一緒にいられない…?
そんな理由で別れるなんて言い出したのか?
唯先輩は本当にばかだ。
そんな理由で…私が唯先輩と別れるとでも思ったのだろうか。
梓「だったら…」
唯「えっ…」
梓「私、待ちます!ずっと、ずっと待ちます!」
唯「あずにゃん…?」
梓「たとえ何年かかろうと…私、待ってます」
梓「だから…だから…別れるなんて…言わないでぇ……」ポロポロ
そこで私は限界だった。
目から出る涙が止まらない。
唯先輩に無様な顔を見せたくないのに…
それでも私の涙は止まらなかった。
唯「あずにゃん…」
梓「うぅ…ひっく…ぐすっ…」
唯「ごめんね…私が間違ってたよ…」
梓「せん……ぱいっ……ひっく」
唯「私、バカだね…あずにゃんに嫌がることはしないって言ったのに…」
梓「……ぐすっ…そうですよ…」
唯「…はい!」
そう言うと唯先輩は小指を突き出した。
唯「約束するよ…ここに…桜の咲く季節に必ず戻ってくるって…!」
梓「…はい…!」
いつもやってきた指きりげんまん。
私たちが約束するときは必ずやること…
唯「待っててね…必ず戻ってくるから…」
梓「はい…私、ここで待ってますから…!」
そして、私たちはキスをした。
2回目のキス。それは別れのキスだった。
こうして私たちの関係は終わりを告げた。
帰り道、私たちはゆっくりと、いつもの道を歩いた。
舞っている桜の花びらが、妙に奇麗だった。
……
律「遅いぞーっ!」
梓「すみません…」
大学生になった私は、律先輩たちと同じ大学に入った。
ここでも軽音サークルがなく、律先輩達がまた一から作り上げたみたいだ。
私が入った時には、高校の時と同じ感じの部室があった。
やはり、ムギ先輩の財力は素晴らしい。
そして、放課後ティータイムをふたたび結成した私たちは、のほほんと毎日を過ごしてしたのだった。
今日は高校近くの居酒屋で飲み会だ。
こうやって集まるのは何かあった時だ。
澪「ごめんな?もう私たち飲み始めちゃってるけど…」
梓「構わないですよ」
紬「うふふ」
律「飲め飲め!ほら梓!飲めよぉ!」
律先輩は酒癖が非常に悪い。
さわ子先生を彷彿とさせる飲みっぷりだ。
梓「やめてくださいよ…」
澪「ほら律!」
律「でへへ~澪ちゅわんはかわいいなぁもう!」モミモミ
澪「ひゃっ!?や、やめろっ!」
紬「あらあら」
こうして酔っ払いの相手をしながらお酒を飲んだ。
お酒は…苦手だ。
梓「うぃ~…ひっく」
澪「あ、梓大丈夫か?」
梓「らいひょうぶれすよー」
澪「ろれつが回ってないぞ…」
紬「酔っ払った梓ちゃんもかわいいわ!」
澪「もう…大事な話があるのに…」
大事な話?なんだそれは?
こっちは気持ちよく酔ってるんだから邪魔しないでください!
梓「なんれふか~?はなしって~」
紬「実はね…唯ちゃんが帰ってくるの」
梓「そうれふか~」
な~んだ、唯先輩が帰ってくるのか。
まったく、そんなことで集まらなくったっていいじゃないか…
ん? まてよ…唯先輩が帰ってくる…?
梓「ええっ!!?唯先輩が帰ってくる!!?」
澪「うわっ!?」
梓「本当なんですか!?嘘じゃないですよね!?」ブンブン
澪「落ち着け梓…吐いちゃうよ…!」ブンブン
梓「これが落ち着いていられますかぁ!!」
紬「落ち着いて、梓ちゃん」ムギュー
梓「あうっ…」
ムギ先輩によって我に返った私は澪先輩から詳しく聞いた。
澪「昨日ぐらいかな…唯から突然電話が来てな…」
紬「明後日ぐらいに日本に帰ってくるなんて言い出したの!」
梓「そうなんですか…」
澪「律は見ての通り喜びすぎてな」
梓「なんとなくわかります」
紬「でもよかったわね!唯ちゃんが戻ってきて、梓ちゃんもうれしいでしょ?」
梓「……」
澪「? 梓?」
梓「…えへへっ、なんでもないです」
紬「そっか」
本当は泣きだしたかった。
でも…私は泣くことはできなかった。
だって…あの日、唯先輩と約束したから。
約束通りに戻ってくるんだから、それは当り前のことだ。
澪「ほぉら!帰るぞっ!」
律「えへへ~、ゆい~!」
澪「まったく…」
紬「唯ちゃんが帰ってくるのがよっぽどうれしかったのね」
梓「そうですね…」
澪「じゃあ、明日、空港でな」
梓「あっ、すみません。私はちょっと…」
紬「行かないの?」
梓「はい…私はあそこで待つので…」
澪「そっか…じゃあ、明日は頑張れよ」
梓「はいっ!」
律「がんばれよーーっ!!」
梓「うるさいです」
……
翌日、私は昨日と同じく桜の木の下で座った。
今日も桜は満開で、桜の花びらがやむことなく散っている。
梓「……」
何回も…何回もここで待っていた。
たとえ来ないということが分かっていても…私はひたすら待っていた。
だって……唯先輩は約束を絶対に守るから。
桜の花びらが私の肩に落ちた。
手にとって目をつぶると、また記憶がよみがえる……
……
梓「うい!あっちに行っても元気でね!」
憂「うん!」
唯先輩と憂がロンドンに旅立つ当日。
私たちは空港にお見送りに来ていた。
純「私のこと忘れないでよ!」
憂「わかったよ純ちゃん!」
梓「純、いたんだ」
純「私はずっと前からいるよ!!」
律「ゆいーっ!元気でな!」
澪「ギターもちゃんと練習するんだぞ!」
紬「風邪ひかないでね!」
唯「うん!わかった!」
和「このノートがあれば日常会話に困らないから、ちゃんと使うのよ」
唯「うん!和ちゃん、ありがとっ!」
さわ子「何も言うことはない…あとは進むだけよ!」
唯「よくわからないけどありがと!さわちゃん!」
梓「……」
律「いいのか梓?なにか唯に言わなくても…」
梓「いいんです。昨日でいっぱい話しましたから」
澪「そっか…」
憂「お姉ちゃん、そろそろ…」
唯「うん!みんな、また会おうっ!」
これが唯先輩を見た最後の姿だった。
あとは……約束通りあの桜の木の下で待つだけだ。
……
それから、放課後ティータイムは4人編成となった。
新入生は残念ながら入らず、律先輩はとても嘆いていた。
この一年間はあっという間に過ぎていき、先輩達は卒業することになった。
律「あずさぁ!一人でも元気でやれよ!」
梓「はい!」
澪「梓なら一人でもやっていけるよ。がんばれよ」
梓「ちょっと不安ですけど…がんばります」
紬「ときどき差し入れにいくからね」
梓「ありがたいです!」
律「はぁ、それにしても私たちも卒業かぁ」
澪「早かったな」
紬「えぇ…でも、いろんなことがあったわ」
律「そうだな…」
澪「…最後にみんなで写真でも撮るか!」
紬「うん!」
梓「じゃあ私が……」
さわ子「私が撮るから、梓ちゃんも入りなさい」
梓「いいんですか?」
律「ほら、梓もこっち来い!」
梓「は、はい」
さわ子「はぁい、いくわよ~!はい、チーズ!」
その時の写真の先輩達は、みんな笑っていた。
だけど…本当ならいるはずのあの人がいなかったからか、私の顔はそこまで笑顔じゃなかった。
先輩達が卒業した後、私はあの桜の木の下へと赴いた。
たった一年で帰ってくるはずがない……
それでも私は待つことにした。
桜の花びらがやむことなく散っていく。
それは…唯先輩と別れた日の時のようだった。
そこで私は唯先輩との思い出を振り返る……
「あずさっ!」
梓「へっ…?」
顔を上げてみると、そこには純がいた。
純「もう、こんなところで何やってるの?」
梓「ちょっとね…」
気がつくと辺りはすでに暗くなっていた。
どうやら一日中ここにいたようだ。
純「……唯先輩のことでも思ってたの?」
梓「な、なんでわかるの!?」
純「私にだってわかるよ~。梓が唯先輩を待っているのはさ」
妙なところで鋭い。
純は侮れないと思った。
純「いつまで唯先輩を待ってるつもりなの?」
梓「それは…ずっとだけど…」
純「いつ帰ってくるかわからないのに?」
そんなのわかってる。
でも…私は唯先輩と約束したんだ。
梓「ベ、別に純には関係ないでしょ!?」
純「関係あるよ。だって……」
えっ?
これって…もしかして…
まさか純が…!?
梓「ま、待って!」
純「な、なに?」
梓「わ、私は…唯先輩一筋だから!」
純「何言ってるの?私たちは友達だって言おうと思ってたのに…」
梓「へっ…?」
どうやら私の早とちりだったようだ。
でも、純だって悪い!
あんなこと言ったら誰だって勘違いするものだ!
純「まぁ梓の好きにすればいいんだよ」
梓「なにそれ?」
純「本当は心配だから止めようと思ってたんだけど…さっきのを聞く限りは聞いてもらえなさそうだからね」
梓「そうなんだ…」
純はなんだかんだいって友達思いのいい子なのだ。
純「でも…無理しちゃだめだからね?」
梓「わかってるって~」
純「まぁ風邪ひかないでよー。じゃあね」
梓「うん、ばいばい!」
純が帰った後も、あの人が来るはずなんてなく…
結局、桜の花びらは全部散ってしまった。
それから翌年も翌々年も…私はずっと待ち続けた。
なぜか桜の木の下で待っているとあの時の思い出が鮮明に蘇ってくる。
その思い出とともに、唯先輩を待ち続けた。
それでも…あの人は姿を見せなかった。
……
そして、今年の春。
いつもと変わらない桜の木の下で、私は待ち続ける。
春という季節は、始まりの季節でもあり終わりの季節でもある。
私にとって……春という季節は終わりの季節だ。
だけど…今年の春は違う。
今年は…私にとって新しいスタートとなる春だから。
梓「きれいだなぁ…」
桜の花びらがどんどん散っていく。
雪のように散っていく桜の花びらに私は見とれていた。
私の視界が桜の花びらに埋め尽くされた時、その声はした。
「あずにゃ~ん!」
立ち上がって振り返ってみる。
そこには、あのころと変わらない…私の大好きな人がいた。
唯「ただいま!」
梓「おかえりなさい!唯先輩!」
おわり
最終更新:2010年03月04日 00:22