その時ガラガラと音をたててドアが開き人が入ってきた
聡「あ、姉ちゃん気がついたの!」
律「う…うん?」
聡「今医師とかお母さん呼んでくるから」
そう言い残して聡は急いで部屋を出て行った
医師ってことはここは病院か、私どうしたんだっけ?
家に帰ってきてから………ダメだ。よく覚えてないや
考え込んでいる時に再びドアが開き今度は母さんと医師っぽい人が入ってきた
律母「よかった、目が覚めたのね」
母さんは微笑んでいたが、その笑顔はどこか不安そうだった
律「うん。……私どうしたの?」
律母「覚えてないの?あなた昨日帰ってきてから突然倒れて病院に運ばれたの」
律「もしかして病気かなんかなの…?」
母さんは俯いて少しの沈黙の後、口を開いた
律母「律あなたは心臓の病気なの」
律「心臓の……冗談だろ」
律「治るんだよな?」
律母「え、ええ!大丈夫よ!今日から入院することになるけど、きっと治るわ!」
律「あぁ…治らないんだな…」
律母「えっ…何言ってるの?ちゃんと治るのよ」
律「いいよ、嘘つかなくても顔見てれば分かるし」
母さんが医師の方を見ると医師は困ったような顔をしていた
律「本当のこと話してよ」
医師「分かった。これから話すから落ち着いて聞いてくれよ」
医師により私の病状が語られた
私の病気はまだ原因不明の病で現在の医療では治すことはできない
そして私の命はもう長くて半年あるかどうかだという
律「なんだそりゃ…突然過ぎるだろ…映画やドラマの見すぎじゃないですか?」
律母「律…そんなこと言っちゃダメでしょ」
医師「信じられない気持ちは分かるが、本当のことなんだ」
突然の宣告に驚きその後の母さんと医師が話しかけてきたが、私の耳にはまるで入ってこなかった
病室に一人になり見慣れない天井を眺めながら考え込む
律「死ぬのか?こんなに身体は普通に動くのに」
医師に言われた事をまだにわかに信じられずにいた
もしかしてムギが仕掛けたドッキリなんじゃないか、夢でも見てるんじゃないかと思ったりもした
でもあんなに充血した母さんの目を見たらドッキリなんて思えないし、自分の頬を抓ってみたが確かに痛みがあった
どうやらこれは現実みたいだ
入院して2日目
明確な医療法もないのに入院させられるというのはなんだかな…
医師の話しが本当なら私の命はあと半年もない
なら私としては普通に動けるし外に出てやりたい事をやりたい
しかし外出は許可されず私は何もない病室で聡に持ってきてもらったゲームをするくらいしかなかった
ぱよえ~ん、ぱよえ~ん…
律「今なら憂ちゃんに勝てそうだな」
律「はぁ…」
入院して5日目
私が入院したと知ったみんながお見舞いにきてくれた
唯「りっちゃんおーす!」
澪「コラ唯。病院では静かにしろ」
紬「りっちゃん大丈夫?」
梓「律先輩が入院なんて落ちてる物でも拾って食べたんですか?」
そうか、みんなは私がなんで入院したかとか病状は知らないんだよな
紬「りっちゃん?」
律「あぁ…うん!平気平気!大丈夫だから心配するなよムギ!」
紬「よかった、メロン持ってきたの!食べる?」
律「ありがとうムギ!だけど今食べようとすると唯に食われそうだから後にするよ」
唯「え~食べないの~」
律「私のだもんね」
唯「ぶー……それにしてもりっちゃん個室なんてVIP待遇だね」
澪「まさか悪い病気とかじゃないよな?」
律「ないない、たまたまここしか空いてなかったんだろ」
梓「それで退院はいつ頃できるんですか?」
律「うーん…まだ分からないけど、元気だしすぐ退院できるだろ」
梓「なら学園祭ライブには間に合いそうですね」
律「あぁ!もう3年だし、おもいっきしやらないとな」
唯「そうだ!りっちゃん1人じゃ寂しいと思って私のお気に入りのぬいぐるみ持ってきたんだ」
唯はライオンの頭、虎の体、ゴリラみたいな腕、鳥の羽がある奇妙なぬいぐるみを取り出した
律「これなんて合成生物…」
唯「ボロボロになって捨てられてたぬいぐるみの綺麗なパーツを縫い合わせて作ったの!可愛いでしょ!」
律「いやいや、怖いから夜とか動き出しそうだから」
澪「みんなそろそろ帰るか」
唯「えっ?もう帰るの?」
澪「長くいるのも悪いだろ、律は元気で大丈夫そうだし」
梓「ですね」
紬「りっちゃん美味しいお茶いれて待ってるから早く退院してね」
律「おう!次お見舞い来る時はナース服でこいよムギ」
唯「りっちゃんまた会う日までー」
梓「ご飯ちゃんと食べなきゃダメですよー」
律「子供扱いするな」
お祭りのように賑やかだった病室が急に静かになる
唯が置いていったぬいぐるみ…暗くなると迫力たっぷりで怖そうだな
ムギが持ってきてくれたメロン…母さんがきたら切ってもらおう
ムギが持ってくるんだからきっと高級なメロンに決まってる
律「楽しみだな」
コンコン…
静かな病室内にドアをノックする音が響いた
律「はーい!どうぞー!」
澪「律…」
ドアが開いて入ってきたのは澪だった
律「澪か…」
澪「うん…302号室…覚えやすいな」
律「?…あぁ、30でミオってか」
澪「なるほど、それもあったな…ていうか、それじゃ301とか303も当て嵌まるだろ」
律「あ、そっか…じゃあ?」
澪「302の32(スリーツー)でリツって、ちょっと強引かな?」
律「ちょっと強引だな」
律「で…そんな事言うために来たんじゃないだろ。どうしたんだ?忘れ物でもしたか?」
澪「そうじゃなくて」
律「あっ!もしかしてムギのメロンが食べたくて仕方なかったとか?」
律「しょうがないなぁ、切ってくれたら少しわけてやるよ」
澪「そうじゃない」
律「まさか…唯の合成生物ぬいぐるみが可愛くて欲しいとか言い出すんじゃないだろうな?」
澪「そんな事じゃなくて!」
澪「律…私達に何か隠してないか?」
律「隠し事?ムギの持ってきたお菓子を澪の分まで食べたのは私とかか?」
澪「あれ食べたのやっぱり律だったのか…じゃなくて入院してる事でだ」
律「入院してる事?」
澪「そう、分かるんだよ。律の様子がいつもと違うからさ」
澪「本当はなんか重い病気とかなんじゃないのか?」
なるべくいつもの変わらないようにしてたつもりだったんだけどな…
律「澪に隠し事はできないな…」
澪「やっぱり何か重い病気なのか?」
律「まぁとくに心配することはないと思うけど、心臓の病気で今の医療じゃ治すことも出来なくて長くてもあと半年の命なんだってさ」
澪「そっか………ってなんだって!」
律「いや、だから…」
澪「それ本気で言ってるのか!?」
律「本気だよードッキリとかじゃないからなー」
澪「ならなんでそんな笑ってられるんだよ!死んじゃうかもしれないんだろ!?」
澪の目から大粒の涙がこぼれていた
律「その~…なんかさ死ぬなんて気がしなくてさ、確かに最近少し調子悪い時があったりしたけど死ぬほどでもなかったし」
澪「だけど…医者にそう言われたんだろ」
律「まあな。まだなんかの間違いなんじゃないかって思ってるよ」
澪「律……死んじゃダメだからな!」
律「そんな事言われたってなぁ…医者も治せないって言うし」
澪「それなら私が治してやるっ!」
律「どうやってだよ…」
澪「今から医療とか学んで医師になって…」
律「そこまで待ってらんないって」
澪「ならどうすればいいんだよ!律は軽音部の心臓みたいなものなんだぞ!」
澪「律が私を軽音部に引っ張っていってくれたから私は今こんなに楽しい生活が送れてるんだ。律がいなくなるなんて絶対嫌だからな!」
律「分かってるって私もこんな元気だし!そんな簡単にいなくなったりしないよ」
律「……ん………」
突然胸のあたりに突かれるような痛みが走った
澪「どうした?」
律「な、なんでもない」
律「とにかくさ!大丈夫だから不治の病なんてぷよぷよみたいに4つくっつけて消してやるよ!だから泣くなよ」
澪「なんだそれ…大体私は泣いてなんてない!」
律「めちゃくちゃ涙流しながら言われてもな…」
澪「う、うるさいな!」
律「あははは」
澪「………話したらなんか思ったより元気そうで安心した」
律「だから心配いらないって言っただろ」
澪「…もう時間も遅いし帰るよ」
律「澪」
澪「なんだ?」
律「絶対いなくならないってずっと一緒だって約束するから」
澪「私もだ。絶対律を1人にしたりしないいつまでも一緒だって約束するよ」
律「それじゃーな」
澪「またな」
その日からもとくに体調が悪くなることもなく
死期が近いとは感じられないまま入院生活を過ごしていた
病気のことはほかの軽音部メンバーにも話した
元気な私を見て信じられないという顔をしていたが、本当の事だと話すとみんなに大泣きされた
私は病気なんかに負けないから病気を治してまた一緒にバンドやろうぜって笑顔で言ったらみんなも笑顔で頷いてくれた
みんなも私なら大丈夫だと信じてくれるのだろう
澪はほぼ毎日のようにお見舞いにきてくれていろいろな事を話してくれた
唯は私を励ますために病室でギターを弾いて歌ってくれた
もちろん後でかなり怒られていた
ムギは琴吹家の財力をあげて何とかするなど言い出したが
私1人のためにそんな大金つかわせるのは気が引けるのでなんとか思い止まらせた
梓は普段あまり心配するそぶりを見せないが1人で千羽鶴を折ってきたりした
澪が言うには1番心配していたのは梓だったという
私の状態は良好でもしかしたらこのまま何もなかったように退院できるんじゃないかと思った
しかし、そう甘くはなかった
律「………た……」
また胸を突かれるような痛みが…最近増えてきている
それにだんだん身体を動かすのが辛くなり身体を起こすのも難しくなってきた
それとともにみんなと会う機会も減っていった
というより私の起きている時間が減っていった
最近では起きている時間より眠っている時間の方が多くなっていた
枕もとにはみんなからのメッセージが置いてあった
励ましの言葉や優しい言葉…読んでいると自然と涙が流れた
律「…………ん…」
今度は胸を刺すような痛みが走る
私は自分の胸に手をあてると心臓は弱々しく一定のリズムで鼓動している
こんなの私らしくないと自分の胸を強く叩いた
それから何日がたったのか…今では自分の力で起き上がることもできず
機械に繋がれもう自分で生きているのか、生かされているのかよく分からなくなってきた
律「もうダメなんだな…」
眠くなってきた
いつもの眠気とは違う
なんとなくだけど分かる
このまま眠ったらもう二度と目が覚めることはないって
ゆっくり目を閉じると身体が浮いているような感覚になる
目を開くと今までの思い出が見えた
律「走馬灯って本当に見えるんだな……」
軽音部メンバーで過ごした楽しい日々や澪と過ごした幼い日々
いろいろなことを思い出しながら私は真っ暗な闇の中に沈んでいく
自分の胸に手をあてると心臓はもう動いていなかった
何もない闇の中…私の隣には澪がいた
澪は笑ってこっちを見ていた
私は澪に謝らなくちゃいけなかった
絶対いなくならない。いつまでも一緒にいるって約束守れなかったから
律「澪…ゴメンな…」
澪「何謝ってるんだよ」
律「だって約束守れなかったから」
澪「何言ってるんだ?」
律「だからずっと一緒だって約束」
澪「それは律だけの約束じゃないだろ?律がダメでも私がずっと一緒いてあげるよ」
その瞬間目の前が真っ白になる
あまりの眩しさに手で目を覆う
目が慣れてきたらゆっくりと手を退かして目を開く
するとそこには今はもうすっかり見慣れてしまった真っ白な天井があった
私の身体に繋がれていた機械もすでになかった
見回すとそこはいつもの病室の風景だった
ガラガラ…
ドアが開いて唯が入ってきた
唯は目をいっぱいに見開いてこっちを見ていた
律「あ…唯…」
唯「みんなー!りっちゃんが起きたよー!」
唯「りっちゃーんよかったよー」
物凄い勢いで抱き着いてくる唯
律「ちょ…唯苦しいって…」
紬「りっちゃんが起きたって本当!?」
梓「律先輩!大丈夫なんですか!?」
唯の後に続いてみんなも病室に入ってくる
紬「よかったわ、りっちゃん目が覚めて」
唯「もう起きなかったらどうしようかと思ったよ」
律「とりあえず……苦しいから離れてくれ………」
唯「ゴメンゴメン!」
律「私生きてるのか…?」
梓「そうですよ!」
紬「夢じゃないのよ」
唯「手術が成功したんだって聞いたよー!」
みんなは泣き笑いながら抱き合って喜んでいる
手術…?
さっきまでのあれは夢だったのか?
私はまだ自分が生きているというのが信じられずにいる
自分が生きていることを確かめようと胸に手を押し当ててみる
私の胸の中で確かに心臓は低い音で力強く鼓動していた
おわり
最終更新:2010年03月06日 01:46