許してもらえなくてもいい、ただこれ以上彼女に泣いていて欲しくなかった。

私は自然と彼女を抱き締める。
何の解決法になるのか分からないけど今は自分の信じてる事をしよう、そしてその責任を取るしかない。

たがそんな私を、彼女は中で引き剥がそうと暴れ、動かした手が私の手やお腹を叩き、かなり痛い。

多分本当にイヤで、こんなことをしている私は決定的に嫌われるかもしれないのだ

だけどそんな事よりこのまま彼女が泣き続けて壊れてしまう方が怖かった。

だから私はただそれを受け止めて、彼女に言うしない

ごめんなさいと大好きを

少しずつ少しずつ力が弱まっていく。
許してくれたのではなく、たんに疲れただけだろうけど。それを見計らって私もゆっくりと彼女から体を離した。

彼女はまだ泣いていて、まるでそれは今まで私の前で泣けなかった分を取り返しているかのようさえ見える

紬「ごめんなさい、唯ちゃんを傷つけて本当にごめんなさい」

彼女は呼吸するのが精一杯のようで、喉もゼーゼーいってしまってる。

また呼吸が落ち着いたら暴れるかもしれない……

そしたらまた抱き締めよう、何度でも
彼女の怒りと悲しみが全部私にぶつかってなくなるまで


唯「ゆ、るじてって、いって……」

身構えていた私に、突然かすれた声が届く

紬「え?」

唯「ごめんじゃなぐで、ゆるじでって言ってよー」

紬「あっ……唯ちゃん、許して。お願いします」

言われたままに、頭を下げる
上の方ではまだ嗚咽は止まっていない

唯「ム、ギぢゃ、んが、そうじて欲しいなら……そうずる……」

途切れ途切れになりながら、必死に言葉をつなぎ、彼女は確かにそう言った

紬「い、いいの?」

恐る恐る頭をあげながら再度確認すると彼女はまたブワッと泣き出してしまった

唯「きが、ないでよー」

私はまた彼女に選択を迫ってしまって、同じ失敗をした事に気づく

紬「ご、ごめんなさい。許して。
  許して欲しい。これからも唯ちゃんと一緒にいたいから許して下さい。
  お願い、唯ちゃんに許してもらわないと私が嫌なの」


早口でまくしたて自分の思いを伝える。彼女に聞くのではなく、自分がしてほしいことをお願いする。
今の彼女にとってはごめんなさいでは効果はない。
彼女が欲しいのは私の謝罪ではなく、仲直りしたいという意志なのだろうから、許して欲しいと言わないといけない。


そして彼女の泣き声は時間をかけ小さくなっていった

唯「ギュッてして……」

紬「えっ、抱き締めればいいの?」

唯「ギュッ!!!」

紬「は、はい」

彼女に抱きつくと、先ほどは気づかなかったがあんなに泣いて暴れたというのに体は冷たいままだった。
体の芯から冷え切ってしまっているのかと思うと、本当に申し訳ない気持ちになる。

唯「……もっと」

紬「はい」

いつもより力を入れて抱き締める。
私の体温を彼女にできるだけ分けてあげたいから

唯「……もっと」

紬「はい」

唯「もっと」


紬「えっと……これ以上は痛くなっちゃうわよ」

唯「もっと!!」

紬「は、はい!!」

私は更に強い力でギュッと抱き締めていく

唯「ぅ………ッイダイ!!」

紬「だ、大丈夫?」

唯「うぅ……ムギちゃんのバカ力ー!!」

なぜか私は怒れ、彼女はまた泣いてしまった。
きっと彼女は今まで我慢していた分タガが外れてしまっていて、自分でもよく分かってないのだろう。
いつもの鎧は涙でグチャグチャになってるだろうから。

その後も抱き締めたら怒られ、抱きしめなかったら怒られてを繰り返し、ゆっくりと彼女は落ち着きを取り戻していった。


――――――
――

唯「……ありがとう、もう大丈夫」

今までとのギャップの為か、泣きすぎてちょっとかすれてしまった声のせいだろうか、
かなり大人っぽく聞こえる声で彼女はそう言った。

私は彼女から体を離す


唯「マフラー汚しちゃった……」

見ると私の白いマフラーにも水跡がわかるくらいついている

紬「いいのよ……そんなもの。寒くない?」

唯「うん……そっちは痛くない?」

紬「えっ?ああ、大丈夫。私唯ちゃんより強いもの」

本当は何カ所か痣になってるだろうけど、名誉の勲章とでもしておけばいい

紬「顔、ふかなきゃ」

唯「ん?うん……あんまり見ないで」

ポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡すと何となく既視感を感じる

彼女がハンカチで拭いている間に公園にある時計をみると時刻は23時30分を過ぎたところだった。

そんなに長い時間彼女とやり合っていたのか


―――けどまだ間に合う

私は自分のバックからお目当ての箱を取り出すと、彼女の目の前に差し出した。

紬「唯ちゃん、遅くなったけど誕生日おめでとう」

唯「えっ?」


紬「バイトが終わったら唯ちゃんの家に行って渡すつもりだったの」

その途中で私は彼女に会ったのだ

唯「あ、ありがとう……開けてもいい?」

紬「もちろん」

最近味わっていたものとは違う緊張感が私を包む、少し不安だけれど嫌な気持ちではない。


唯「これ……スノードーム?」

包装を開け終えた彼女が中身を取り出す。
それは真ん中に木の家とその前に女の子が二人立っているスノードームだった。

紬「うん、ちょっと子供っぽいとも思ったんだけど……」

彼女がドームをひっくり返すと、中に雪が舞い散る

唯「綺麗……スゴい嬉しいよ、ありがとう」

キラキラした雪を街灯の光が通り、眺めてる彼女の顔にうつしだされる。
それによって潤んだ瞳が光っていて幻想的ですらあった。

紬「土台にあるネジを回してみて」

ずっと彼女を見ていたかったけど、もう一つ大事な事を伝えなくてはいけない

唯「うん?」


唯ちゃんが不思議そうにネジを動かし、動かなくなるまで回してから手を離すと、
小さく単音がなり、それがゆったりと曲になっていく。

ドームの土台部分にオルゴールが内蔵してあって、ネジを回すと鳴りだす仕組みになっていた。

唯「綺麗な音………ん?この曲って」

作曲は私がしたものだったからちょっとアレンジするくらい訳じゃない。
オリジナル曲の為、オルゴールを作るのに多少予算はオーバーしちゃったけど、彼女の表情を見る限りそれも無駄ではなかったよう


唯「……ムギちゃんこれって!?」

彼女の口に人差し指をあてる、ちょっとクサい演出だけど彼女とこの曲を聴いていたい


夜空に流れる、普段とは違う音色の『ふわふわ時間』に私達はただ聴き惚れてしまっていた。


唯「……ありがとう」

始まった時同様、ゆったりと曲が終わると彼女の目から涙が零れる。

悲しい時の涙と嬉しい時の涙は、味が違うと前に聞いたけどきっと輝きも違うのだろう、だってそれは本当に綺麗な涙だったから。


唯「ありがとう、ムギちゃん」

彼女から久しぶりに抱きつかれる。
これだけでこのスノードームに対するお返しとしては十分過ぎたので、私からもまた少しお返ししよう

紬「こちらこそありがとう唯ちゃん。大好き」

唯「うん……私も」

時間がまるで止まったように私達の周りには一切音がなくなる、
ただ私の中にはさっきのオルゴールの音と彼女の鼓動の音だけが響いていた。

彼女越に見えた公園の時計は11時45分を指していて、もうすぐいろいろあった彼女の誕生日が終わろうとしているのを示していた。


紬「唯ちゃん」

唯「ん?」

紬「唯ちゃんはまだ私と一緒なら何でもしてくれる?」

唯「……うん」

彼女がそう言ってくれて良かった、これで心置きなく頼みごとができる

紬「じゃあ1つお願いきいて欲しい」

唯「何?」

紬「明日一緒に学校をサボりましょ」

唯「明日?」

紬「そう、それで唯ちゃんの1日遅れの誕生会を2人でするの。
  唯ちゃんの為に美味しい料理作ったり、唯ちゃんの行きたいところ行きましょう。」


時間を作る方法はやり方を考えなければけっこうある

唯「……いいの?」

紬「何言ってるの?これは私のワガママなんだから。
  だから唯ちゃんがどうしたいかだけ答えて」

唯「……うん、いいよ」

紬「ありがとう。ふふっ私ね、恋人と学校サボるの夢だったの」

唯「……変な夢」

公園に彼女の小さい笑い声が響く。
それをキッカケに私達はやっと抱きついていた体を離した。


紬「じゃあ次は唯ちゃんの番」

唯「何が?」

紬「何でも願い事叶えてあげる」

唯「いいよ私は。ムギちゃんにいろいろ言っちゃったし……プレゼントまでもらっちゃったし」

紬「ダメ。私が唯ちゃんのお願いを叶えたいの。
  私のお願いは聞いてもらったし、まだ唯ちゃんの誕生日は終わってないんだから、いくつ
  でもどんな願いも叶えてあげる」


唯「どんな……じゃあバイト辞めてって言っても?」


紬「はい」

間髪入れずに答える。今回は駆け引きなしに彼女がそう望ならそれでもいいと思えた


唯「……お願いしないよそんな事。私働いてるムギちゃんけっこう………」


唯ちゃんの言葉は続かなかった、
そこまで言ったら何が言いたいのか伝わってしまうのに、それでも言わない彼女が本当に可愛らしい

紬「ふふっありがとう、唯ちゃん」

彼女は言ってもいないのに、お礼を言われたのが不満なのか視線をそらす

唯「じゃあ明日は寝坊してもいい?」

紬「それが願い事?」

唯「うん」

紬「いいけど……もしかして誘ってる?」

唯「ち、違うよ!!変なこと言わないで!!」

真っ赤な顔が怒ってくる

紬「だって言葉にしないと伝わらないって和さんも言っていたじゃない?」

負けじと反論すると彼女はプルプル震えて、私を睨みつけてきた。


こんなやり取りがまたできることが本当に嬉しくて、私はたまらなく幸せな気持ちになる。

私はそのまま立ち上がりくるりと体を回転させて、まだ座っている彼女のおでこにそっとキスをする。
彼女は私の急な行動に驚いて、普段から大きい目を一段と見開く


唯「な、何?」

紬「了承しましたのキス」

唯「……何それ」

紬「ヨーロッパでは恋人同士の場合はこうするのよ」

唯「知らないよそんなの……」

それはそうだろ。彼女にキスしたかった私の、照れ隠しによるただの嘘なんだから

紬「そろそろ帰りましょうか、唯ちゃんもいい加減寒くなっちゃったでしょ?」

唯「……ムギちゃんはお家に帰れるの?」

紬「もう電車はなくなっちゃったかな、家に電話すれば迎えがくると思うけど……」

唯ちゃんの顔を横目で伺うと、目があった彼女は自分がどんな顔していたのか気付いて、すぐに下を向いてしまった。

紬「どのみち明日は学校行かないんだし、このままお泊まりに行ってもいい?
  わたしも唯ちゃんと寝坊したいもの」

私はまだベンチに座ってる彼女に、了承を得るよに手を差し出しだす


唯「……別にいいよ」


そう言うと彼女は、私に顔を見せないまま自分の手を私の手に重ねてきた。
顔を見せないようにしても、耳を隠さなきゃ気持ちがバレちゃう事は当分知らせないでおこう。

私は彼女を立たせようと繋いだ手を自分の方へと引きよせる

彼女の体はフワッと起き上がり、その勢いのまま彼女の顔が近づいて、私の顔を覆ったかと思うと、
おでこに柔らかいものがあたる感触がした。

―――キスされた?


唯「……ムギちゃんの分してなかったから」

驚いた私の顔が見れた事が嬉しかったのか、はにかんだ笑顔を向けてそう言った彼女はそのまま公園の出口へと歩き始めた。

私はその後ろ姿を見ながら、本当に彼女を好きなって良かったと心から思う。


唯「あっ………」

歩きながらバックに、私からのプレゼントを入れようとしていた唯ちゃんが突然声をあげ動きを止める

紬「どうしたの?」

唯「……ねえもう一つお願いしてもいい?」

何だろ?


紬「ええもちろん、何個でもかまわないわよ」

唯「じゃあ……」

紬「何?」


唯ちゃんがバックの中から自分の携帯電話を差し出してくる。
それは早く電話にでてくれと唸るように震えていた


紬「これって…」

唯「憂に最後に連絡したの21時頃だったと思う」


紬「………え?」

唯「今日話しちゃおっか、もう隠せないし」

紬「私が話すの?」

唯「きっと憂、鬼のように怒ってるよ」


彼女の顔はこの状況を楽しんでいるかのようだった。

携帯に表示されていた時刻は11時59分、あと1分で彼女の誕生日は終わる事を示していた。

もしこのまま時間が過ぎて誕生日が終わったら、私は彼女のお願いを聞かなくてすむのかな何て、少し意地悪な考えが浮かんでくる。

だけどそうはしない

唯ちゃんの望みが私の望みでもあるから。

私は彼女の誕生日が終わる瞬間、彼女のおでこに軽くキスをした。



おわり



最終更新:2010年04月01日 00:06