフよ。そこの子。わたしの友達の妹なの。だから返してよね」

男「は?お前知らないのか?これは量産型絶対音感だぞ?いわば、僕のおもちゃだよ。」

御坂「お、おもちゃですってぇ~~!!」

美琴の怒りの電圧がまた更に上がっていく、ビリビリバチバチと電気の余波がそこらじゅうに流れ出る。

男「うわわ!あっぶないじゃないか!」

御坂「あんたねぇ!その子たちだって生きてんのよ!歌うために生まれてきたって大義名分があるってのに!アンタはそれでもその子をおもちゃというのか!」

男「これはしょせんクローンだよ。変わりはいくらでもいるし、そもそも僕はこのユイちゃんには愛情を注いでいるつもりだよ?ねぇ、ユイちゃ~んw」

ビクッっとユイの体が震える。恐らく所有者である”パートナー”の人間には逆らえないようテスタメントでインストールされているのだろう。

ユイ「はい・・・・なの」


美琴の怒りの電圧がまた更に上がった。照明器具、電子レンジ、冷蔵庫。美琴の漏電によって室内のすべての電気機器が機能を失っていく。夕闇に1人、美琴だけ自身で発光している。

御坂「しょせんクローン!?たかがクローン!?あの子たちもこの世に生れて命を授かっているのに!」

御坂「それを変えのきく命だと!?何体も作れるからだと!?ふざけるんじゃないわよ!」

御坂「あの子たちだって生きてるのよ!歌うために!産まれて生きて!楽しむ、悲しむ、笑う、怒る、喜ぶ!」

御坂「それをたかがあんたみたいなゲスの欲望を満たすために奪うというのか!」

男「うるさいうるさいうるさい!関係ないくせに口はさむな!がきんちょがぁぁぁぁ!!!」

御坂「もう何を言っても無駄みたいね・・・・いいわ、アンタがあの子たちを自分のおもちゃとして好き勝手に扱っていいって思ってるんなら・・・・」

御坂「まずはその欲望をぶち殺す!」


……


   「こんばんわ!平沢唯です!」

唯が律に頼んでセットリストにない曲をわざわざ入れてもらった。その理由。

ユイにこの歌声が届くように・・・・
美琴ちゃんに届くように・・・・・・

自分のため、ユイのために、体を張って助けに行ってくれている美琴のための応援歌。

イントロから少しずつ少しずつアップへアップへとテンションを上げていくビート。

おもわず、体が上下に揺れてしまいそうになるその曲。

御坂「こ、この曲は・・・・!」

唯「1曲目!!only my railgun!!」

ユイ「お、お姉さま・・・!お姉さまの声なの!」

局が聞こえてきて一番に異変を見せたのはユイだった。それまで、脅えて絶望に満ちていた瞳に光が差す。希望を見つける。

ユイは一目散に部屋から飛び出していった。

男「あ、こら!なぜ!言うことをきかないんだ!」

御坂「唯の声が聞こえたからよ!」

美琴は右手を力いっぱい握り男へ鉄拳を放つ。

男「ぶへぇっ!」

御坂「アンタみたいなクズに能力すら必要ないわ!」

何度も、何度も何度も何度も何度も男を殴る。返り血で拳が染まろうとも、常盤台の制服が朱に染まろうとも、何度も何度も。

男「くっそぉ・・・!くっそぉ!ブヘッ!この・・・ヒュー・・・このヘンテコな曲さえ!グハッ・・・な、流れてさえいなければっ・・・」

御坂「この曲をバカにするな!わたしに対する応援歌よおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

さらに殴る。殴る。拳が割れ。自身の血がこべりつく。涙が流れてくる。これは痛みなのか、悲しみなのか、怒りなのか。もはや美琴にはもう分らなかった。

しかし、男もしぶとい。苦し紛れに懐から取り出すのは、十数個の煙幕弾。

それらを美琴にめがけて一斉に放った。濃い煙幕が室内を覆う。

御坂「げほっ・・・けほっ・・・・っくそっ!」

美琴が視界を取り戻したとき、男はすでに室内から逃げていた。

御坂「お、おわなくちゃ!!」

ユイ「はっ・・・はぁ・・・・はぁっ・・・!」

夜道、まともな服も着ず、量産型絶対音感001号YUIは必死に走る。

レベル3程度の絶対音感のチカラをフルに使い。最短距離で唯のもとへ。

男「ユイちゃぁ~ん!まってよぉ~~!!」

ユイ「ひっ!・・・・」

男「速いだろぉ~!?僕はレベル4の空力使い。空を飛べるんだぜぇ~!」

ビクッっとまた、体が震える。冷静さを取り戻したユイはまた、この男の呪縛にハマってしまいそうになる。必死に声を捻り出すユイ。

ユイ「いや・・・もう、嫌なの・・・来ないでほしい・・・・なの・・・ってユイちゃんは・・・お願いしてみるの・・・っ」

男「ふふっ・・・・しょうがないなぁ・・・・だめに決まってんだろぉぉぉぉぉぉ!!!」

ユイ「いやっ・・・・いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

男「ほらほら、もう少し!つーかーまーえー♪」

上条「たっ♪・・・・てか?」

見知らぬ男の右腕が男の肩をがしりとつかむ。

男「・・・・・・・はぁ?」

上条「んー、ライブを見に行こうかと思って夜道を歩いていたらまさか女の子を追いかけまわす男を捕まえてしまうとは上条さん予想しませんでしたよ?土御門さん」

土御門「いやぁー、かみやんが遅れたせいでええ席がとれんかったらどう落とし前つけようかとおもっていたがにゃー。まさかこんな場面に出くわすなんて、これは不幸中の幸いだにゃー?青髪ピアスさん」

青ピ「せやなぁー。唯ちゃんみるんも大切やけど、唯ちゃんにそっくりなこの子を助ける方がもっともっと大切なことなんかもしれへんなぁー。なぁ、上条さん」

男「な、なんなんだよおまえら!畜生放せ!僕はレベル4の!・・・・能力がでない!?」

上条「あ、俺ちょっと特殊な体質でさ。俺が触ってる間は能力でないから。」

上条「そこの子。行きなよ」

突然のことに話についていけないうえに突然声をかけられたユイはまたしてもビクッと震えた。

上条「急いでるんだろ?だったら早く行けよ。相手も、多分待ってるよ。」

ユイ「ありがとう、なの・・・ユイは、きちんとお礼の言える良いこなの・・・・・」

ペコっと頭をさげ、また、ユイは走り出した。


土御門「さぁーって!にがしたことだし!かみやんのそげぶの時間がやってきたぜぃ!?」

青ピ「うわぁー!生そげぶかいなぁ!やっとみれるんかぁ!僕感激やわぁー!」

上条「あ、あ゛ーごほん!・・・・それでは!」

少年はいったん右手を男から離す、とすかさず屈強なカラフル二人組が男を羽交い絞めにして離さない。

上条「てめぇが、逃げ回る女の子を追いかけまわして楽しんで、それが本当にいいことだと思ってやってるってんなら!」

上条「まずはその幻想をぶち殺す!」

男「ひ、」

   「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

少年の無敵の右拳が炸裂した。


……

    「2曲目!ふでぺん~ボールペン~」

2曲目は、まるで必死に走るユイに送るかの様な、応援歌。

ユイ「は、はぁ・・・・はぁ!」

ユイはまた、ひたすら走る。何度も何度も転ぼうとも何度も何度も起き上がり、唯の待つ会場へ。

そして、着いた、会場。

満身創痍の体を奮い立たせ、最後列から人波をかき分けかき分け、最前列へ。

唯とユイの目線が交差する。その時、唯の歌が止まった。演奏も止まる。観客がざわめく。

ざわ・・・ざわ・・・・ざわざわ・・・文句を言う客、ブーブー言う客も出てきた、そんな中で、

律「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!黙ってみてやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

田井中律の雄たけびが会場を包み込んだ。鶴の一声により、会場は途端に静かになる。

律「唯。行け」


ありがとう、りっちゃん・・・・今日何度目かわからない部長に対する感謝の言葉を心の中で述べ、唯は観客席に飛び乗り、ユイを抱きしめた。

唯「ごべんねぇー!ユイぃ!わだじが!わだじがしっがりじないばっがりにぃ~!!」

グズグズと唯はユイの体に鼻水を押しつけながら号泣する。今人気のガールズバンドのヴォーカルとは思えないその顔を見て、ユイももらい泣きをする。今まで辛かった分、悲しかった分、すべてを吐き出すように。。。。。。ユイも唯も、お互いの胸の中で泣き続けた・・・・

能力使用中のため、泣き声のせいで近くにいる人間が何人か気絶したが、そんなこと二人には関係ない。会場も泣き声で包まれ、何人もの人間がもらい泣きをした。事情も知らないままに。

そして、同じく事情を知らない女、田井中律は考える。このままではらちが明かない。

いくら感動的だからといって今はライブ中。演奏しなければ終われない。律は声を張り上げた。


律「野郎どもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!次がラストだ!気合いれていけぇぇぇぇぇぇ!!!」

きーーーーーん!というマイクのノイズが走る。まず訪れたのは静寂。そして次に訪れたのは我らが部長、田井中律に対するレスポンス!

うおおおおおおおおおお!!!と会場が三度沸く。


律「澪!リズム隊しっかりがんばろうぜ!」
澪「おう!まかせろ!」

律部長の部員に対する声掛けが始まる。

律「梓!おまえはリードギターだ!練習の成果みせてやれ!」
梓「やってやるです!」

それはまるで、軽音部の絆を確かめ合うようで。

律「ムギ!綺麗な音色!期待してるからな!」
紬「あいあいさぁ~♪」

放課後ティータイムを一つにまとめる。魔法の儀式。

律「そして唯たち!」

泣き顔を一斉に律に向ける。次の言葉を、待つように・・・・

律「何があったかは、わたしは知らない。でも、お前らは今二人揃ってここにいる。このライブ会場にいる。だったら、お前らがすべきことはなんだ?いつまでも鼻水たらして泣き叫ぶことか!?違うだろ!
お前らはヴォーカルだ!いつまでもウジウジ泣いてんじゃねぇ!今この瞬間をこのライブのこの時を!オーディエンスのみんなと今ここにいられる喜びを分かち合えよ!さぁ、歌え!
お前らのいるべき場所は観客席最前列じゃねぇ!お前らのすべきことはそこで泣き叫ぶことじゃねぇ!お前らの居場所はここだ!ここはお前らのためのステージだ!!」


律の啖呵にオーディエンスが今日一番の盛り上がりを見せた!

そこらじゅうから聞こえる唯コール。

唯は、涙でグシャグシャになったユイの顔を拭い、そのまま自分の顔を拭う。

唯の目に、もう涙はない。もちろんユイも。二人は律の手を取り、トンッっと軽やかにステージに舞い戻った。

律「みんな・・・・唯たちが大好きだよ?」

唯「ありがとね・・・・わたし、ちゃんとするから・・・・すぅ~」

大きく息をすい。能力値最大。唯は会場、いや、学園都市中に響き渡るかの勢いで声を張り上げた。


   「ラストっ!ふわふわ時間!!」

唯「いっくよぉ~!ユイ!」

ユイ「はいなの!お姉さまぁ!」

君を見てると~いつもはーとDOKI☆DOKI☆

上条「よかったぁ~!最後には間に合ったみたいだな!」
土御門「間に合わないかとひやひやしたぜぃ・・・・」
青ピ「かわいいなぁ~!唯ちゃん!」

揺れる思いはマシュマロ見たいにふ~わふわ♪

御坂「ったく・・・・まぁ、結果オーライっか・・・」

いーつもがんばーる!(いーつもがんばーる!)

ミサカ「さすが、良い歌声ですねぇ~と、ミサカはうっとりしながら鑑賞します」

キーミのよこーがーおっ!(キーミのよこーがーおっ!)

打ち止め「きゃはははは!すごいすごーいってミサカはミサカは歓喜にひたってみる~♪」
一方通行「静かに聞けねェのかガキが!」

ずーっとみてーてもーきーづーかーなーいーよね?

黒子「ったく・・・せっかく人が気持ちよくライブに行っていたというのに緊急出動要請だなんて・・・・で、この男は一体何をしましたの?」
男「う・・・・が、は・・・・」

ゆーめのなかっな~らっ!(ゆーめのなかっな~らっ!)

ふーたりのきょ~~~りぃ~~~!!!

唯・ユイ「ちっぢめらーれーるーのーになぁー♪」


サビに入り、二人は思う。やっと、やっとまた二人で歌うことができた。しかも今は軽音部として。

いつか、二人で歌った時よりも何倍も何倍も大きな快感が二人を襲う。楽しい。とても楽しい。

二人の感情はただそれだけで、いつまでもいつまでも、この時間の終わりが来ないことを祈っていた。

楽しくて、楽しくて。今日一日でいろいろあった。辛いことも、悲しいことも。それでも今は楽しい。

二人は、打合せもなく、演奏終了後、うれし涙の光る瞳で、震える声で、同時に叫んだのだった。



唯・ユイ「けいおん!サイコーーーー!!!」

ユイ「なのーーーーーー!!!」


    完



最終更新:2010年02月15日 01:55