梓「はい、そうなんです。
みんな新勧ライブで感激して、来てくれたみたいで」
唯「でも80人も来るなんてありえないよ」
梓「いやでもホントなんですよ。
今ちょっと音楽室が大変なことになってるんで、
唯先輩も来て下さい」
唯「う、うん、分かった」
音楽室前。
ざわざわざわざわ
唯「うお、人がいっぱい……
これみんな新入部員?」
梓「はい、人数が多すぎて音楽室に収まりきらないんです」
新入部員「あ! 平沢さんだ!」
新入部員「キャー本物の平沢さんよー!」
新入部員「平沢さーん!」
新入部員「握手してください平沢さん!」
唯「あ、あれ?
私なんだか人気者? えへへへ」
梓「そりゃーギターボーカルですから一番目立ってましたし」
新入部員「きゃー平沢さーん!」
新入部員「平沢さんこっち向いてください!」
新入部員「サインください!」
唯「いやー参っちゃうね、あははは」
梓「……」
唯「ごめんねー、音楽室入りたいからちょっと通してー」ぐいっ
新入部員「きゃーん平沢さんに触られちゃったー」
新入部員「あっずるーい」
新入部員「平沢さーん!」
新入部員「きゃー平沢さーん!」べたべた
唯「ちょ……通してってば……ぎゅむ」
梓「こらっ、新入部員たち!
唯先輩が迷惑してるでしょ、やめなさい!」
新入部員「中野さんコワーイ」
新入部員「2年生だからって先輩風吹かせちゃってー」
新入部員「なんかすげー偉そうだよねー」
新入部員「きもーい」
中野「全部聞こえてますよ」
新入部員たちをかき分けて、
なんとか音楽室に入った唯と梓。
音楽室の中には新入部員はおらず、
いつものメンバーの静かな軽音部があった。
唯「ふぃー……えらいことになってるね」
澪「髪も制服もぐちゃぐちゃだぞ、唯」
律「いやーまさかこんなに新入りが入るなんて思わなかったなー」
紬「まあ大半の人は、
唯ちゃんと澪ちゃんに憧れて入ったみたいだけどね」
律「人気者も大変ですなあ、澪ちゅゎん」
澪「な、何いってんだ」
梓「あの、そんなことより……どうするんですか?
あれだけの部員、ここの音楽室には収まりきりませんよ。
それに楽器もありませんし」
律「それに、大半がズブの素人みたいだし。
ちゃんと先輩として指導もしなきゃいけないな」
澪「指導って……私が?」
律「ベースできるのお前しかいないだろ」
澪「そ、そんな……
私が後輩に指導だなんて……」
律「先輩の宿命だ。諦めろ」
紬「それで、部室の問題はどうするの?」
唯「和ちゃんに頼んでみるよ。
生徒会長様なら何とかしてくれるかも知れない」
律「おお、頼んだぞ唯」
紬「こういう時、生徒会にコネが有ると助かるわねえ」
梓「こうして権力は腐敗していくんですね」
――
――――
――――――
第2音楽室。
険しい表情の吹奏楽部部長が、
他の部員達にイライラをぶつけていた。
豊崎「いったいどういうこと?
吹奏楽部に新入生がまったく入ってこないなんて……!
ちゃんとビラ配りとかしたんでしょうね!?」
日笠「し、しましたよう」
豊崎「くそっ、新勧ライブも完璧だったのに……
なんで誰も来ない……」
ガラッ
佐藤「部長、大変です! 生徒会長が……!」
豊崎「生徒会長?」
和「こんにちは、豊崎部長。
新入部員が入らなくて、だいぶイライラしてるみたいね」
豊崎「あなたには関係の無いことよ」
和「関係大アリよ。
そうだ、なぜ部員が入らないか教えてあげましょうか」
豊崎「知っているの?」
和「ええ。音楽系の部活に興味があった新入生は、
すべて軽音楽部に入部した。それだけよ」
豊崎「なっ……」
和「で、軽音楽部の部室がいっぱいいっぱいだから、
ここの第2音楽室を軽音楽部に譲ってもらうわよ」
豊崎「い、いきなり何を言っているの!
横暴にもほどがあるわ!」
和「黙りなさい、これはもう決定事項よ。
昨年度で上級生がごっそり抜けて、
新入生も入らず部員数が少ない今の吹奏楽部には
生徒会の決定に反論する権利はないわ」
豊崎「ふ、ふざけないで!
たしかに今は部員は少ないけど……!」
和「反論する権利はないと言ったはずよ。
あっ、ちなみに吹奏楽部の新しい部室なんだけど、
どこも教室が空いてなくって。
申し訳ないけど、プール用具倉庫を使ってもらうことになったから。
じゃあ、そういうことで」
豊崎「……」
日笠「ぶ、部長……どうするんですか?」
豊崎「……楽器をプール用具倉庫に運びなさい」
佐藤「部長!」
豊崎(このままじゃ終われない……軽音部……!)
――
――――
――――――
生徒会長・
真鍋和の粋な計らいで、
めでたく2つめの部室を手に入れた軽音部。
軽音部は新入部員を迎え、
新たに85人体制でスタートすることとなった。
澪「で、これからの活動についてなんだけど」
律「うん」
澪「さっき新入部員全員にアンケートをとった。
これがその結果だ」
紬「希望する楽器……ギター・47人、ベース・25人、キーボード・8人」
律「あれ、ドラムは?」
紬「経験者が22人、あとは全員未経験で楽器もない、と」
律「なあドラム希望者は?」
澪「楽器はみんなに買ってもらうとして……
こうも未経験者が多いと、どうしたものか」
唯「やっぱりここは先輩として
ちゃんと新入部員に教えてあげるべきだよ!」
梓「別に必要ないと思いますけど。
適当に自主練でもさせとけばいいんじゃないですか?」
唯「ダメだよあずにゃん!
みんな私たちに憧れて軽音部に入ってくれたんだよ?」
梓「はあ」
唯「それなのに、私たちが新入部員をほったらかしにするなんて、
そんなの冷たすぎるよ」
梓「そうですかね」
唯「そうだよ。先輩としてみんなにちゃんと指導して、
みんなで一緒にうまくなって……
そっちのほうが楽しいよ。
ねえ澪ちゃん」
澪「え、ああ、まあ。そうかなあ」
唯「でしょ?」
梓「まあ……唯先輩が、そこまでいうなら。
でも自分の練習をおろそかにしちゃ駄目ですよ」
唯「大丈夫だよ、人に教えるのが一番の練習、っていうじゃん」
梓「ならいいんですけど」
澪「部室はどう分ける?
ギターが第2音楽室で、それ以外がこっち、
ってことでいいかな」
唯「おっけー。
あずにゃんもそれでいいよね」
梓「えっ、はあ」
澪「決めるのはこれくらいかな。
じゃあ早速明日から、新入部員を交えて活動しよう」
紬「お茶菓子の用意が大変そうねえ」
梓「ティータイムやるんですね」
唯「あっムギちゃん、第2音楽室にもお菓子持ってきて!」
紬「はいはい、分かってるわ」
――
――――
――――――
翌日、第2音楽室。
唯「ここはこうやって弾くんだよ~」ジャジャーン
新入部員「キャー平沢さんスゴーイ!」
新入部員「平沢さんってやっぱり上手いですねー!」
新入部員「平沢さんみたいになりたいですー!」
新入部員「あーん平沢さん、ここの弾き方がわかんないですー!」
唯「あっここはね、指をこう……」
新入部員「きゃー平沢さんに指触られちゃったー」
新入部員「あっずるーい」
新入部員「私にも教えてください平沢さん!」
新入部員「私も私も~」
唯「えへへー、もう困っちゃうなー。
あずにゃんも教えてあげてー」
新入部員「中野さんじゃなく平沢さんに教えて欲しいんです!」
新入部員「教えてください、平沢さん!」
新入部員「平沢さ~ん!」
梓「……」
ガラッ
紬「お菓子持ってきたわよー」
唯「あっ、ありがとうムギちゃん」
新入部員「キャーお菓子お菓子ー」
新入部員「このお菓子チョーカワイー!」
新入部員「ありがとうございます琴吹さん!」
新入部員「琴吹さん最高です!」
紬「あらあら、そんなに褒められると困っちゃうわ」
梓「……」
唯「ムギちゃん、そっちの様子はどう?」
紬「ああ、澪ちゃんはちゃんと新入部員の教育をしてるわ。
恥ずかしがってたけど、まんざらでもないみたい」
唯「そっか、よかった」
新入部員「おいしーい!」
新入部員「軽音部に琴吹さんがいてくれて良かったです!」
新入部員「こんな美味しいお菓子食べられるなんて幸せです!」
新入部員「琴吹さん最高です!」
紬「あらもう、みんなったらぁ」
部活後。
唯「いやー、今日はいっぱい練習できたね!」
新入部員「平沢さんの教え方がお上手だったおかげです!」
新入部員「ギター弾くの初めてだったんですけど、楽しかったです!」
新入部員「軽音部に平沢さんがいてくれて良かったです!」
新入部員「平沢さん最高です!」
唯「もー、みんな嬉しいこと言ってくれるねー!」ぎゅーっ
梓「!」
新入部員「きゃっ、平沢さんに抱きつかれちゃった!」
新入部員「あっずるーい、私にもやってくださーい!」
新入部員「だめ、次は私よ!」
新入部員「私にもお願いします~」
唯「いやー、みんな可愛いなーもう!
よーし、私のおごりでこれからパーッといこうか!」
新入部員「きゃー平沢さん太っ腹ー」
新入部員「ありがとうございます平沢さん!」
唯「あずにゃんも来るでしょ?」
梓「…………行きません」
翌日、放課後。
第2音楽室。
梓「……」
唯「おっ、上手く弾けたね!
よーし、これはご褒美だー!」ぎゅーっ
新入部員「きゃーっ、嬉しいです平沢さん!」
新入部員「ずるいずるいー、私もぎゅってしてほしーい!」
新入部員「平沢さーん、私もー!」
新入部員「私にもお願いします~」
唯「でへへへー。まったくもう、順番だよ~順番~」
ガラッ
紬「お菓子持ってきたわよー」
新入部員「キャーお菓子お菓子ー」
新入部員「このお菓子チョーカワイー!」
新入部員「ありがとうございます琴吹さん!」
新入部員「琴吹さん最高です!」
紬「あらあら、もう~」 ニコニコ
梓「……」
紬「あら、どうしたの、梓ちゃん。
お菓子食べないの?」
梓「あ、はい……ちょっと体調が悪くて。
今日はもう帰らせてもらいます」
紬「あらそう、せっかくいつもの3倍は高級なお菓子を持ってきたのに」
梓「ぐ…………帰らせてもらいます」
紬「お大事にね」
唯「あずにゃん、大丈夫?」
梓「大丈夫です、ちょっと頭痛と腹痛と関節痛がするだけですから」
唯「ならいいんだけど」
梓「じゃ……失礼します」
ガラッ
廊下に出て、第2音楽室のドアを閉めると、
さっきまでの賑やかな空間がまるで別世界のことだったかのように思えた。
梓「…………」
とぼとぼと静かな廊下を歩く梓。
すると、曲がり角から律が出てきた。
律「お、梓。なんだ、便所か」
梓「いえ、帰るんです。
律先輩こそ便所ですか」
律「違うよ、私ももう帰るんだ」
梓「まだ部活動中でしょう」
律「お前のとこだってそうだろ」
梓「私は体調不良ってことにして帰るんです。
律先輩とは違うんです」
律「『ことにして』って、仮病かよ」
梓「……」
律「まあ私も『用事がある』って嘘ついて出てきたんだけどな」
梓「新入生の前でサボリですか、最低ですね」
律「だって……つまんねえんだもん」
梓「なんでですか」
律「えー、だって私にだけ新入生がついてないし」
梓「ああ、そういえばそうでしたね」
律「それに……澪もムギもさあ、
新入生にチヤホヤされて、すげー嬉しそうにしてんの。
それ見てたらなんか……なんかなぁ、上手く言えないけど」
梓「……唯先輩も、そんな感じでした」
律「それが嫌になって、
仮病使ってサボったのか」
梓「自分でもよくわかんないです……
なんていうか、あの場に居たくなくて。
唯先輩が新入生に囲まれて、
私だけ音楽室のすみっこで独りぼっちで、
疎外感があったのかもしれません」
律「疎外感ねえ」
梓「それに」
律「?」
梓「えっと、なんていうか……
唯先輩が、遠くなったような気がして」
律「……」
梓「唯先輩だけじゃないです、
ムギ先輩も、澪先輩も。
なんか、このままじゃ……
放課後ティータイムが、ばらばらになっちゃうような」
律「……」
梓「あ、ごめんなさい……なんか変なこと言っちゃって」
律「いや……なんとなく分かるよ。
でも梓が言ってるようなのは表面上だけだよ。
みんな心の底では放課後ティータイムの仲間同士、繋がってるから。
こんなことでバラバラになるなんて、ありえない」
梓「そう、ですね……」
それから、数週間の時が流れた。
一部のの部員は飽きて辞めてしまっていたが、
それでも軽音楽部はまだ桜高でもトップの部員数を誇っていた。
唯たちは自分に心酔している新入生たちを
まるで我が子のように可愛がっていた。
それは日が経つごとに度を増していった。
そしてさらに新入生も唯たちを慕うようになり、
また唯たちも……以下省略。
そんな先輩の姿を見ながら
梓はあの日、律がくれた言葉を
必死に自分自身に言い聞かせながら
部活に参加していた。
「ただ新入生をかわいがっているだけ」
「放課後ティータイムが、バラバラになることなんてない」
……それでも、梓の胸からは
得体の知れない不愉快さは消えなかったのだ。
最終更新:2010年04月16日 01:16