律・伍
律『えっ……ちょっ!』
私の身体は地上から1mくらいの場所で静止した。
……は?なにこれ?
律『……ははっ!おーい唯ー、私空飛べるようになったぜー!……』
誰も振り向かない。
律『っ、おい、いいかげんにしろよっ』
正面に周りこんで、愕然とした。
誰も、誰の目もピクリとも動かない。
もしかして、私、見えてない?
なんだこれ。何が起こってんの?
冷静になれ、足りない頭で考えろ。
自分を落ち着けた私。落ち着けようとしたのにのに……
律『……なんでこんなに人がいっぱい……』
なんで気づかなかったんだろう。三人の周りにはゴマンと人が座っていた。
……しかも
律『喪服じゃねーか』
そこにいる人間全員が黒に身を包んでいた。
落ち着けた心臓の鼓動が、跳ね馬のように一気に暴れだす。じわりとあぶら汗が滲む。
律『……どこだ』
律『……どこだ』
私は無意識に何かを探し始める。
心臓は早鐘を打ったかのようだ。
花が飾られた祭壇。私は滑るように棺に駆け寄り……
心臓が、一回飛ばして打った。
いや、そもそもこれは心臓なのかが怪しい。
二つの棺の中に眠っているのは…………澪と私。
律『ちょっ、ちょっと待って、なんで私も澪も死んっ!』
なんとも奇妙な気分だ。
自分で『自分だったもの』を見下ろす。
土気色の私の隣に眠る澪の顔は驚くほどに白い。ちょっとピンクがさせば、いつもの澪じゃんか……
律『どうしてっ!!どうしてだっ!!どうして澪が死んでる!!?』
私のことはもうどうでもいい。
なぜ、澪が、澪が死んでるの……?
どうして何も覚えてないの……?
どうしていいか分からず、涙が溢れてきた……その時……
『お迎えにあがりました』
律『っ!!』
凍りつくような声に、私はギョッとして振り向いた。
そこにいたのは……身の丈2mもあるボロ布……かと思えば、顔の所にポッカリ暗い穴のあいたフードを被った、何か。
私は直感的に感じた……ソレは、私を絶対『いい所』へは連れていってくれないだろう……。
律『だ、誰だおまえは!!』
『おやおや、申し上げましたように、あなたを迎えにきました死神ですが?』
死神だって!?そんな漫画そっくりの死神がいるかってんだ!!
ソレの声が私は嫌いだった。
よく
ニュースで、『音声は変えてあります』とある時のあの声……。
あの人口的で、暖かみがない、甲高い声……。
死神『ふふ、さぞ怖がっておられるようですねぇ。
私がどんな風に見えるか存じませんが、私の姿は、あなたのイメージを反映してますから』
それで……
律『ふざけんなっ!死神が私になんの用があるってんだ!!』
死神『おやおや、物わかりの悪い方だ。
あなたは死にました。ストーカーなんて馬鹿な真似をしてね』
律『はっ!!私がストーカー!?あれは、唯が……』
死神『ちょうどいい具合です。今唯さんが真相を語ってくれますよ』
見ると唯が二人に何かしゃべりかけていた。……真相?
唯「澪ちゃんと、りっちゃんが死んだのは私のせいだ……。
私、澪ちゃんがストーカーにあったって言った日から……りっちゃんの様子が変なことに気づいていたの……」
梓「……ヒック、唯せんぱい?」
唯「まるでりっちゃんの中に、もう一人りっちゃんがいるみたいだった……。
そのりっちゃんは……多分澪ちゃんの、自分に対する愛が揺らいだと感じたとき、出てきてたんだと思う……」
唯「そのりっちゃんは……その、怖かった。
『澪は私のものだ!』『私のものになるまで放さない!』……絶対そんな目だったの、ヒック」
唯「私は……私はそれにずっと気づいてて、り、りっちゃんの挙動を見守っていたの……。
な、なのに……なのにっ、二人とも死んじゃった……!
どうしよう……私のせいだっ!私のせいでっ!」
紬「唯ちゃん……それが唯ちゃんのせいなわけないじゃない!
私達だって……私達だって、全然気づかなくて……グス」
…………
死神『クスッ、あはは、はい、お分かり?』
死神『?ククッ、りっちゃーん?』
嘘だ。
私はまだ夢を見ているんだ。
私がストーカー?澪のことを思うあまりに?……自分を忘れて?
ばかばかしい、そんなことあるわけない。嘘だ。
―深層心理が表にでるって怖いですね……―
突然の梓の声に、私は驚いて顔をあげた。
律『死神っ、お前か!?』
死神はククッと笑いながら続ける。
―そうよ唯ちゃん?ストーカーがエスカレートして殺人事件まで発展することもあるのよ?
相手を思いすぎるあまりに、ね。歪んだ愛、というものなのかしら―
今度はムギの声。
律『やめろおぉ!!汚れた姿であいつらのマネすんなあぁぁ!!』
私は激昂した。
事実なのか?……ほんとに私が澪をストーカーしていたのか?
……私が澪を脅えさせていたのか……。
はっ!!じゃ、じゃあまさか、私が死んだのって……
死神『はい、その通りです。あのグッズはしっかり役割を果たしましたね、クク』
あざ笑いながら、死神は祭壇を指差す。
そこにはあの日買った、あの護身刀が、綺麗に血を拭き取られ安置されていた。
律『そ、それじゃあ、まさか私は……』
私は浮遊している自分の体を見た。
穴が空いている。
ちょうどみぞおちのあたりに、細長い穴がポッカリと空いていた……
死神『そ♪澪ちゃんは見事、ストーカーを撃退したのでした♪
ま、そのままそれで自分の胸を貫いたけどね』
なんてことだ。
澪が私を刺したのだ。
そして、それが私だと分かり……自殺した……。
死神『あの時の澪ちゃんの顔最高だったなぁ♪
自分の親友がストーカーで、そいつ、刺しちゃったんだもん。
あの時の絶望した顔、悲痛の叫び、胸から吹き出る血潮、たまんなかったぁ、ククッ』
死神はしたてに出ることも忘れ、自己の快想に浸っている。
澪の遺骸はきちんと整えられ、胸の傷は見えなかった。
しかしそこからは、今も血が溢れているような気がする。
その血は、私にまとわりつき、締めつけ、染みこみ、何度も言ってくる。
『律のことは信じていたのに』
死神『さぁって、そろそろ行きましょうか』
死神がそう言った途端、視界が暗転し、回転しだした。
律『ちょっ!!待ってくれ!!
まだみんなを、家族を、軽音部のみんなを見ていたい!!』
死神『はぁ?無理無理、もう行くんだよ。
……まぁ、そう落ち込まなくていいよ、喜べ。
一年もしないうちに、お仲間さんがやってくるしさぁ』
死神はおかしさを堪えられないかように、体をよじる。
律『お仲間?それ、どういう意味だっ!?』
死神『まぁ待ってりゃ分かるって、ヒヒ。
どっちにしろ、君はもう、軽音部のみんなを見ることもねぇな』
そんな……。
父さん、母さん、聡……
ムギ、梓ぁ……
唯ぃ……唯ごめんな、私が間違ってた……
もうみんなとは会えない……お別れだ。
でも……
律『なぁっ!!澪は!?澪なら会えるだろっ!?澪も死んだんだし!!
私謝るから!澪を傷つけてごめんって!
これからは澪を怖がらすことは絶対しないって謝るから!!』
死神『あぁ澪ちゃんね……』
死神はそう呟いたかと思うと、突然高笑いし始めた。
その内臓にまで響きわたるような凍りつく声に、私は戦慄する。
死神『アァーハッハッハ!!キヒッ、クククッ、君は澪ちゃんとはもう会えないよ、ククッ』
律『どうしてっ!?』
私がそう言うと、死神は突然フードを脱いだ。
その下から顔を出したのは、生気のない、土気色の、のっぺりした顔。
口は耳もとまで裂け、目は下弦の三日月を描いている。
その姿を見た瞬間、私の視界の回転は強くなり、強い目まいがしてきた。
死神『だってさぁ……
―こんな刀で刺されたストーカーさんは、間違いなく地獄いきだね!―
あぁ……唯の声だ……そっか私が行くのは……
…………ああ……澪……
あのころに戻りたいよ……澪とずっと一緒に……ずっと一緒にいられると思ってたあのころに……
私も大好きだよ、澪。
目まいが強くなる。目を開けていられない。……もう時間なんだ……。
私が見る現世最後の景色。
薄れゆく意識の中、私が最後にみたもの。
ソレの口がニヤリと耳もとまで裂け、さぞ楽しそうに大きく口を開ける。
だってさ……
ソレはこうのたまわった。
『 行き先が違うんだから 』
-Fin-
最終更新:2010年02月21日 04:03