和「ええ。唯があんな、自由奔放に育ってしまったのも、憂ちゃんのせいなの。
  憂ちゃんは唯のことを溺愛してるから、ずっと甘やかすばかりだった。
  ご両親も家を開けることが多かったから、誰も咎める人はいなかったのよ」

紬「やっぱり家庭環境に問題があったのね」

和「憂ちゃんの唯好きはもはや病気の域だわ。
  彼女はまだ中学生だけど……唯が酷いことを言われたと分かれば、
  すぐにでもこの高校に乗り込んでくるでしょうね」

澪「そ、そ、そのときは、私がまたガツンと言ってやるぅ」

律「声が震えてるぞ」

和「とにかく、憂ちゃんが来たらすぐに私を呼んで。
  彼女の扱いには割と慣れてるほうだから。
  これ、携帯の番号ね」

律「ああ、ありがとう……」

澪「ところで、唯はどうしてる?」

和「唯は今日は休んでるわ」

律「マジ? やっぱ昨日のアレで……?」

和「でしょうね。
  あなたたちがどんなことを唯に言ったのかは知らないけど、
  唯は生まれてこの方、他人に怒られるということがなかったの。
  だから、人生初の説教がよほどショックだったんじゃないかしら」

紬「怒られたことがない、って……家でも、学校でも?」

和「ええ。家はさっき話したとおりの環境だし、
  幼稚園や学校でも憂が常に目を光らせていたからね……
  教師でさえも歯向かえなかったそうよ」

澪「どれだけ恐ろしい妹なんだ……」

和「外見は可愛らしいけど、中身は悪鬼羅刹よ」

律「恐ろしいな」

和「とにかく、気をつけてね。
  いつどこから現れるかわからないから」



澪たちはびくびくしながら午後の授業を受けていたが、
憂が現れることはなかった。

澪「ははは、はは、けけけ結局なにもなかったな……
  まま、真鍋さんったら脅すの上手だよな、はは」

律「声が震えてるぞ」

紬「まあまあ、音楽室に行きましょ」

澪「そうだな。今日は唯がいないし優雅にティータイムを過ごせるな」

律「ははは、唯には悪いけど、鬼のいぬ間に~ってやつだな」

紬「今日はシュークリームよ~」

澪「シュークリームか。唯なら中のクリームだけ先に舐めとっちゃいそうだな」

律「うわ~、きったね~!」

紬「うふふ、ありえるわね」

憂「お姉ちゃんを馬鹿にするのもいいかげんにしてください」

澪「!!!」

律「な、なんだ、お前は」

紬「もしかして……」

憂「平沢憂です。姉がお世話になっております」

澪「あ、ああ……こちらこそ」

律(なんだ、礼儀正しい子じゃないか)

紬(真鍋さんったら大げさねえ)

憂「昨日、心無い一言でお姉ちゃんを傷つけたそうですね」

澪「え、いや、それはそのぅ」

律「おい澪、ガツンと言うんじゃなかったのか……」

澪「そ、そうだな……あ、あれは唯の食事マナーがあまりにも酷かったからだ。
  う、憂ちゃんも家族ならちゃんと注意しなきゃだめだぞ、本人のためにならないからっ」

憂「なぜそんなことをしなければならないんですか」

澪「なぜって……」

憂「ああしているのは、お姉ちゃんの意志なんです。
  お姉ちゃんの意志をねじ曲げることなんて、したくない。
  自由に生きてほしいんですよ、お姉ちゃんには」

澪「じじじ、じ、自由の意味をはき違えてるよっ。
  自由にふるまって、他の人に迷惑かけちゃダメだろ。
  自由とは責任のことだ。だから人は自由を恐れる、ってバーナード・ショウも言ってる」

憂「迷惑をかけてる、なんて……
  そんなの、あなたたちが我慢すれば良いだけじゃないですか。
  あなたたちにお姉ちゃんを否定する権利はありません」

澪「なっ……」

律「こいつ、むちゃくちゃだ」

憂「そ・れ・よ・り。
  あなたたちのせいで、お姉ちゃんったらご飯を食べられなくなっちゃったんですよ?
  私の大事なお姉ちゃんに、なんてことしてくれたんです?
  このままお姉ちゃんが飢え死にしちゃったらどうしてくれるんです?」


紬「意味のわからないことばかり言ってちゃダメよ、憂ちゃん。
  甘やかして育てるのは良くないわ、
  いけないことをしたならちゃんと叱らないと。
  善悪の区別がつかないまま大人になったら、今回みたいなトラブルが
  毎日のように起こってしまうわよ」

憂「人の家庭に口を出さないでください。
  それに、お姉ちゃんの心配は無用です。
  お姉ちゃんは社会に出すことはありません。
  私が一生、お姉ちゃんを養っていきますから」

澪「ば、バカなこというな!」

律「そうだそうだ~」

憂「あなた達に何がわかるんですか?
  そうだ、あなたたちのこと、もう学校に電話をしておきますから。
  すぐに退学になっちゃうかもしれませんね。
  お姉ちゃんを傷つけた罰ですよ、あははは」

紬「で、電話……そうだわ」

紬は、和に電話番号を貰っていたことを思い出した。


急いで携帯電話を操作する。


紬「ま、真鍋さん?」

和『電話をかけてきたということは……来たのね』


紬「ええ、早く来て。私たちの教室よ」

和『分かったわ』

澪「真鍋さんが来るのか」

紬「ええ、今呼んだわ」

憂「和さんが来ても何も変わりはしませんよ。
  それとも、和さんが代理で責任をとってくれるんでしょうかね」

澪「責任て……まるでこっちが全面的に悪いみたいだけど、
  そっちも悪いんだからな。
  唯をあんなに甘やかして、少し怒られただけで深く傷ついて」

律「そうだそうだ~」

憂「あなたたちには関係ない!
  お姉ちゃんは私のものなんです!
  私がお姉ちゃんを……」

和「そこまでよ、憂!」

澪「真鍋さん!」

律「その手に持ってるのは……?」

和「お菓子よ」

紬「お菓子?」

和「さあ、みんなでこれを食べて、
  くちゃくちゃ音とゲップと爪楊枝で唯の食事タイムを再現するのよ!!
  そうすれば憂だって自分の愚かさを自覚するはず!!」

澪「絶対に嫌だ」



和「私一人でやっても良いんだけど、みんなでやらないと意味がないのよ。
  なんとか効果ってやつよ」


澪「はあ」

律「仕方ないな……」

紬「うう、淑女たるものこんなことは……」

3人はぶつぶつ言いながらも、和の手からお菓子を受け取った。
そして、それを口に含み、盛大に咀嚼を開始した。

澪「くっちゃくっちゃにっちゃにちゃくっちゃくっちゃぴちゃぴちゃくっちゃくっちゃくっちゃ」

律「くちゃくちゃくっちゃくっちゃぴちゃぴちゃくっちゃくちゃくっちゃにちゃにちゃくちゃぴちゃ」

憂「う……何この、不愉快さは……いつもお姉ちゃんのを聞いてるはずなのに……!!」

紬「くちゃくっちゃぴちゃぴちゃにちゃにちゃくっちゃくっちゃねちゃねちゃくっちゃくっちゃくちゃ」

和「ぴちゃくちゃくっちゃくちゃくちゃにちゃにちゃねちゃねちゃくっちゃくちゃくちゃくちゃくっちゃ」

憂「う、ダメ……!! ううううう、耳が腐る……うっ……」


澪律紬和「「「「 げえええええぇぇぇぇっっっぷ 」」」」


憂「いやあああああああああああ!!」


律「おっ、効いてる」

澪「代償に女として大事なものを失った気がするけどな」

紬「もうお嫁に行けないわ……」

和「よし、とどめは爪楊枝よ!
  できるだけ大きな音でシーハーするのよ!」


4人は床にうずくまる憂を取り囲み、
憂の耳元で爪楊枝シーハーを始めた。


澪「シーシーチッチッシーシーハー」

律「シーシーチッチッシーシーハー」

紬「チッチッシーチッチッチッシー」

和「チッシーハーシーチッシーハー」


憂「ううう、もうやめてえ……」


和「分かったわね、憂。
  これがあなたのお姉ちゃんがやっていたことよ。
  あなたが好き勝手に唯を甘やかしていたから、
  ずっと唯はこんな不愉快な行いを、
  自覚のないまま周囲に見せつけてきたのよ。
  そして唯は、ついに私以外の友達がいないままだったわ」

澪「そういや、なんで真鍋さんは唯と仲良くしてたんだ?」

和「ゲップフェチで」

澪「え? 何?」

和「そんなことはどうでもいいのよ。
  とにかく、このままじゃ唯はずっと独りぼっちの人生を送ることになるわ。
  それでいいの? 唯が可哀想じゃないの?」

憂「お姉ちゃんは……一生私が養ってあげるの……!!」


和「いい加減にしなさい!!」ボカッ

律(グーパンチ!?)


和「それじゃあ唯が可哀想だって言ってるでしょう!!」
  バキッ ボカッ

和「唯のことを本当に愛しているなら、そんなことをしちゃダメ!!」
  ガシッ ドスッ ドコッ

和「唯には唯の人生を歩ませてあげるのが、本当の愛ってものでしょう!!」
  ベキッ ボコッ ガスッ ドカッ

澪「そのへんでやめとけ。マジでこっちが悪者になる」

憂「うううう……でもお姉ちゃんは、もう独りでしか生きてけない……」

和「大丈夫よ……唯には、こんなに素晴らしい仲間がいるんだもの」

憂「えっ……」

和「軽音部のみんなよ。秋山澪さん、田井中律さん、えーっとそれから」

紬「……」

和「そう、こんなにも素晴らしい仲間が唯にはいるのよ」


和「もう、唯はひとりじゃないわ。
  唯を受け入れてくれた人が、ここにいるんだもの」

憂「みなさん……」

澪(まあ、人数合わせで入れてるだけなんだけど)

律(唯がいないと廃部だしなあ)

紬(別に友達ってわけじゃないわ)

憂「うううっ……私が間違ってました……
  これからは、本当にお姉ちゃんのためを考えて……
  心を入れ替えて生きていきます……」

和「そう、それでいいのよ。
  と、ここで特別ゲストの登場です」


澪「ゲスト?」

和「唯! おいで」


唯「えへへ……」

唯「みんな、ごめんね……それから……ありがとう」

和「いいのよ。間違いはこれから改めていけば良いわ。
  人はそうやって成長していくのだから」

澪(なんで真鍋さんが仕切ってるんだろう)

唯「憂も、ごめんね。私、もう独りでも大丈夫だから。
  私のこと大事にしてくれてありがとう。
  私、憂のお姉ちゃんで嬉しいよ」

憂「うううっ……おね
和「そうね。唯は一皮むけて大人になったわ……。
  妹離れにはちょうど良い時期かもしれないわね。
  唯、私は結のこと応援するからね」

律(真鍋さん喋りすぎだろ)

唯「澪ちゃん、律ちゃん、ムギちゃん、
  こんな私だけどこれからも宜しくおねがいします」

澪「ああ」

律「その前に食事のマナーを叩き込んでやるよ」

紬「うふふ、覚悟しててね」

唯「え? なんで食事のマナーを?」

澪「え?」

律「いや、だって……それを反省して戻ってきたんじゃないのか?」

唯「私も最初は反省するつもりだったけど、ここにきてみたら、
  みんな揃ってくちゃくちゃ音たてて食べてたからさあ」

律「……」

唯「あとゲップとか、爪楊枝とか。
  人にやるなって言ってたことを、自分たちがやってたから、
  別に食事のマナーはもう気にしなくて良いのかな、って思って」

紬「……」

唯「みんなが私のために合わせてくれたんだよね……!
  ありがとう、みんな!
  私、これからも食事のマナーなんて気にしないよ!」

澪「えっ、そういうオチ?」



翌日、音楽室。

唯「ムギちゃんのお菓子は今日もおいしいね~」
  くっちゃくっちゃくっちゃぴっちゃくちゃくっちゃぺちゃぴちゃくっちゃくっちゃ

紬「そ、そうかしら。ありがと……」

唯「紅茶もおいしいし」
  ず~じゅるじゅるじゅるじゅるず~ずずじゅるじゅるずずずず

律(これって真鍋さんのせいだよなあ)

澪(真鍋さんはあれから『生徒会が忙しい!』とか言って、
  ずっと私たちから逃げ続けてるよ……)

紬(電話もつながらないわ……)

律(憂ちゃんはちゃんと改心して謝ってくれたんだけどなあ)

澪(もうどうすればいいのか見当もつかない……)

紬(もういやぁ……)

唯「げえええええええぇぇぇぇぇっぷ!!!」


        お             わ                り



最終更新:2010年02月19日 00:52