私は部屋で下校時に渡された軽音部のビラと睨めっこしていた

何か運命めいたものを感じたからだ
これから学校に馴染むためには部活に入るのもいいことだろう

未経験者歓迎と言っていたし私が入れば廃部を避けることができる

唯「軽音部入ってみようかな」

入部届を取り出し軽音部と記入する

唯「これは過去の自分を忘れて新しい私になるためのパスポート」

綺麗に四つ折にした入部届を大切に鞄にしまい就寝した


ピピピッピピピッ…

目覚まし時計の甲高い音で目を覚ます
最近までのような朝の憂鬱はない。これも和ちゃんのおかげかな

カーテンを開けるといっぱいの朝陽が差し込んできた
それを見ると理由も分からず涙が流れる
もう毎朝の事だ。太陽の光を見るとなぜか涙が溢れてくる


登校時。ただ1つだけ信号のある十字路
入学した時からこの信号で足を止めなかった事はない

私を学校へ行かせないとばかりに毎朝足止めをしてくる
いつかこの十字路で足を止めなずに歩ける日が来るだろうか

と思いながら歩みを止めていた


教室に着くと先にきていた和ちゃんのもとへ行き宣誓した

唯「軽音部ってとこに入ってみようと思います」

和「部活入るの?めずらしいわね、唯が自主的に行動するなんて」

唯「学校に慣れるためにね、部活に参加するのは大事だと思ってね。だから放課後は音楽室へゴーします」

和「私はついていけないからね、1人で頑張るのよ唯」

唯「そんなの分かってるよーついてきて欲しくて言ったんじゃないもん」



終業のチャイムが鳴り響く

今日の学校はそれほど辛くはなかった。
今の自分を私が受け入れたからか

学校が終わるとすぐに音楽室へと向かい軽音部に入部届を出した

律「ありがとうーっ!入部届は確かに受けとったよ!私は部長の田井中律。よろしくな」

澪「私は秋山澪。よろしく」

紬「琴吹紬です。よろしくお願いします」


部活に入ってから楽しい日々が続いた
みんなの協力でギターを買い私はギターの練習に熱中した

上達のためではなく以前の自分を忘れるために


ある日の下校時

唯「今日もムギちゃんのお菓子美味しかったね~」

律「明日も楽しみだな」

唯「でもこんなに毎日ただでお菓子もらっていいの?」

紬「ええ、どうせ余らせてるもの。それに美味しそうに食べてくれると持ってくる方としても嬉しいわ」

澪「まったく食べてばっかりで…私達は軽音部って事を忘れるなよ」

律「分かってるよー」

唯「私は家でしっかり練習してるもん」


律「確かに頑張ってるみたいだなーすごい早さでギター上達していってるし、どれくらい練習してるんだ?」

唯「家にいる時は暇ならいつも弾いてるよー」

律「ほーすごいなー」

澪「これなら文化祭でいいライブができそうだな」

文化祭でのライブを想像を話しながら4人横に広がり歩き十字路へと出る

紬「あ、私こっちなんで」

律「おう、またなムギー」

澪「じゃ私と律はあっちだからまたな唯」

唯「うん!みんなまた明日ねー!」


また明日か…

私は携帯電話を取り出し和ちゃんにメールする。
今日あった出来事を話して最後にまた明日とつけ送信する

あの日からの日課になっていた

辛かった学校での生活にも慣れた
今ではクラスでも部活でも楽しく過ごす事ができている

しかし、これは偽者の私

十字路の真ん中に立ち夕日に照らされて私の足元に大きく伸びた真っ黒な影
真っ黒な闇に染まったこの姿がみんなに隠している本当の私なんだ

携帯電話がメールを受信する
和ちゃんからのまた明日と書かれたメールを確認すると私は帰路についた

――――――――――

季節はすっかり夏になり、私はもう新しい自分に変われていた
変わらないことと言えば朝陽を見るとなぜか泣けてくることくらいだ

今日は軽音部の合宿で海に行くので水着を買いに和ちゃんと買い物に来ていた

和「ていうか、なんで水着なの?」

唯「海に行くからだよ~」

和「そうじゃなくて合宿に行くんだから練習するんじゃないの?」

唯「練習もちゃんとするよ~でも遊ぶのがやっぱり1番楽しみだよね」

和「まったく…あの律が部長じゃね、そんな風にもなるわね」

唯「あれ?和ちゃんってりっちゃんと友達だったの?」

和「え?あ、あぁこの前学校でちょっと話す機会があったのよ」

唯「そうだったんだ、知らなかったー!りっちゃんおもしろいよね」

和「ちょっといい加減なとこがあるけどね。あっ、唯プリクラ撮ろうよ」

唯「うん!いいねー撮ろう撮ろう」


ゲームセンターの中にあるプリクラ機で撮り出てきたプリクラには楽しそうに笑う私と和ちゃんが写っている

しかし私は自分の笑顔に違和感を感じた
笑ってはいるが、本当に心の底から笑えていない作られた笑顔

私はいつもこんな顔で笑っていたのか?
そう思うと途端に気分が悪くなった


その後、水着を見に行ったが買うことはなかった

初めて桜高の制服を着た時と同じようにどんな水着も私には似合わないと思ったからだ

私は変われたと思っていたが、まったくそんな事はなかった


――――――――――

合宿当日
場所は予想を遥かに超える大きさのムギちゃん別荘

私が遊ばず練習をしようと提案するとみんなは驚いていた

ムギちゃんとりっちゃんはつまらなそうな顔をしていたが、文化祭ライブも近いということで仕方がなく遊ぶのを我慢し練習をした

何度か演奏を合わせたがみんなが満足することはできなかった

律「うーん…なんか足りないんだよなぁ」

澪「確実にみんな上手くなってるんだけどな」

紬「私お茶を入れてくるから少し休憩にしましょう」

律「そうだな」


何が足りないのか私には分かっていた
みんながバラバラなのだ。いや正確には私だけが外れているのだ

みんなと一緒に演奏しているのに私だけが輪の外にいる
それは当然の事だ。罪を犯してこの場所にいる私がみんなと一つになれる訳がなかった

練習後、外に出てみんなでバーベキューをした

律「肉だぞ肉ー!さあ食え食え!」

唯「おいしい!」

澪「野菜も美味しいぞ!」

紬「食材は家の方で勝手に揃えたけど、みんなのお口にあったみたいでよかったわ」


澪「ムギが用意したって事は相当の高級食材なんだな」

律「やっぱり高級品は違うぜ」

唯「やっぱり生産地直送みたいな感じなの?」

紬「ううん、近所スーパーの安売りしてたのを買ってきたの」

律「やっぱりそうか~馴れ親しんだ味だからそうだろうと思ったよ」

澪「おい」

唯「真実を知らずムギちゃんが買ってきたってだけならプラシーボ効果的なので高級に感じたのに…」

紬「ふふ、ごめんね」

律「よーし、花火をするぞー」

紬「用意してありまーす」

律「よーし四尺玉でもなんでもこいムギ!ガンガン打ち上げてやるぜー」

紬「手持ち花火です」

唯「すごい可愛いねー」

澪「あっ、これ火花の色変わったりするんだ」

唯「こっちのはパチパチ音がするよー」

律「…」

紬「りっちゃん花火やらないの?」

律「こうなったら全力で手持ち花火やってやるー」


花火の後はみんなで大きなお風呂に入った

律「うー…」

唯「ほー…」

澪「人の胸をジロジロと見るな!」

律「なんでこんなに差がついた…」

唯「りっちゃんが揉むからとか」

律「私のおかげか!感謝しろよ澪」

澪「するもんか」

それから私達は大きなお風呂で泳いで遊んだりみんなで身体を洗いあったりした

みんなと一緒に遊ぶと私も笑うことができたが、心の中はどこか悲しかった



まだ外は暗い時間に私は目が覚めた
みんなは疲れたようでぐっすりと眠っていた

もう一度寝ようとするが、なかなか寝付けない
次第に自分だけ起きている事でまた疎外感を感じ始めた
少し気分転換に外を歩こうと別荘を出る

空はまだ夜明け前で今の私のように真っ黒で辺りも闇に包まれていた

私は浜辺に座り生きている実感がまるでなかった半年を振り返りながら日の出を待った


どれだけの時が流れたか徐々に空の黒は薄れていき太陽が顔を見せる

それを見て私は涙を流す…
太陽の光で辺りの闇は消え去っていた

しかし、私だけはまだ真っ黒な闇のままだった
その時やっと自分が泣いている理由が分かった

私はこの半年間を太陽のように明るい和ちゃんや軽音部のみんなと一緒にいたいから生きてきた

でも本当はそうじゃなくて私はみんなのようになりたかったんだ


太陽に照らされる事で明るくなれる夜空ではなくて
夜空を照らす太陽になりたかったんだ

みんなの笑顔に囲まれて笑顔になるんじゃなくて
私の笑顔でみんなを笑顔にしてあげられる

そんな人に私はなりたかった

そんなことをいつも心のどこかで思っていたから太陽を見るたびに涙が溢れていたんだと気付いた

私は自分のなりたかったのとは逆の人間なってしまったから、みんなといるのが楽しくてもどこか悲しかったんだ


こんな闇に染まってしまった私が太陽になりたいなんて願いは叶わないのか

いや、そんな事はないと思った
大事なことに気付いた私なら戻れると思ったから

私は決めた
迷惑をかけた憂に謝り、私を支えてくれたみんなに感謝して

文化祭のライブの日に半年間両手に握り隠し続けた罪を全て打ち明け
罰を受けて全部終わらせようと


――――――――――

文化祭当日。

講堂ステージ裏でライブを目前にしてみんな緊張していた

その中で私だけはみんなとは違うことで緊張していた

澪「人いっぱい入ってるな…」

律「そりゃ学校外からも人がくるからな」

紬「すごいドキドキするわ」

唯「………みんなありがとうね」

律「なんだよ急に」

唯「いや、みんながいなかったら私はこの場にいなかった訳だし」

紬「それは私達も一緒よ」

唯「え?」


澪「そうだぞ、唯がいなかったら軽音部は廃部になってたかもしれないんだからな。ありがとう」

律「だから私達もお前に感謝してるよ。ありがとうな」

紬「唯ちゃんがいたからみんな楽しく笑顔で軽音部でいられるのよ、ありがとう」

唯「みんな…うぅ…」

律「おい泣くなよ、これから出番なんだぞ」

嬉しかった、こんな私がみんなの力になれてたと知って

和「軽音部出番よ」

唯「うん、和ちゃんもありがとう」

最後に和ちゃんにも感謝をすると幕が開いた

唯「皆さんこんにちは!軽音部です!きいてください!ふわふわ時間!」



ライブは決して褒められたものではなかった
やはり私だけはみんなと一つになる事はできなかった

ライブを終えみんなステージからはける中
私はステージのセンターに残った

和「唯…?何してるの?」

澪「唯…?」

紬「唯ちゃん?」

律「どうしたんだ?あいつ」

ステージ脇でみんなが不思議そうに私を見ている

唯「聞いてください。私は今日打ち明けなければいけないことがあります」

唯「実は私はとても悪い事をしました」

唯「それを私は今まで隠し続けていました」

講堂内の人達が「えっ?」「なに?」と騒がしくなる

唯「私は罪悪感を感じながらも罪を隠して桜高学生として生活してきました」

唯「桜高のみんなに憧れて、罪を隠し忘れてしまえば私は新しい私に変われるんじゃないか。本当の桜高生としてみんなと一緒にいれるんじゃないかって思った」

唯「だけど、それは違った。私が望んだのはそんな事じゃなかった」

唯「私の本当の望みはみんなといる事じゃなくてみんなのようになる事」


唯「罪を隠してては絶対にみんなのようにはなれない。だから私は今日全てを打ち明けます」

唯「私は入試の時に不正行為をしてこの学校に受かりました!」

衝撃的だったのか、講堂内は静寂に包まれた……が、しばらくすると講堂内から次々と声があがる

私に向けられて講堂内の人達からはっせられた非難の声

そして叫ばれる思いやりのない言葉や罵声

しかし、それらは全て正しい言葉だった


普通なら心が傷つくような言葉が今の私には半年ぶりに生きているということ実感できる暖かな言葉だった

駆け付けた教師にステージから降ろされ講堂の外へ連れていかれる

和ちゃんが私に何かを叫んでいたが聞き取ることは出来なかった

外に出ると空は晴れ太陽が輝いていた

太陽を見上げる私の目からもう涙は流れない

だから笑ってみせた
どれだけ久しぶりだろうか、心の底から笑えたのは……


終わり



最終更新:2010年04月07日 21:06