さわ子は、家を出る事ができなくなっていた。
銀行さえも安全でないなら、マネーは自宅に保管するしかなく、そこを離れ仕事になど行けるわけがなかった。

一方唯は澪の指示の下、さわ子の家を監視していた。
監視といっても、澪から言われたのは「LGT事務局からの手紙を全て回収する事」、ただそれだけ。
マネーに動きがない現状では、その手紙も届くことは無く

澪は、「しばらく出かけてくる。ゲーム終了前には戻るから安心して」と書置きを残し姿を消した。

さわ子が貸金庫を開けてから11日。ゲーム終了まであと6日

――

「ただいま唯、何か動きはあった?」
「澪ちゃぁぁんっ!!どこいってたの!?私すっごい不安だったんだから!!」

「うん、……まぁちょっとね」
「この後どうすればいいの!?手紙も一通もこなかったし。このまま見張り続けてるだけじゃ……」

「わかってる。ねぇ唯、悪いんだけどさ……、」
「なに?澪ちゃん」

「ここから先……全部私一人に任せてもらえないかな」

「澪ちゃんに?うんいいよ、今もほとんど任せっきりみたいなものだし」
「……ありがと唯。唯に借金背負わせる様な事には絶対しないから」 
「分かってるよ。あたし澪ちゃん信じてるもん」

「うん……ありがとう、唯」

――

唯の性格は分かってるつもりだ。
この事実を知ったら、唯は必ず先生に金を譲ると言うだろう。
そんな事は絶対にさせない。

なら、私が取るべき方法は――

――


ピリリリリリリリ……

「はい、山中です」
『……秋山です、秋山澪です。お久しぶりです、先生』

「み、澪ちゃん!?ホントに澪ちゃんなの!?今までどこにいたのよ!!」

『まぁいろいろありまして。ところで先生、少し二人で話せませんか?』
「え?い、今?今はちょっと外に出れなくて……」


『知ってます。唯から全部聞きましたから』

「……!!」

『唯は、先生が自分の1億を返すつもりがないことも知ってます。それで私に相談してきたんです』

「……そう、知ってたんだ?なに考えてるのかしらね唯ちゃん。
警察とか弁護士なら分かるけど、澪ちゃんに相談したってどうなるものでもないでしょうに」

(……?ひょっとして先生は私が起こした事件の事を知らない?……それならそれで都合がいい)

『そうですね。でも先生?』
「何?」


『そのお金、手術費用なんかに使えませんよ』

「っ!!……な……何言って……」
『拘束型心筋症。もうすぐ2歳だそうですね』

「……調べたんだ」
『すみません』

拘束型心筋症。心筋症の一種で代表的な治療法は心臓移植だが、日本では15歳未満の臓器提供が認められていない。
当然、15歳以上の人間の臓器が乳幼児に移植できるわけはなく、結果海外に臓器を求め海を渡るしか道はない。
渡航費用は5千万から1億だと言われ、「~ちゃんを救う会」などの募金行為で有名になった病気でもある。
その国の移植待ち患者に対し大金をはたいて日本人が割り込んでいる、という意見もあるが、親のさわ子にはどうでもいい事だった。

一人息子が助かるのなら、かつての教え子だって騙しきる。……そのはずが、

「使えないってどういうこと……?」
『それを含めて話したいんです。私も唯もその2億に手を出さないと誓います。出てきてもらえませんか』

――

「久しぶり。相変わらず可愛いわね。高校の時とちっとも変わらない」
「そんなことないですよ。座ってください」
「……えぇ。それで、話って?」

「先生は、このルールについて考えた事がありますか?」

澪は、LGT事務局から届いた最初の手紙を開いた。

「ゲーム終了時、札番号が最初に貸し付けた物と一致する事を確認した上、現金を回収いたします……これ?」

「はい。唯の方はHTT40164DD~HTT50163DDの1億円。先生の方には別の1万枚の札番号が記されていたと思います。
このルール、どういう意味があると思います?」


「どうって……貸付けた物をそのまま返しなさい、って事でしょ?」

「じゃあ例えば回収時、先生の手元にある2億の内、1億の札番号がそれぞれに貸し付けた物と一致しなかったらどうなるでしょうか」
「……どう、って。……??」

「どこかの段階で、貸付金の1億が別の1億とすり変わってしまったと仮定してください」
「えぇ」

「無くなったのが唯に貸し付けられた1億円だとします。先生の下には自分に貸し付けられた1億と出所不明の1億。
唯は当然負債1億を背負います。先生は自分に貸し付けられた1億を返済し、出所不明の1億が手元に残る」

「そうね」

「では逆に、無くなったのが先生に貸し付けられた1億円だとします。
先生の下には唯に貸し付けられた1億と出所不明の1億。
唯は同じ様に負債1億を背負います。
先生の手元には計2億がありますが、自分に貸し付けられた1億は返済できない。
ところが、ルールにはこうも書いてある。」

「マネーを減らした場合、借金をしてでも不足分を返済していただきます、これが何?」

「借金という事は、当然貸付金と札番号が一致するわけないですよね?
なら、先生が出所不明の1億をそのまま不足分として支払ったとしても何の問題もない」

「……まぁ、そうなるわね」

「では次はゲーム開始の状態、お互いが1億を所持している状態から、
唯と先生への貸付金がそっくり入れ替わってしまった場合を考えてみてください」

「えーと……、両方とも返済できない、でいいのかしら」

「そうです。お互いに自分に貸し付けられた1億は持っていない。
でも手元には相手の1億があるのだからそれを返せばいい。
つまりこのルール、何の意味もないんです。
……少なくとも、プレイヤーにとっては」

「……どういう意味?」

「ゲーム期間は1ヶ月。1億を1ヶ月持つことができれば、運用の方法はいくらでもあるでしょう。
事務局はそれをさせたくない。貸付金を表に出したくない。だから札番号を確かめるなんてルールを加えた。つまりこのお金、」


「後ろ暗いお金、ってこと……?」


ハッタリだった。
そもそも差額を報酬としているのだから、使えない金など渡すとは思えない。
勝者が獲得した金を使えば、そこから足がつくかもしれないのだから。

この場を、今先生を騙せればそれでいい。

「渡航費用が必要なのはわかります。でも警察の影に怯えながら手術の順番を待つのなんて嫌でしょう?」
「で、でも……」
「それに、ここ」
「……?」

「【ここで1回戦のルールを説明いたします。といっても複雑な……】
『1回戦』って事は、次があるってことですよ?」


「ええっ!?」

「このままいけば先生が勝者です。
唯は1億の負債を負い、先生は危険な金を手に警察に怯えながら、2回戦への参加の為渡航もままならない。
本当にそれでいいんですか?」

「あ…ぁ…、私……どうすれば……」


「……先生、今から私が言う事をよく聞いてください」

――

これでいい。


泥を被るのは、私だけでいい。


――


6日後

「はーい」
 「ライアーゲーム事務局の者です。ゲーム終了の時刻になりましたので、マネーの回収に参りました」
「あ……はい、こっちです」

「……澪ちゃん、回収の人来た」
「あぁ」

「では、番号を確認させていただきます」

プリンタの様な機械に次々札束を通し、番号を確認していく回収人。
唯のアパートの7畳間には、2億全てが集まっていた。


ライアーゲーム1回戦
獲得賞金:100,000,000円
勝者

平沢 唯

――

「帰る前に質問があるんだけど」

唯に黙ってアパートを抜け出した澪は、帰りかけの回収人に声をかけた。

「なんでしょう?」

「トーナメントの参加権を唯から私に移すことはできる?」

「可能です。が、その場合獲得賞金だけではなく負債を負った場合も貴女が背負う事になりますがよろしいのですか?」
「分かってる」

「そうですか。ですがなぜそんな事を?」
「決まってるだろ」


「……金の為だよ」

――

ゲームが終了してから4日
唯はようやく連絡がついたさわ子と待ち合わせ、二人で喫茶店の席に着いていた。

「ごめんなさい唯ちゃん……私、あなたの事……」
「いいよーもう。結局どっちも損はなくなったんだし。私も全然気にしてないから」
「……そう、ありがとう唯ちゃん」

回収時、唯は事務局の人間に自分の取り分をさわ子の負債に充てるよう伝えていた。

確かにさわ子と唯のどちらも損はしていない。
いやむしろ、さわ子だけは得をしている。

澪からは、絶対に唯には話すなと言われていた。


(でも本当に、このまま唯ちゃんに黙っていてもいいの……?)

――

―――
――

「……先生、今から私が言う事をよく聞いてください」
「……?」

「ここに私が用意した1億があります。これを担保に、唯と先生への貸付金を私に貸してください」
「え……?み、澪ちゃんあなた一億なんてどうやって!?……まさかあなた……」

「い、いや違いますっ!!体を売ったとかそういうお金じゃありません!!」

「いや、そんな事は思ってないけど」
「あ、そうですか……。と、とにかく、警察に追われる様な危ないお金ではありません」
「そ、そう」


(……真っ当なお金とも言えないけどね)


芳文商事への巨額詐欺事件で手にした莫大な金。
澪は自身で調べ上げた情報を元に、詐欺被害者へ匿名で返金をしていた。
警察に押収された場合、被害者への返金がなされるとは限らない為、金の隠し場所には頭を使った。
秋山事件の最大の謎、芳文商事の稼ぎ上げた金が綺麗さっぱり消えていた、という事実の裏には、やはり澪の存在があったのだ。

それでも、一人での調査では限界がある上、両親と同じく自殺で命を絶った人間も少なくなく、手元にはまだいくらかの金が残っていた。
正確に言えば、「危ないお金だが、警察に追われる様なことは無い」と言うのが正しい。


「こうすれば貸付金は唯が独占した事になるので勝者は唯になります。
回収後、唯の勝ち分を先生の負債に充てるよう事務局の人間に言います。先生はこの1億を手術費用に使って下さい」

「で、でもそれだと澪ちゃんが1億損する事になるんじゃ……!?」
「私は大丈夫です」
「どうして……?」


「唯の代わりに2回戦に進んで1億取り戻しますから」


ライアーゲーム。
先生が選ばれたのは、手術費用が必要で切羽詰っていた事実を調べ上げての事だろう。
唯が選ばれたのは決してランダムではなく、元生徒という立場があったからだろう。
人間の弱い部分を突き強引に参加させ、負ければ莫大な負債を背負わせる。

金などどうでも良かった。
ただ見てみたかった。

ゲームという名の下に、こんな下らない詐欺を仕掛ける人間を。
勝ち上がっていけばいずれ会う事になるはず。

あの時偶然、数年ぶりに再開した唯は、泣き顔だった。

もう大丈夫だよ、唯。
唯を泣かせるような人間は、


私が潰してあげるから。

――

「に……かい、せん……?」

「そう……澪ちゃんはね、私と唯ちゃんの代わりに2回戦に進むつもりなの」
「そんなっ……だって澪ちゃんそんな事全然言ってなかったよ!!」

「唯ちゃんには黙ってて欲しい、って。絶対心配するからって」
「うそ……そんな……」
「ごめんなさい唯ちゃん……私……」


「――澪ちゃんっ!!」


思えば数日ぶりに帰った時の澪は様子がおかしかった。
気づいていたのに何も聞く事はしなかった。自分のゲームの事で頭が一杯で。
澪はすでにあの時、この結末を見ていたのだろう。

今日ほど強く思った事は無い。


私は、馬鹿だ。

――

走った。走り回った。
半月前に澪を探した時よりもずっと必死に走った。

澪ちゃん澪ちゃん澪ちゃん澪ちゃん澪ちゃん……

「どこ行っちゃったんだよぅ……みおちゃぁぁん……」


知らず知らずの内に、唯はそこにいた。
数年ぶりに、澪と再会したその場所に。


「――また泣いてるのかよ、唯」

――

「……ぅぇ……」
「勝ったんだから。もう泣く事なんてないだろ?」

「う……ぁぁ……みおちゃぁぁぁん……」
「うん」

「にかいせんってなんだよう……そんなのきいてないよう……」
「うん」

「わたし……わたしの、かわりに……」
「うん」

「だめだよそんなのっ!!」
「……いいんだ」

「よくないっ!!」
「いいんだ」

「……そんな……」

「別に一生会えないわけじゃないよ、唯」

「でも……」
「……」

「うぅ……、律ちゃんが……」
「律?」

「大学で組んでるバンド……ベースがへったくそだって……」
「……そっか」

「むぎちゃんは……みんなで集まる時絶対5人分紅茶入れるんだよ……」
「……うん」

「あずにゃんは……ベースの練習もしてるけど私じゃ上手く合わないって言ってる……」
「……うん」


「私だって……ボーカルはふたりがいいよぅ……」

「唯……」


「いつ……帰ってくるの……?」
「……わかんない。けど、」
「けど……?」


「練習は、毎日しておくから」
「……うん」
「歌詞もたくさん書き溜めとく」
「……うん」

「だからそれまで、ベースは空けといてもらってもいいかな」
「……うん!」


「……ありがとう、唯」



泣いたのは、3年ぶりだった。
両親が自殺した時枯れたはずの涙が、澪の瞳から零れた。



終わりです。



最終更新:2010年02月16日 00:11