律「かろうじて首を通すための、穴の開いたテーブルクロスだけは代えておいたみたいだけどな」
紬「……じゃあ、最後に私がこの事件に噛んでるって根拠を聞かせてもらっていいかしら?」
律「ようは、この事件がはじめから唯たちによる自作自演だったとしたら、当然この事件の場所を提供した
ムギだって怪しいって思うのが筋だろ。特に窓ガラスを割ったりするのはイタズラでもちょっとやりすぎだしな」
紬「それだけ?それだけじゃないでしょ?」
律「うんまあ、後、唯が窓ガラスが割れた音を聞いたって言ったとき、ムギも私も聞こえたって言ったからな。
それでもやっぱりムギは行動が一番少なかったから、正直確信みたいなものは最後まで、もてなかった。だよね、憂ちゃん?」
憂「はい、そうです」
律「ああ……でもな、私たちの行動でどうしてもおかしいと思えることがあった」
紬「私たち……それは私や唯ちゃんだけでなく、りっちゃんたちもってこと?」
律「うん。やっぱりさ、おかしいと思わないか。人が死んだんだ。たとえ、パニックになっても普通は
警察呼ぶぐらいはさすがにするだろ?犯人である唯たちならともかく。私も梓も憂ちゃんも全然そうしようとしなかった」
紬「うんうん。それで」
律「まるで酒飲んで酔っ払ったみたいだった、って後から振り返って思ったんだ。梓や憂ちゃんはどうだった?」
憂「私もあの時は何だか体調が優れませんでした」
梓「そう言われてみると、そんな気がしないでもないです」
律「……だ、そうだ」
紬「どうやら完璧に見破られているみたいね」
律「いや、今のムギの言葉を聞いて私ははじめて確信したよ。私らの飲み物に睡眠薬を混ぜてたんだろ」
睡眠薬――飲んだことがないからよくは知らないし、そもそもどのような手段を用いればそれが
入手できのかも定かではないが、憂ちゃんによれば、睡眠薬は眠気を促すだけが効果ではないらしい。
様々な種類があって物によって色々な効果があるんだとか。だから睡眠薬遊びなんてものも一部の界隈では流行っているらしい。
私には一生縁がないことを祈ろう。
まあ、どの種類の睡眠薬かはさすがの憂ちゃんもわからなかったらしいが、飲むと睡眠と
同時に酩酊してしまうものもあるらしい。
言われてみれば、私のあの時の症状はまさに酔っ払いのそれだったのでは、と思えなくもない。
強烈な眠気と酷い頭痛。おぼつかない足取り。特に澪があの物置部屋で駄々をこねた時はもう、
思考が半分以上停止しかけていたし。
梓「……あれ?」
律「どした?」
梓「でも、どうやって睡眠薬を仕込んだんですか?私たち、普通に夕飯の時は紙パックで
各々好きなものを飲んでましたよね?」
律「バーベキューだったしな。じゃあ単純にもうひとつのほうだ」
梓「もうひとつのほう?」
律「夕飯の後、風呂に入っただろ。その後に私らきちんと食べたんじゃん。夕食後のデザートをさ」
梓「たしかに美味しく頂きましたけど」
律「さて、問題。わたしら軽音部がお菓子食べるときに一緒に飲むものと言えば?」
梓「紅茶です」
律「正解。では、誰がその紅茶を淹れてくれるでしょう?」
梓「ムギ先輩です」
律「じゃあ、最後の問題。あの晩私らが飲んだ紅茶を淹れてくれたのは?」
梓「……ムギ先輩」
律「そういうこと。日ごろの習慣っていうのは恐ろしいもんで無意識にムギが紅茶を淹れるのを
当たり前だって思っていたんだ。だから、今回だって進んでムギが紅茶を淹れたって誰も口を挟まなかったし何も思わなかった。当たり前、だからな」
白状すれば私はあの日、みんなでお菓子を食べたとき誰が紅茶を淹れたかなんて覚えていなかった。
そもそも考えようとすらしていなかった。ムギが紅茶を淹れる――私にとってそれはあまりにも当たり前だった。
しかし、普段から軽音部にそれほど関わりのない憂ちゃんはだからこそ、その点に気づいたのだろう。
律「適当にスキを見て睡眠薬を入れれば後は勝手にみんなが飲んでくれる、そうだろ?」
紬「はい、そのとおり……りっちゃんに惚れちゃいそう」
律「なんか言ったか?」
紬「いえ、なーんにも。ワタシニハユイチャンガイタンダッタ……」
唯「え?ムギちゃん今私の名前呼んだ?」
紬「いえいえいえいえいえいえ」
澪「六回……」
梓「あれ?でも何でそんなことをしたんですか?睡眠薬を私たちに飲ませることに
何かメリットがあるんですか?」
律「ああ、ひとつは私たちを泥酔状態にして混乱させる。そしてもうひとつは夜中に証拠品をきちんと回収するためだよ」
梓「なるほど。私たちを眠らせておけば誰にも見られることもなく安全かつ確実にものを運べますもんね」
もっとも二日目は事はうまく運ばなかった。私は後半からずっと気絶した状態だったため睡眠薬を飲ませることなどできなかった。
そしてあの時点でほとんど真相を看破していた憂ちゃんも十二分に経過していたため、そちらも同様に睡眠薬を飲ませることが
できなかった。
律「だいたい事件の流れはこんなもんだけど……」
唯「ストップストップ。最後に一番の謎が残ってるよ」
律「へ?なんかあったけ?」
唯「あの物置部屋の扉が開かなかった理由だよ。なんで、カギがなかったのになんであの扉が開かなかったの?」
唯の声には得意げなニュアンスが墨汁のように滲んでいた。
……そういえば、これについては憂ちゃんも何も言わなかったな。
唯「りっちゃんにコタエがわかるかな~?」
…………嬉しそうだな、オイ。
図らずとも憂ちゃんの顔を見てしまった。こまったような表情の憂ちゃん。
あれ?もしかして憂ちゃんも答えがわかっていないのか?
いや、憂ちゃんにわからない答えが私にわかるわけないぞ。
唯「は~やく、りっちゃん答えてよっ」
律「ええと、だな」
得意顔の唯とそんな唯を楽しそうに眺めている憂ちゃんを交互に眺める。
私でも、今ならたとえ二人が同じ髪型をしていても、区別をつけることができr
律「――――!!」
答えがわかった。
律「澪、微妙に髪、短くなったな」
澪「…………さすがに律は気づいたか」
澪「さすがに律は気づくか」
律「あったりまえだろ。何年一緒にいると思ってんだよ」
唯「ふたりの世界禁止~。りっちゃん、それでコタエは!?」
唯が私と澪の間に割って入った。ていうか、ふたりの世界ってなんだよ?
律「わりわり。答え? そんなの名探偵律様にかかりゃ簡単なもんよ」
今度は私が得意顔になる番だった。
律「答えは単純明快。鍵がないんだったら、鍵を作ればいい。鍵穴に南京錠の代わりのものを通せばいい」
梓「代わりのものってなんですか?そんな南京錠の代わりになるものなんて……」
律「南京錠ってさ、すごい原始的じゃん。ようは鍵穴に金属を通すだけでいいんだからさ。つまり、鍵穴に通るものだったら南京錠じゃなくてもいいんだよ。
たとえば“髪の毛”とかさ」
梓「じゃあ、澪先輩が髪を切ったっていうのは……」
律「そういうこと。南京錠の代わりに切った髪の毛を鍵穴に通しておく。髪っていうのは
意外と丈夫なんだ。こま結びにでもしておけばまず、外れることはない。後はみんなが物置部屋から
出てったらハサミかなんかで切ってやる。で、後はみんなが再び戻ってくるまでに
死体になればオッケー」
澪「……さすがは憂ちゃんだな」
律「いや、これは私の推理だよ」
澪「……本当に?」
澪が露骨に驚いた顔をした。私には目の前の幼馴染が何を考えているのか手にとるようにわかった。
憂「本当ですよ。私にはその謎が解けなかったから」
律「へへん、どうよ?」
澪「……驚いたな」
この推理にははっきりとした根拠があった。澪の死体を見たとき、私は気絶した。
その瞬間、地面にひざまずいたのは覚えている。そのときに切られたはずの澪の髪が私のひざについた。
おそらく気絶から目覚めたとき、私のひざについていたものがそれだ。あの髪の毛が澪のものにしては
短すぎたのも、すでに切られた後の髪だったからだろう。
律「この密室トリックの目的は私たち全員をあの場にとどめて、和があの場から撤退するための
時間稼ぎをさせることだ。後は和からのケータイの合図を唯が受け取って、みんなを誘導させる。
唯はなにげない言葉でみんなを文字通り誘導していったんだ」
唯「……なんか全部見透かされてるみたいだね……りっちゃんこわ~い」
律「何度も言うけど私じゃなくて憂ちゃんだぞ」
憂「お姉ちゃんのことならなんでもわかるよ」
紬「ふふふ、この姉妹いいわぁ~」
心なしかだんだん萎びれていく唯とその妹の憂ちゃんのやりとりを、ムギはとろけるような
眼差しで眺めている。ホットケーキを蜂蜜漬けにして、その上からメープルシロップを塗りたくっても
あんな甘い視線にはならないだろう。
律「話しを戻すぞ。
たとえば和の死体を発見したとき。唯はさりげなく電気がつかないって言った。本当はつくのに。
少し確かめればわかる嘘をあえてついた。たぶん、死体のデキに自信がなかったからじゃないか?
少しでも暗くしておいて死体を見づらくしたかったんだろ。他にも、二日目の朝。澪の按配を
確認する際、みんなで澪のところへ行こうと言ったり、な。和の部屋の状況を確認しに行くときも、
唯が先導してたし。まあこれで証明終了。A・E・D」
澪「自動対外式除細動器!?」
紬「正しくはQEDね」
梓「ところで結局なんでこんなことしたんですか?」
唯「ああそれはね――」
梓の疑問はもっともなものだった。梓の疑問に唯が答えようとして、私はそれを遮った。
律「みんなを驚かしたかったんだろ?」
唯「りっちゃん、わたしのセリフとらないでよ~」
律「唯。最近学校で噂になってる珍事件のこと知ってるか?」
唯「へ?」
律「いや~この最近噂になっているこの事件ってさ、決して悪質なものではないんだよな。
器物破損とか誰かが怪我したとかそういうのは起きたことないだろ?どちらかというと
イタズラって言ったほうがいいかな」
唯「う、うん」
唯は私の言葉の意味を咀嚼するように目をしばたたかせた。が、不意に石のように固まった。
律「今回の唯が考えたこれも立派なイタズラだよな?」
唯「え?あ~まあ~その、ね?」
律「そして今回の事件の唯以外の犯人役――ムギ、澪、和。この三人には共通点がある」
梓「共通点?」
律「学校の珍事件の被害者、ってことだ。そうだろ?」
澪の口から大量のラブレターが下駄箱に突っ込んであった話は、その事件が起こった日に
すでに聞いていた。ムギから唯に告白されたという話も以前に。そして和からも夏休みに、
唯の家に泊まった際にメガネのフレームが上下逆になっていたとかいう話をそれとなく聞いていた。
他にも私たちのクラスが最もそのイタズラが起こっている回数が一番多いとか。まあ、
これに気づいたのもやっぱり憂ちゃんだったのだが。
つくづく優秀だった。
律「なあ、和」
和「何かしら?」
律「仮にこの学校の事件の犯人が捕まったら、生徒会は何かしたりするの?」
唯「え?え?え?あのぉ……」
涙目で戸惑う唯をよそに、空気の読める和は思案するかのようにあごに指を当てた。
レンズの奥の双眸はどこか爛々と光っていて、唯にとってはろくでもないことを考えているのが私にも窺えた。
和「生徒会新聞で犯人を大々的に報告して、朝会で晒し者にして、もうやめてくださいって
言うまでハートマン軍曹的スパルタ教育でその曲がった根性を叩きなおしてあげるつもり。
今のところの予定はね」
唯「アワワワワワワワワワワワワワワ」
今や紙のように白くなった顔は生気が抜けて悲惨なことになっていた。
もっとも同情するヤツなんてもちろんいない。自業自得ってヤツだ。
律「まあそういうわけだから帰ったら楽しみにしてろよ、犯人さん」
唯「え?」
突然唯は正気に戻った。
律「どうした?」
唯「もしかしてこれがオチとかじゃないよね!?」
律「いや、これ以上話を広げるのは無理だろ」
紬「うん、私も疲れちゃったし、それに色々な絡みも見れて満足できたし今回の旅行は、最高だったわ」
澪「私は犯人役で疲れた……」
和「私なんて一日目からぶっとおしだったから余計に疲れたわ」
梓「私も。なんだかただ単に唯先輩に振り回されただけの休日のように思えてきましたし」
唯「そんな~ういぃ~」
憂「お姉ちゃん。悪いことはしちゃダメってことだよ」
唯「うえええええええええええん」
まあ、何はともあれこれで今回のちょっとしたお話もおしま――
唯「もういいや。次回はりっちゃんが犯人役の話をやr」
律「おわれ!!」
♪おしまい♪
最終更新:2010年04月12日 23:26