澪「そうだな、これが最期なんだし」

律「ああ、やるか!」

紬「うん!」

律「いくぞーー! ワン、ツー、スリー、フォー」

そうして演奏がはじまった。曲は唯がはじめてここに来たときにやった、翼をくださいだ。


澪(やっぱり、ひどい演奏だな、とても唯には聞かせられない…)

あのとき唯は、すごく楽しそうだったって言ってくれたけど、
今の演奏からは、楽しさのかけらも感じ取ることは出来なかった。


………


唯『みんな、ありがとう、私も一緒に演奏したいけど、今の私じゃギターに触ることもできない…』

ここで唯はあることにきづいた。

唯『あれっ? でも私いま幽霊なのにちゃんと制服をきてる…』


唯(もしかしたらこの姿は私のイメージがつくったものなのかも…)

唯(もしそうだとしたら)

唯は目を閉じてギターをイメージした。

一年間共に過ごしてきたギターの重さを、手触りを、丁寧に、一つづつ、思い出して。


唯がふたたび目を開くと、唯の手にはしっかりとギターが抱えられていた。

唯『ギー太っ!会いたかったよー』ギュ

唯『よかった、これで最期にもう一度、みんなと演奏できる』


そう言うと、唯も演奏に加わった。

唯『やっぱり、みんなと一緒に演奏するのは楽しいな!』


律「…………?」 ピタッ


しばらくして、ふいにドラムを叩いていた律の手が止まった。

唯『?』

澪「? 律、どうしたんだよ?」

律「なあ、今なにか聞こえなかったか?」

澪「? いや、なにも」

紬「私も別に…」

律「そっか、ごめん、私の気のせいだったみたいだ、もう一回最初からいこう」

律「ワン、ツー、スリー、フォー」

そして再び演奏が始まった。唯もみんなに合わせて演奏する。


律「……! やっぱり」

澪「!?これは…」

紬「…!まさか…」


そして再び演奏が止まった。

律「…聞こえたか?」

紬「ええ、今、かすかに…」

澪「唯のギターの音が、聞こえた…」

唯『!? みんな、聞こえるの!? 私の、ギー太の音がっ!』


律「もしかして、さわちゃんがどっかに隠れて弾いてるのか? 冗談にしては悪趣味だぞ!」


唯『ちがうよ!りっちゃん、私だよ!私はここにいるよ!』

そう言って唯はギターを鳴らした。

ジャラーーーン

澪「!」

紬「また、聞こえた…」

律「いいかげんにしろよ!誰だか知らないけど、隠れてないで出て来い!」



唯『うう……どうすれば………そうだ! あれを弾けば…」

チャラリーーララーーチャラリラリラーー


律「!?」

紬「今のは…チャルメラ…?」

律「馬鹿にしてるのか?」

澪「まって!律! チャルメラのことは、私たちと唯しか知らないはずじゃ…」

律「!!」


紬「唯ちゃん…なの…?」

唯『そうだよ、ムギちゃん、私だよ』

唯は返事をするかわりにもう一度ギターを鳴らした。

ジャラーーーン


律「ほ、ほんとに唯なんだな、唯、生きてたのかよ、どうして隠れてるんだよ?」

唯『えーと、えーと』

ジャジャン


律「?」

澪「今のは…」

紬「もしかして、『ちがう』って意味じゃないかしら?」


澪「じゃあ、ひょっとして、唯の幽霊…とか?」

唯『うん、そうだよ、澪ちゃん』

ジャラーーーン

律「唯の…幽霊…?」

紬「まさか、そんなことが…」

澪「ううっグスッ、私、幽霊でも、唯にまた会えて、うれしいよっ」

唯『澪ちゃん…』

律「唯、最期に、私たちと演奏するために、来てくれたのか?」

唯『うん、私、最期にみんなと演奏できれば、もう思い残すことはないよ!』


ジャラーーーン


律「よし、じゃあ軽音部最期の演奏を始めるか! 唯、どの曲がいい?」

唯『えーと、やっぱりこの曲かな』

ジャカジャカジャンジャン ジャンジャンジャカジャカ

紬「このイントロは…」

澪「ふわふわ時間…」

律「そっか、唯はこの曲の歌詞、すごく気に入ってたもんな」

律「よっしゃー、いくぞー!ワン、ツー、スリー、フォー」

ジャカジャカジャンジャン ジャンジャンジャカジャカ

そうして、軽音部最期の演奏が始まった。

最初はかすかにしか聞こえなかったギターの音も、今ははっきりと三人の耳にもとどいていた。

四人は笑顔で演奏した、思えば、唯が死んでから、四人が笑うのはこれがはじめてだった。

さっきまでの演奏とちがい音に暖かさがあふれていた、それはまさしく唯の前で初めて演奏したときの

あの音だった。


唯「澪ちゃん、歌って!」

澪の耳に唯の声が聞こえた気がした

澪が歌いだすと、その声に重なるようにして、唯の歌が響き渡った。


唯、澪「ああかーみさーまお願いー1度ーだーけーのーミラクールタイムくーだーさいー」

それはいままでで一番の演奏だった。

ジャーーーーン


曲が終わり、音楽室に静寂がながれた。

律「みんなっ、今までで一番の演奏だったな! なあ、唯!」

シーーン

律「唯?いるんだろ?…さっきみたいに返事してくれよ」

唯(ありがとう、みんな、これでもう思い残すことは何もないよ)

律「唯、こたえてよ!唯!」


ファーファーファーファー ファーファーファーファ

突然、部屋にキーボードの音が鳴り響いた。

紬がイントロを弾き始めたからだ。

紬の意図を察した二人もイントロに加わった。

そして音楽室には、ギターの欠けたイントロが流れつづけた。


律「唯!早くはいれよ、アンコールだよ!」

三人は祈るようにギターの音が聞こえるのを待った。

しかし次にきこえてきたのは、ギターの音ではなく



唯「ありがとう、ムギちゃん、りっちゃん、澪ちゃん」


律「唯!」

紬「唯ちゃん!」


唯「だけど私、もういかなきゃ」


澪「唯!いかないでよ!まだ話したいことがいっぱいあるんだよ!また四人で、お菓子をたべながらたくさん話そうよ!」


唯「澪ちゃん、ありがとう、ねえ、最期に私のお願い、聞いてもらえるかな?」

唯「みんな、軽音部を辞めないで!みんなが演奏してくれれば、私がどこにいても、きっと聞こえるから」

澪「うん!わかったよ、唯、約束する!」

唯「みんな、ありがとう、私、軽音部に入って、ほんとうに、よか っ た」

律「唯!」

紬「唯ちゃん!」


澪「唯!待って!」

がばっ


………


澪が目覚めると、そこは見慣れた自室だった。


澪「……夢……?」


体を起こすと、涙が頬を伝い落ちた。

夢から覚めたとき特有の、混乱する記憶の中で、唯の死も夢だったのではないかと考えたが、

すぐに唯が死んだことを思い出してまた悲しくなる。

澪の隣にはベースがあった。

澪「こいつを抱いて寝たから、あんな夢を見たのかな?」

ベースを抱きしめて、夢の内容を思い返す。夢で唯と交わした約束を。

澪「ありがとう、唯、私、軽音部を続けるよ。そしていつの日か、武道館からの演奏を、唯に聞かせてあげるから」




翌日、学校に向かう澪の表情は明るかった。

唯とした約束が、澪に生きる目的を与えていた。

澪(結局また、唯に助けられたな。唯はやるときはやる人、か、憂ちゃんの言ってたとおりだな)


昼休みに律と話そうかと考えたが、律は授業が終わるとどこかへ行ってしまった。


そうして放課後になり、夢と違って軽音部が廃部になったと知らされなかったことに
安堵しながら、部室へと歩いていた。

律とムギはまた部室に来てくれるだろうか? ひょっとしたらもう来ないかもしれない。

それでも、来るまで何日でも待とうと心に決めていた。

部室のドアを開けると、驚いたことに二人はそこにいた。

澪「二人とも、もしかして毎日来てたのか?」

律「いや、私もムギも、ここに来るのはあの日以来だよ」

澪「そっか」

澪がどう話を切り出そうかと思案していると、律が先に口を開いた。

律「私、やっぱり軽音部を続けようと思う、やっぱり私は、音楽が好きだから」

紬「私も、それに唯ちゃんは、私たちが軽音部を続けることを望んでると思うの」

そう言った二人の顔には、昨日までの暗さはなかった。

澪は驚きつつも答えた。

澪「私も同じことを言おうと思って来たんだ」

澪がそう言うと、三人は微笑みあった。

澪「でも大丈夫かな?部員数が足りなくなったから、もう廃部になっちゃうんじゃ」

律「それなら大丈夫、今日の昼休みに校長先生に頼みに行ったら、今回は事情が事情だから、
新入部員が見つかるまで廃部は保留にしてくれるって」

澪「そうなんだ、よかった…」


紬「また部員を探すところからスタートですね」

律「よし、まずはポスターでもつくるか!」

澪「なんだか入学したころを思い出すな…」

ふと思いついて、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

澪「だけど律?どうして急に、軽音部を続ける気になったんだ?」

それは三人がお互いに抱いていた疑問だった。

律「約束したんだ、唯と」

澪「約束?」

律「ああ、昨日夢の中で、三人で最期の演奏をしてたら、唯のギターが聞こえてきて…………






おわり



最終更新:2010年03月23日 01:35