ある冬の日の夕方。

 私はキッチンでカレーの入った鍋をかき混ぜる。

 ルーは甘口。

 お姉ちゃんが大好きな甘口。

 でもごめんねお姉ちゃん。

 私、本当は甘口そんなに好きじゃないんだ。

下の階からドアの開く音がする。

唯「ただいま~」 

 疲れてそうだね。

 私は手を軽く洗い、その手を拭くのも忘れ階段に向かう。

 玄関を覗くと、お姉ちゃんが靴を脱いでいる。

憂「お姉ちゃんおかえり」

 そう私が声をかけると、お姉ちゃんはこっちを向いてくれた。

唯「えへへ。憂、ただいまー」

 もうお姉ちゃん、わざわざもう一回言わなくてもいいよ。

 ちゃんと聞こえたよ、お姉ちゃんのかわいい声。


唯「今日はカレーだね?」

憂「そうだよ。昨日お姉ちゃんが食べたいっていったから」

 お姉ちゃんがぽけーっとした顔になる。

 たぶん、そんなこと覚えてないんだろうな。

 でもその顔はすぐ笑顔に変わった。

 カレーが嬉しいのかな?

 それじゃあ、すぐ食べさせてあげるからね。

憂「もう少しで出来るから、着替えてね?」

唯「ほーい」


 お姉ちゃんが自分の部屋へ向かう。

 気づいてくれるかな。

 今日、お姉ちゃんのお部屋掃除したんだよ。

 もう部屋着脱ぎ散らしちゃ駄目だよ。


 私はカレーをお皿に盛る。

 お姉ちゃんとお揃いのお皿。 

 カレーちょっぴりライスたっぷり。

 これがお姉ちゃんのベストバランスなんだよね。

 お姉ちゃんのことは何でも知ってるよ。


 お姉ちゃんがリビングに戻ってくる。

 「かぶとむし」ってかいてあるTシャツを着てる。

 ふふ、変なの。

憂「お姉ちゃん、座って座って」

唯「えへへ、お待たせー」

憂「じゃあ食べよっか?」

唯「うん!」

 首を縦に振るお姉ちゃん。

 それだけのことで心がぽかぽかする。

憂「それじゃあ、いただきます」

唯「いただきまーす」

 もうお姉ちゃん、いただきますの時は手を合わせなきゃ駄目だよ。

 あ、もう口の横にカレーをつけてる。

 ほら、お皿からカレーがこぼれてるよ。

 そんなことを気にしているうちにお姉ちゃんのお皿はどんどん白くなっていく。

憂「お姉ちゃん、美味しい?」

唯「憂が作ったんだから美味しいに決まってるよ!」

 私が作ったから。

 顔が思わずにやける。

 お姉ちゃんは、素直にこういうことを言ってくれるから嬉しい。

 そんなお姉ちゃんが大好き。

 お姉ちゃんが、大好き。

憂「ふふ、よかった」

唯「世界一……宇宙一おいしいカレーだよ!」

憂「それは大げさだよ」

 私がそう笑って返すと、お姉ちゃんが暗い顔になる。

 どうしよう。

 お姉ちゃんを哀しませちゃった。

憂「あ、でも」

 お願い。

 いつもの顔に戻って。

憂「すごく褒めてくれたんだよね?ありがとう、お姉ちゃん」

 そう言うとお姉ちゃんは一瞬驚いたような顔になる。

 けど、すぐに笑顔になってくれた。

 でもなんでだろう。

 お姉ちゃんの顔が紅い気がする。

 あとで熱、測らないと。

唯「ごちそーさまでしたー」

 そう言ってお腹をポンポンと叩くお姉ちゃん。

 狸さんみたい。

 おかわりは二回もしてくれた。

 それでもカレーはまだ残ってる。

 明日にはもっとおいしくなってるかな?

憂「お粗末さまでした。じゃあ片付けるね」

 そう言って私は二枚のお皿を重ねる。

 ふと私とお姉ちゃんがまだ中学生だった頃のある日を思い出した。

 お姉ちゃんが、食器を洗うのを手伝ってくれた日。

 でもお姉ちゃん、お皿を割っちゃったんだよね。

 割ったお皿を拾おうとして指から血を出したお姉ちゃん。

 気が狂いそうになった。

 たぶん、あれ以来私は泣いてない。

 本当お姉ちゃんと一緒に食器洗いたい。

 でもその願いは、そっと心の中にしまっておこう。


 ふと目を横にやると、お姉ちゃんがゴロゴロしてる。

 テレビもつけず、ただ寝転がってるだけ。

 もうお姉ちゃん、牛さんになっちゃうよ。

 牛さんのお姉ちゃん。

 きっとかわいいだろうな、なんて思ってしまう。

 一通り食器を洗いおわる。

 リビングに戻るとお姉ちゃんは寝ていた。

 カレーで満たされたお腹が膨らんだりへこんだりしてる。

 すー……すー……という小さな寝息が聞こえる。

 かわいい寝顔だなぁ。

 あ、まだ口の横にカレーつけたままだ。

 とってあげないとね。

 ……お姉ちゃん、起きないよね。 

 私は、お姉ちゃんのカレーを唇でそっと取る。

 お姉ちゃん味のカレー、なんてね。

 お風呂を沸かし終えて、お姉ちゃんを起こす。

憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

唯「ほえ?」

憂「お風呂、沸いたから入りなよ」

 少しだけ、お姉ちゃんに一緒に入ろうなんて誘われることを期待する。

 最後に一緒に入ったのいつだっけ。

 まだあの時は私のほうが、お姉ちゃんより胸小さかったよね。


 あ、私ちょっとエッチなこと考えてたかも。


唯「憂ー、おこしてー」

 お姉ちゃんが私に向けて両手をあげる。

 もしこのまま「憂、おいで」なんて言われたらどうしよう。

 きっと私はその言葉に甘えて、お姉ちゃんの胸に思い切り飛び込むだろうな。

憂「はいはい」

 そんなありえない妄想をしながら、私はお姉ちゃんの両手を掴む。
憂「きゃっ!」

 その瞬間、手を引っ張られ、私がお姉ちゃんに覆いかぶさる。

 お姉ちゃんの体の感触。

 お姉ちゃんの匂い。

 そのすべてを五感で感じる。

 どくん、どくん。

 そんな音を聞こえそうなほど、私の鼓動が大きくなる気がした。


唯「憂ぃ……」

 やめてお姉ちゃん。

 そんな甘い声で私の名前を呼ばないで。

 今の私、笑顔で返事する余裕がないよ。

憂「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 自分の気持ちを紛らわせるかのようにお姉ちゃんの心配をする。

唯「なんでも……ないよ」

 お姉ちゃんが苦しそうにそう言った。

 真っ赤な顔で、そう言った。

 本当に具合悪いのかな。

憂「熱とか、ないよね?」

 そう言って私はお姉ちゃんの額と自分の額を軽くつける。

 熱は無いみたい。 

 けどどうしよう。

 顔が熱い。 

 私のほうが熱でてきたかも。

 早く。 

 早く離れなきゃ。

憂「熱はないみた……!?」

 え?

 何が起こったのかわからなかった。

 目の前がすべてお姉ちゃんになって、唇に柔らかいものが触れる。

 ああそうか。

 私お姉ちゃんとキスしてるんだ。

 頭の後ろにお姉ちゃんの手がまわる。

 大丈夫だよお姉ちゃん。

 そんなことをしなくても私は逃げないよ。

唯「ふゅい……」

 あはは、ふゅいだって。

 キスしたまま名前を呼ぶからだよお姉ちゃん。

唯「んむ……」

 口の中に暖かい物がはいってくる。

 少しカレーの風味が残ったお姉ちゃんのベロが入ってくる。

 へへ、甘口のカレーだね。 

 そのままお姉ちゃんのベロは私の口の中を食べる。

 歯茎なんてくすぐったいよお姉ちゃん。

 そんなこと舐めても、おいしくないよ?
唯「ぷぁ……」

 唇が離れる。

 私とお姉ちゃんの口の間に銀の掛け橋ができる。

 えへへ、いやらしいね。


 お姉ちゃんがおいしいって言ってくれた。

 私が作った物かわからないけど、おいしいって言ってくれた。

 ありがとうお姉ちゃん。

 でもなんで?

 なんでそんな暗い顔なの?

 そんなくらい顔されておいしいって言われても私、喜べないよ。

憂「……そっか」

 初めて私は、お姉ちゃんに褒められても嬉しがることができなかった。

唯「……ごめんね、憂」

憂「……いいよ」

 お姉ちゃん、なんで謝るの?

 私、お姉ちゃんが大好きだよ?

 お姉ちゃんとキスできて、すごくうれしいよ?

唯「憂……」

 なあに?

唯「私、憂のこと大好きだよ」

 うれしい。

 お姉ちゃんに大好きって言われちゃった。

 でもそれはどういう大好きなんだろう。

 私は、どういうふうに返せばいいんだろう。

 わからない。

 わからないけどとりあえず今は妹として言うねお姉ちゃん。

憂「……私もだよ、お姉ちゃん」

 ごめんねお姉ちゃん。 

 笑顔で言えなかった。 

 お姉ちゃんの気持ちがわからないから。 

 でも私はお姉ちゃんのことが本当に大好きだよ。 

 お互いの気持ちを理解するのに少し時間がかかるかもしれない。

 でもいつか、お姉ちゃんに笑顔で言えるといいな。

 違う大好きを。





最初はよー、憂の視点なんて考えてないで書き溜めたからよー、色々矛盾してるんだよー。

じゃあこれで終わりでいいね。うふふふ。



最終更新:2010年02月25日 14:57