みなさん、こんにちは。
あのあと私は軽音楽部に入りました。
楽器はもちろんユーフォニウム。
バンドの音にはあわないんじゃないかと思っていましたけど、
これがまた意外に相性がいいんです。

自分の限界を超えた軽音楽部の5人は
どんどん上達していき、
今ではもう世界のどんなバンドをも超越するレベルにまで達しました。
世界中のCD会社からスカウトが来ていたり、
いろんなマスコミが私たちのことを「人類史上最高のバンド」ともてはやしたり、
ネットで私たちの演奏を盗撮した動画が1週間で10億回再生を突破したりしましたが
私たちはまだ桜高の音楽室でゆる~りとバンドをやっています。
今はプロデビューよりも、こっちのほうが楽しいのです。

一度だけライブハウスでライブをやりました。
そのときはすごい騒ぎになって、
世界中のミュージシャンや音楽業界の関係者がやってきて
小さなライブ会場がすぐに埋め尽くされ、
会場の外にまで人が溢れ出していました。
そして私たちの演奏が始まると、
客席にいたミュージシャンたちは泣き出し、土下座し、発狂し、
業界人たちは私たちを確保しようとステージに上がってくるので
まともに演奏ができませんでした。
それ以来、ライブハウスには行っていません。


世界の音楽界は崩壊しました。
すべての作曲家が、演奏家が、歌手が、
私たちの前に跪いたのです。
CDも楽器もまったく売れなくなり、
世の人々は私たちの動画を
何度も何度も再生しているそうです。

私たちに国民栄誉賞をくれるとか
ノーベル平和賞を授けるとかいう話もありましたが、
それらはすべて断りました。
賞などもらっても意味がありません。
私たちの音楽は、賞状に変えられるものではないのです。

今日はこれから新入生歓迎会です。
私たちが世に出たのがあと3ヶ月ほど早ければ、
今年の桜高の受験はものすごいことになっていたでしょう。
そういう意味では、今年の新入生は幸せです。
たまたま入った高校に、私たちがいて、
私たちの演奏を生で聞くことができるのですから。

私たち6人は、今、講堂の舞台の上に立っています。


講堂の中には、新入生や教師の他に、
偉い人たちがたくさん押し寄せていました。
天皇だとか大統領だとか法王だとか、
そういった人たちが来ていると聞きましたが、
私たちは人の肩書きなんかに興味はありません。
音楽の前には、人は平等なのです。

講堂の外では数百万人の人々が詰め寄せ、
その混乱を抑えるために自衛隊が出動していました。
しかしその自衛隊も、私たちの演奏が始まれば
なんの意味も持たなくなるでしょう。

講堂にはテレビ局のカメラも入っていました。
私たちのライブは世界中に生中継されるのです。
最初、私たちはそれを嫌がりましたが、
平沢さんの友人である真鍋さんにどうしてもと頼まれて、
承諾することになりました。

今、世界中の人々が、
テレビの前に座っていることでしょう。
男性も女性も、大人も子供も老人も、
白人も黒人も、善人も犯罪者も、
富を持て余している国の人々も、
戦争をして飢えに苦しんでいる国の人々も、
私たちの演奏を今か今かと待ち構えていることでしょう。

平沢さんが、喋り始めました。

唯「あー、テステス……
  みなさん、ご入学おめでとうございます」

その言葉は一字一句余すことなく
全人類の脳髄に染み渡っていきました。
今日の平沢さんの発言は全て
世界最高の名言として歴史に残るでしょう。

講堂の後ろのほうで、天皇が泣いているのが見えました。
法王が跪いて祈りを捧げているのが見えました。
大統領が腰を抜かして泡を吹いていました。
先程も言ったように、肩書きなど意味がないのです。
あの惨めで美しい姿は、まさに人間そのものです。

平沢さんが喋り始めた瞬間、
講堂の外の騒動が収まりました。
もはや騒いでいる余裕などないのでしょう、
騒いでいれば平沢さんの言葉を聞き逃してしまいますから。

テレビ局の人も、
もはや撮影のことは忘れているようでした。
ただこの歴史的瞬間を、
視聴者と同じ立場で眺めていました。


歴史的瞬間。
まさにこのライブは、
人類のターニングポイントとなり得るでしょう。
それと同時に、私たちはただのガールズバンドでは
いられなくなってしまいます。
全人類の希望の象徴、到達すべき理想、
新たなる思想を生み出す存在……
そう、神。
私たちは、このライブを機に神になるのです。
もう少しだけ、女子高生としてバンドをやっていたかった気もしますが、
こうなってしまった以上は仕方のないことです。
おとなしく、運命を受け入れるのも悪くはありません。

平沢さんはしゃべり続けました。

唯「私、軽音楽部って軽~い音楽だと思ってたんですよ~」

その瞬間、講堂が爆笑の渦に包まれました。
いや、講堂だけではなく、世界中の人々が
腹を抱えて大笑いしていることでしょう。
それほどまでに平沢さんのこのギャグは
前衛的で、革命的で、人類の笑いのツボを
これでもかとばかりに刺激したのです。
平沢さんは、お笑いの歴史までもを塗り替えてしまったのです。

笑いが収まったのは3時間後でした。


笑い死んだ生徒たちが運び出されるのを待って、
平沢さんは話し始めました。

唯「私もそんな感じで入部したので、
  みなさんも気軽に軽音部に来て下さい」

平沢さんは気づいていないけれど、
今更そんなことを言っても意味はありません。
なぜならば、実質この学校にはもう軽音部しかないのだから。
私たちがこの学校で初めて演奏をした時から、
すべての部活は活動をやめてしまったのです。
文化部も、運動部も、やっているのが馬鹿らしくなったそうです。
私たちという『ホンモノ』の前に、
自分たちの存在が敵わない、意味が無いと悟ったのでしょう。
まことに愚かなことです。
立ち向かいもせず、諦めるなど……。

唯「じゃあ、最初の曲、いきます」

世界中に緊張が走りました。
ついに今から、
私たちの曲が、
世界中に流されるのです。

あたりは静まり返りました。
誰も微動だにしませんでした。
すべての視線は私たちに向けられていました。
私たちが音をだすのを、
世界中が待っていました。

かつて人類がここまでひとつになれたことがあったでしょうか。
いや、ありはしませんでした。
人は国境や宗教や人種といった壁によって分けられ、
生まれた時からバラバラになることを
余儀なくされていたのです。
しかし今。
人々を隔てる壁は取り払われています。
すべての国の人種が、あらゆる宗教の信者が、
私たちの前にひとつになったのです。

私たちはそれを肌で感じました。
そして、演奏を始めました。

律「ワン・ツー・スリー・フォー」

ジャンジャンジャンジャジャンジャジャジャジャンジャジャーン


私たちが音を出した瞬間、
講堂にいる大半の生徒が白目をむいて卒倒しました。
残りの生徒は体中のすべての水分を出しきってしまうほど
滝のような涙を流して泣きはじめました。

唯「ふでぺんふっふー♪ ふるえるふっふー♪」

教師たちは性的絶頂に達し、
天皇も法王も大統領も喘ぎ這いずり悶絶し、
テレビ局の人々は狂ったように感謝の言葉を吐き続け、
自衛隊員は持っていた武器を叩き壊し、
講堂の外に押し寄せていた数百万の人々は
いっせいにその場にひれ伏しました。

唯「はじめてきみへのグリーティングカード♪」

世界中の人々は、遺跡や文化遺産を破壊しました。
哲学書や思想書などはすべて燃やされました。
マリア像も仏像も木っ端微塵に壊されました。
核保有国の政府は、自らの国の首都に
核兵器を打ち込みました。
おおくの人々が私たちの歌を聞きながら死にました。

世界が崩壊して行きました。
でもそれでいいのです。
崩壊は新たなる創造に必要なものです。


唯「ときめきパッション♪ あふれてアクション♪」

私たちの歌に、自然までもが呼応していました。
世界中で大地震と大津波が起こりました。
雷と豪雨が世界中に降り注ぎました。
大洪水は陸上にあるものすべてを洗い流しました。
自然は、うちに秘めたすべてのエネルギーを放出しました。
ですがそんなエネルギーはすぐに底をついたのでした。
私たちの歌には、自然でも対応しきれないのです。

人々は泣きながら吐きながら狂いながら
悶えながら死にながら私たちの歌を聴いていました。
私たちの歌は人々の中にある
思想や意識や価値観をことごとく破壊していきました。
もはや今までの人類の時代は古いものとなっていました。
人類は今、歴史が変わる真っ只中にいました。

私たちは演奏を続けました。
今の私たちは神でした。
世界を壊し、
創造する……
あらゆる思想も文化も制度も
私たちが歌っているうちに
壊され、そして生み出されて行くのです。

神が創る、
新たな歴史。
神が生む、
新たな文化。
人類は、
神の下に
変わっていくのです。
もはや世界には何もありません。
あるのはただ、
人類と、神と、そして音楽だけ。
それ以外のものは唾棄すべき前時代の遺物。
ゼロへの回帰。
人の本質へと、
人類はやっとたどり着きました。
神の音楽が、
本当の人を呼び覚ましました。
それ以上に、
何を望むことがありましょうか。
人はここから、
また歴史を紡いでいきます。
私たちは役目を終えました。
これからの神は畏怖と畏敬の対象として、
人類を見守ることにしましょう。


      お    わ     り



最終更新:2010年04月13日 14:36