唯「じゃぁねぇ」
梓「お手柔らかにお願いしますよ?」
唯「さっきりっちゃんがやったみたいに
ほっぺたにちゅうして欲しいなぁ」
梓「えっ?ままマジですか?」
唯「えらくマジです」
梓「…一瞬だけですよ…」チュ
唯「ほんとに一瞬だけだぁ~、今のじゃわかんない~」
梓「ダメです、ちゃんとやりました、これで終りです
律「これが生古手神社かぁ~、風情が有りますな~」
唯「さすがにお弁当とか食べたらダメだよね~」
澪「やっぱり怒られるだろうなぁ」パシャパシャ
律「よし、次は
唯!走りに行くぞ!」
唯「待ってました~、行こう行こう」
ペーーーーーン ファーーーーーン
2stと4stの排気音が混ざり合って官能的な音を醸し出している
唯と律は近くで丁度いいワインディングを見つけ、コースを覚えるために3回ほど往復している
頂上近くのエスケープゾーンで律がバイクを止めて唯に話しかける
律「コースは覚えた?」
唯「ばっちし!小石ひとつまで覚えたよ!」
律(唯の場合、あり得そうだからこわいんだよなぁ…)
律「OK、じゃあ私が先行するするから追い抜けるならおい抜いて良い
もし追い抜けなかったら先行を交代してスタート、どっちかが追い抜くまでのサドンデスだ」
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唯「りょーかい」
律「言い忘れてた、追い抜いたらそのまま先行でもういっかい走る
それで先行を死守できなければサドンデスは続行だ、OK?」
唯「おっけーおっけー、ちゃんと覚えたよ~」
律「じゃあ、この空き缶を投げるから、地面に付いた瞬間にスタートだ
…フライングすんなよ?」
唯「あはは~、りっちゃんこそ~」
律「うっせぇ、じゃあ…行くぞ」
そういうと律は空き缶を宙に放り投げた
空き缶が宙を舞う、そして地面たたきつけられた瞬間
CBRとRSがスタートする、どちらのスタートも完璧だった
先行のCBRのおしりをRSが睨みつける
そして一つ目のコーナー、二つのバイクが素早く、かつ落ち着いて車体を倒して行く
ふたりともシートからわずかにお尻をずらす
その瞬間二人の膝のあたりから摩擦音が響きだす
第一コーナーでは僅かかにRSの方がはやかった
ストレートで少しさが出来ていたのが僅かに縮まる
第二、第三コーナーを抜ける度にほんの僅かずつではあるがRSが差を縮める
律「やっぱり、唯は早いな…頭のネジが飛んでんじゃないのかよ…」
唯「やっぱりりっちゃんは早い…後追いだからつていけてるけど…」
律「次のコーナー、地元の得意なコーナーに似てるんだよな、ここで離して見せる!!」
コーナーにさしかかる、律が得意なコーナーだ
律はぎりぎりまでブレーキを我慢してコーナーに突っ込む
律「思わず目つぶっちゃいそうだ…」
車体が最も寝た瞬間、律の膝では無くステップから火花が散る
いくらバックステップは入れてないとは言えCBRのステップをこするほどのベタ寝かせ
大型だとこの乗り方は遅いらしいが、250cc程度のバイクではこうでもしないと早く走れない
律「正直、腰抜けるほど怖いよ…ったく…」
唯「早すぎる…!ステップから火花散っちゃってるよ…
流石に真似できないなぁ」
唯も律もこころの中で愚痴る
ふたりともそんなことを思いながらも
顔は心底楽しそうだ
こんな状況を楽しめるとは、生まれ持ってのスピード狂なのか…
唯「あんなの見せられると、自信なくすよねぇ…」
唯の口元が苦笑いに歪む
律「どうよ!私のスーパーコナーリング!!」
逆に律の顔は楽しそう、から嬉しそうな顔に変化している
唯「でも負けてらんない、RSちゃんも怒ってるみたいだし
CBRにできてワタシに出来ないわけ無いでしょって、もっと…信用してあげなきゃ!」
唯の目がキッと鋭くなる…口元はやはりにや付いたままなのだが…
その後も一進一退の攻防を繰り広げながら
律と唯はギリギリの精神状態でバトルを続けている
今回に限り二人の頭の中に安全マージンなんてものは欠片も無い
口うるさい澪も居ないし、監視のさわちゃんも今はいない
車なんて存在するのかすら怪しい村だ
実際車を見たのは道端に路駐して昼寝をしていた小此木園芸のバンしかみていない
残りのコーナーは4つ
この時点でも唯は諦めていない
後ろに張り付き、律にプレッシャーを与え続け、チャンスを虎視眈々と狙っている
唯「あと4つかぁ…次のコーナーで仕掛けてみる…!」
フッと唯の口元から微笑が消える
コーナーに差し掛かる
律は極限の状態で車体をコントロールする
律「インにつかないと仕掛けられるな…」
しかしその瞬間CBRのフロントタイヤ小石を踏む
大きさで言えば直径2ミリ~3ミリ程度だろう
こんな状態じゃなければ気づくかどうかすら怪しい障害物だ
しかしこの状態では大きすぎる
CBRが30センチほどアウトに膨らむ
唯「きたっ!」
まってましたとばかりに鼻先を突っ込む
唯のヘルメットと岩壁との隙間は5センチほどだろうか
そんなことはお構いなしで唯は突っ込んで行く
律も鼻先を突っ込まれてしまってはインに寄れない
そしてコーナーからの立ち上がり
ふたりのポジションは律がタイヤ半個程のリードだった
唯「いけ!RS!!!!」
唯は思わず叫びながらアクセルを全開にする
当然律もアクセル全開
唯「頑張って…!RS…」
数少ないストレート、ふたりともアクセル全開で突っ走る
ひぐらしの鳴き声など、CBRのF1を彷彿させる音と
2st特有の甲高いエキゾーストノートに寄ってかき消される
ポジションの差がタイヤ4分の1ほどになったとき
ジリジリとRSが後退を始める
正確に言えばRSが速度を緩めているわけではない
CBRの馬力勝ちだ、律は命拾いしたとも言えるかもしれない
律「難は逃れたか…でも、まさかあんな狭い所に突っ込んでくるなんて
やるようになったじゃない…!」
残りのコーナーは律の堅実な、それでありながらアグレッシブな走りによって
唯はチャンスを見いだせぬまま終わった。
そして折り返し地点、次は唯の先行で有る
律「さっきはやられっぱなしだったからね
きっちり仕返しはさせてもらうよ」
律はつぶやきながら走り出す
次はCBRがRSのお尻を睨みつける番だ
一般的に後追いの方が心に余裕が生まれ有利だと言われている
だからこそプレッシャーをかけ相手のミスを狙う
唯と律の実力は完全に拮抗している
そうなれば相手のミスをつつき抜き去るしか手はない
第一コーナー、唯は完璧なライン取りでコーナーを抜けて行く
後ろからはトリコロールカラーのCBRが唯の隙を探し、食らいつこうと迫っている
唯「やっぱり後ろに付かれるのは苦手だなぁ…」
そうは言ってもここで逃げ切らなければ仕方がない
唯は自分に出来ることの全てをコーナーにぶち撒ける
体力温存なんて言葉は二人の頭の片隅にも浮かんでこない
全てのコーナーを全力でクリアして行く
今にも胃のものが逆流してきそうな程体力も精神もすり減っている
たった一周目が終わってこれなのだ、もし長引き10週なんて行けば
律と唯は走りながら気絶してしまうかもしれない、しかし、そんなことは考えない
二人に見えているのは目の前のコーナーと後ろから迫るライバルだけだ
唯「…いま何周目だろう…わかんなくなって来ちゃった…」
唯が一人呟く
ちなみにいまで13週目だ
いまや二人の精神力はボロボロだ
一瞬でも気を抜けば気絶してしまいそうだ
アクセルひねるのも多大な体力を使う作業に思えてくる
それでも二人絶対に手を抜かない
こんな勝負、勝ってもなんの得も無い
賞金が出るわけでもないし、負けたからと言って罰金が有るわけでもない
ただ、手を緩めるのは相手に失礼だから、ただそれだけの理由で二人は勝負し続けている
またコーナーに差し掛かる
その瞬間、先行の律の意識が一瞬途絶える
ほんとに一瞬だった0.1秒も有ったかどうかも怪しい
しかし後ろから目を凝らしていた唯にはそれで十分だった
先程より少し大きくインが開く
「ここしかない!!」
またも唯は鼻先を突っ込む
そして立ち上がり、形成は逆転、RSがCBRを抜いていた
「くっっそぉぉぉ!!!」
律は自然と怒鳴っていた
それは意識を途絶えさせてしまった自分の精神力の弱さにだ
条件は唯だって同じ、その状態で私は精神力で、負けてしまったのだ
もう勝てる気がしない、でも諦めちゃ唯に失礼だ
ここまで本気で戦ってきたんだ、手を抜いたりなんかしたら1秒で気づかれちゃう
その後の律は付いて行くだけでやっとだった
ただでさえ意識が朦朧としている
一回途切れたのがきっかけで何度も何度も途切れそうになるのを必死に抑える
そんな状態で唯についていけてる事自体がすでに奇跡的だと思うのだが…
そしてゴール
前に居たのは当然RS
二人はゴールした途端、バイクから降りて地面に突っ伏す
足腰がもう立って居られないほど疲労している
それもそうだ、シートに座ってる時間なんて殆どなかったんだから
二人は寝転んだまま革ツナギをはだけさせ
体から湯気を立ち上らせ満面の笑みで会話していた
律「ゆ、い、おまえ、はや…すぎだよ」
唯「り…り、りっちゃん、こそ」
ふたりとも呼吸が乱れすぎてしゃべりづらそうだ
そして二人は意味も無く大笑いをしていた
ひとしきり馬鹿笑いをしていると
澪のVTRらしき音が近づいてくる
澪は地面に仰向けで寝転んでる二人を見て呆れた顔で近づい来る
澪「あーあー、もう、ボロボロじゃないか…ほら、帰るぞ?」
澪が二人に手を差し伸べる
ふたりはその手に飛びつく、たぶん澪が来てくれなければ
もう2時間位は立つことが出来なかったであろうからだ
澪に手伝ってもらい
なんとかバイクに乗せてもらう
そして先程とは打って変わってのローペースで宿へと帰るのだった
そして、先程の感動はどこに消えたのか
ふたりはさわ子先生にこってりと絞られている
さわちゃん「あのねぇ…バイクは部品変えれば治るけど
人間の体はそんな簡単なものじゃないのよ?
バイクで死んで行った人だって何人も見てきたし
バイクで下半身不随になった"友達"だって居たわ」
さわちゃん「バイクに乗るなとは言わないわ、バイクは楽しいもの
バイクとの一体感、空気の壁を体験するのも気持ち良いわ
でもね、それで不幸になっちゃ元も子もないでしょ?
こんな遊びはこれっきりにしなさいね」
二人はそれに一切反論しない
二人が考えている事は同じ
「もう一生分峠を攻めた、あとはまったりバイクに乗ろう、峠で遊ぶのは今日限り終り」
さわ子先生の言うことも尤もだ、バイクは楽しんで乗るもの
命を削ってまで乗るものでは無い
その晩、律と唯はひたすら喋っていた
あのコーナーの突っ込みは最高だったとか
あの時の立ち上がりの時のアクセルオンタイミングは世界一だったよとか
あのコーナーだけならロッシにも勝ててたんじゃないかとか
一瞬スペンサーと重なって見えたよとか
とにかくお互いを褒め合っていた
そして、峠で攻めることをやめることを二人で誓い
でもたまには流しに行きたいよね
などと語り合っているうちにどちらともなく眠りに付いた…
律「朝だぞ~~皆起きろ~~~」
昨日の死闘の疲れは何処へ消えたのか
律は朝から元気そうだ
唯「ん~~、なんでりっちゃんそんな元気なの?
わたし全身筋肉痛だよぅ…」
律「はっはっはっは、ドラムで鍛えた筋肉を舐めるな!!
あんなのへでも無いわ!!」
腰が抜けて唯と地面に寝転んでた癖にどの口が言うのか
でも、本当に元気そうだ
唯「ふ~~ん」チョンチョン
唯が律のフクラハギをつついてみる
律「いってぇ!なにすんだこ!ばか!」
唯「やっぱり筋肉痛になってるじゃん」
そう言って唯がカラカラと笑う
それに釣られて律も笑い出す
そのこえで他の面々続々と目を覚ます
梓「ふたりとも朝から元気ですね、昨日は倒れる寸前って感じだったのに」
澪「まぁ律は元気"だけ"が取り柄だからな」
紬「唯ちゃんも、唯ちゃんが元気じゃなかったら唯ちゃんじゃないわ」
律「こら澪!"だけ"とはなんだ"だけ"とは!
掛け軸の裏がそんなに見たいのか!」
澪「なっ!卑怯だぞ律、見損なった!」
律「なんとでも言え!さーて、何が貼って有るのかなぁ…」
澪「ちょ、ちょっと待て、悪かった、私が悪かったよ!」
律「ま、わかればよろしい」
律「さて、朝飯くったら帰る準備だぞ~、ちゃちゃっと済ませて帰ろうぜ
もうクタクタ」
澪「そりゃあお前と唯はな、こっちはまったり雛見沢観光してたから全然疲れて無いよ」
梓「そう言えば沙都子さんと梨花さんそっくりの女の子が居ましたね」
紬「可愛かったわねぇ、二人で追いかけっこしてて、将来はこんな所に住みたいわ」
律「さぁさぁ、ムダ話は終りにしてご飯食べに行くぞー」
律「よーし、ご飯も食ったしあとは帰るだけだ!
それでだな、帰りは一気に帰ろうと思うんだが
梓、澪、大丈夫そうか?きついなら初日と同じにするけど」
澪「私は大丈夫だと思うぞ、行きでも結構体力余ってたしな」
梓「私も大丈夫だと思います、体力は林道や酷道で鍛えてますから」
律「唯は…聞かなくても大丈夫だよな、昨日のアレ見てると
あと、さわちゃんも大丈夫だよね」
さわちゃん「え~?わたし体力ないから無理かも~」
律「はいはい、冗談は良いとして、それじゃしゅっぱ~つ」
さわちゃん(冗談?ピキピキ
帰りはできるだけ海の見えるルートで帰った
やっぱり律が寒い海辺でお弁当を食べていた、なにか拘りでもあるんだろうか
そしてほぼ予定通り5時前に家のあたりに着けたので合格点と言えるだろう
そして帰ってきた翌日からも早朝のバイクでの集会は再開された
だが律も唯も峠で攻めることは一切しなくなった
澪(ある意味それが一番の収穫かもな…)
などと澪は考えていたのだった
澪「お~い、この前の写真できたぞ~」
律「おー、見せろ見せろ~、お、結構いっぱい撮ってたんだなぁ」
律「おい梓、この写真、宝物にしろよ」ニヤニヤ
梓「?…どれですか?」
律は「これだよこれ」と言いながら唯のほっぺにキスしてる写真を差し出した
梓「澪先輩!なんでこんなの撮ってるんですか!」
澪「わ、わたしじゃ無いぞ?たぶん紬が…!」
紬「ふふ、つい撮っちゃいました」
唯「いや、ムギちゃんGJだよ、澪ちゃん、それ私にも焼き増ししといてね!!」
澪「はいはい」
澪は若干呆れ顔で返事をする
梓の顔は写真を見つめながらまだ真っ赤だ
澪(卒業したらどうなるかなんて今はまだ分からないけど
軽音部は今日もこんなに平和で幸せなんだ
これが壊れるなんてあり得ないよな、あれこれ考えるのはやめよう
とにかく卒業までは放課後のティータイムでまったり過ごして行こう…)
―――――第一部・完!―――――
最終更新:2010年03月10日 01:21