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あの状況でなんと声をかければいいのか、
恋愛経験のない私にわかるわけがなかった。

いや、実はわかっている。

わかっているけど、傷付くのが怖いから胸の奥にしまい込んでるだけなのだろう。

たった一言なのに。

ただ一言だけ、「好き」と言えばいいだけなのに。

この一言は今の私には重すぎて、
到底口から出るような言葉とは思えなかった。

律「まだ間に合う」

梓「え?」

律「まだ間に合うだろ!梓、澪を追い掛けろ。そんで、自分の気持ちを澪にぶつけてこい」

梓「もういいんです。澪先輩は男と付き合ってた方が幸せなんです」

紬「本当にそれでいいの?自分の気持ちを押し殺して後悔しない?」

梓「私は澪先輩と一緒に部活ができるだけで幸せですから」

唯「あずにゃん…泣かないで」

梓「え?泣いてないですよ?」

驚いた。
唯先輩に言われるまでまったく気付かなかった。
感動して泣いたとか、そういう次元じゃなかった。
本当になんの前触れもなく、
ツーッと涙が溢れたのだ。

梓「あれ?おかしいな?え…なんで…」

拭っても拭っても涙が止まらない。
これはひどい。

先輩達はそんな私を抱き締めてくれた。
唯先輩に至っては自分まで泣き出す始末。
たかが後輩一人のためにこうまでしてくれる先輩を持てて、私は幸せです。

律「梓、行け」

梓「でも…」

律「でもじゃない。部長命令だ」

唯「あずにゃんなら…うぇ、大丈夫だよぉ…ぐすっ」

紬「諦めたらそこで試合終了よ」

私だって行きたいのは山々だ。
でも一歩が踏み出せない。

律「合宿の時に言っただろ?澪が一番幸せになれる奴と付き合っていて欲しいって。だから梓と澪が付き合って欲しいんだよ」

律「私がそう判断したんだ。何か文句あるか?」

律先輩は私を音楽室から閉め出し、 扉に鍵を掛けた。

律「梓が自分の気持ちに素直になるまで部屋に入れてやんない!」

少しビックリしたけど、これは不器用な律先輩なりの優しさだろう。
ウジウジしてる私のために喝をいれてくれたんだ。
また律先輩に助けられた。
澪先輩に気持ちを伝えることが、律先輩への恩返しになるような気がした。

そんなことを考えながら、私は猛ダッシュで階段を下っていた。

走った。
とにかく走った。
1秒でも早く澪先輩に会いたくて。
会って気持ちを伝えたくて。

澪先輩に会ったらなんて言おう。
やっぱり王道で「好きです」かな。

それを聞いたら澪先輩はどんな顔をするだろうか。
自分の後輩が息を切らしながら告白なんてしてきたら、誰でも驚くに決まってる。
しかも女の子同士なんだから尚更だ。

梓「あっ」

考え事をしすぎて、段差があることに気付けなかった。
私の体が盛大にアスファルトに打ち付けられる。
痛い。

Yシャツは破け、両膝からは血が流れる。
昔の私ならもうここで諦めていただろう。

でも今は。

今は先輩達のおかげで少し強くなれた。

私はYシャツに付いた埃を払い、膝に唾をつけて再び走り出した。

もう喉はカラカラ、止まって休もうかと思ったけど、
ここで止まったら澪先輩は永遠に男のモノになりそうな気がして止まれなかった。

もう、「澪先輩の幸せのため」
なんて言葉で逃げるつもりはない。

私も一緒に幸せになりたい。
幸せにしてください澪先輩。



何分走ったのだろうか。
やっと澪先輩の後ろ姿が見えた。
隣には男の姿がある。
でも今の私に、そんなことは些末な問題だった。

梓「澪先輩」

梓「澪先輩!」

澪先輩と男がこちらを振り向く。
二人ともすごく驚いた顔をしていた。

澪「梓?え…ち、血が…」

澪先輩は震えながらも、自分の鞄からハンカチを取り出し、
膝の傷を優しく拭いてくれた。
どうして私にはそんなに優しいの?
血が怖いはずなのに、唯先輩が指を切った時はいつも目を背けるのに。

澪「うぅ…痛そう…こんなにボロボロになって…一体どうしたんだ?」

澪先輩のために走ってたらこうなったんです。

梓「澪先輩、聞いて下さい」

澪「ん?」

梓「私…私、澪先輩がす、す、す…」

好きって言え。
頑張れ私!

梓「私、澪先輩じゃなきゃダメですー!」バタバタ

澪「え?え?」



次の日

律「ぶははは、そんなことだろうと思ってたけどな」

澪「だから初めから彼氏なんかいないって言っただろう…」

梓「うぅ…」

唯「でも澪ちゃんすごいね!音楽教室のバイトなんて!」

澪「夏休みだからな。人に教えるのも勉強になるし、恥ずかしがりを克服できると思って…」

律「なんで黙ってたんだよー」

澪「言ったらどうせ馬鹿にするだろ…」

律「うん、する」

ゴツン

紬「夏祭りは?なんだかいい雰囲気でデートみたいだったけど」

澪「あれは私の歓迎会も兼ねてな。というかデートって…あの先生結婚してるぞ」

私は顔を真っ赤にしながら先輩達の会話を聞いていた。
穴があったら入りたい。

律「ともあれ、今回のMVPは梓だな」

梓「知りません」プイッ

唯「あずにゃんとっても可愛かったよぉ」

澪「私も可愛い梓が見たかったな」

澪先輩まで…。

澪「私のために頑張ってくれたんだよな?梓、こっちにおいで」

恥ずかしくて澪先輩の顔を見れない。
私は俯いたまま、微動だにしなかった。

律「ほーら、憧れの先輩が呼んでるぞ」

唯「時々は私じゃない人に甘えてもいいんだよぉ」

唯先輩に甘えた覚えはないけど…。

顔を上げると、澪先輩は優しく微笑んでいた。

私は俯いたまま移動し、澪先輩の膝にチョコンと座った。

紬「~♪」

澪先輩は私を抱き締める。
唯先輩と違って色んなところが柔らかくて気持ち良かった。
お腹の下あたりがキュンキュンしたのは内緒だ。

澪先輩。
澪先輩と一緒の時間を過ごせて、私はとても幸せ者です。

これからもっとたくさん楽しいことをして、
みんなで笑いあっていけたらいいな。

あ、律先輩と唯先輩はもう少し真面目に練習して下さいね。
むぎ先輩は自重してください。

澪先輩、時々でいいからこんな風に私を抱っこしてください。
それだけで私は天にも昇る気持ちなのです。

澪「あー梓って温かくてきもちいー」

律「変態だなおい」

澪「馬鹿律!」

ゴッ

律「うぁだ!」

紬「うふふ♪」

いつもの部活、いつもの風景、
いつもの澪先輩に律先輩、紬先輩。

唯「あずにゃ~ん!次は私の番ね!」ダキッ

いつもの唯先輩。

梓「もぅ…暑いんですからくっつかないで下さい唯先輩」

そしていつもの私。

唯「あずにゃんのいけず~。澪ちゃんの時はポーッとしてたくせにぃ」スリスリ



この夏は私にとって忘れられない夏になりました。



fin




最終更新:2010年01月02日 20:37