音楽にハマるきっかけは何だろう。
初めてビートルズをきいた時、初めてパンクを知った時、初めてライブに行った時。
きっと十人十色のきっかけがあるんだろう。
私の場合は軽音部に入りギターを弾き始めた時。
そして、
中野梓に出会った時だった。
初めて会ったのは何年も前の話。
新入部員が来るのを今か今かと待ちかまえていた時。
部室のドアを遠慮がちに開けながらその子は入ってきた。
小さくてとっても可愛い女の子!それが私の第一印象だった。
中野梓…あずにゃんは私よりもずっとギターが上手だった。
先輩風吹かしたくて最初の頃は強がってた私だけど長くは続かず、あずにゃんにギターを教えてもらうことが多かった。
「そんな事も知らないんですか?唯先輩は今まで何をしてきたんですか!」なんてよく言われた。
その時のあずにゃんは呆れたような、でもとても優しい顔をしていた。
私には大好きなバンドがいる。
私が産まれた頃にファーストアルバムを出したアメリカのロックバンド。
元々はあずにゃんが大好きで私に薦めてくれたバンドだ。
知った時には活動は停滞していてメンバーの入れ替わりが激しく新しいアルバムもずっとレコーディング中のまま。
「今年にはアルバム出すって雑誌に載ってましたよ」
「どうかなー去年も同じようなこと言ってなかった?」
「うっ…今年こそは間違いないです!」
「あはは~そうだね。きっと出るよ」
結局新しいアルバムがその年に発表されることはなかった。
ある日のこと、二人でギターを弾いているとあずにゃんが、
「唯先輩。音楽で成功したら最高だと思いませんか?」と聞いてきた。
私はその時なんて答えたっけ?もう忘れてしまった。
ただあずにゃんが不満そうな顔をしてたからきっと良い答えじゃなかったんだろう。
その頃の私は音楽で生活していくことなんて無理だと思っていた。
自分にそう言い訳して努力することをめんどくさがっていたのだ。
そんな私をあずにゃんはどう思っていたんだろう?
今となってはわからない。
時は流れて卒業式。私は一足先に軽音部を卒業した。
見送りに来てくれたあずにゃんはちょっと涙目になっていた。
「唯先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう。元気でね?」
「はい!私が卒業したらまた一緒にバンドやりましょうね」
「うん。ちゃんとギター練習しておくよ」
「約束ですよ!あ、そうだ、これ…」
あずにゃんはゴソゴソとポケットを探りピックを取り出すと私に差し出した。
「先輩が約束を忘れないための御守りです。ちゃんととっておいてくださいよ」
「わあ、ありがとう。大事にするね」
「じゃあまた、お元気で」
新しい環境、新しい友人、バイト。
毎日忙しくバタバタと駆け回っていたら大学生活はあっという間だった。
その後普通の会社に入社し、また新しいことの連続で毎日走り回っていた。
私は忙しさにかまけてあずにゃんとの約束をすっかり忘れていた。
仕事で外回りをしている最中、突然声をかけられ後ろを向くとあずにゃんがいた。
高校の時より少しだけ背がのびて大人になったあずにゃんだ。
「先輩、久しぶりですね。今時間あります?」
「久しぶり。少しなら大丈夫だよ」
「よかった。じゃあお茶でも飲みに行きませんか?」
あずにゃんの笑顔はあの頃とちっとも変わっていなかった。
私達は近くの喫茶店に入りアイスティーを2つ注目した。
「あずにゃんは今なにしてるの?」
「フリーターですよ。唯先輩は?」
「私は普通の会社員だよー」
「そうですか。なんだか唯先輩が働いてるなんて変な感じです」
「ひどいよ~こう見えてもちゃんとしてるんだよ」
「あはは…すいません」
久しぶりに会ったこともあり話題は尽きなかった。
「あ、そろそろ行かなきゃ。ごめん、またね」
「はい。ひき止めてすいません」
「ううん。楽しかったよ。じゃあ出ようか」
会計をすませると二人で駅のほうへと歩いて行った。
「私は地下鉄だけど…あずにゃんは?」
「私はむこうにバイクがとめてあるんで」
「そう、じゃあまたね。バイバイ」
「あ、先輩!約束覚えてないんですか?」
「え…なんだっけ…」
「一緒にバンドやるって約束したじゃないですか!」
「あ…忙しくてつい…ごめんね…」
あずにゃんは呆れたようにため息をつくと、
「まあ…いいですよ。唯先輩、バンドやりませんか?」
と真剣な顔で言った。
「無理だよ…ギターもロクに弾いてないし」
「また始めれば大丈夫ですよ。唯先輩は才能があるんですから」
あずにゃんはにっこり笑うとアドレスと番号を書いたメモをとりだした。
「まあ、その気になったら連絡ください。」
「うん。わかったよ」
メモをうけとるとあずにゃんは「それじゃあ」と交差点へ歩いて行った。
帰宅すると押し入れからホコリを被ったギターケースをとりだした。
ケースを開けるとギターと一緒にピックが入っていた。
卒業する時にもらったピック…すっかり忘れていた。
こんなところにしまっていたのか。
チューニングして久しぶりにギターを弾いてみた。
弦が錆びていてこもった音しかしなかったけど久々の感覚に思わず夢中になる。
気がつくと朝になっていた。
その時私は決めたのだ。もう一度バンドをやろうと。
数日後、憂から電話があった。
『あずにゃん死んじゃった…』震える声で憂が言った。
信じれなかった。信じたくなかった。
私は「そう」とだけ言って電話を切った。
その後も電話が鳴り続けたけど無視してコンポの電源を入れた。
大音量で音楽を流しそれにあわせてギターを弾いた。
二人でよく弾いたあの曲を…疲れて眠るまで弾き続けた。
あずにゃんのお葬式は雨だった。
卒業してバラバラになった部活のみんな、さわちゃんも来ていた。
お経が流れる中、周りの泣き声が聞こえる。
私はなんだか夢でも見てるような気分だった。
白黒のあずにゃんが可愛らしく笑っている。
なんだかすごく変な感じ。違う誰かみたいな―――
あずにゃんからもらったピックをこっそり棺桶に入れようとしたけどやめた。
あずにゃんのことまで忘れてしまうかもしれないから。
お葬式の後部活のみんなで飲みに行った。
あずにゃんはいい子だったとか何でこんなことになったんだとか…そんな話をしてる中りっちゃんが、
「もうしばらくあのバンドの歌はきけないな」と呟いた。
「思い…だしちゃうもんな…」
「うん…」
澪ちゃんとムギちゃんは目を真っ赤にして頷いた。
みんなと別れ家に戻ると私はあのバンドの曲をきいてみた。
やっぱり涙は出なかった。
あずにゃんが死んでから1年がたった。
私は毎日仕事してたまにギターを弾いて「まあこんなもんかな」と思いながら生きていた。
夕飯を買おうとコンビニに行った時張ってあったポスターに目が奪われた。
あのバンドのライブ情報のポスターだった。
そういえばこの前アルバムをリリースしたんだっけ。
私は思わずチケットをその場で購入した。
やっと見れるんだ。あのバンドのライブを。
待ち遠しくてしょうがない。
当日、予定時間を少し過ぎてライブは始まった。
照明が消えると周りから怒号が響き、前へ前へと押しやられる。
私は手を上げ一緒に叫んだ。
目の前にメンバーがいる。何千回も映像で見た憧れのバンドが。
演奏が始まる。あの曲だ…よく二人で弾いていたあの曲。
私は飛び跳ねながら一緒に歌った。
でも頭の中に冷静な自分がいた。
あずにゃんこのライブ見たかっただろうな…
でも何で見れないんだろう…
ああ、そうか
死んじゃったからか
その瞬間私は泣いた。一年溜め込んだ涙はドンドン出てきた。
周りの人には変な目で見られてるだろう。
けど止められない。
私はどこかで思っていたんだろう。
あずにゃんが死んでないと。
でもそれは間違いだった。
だって生きてたらこの場にいないはずがないから。
あんなに二人で見たいって言ってたライブにいないはずがないから
叫んだ。泣きながらずっと叫んだ。
あずにゃんの名前を叫び続けた。
あずにゃんのお墓の前にいる。
お墓にもらったピックを置いた。
もう大丈夫。忘れないから返すよ。
さよならあずにゃん。
さよなら
おしまいです。
最終更新:2010年03月23日 00:44