唯「よーっし、じゃあ次はふわふわ時間、弾いちゃうよーん!」

新入部員「いよっ、待ってました!」
新入部員「平沢さんかっこいいー!」
新入部員「平沢さん最高です!」
新入部員「こっち向いてください平沢さーん!」

ただの嫉妬かも知れない。
悔しいだけなのかも知れない。
心の奥底では自分もチヤホヤされたいと思っているのかも知れない。
そしてもしそうなったら、自分も唯のようになってしまうであろうことは否定できない。

唯「君を見てると~いつもハートドキドキ~!」ジャカジャカ

新入部員「揺れる想いはマシュマロみたいにふーわふわ!」
新入部員「揺れる想いはマシュマロみたいにふーわふわ!」
新入部員「揺れる想いはマシュマロみたいにふーわふわ!」
新入部員「揺れる想いはマシュマロみたいにふーわふわ!」

だから、唯に対してとやかく言うつもりはないし、
唯が悪いなんてことはあるはずもないと分かっている。
それでも、こんな光景を嫌だと感じるのは、
唯が遠くへ行ってしまうように思ってしまうのは、
ただの自分のワガママなのだろうか。


唯「ああ神様お願い! ふたりーだーけーの!」

新入部員「ドリームタイムくだーさい!」
新入部員「私は平沢さんとのドリームタイムが欲しいです!」
新入部員「きゃーだいたーん!」
新入部員「平沢最高ー!!」

でも、ワガママでも構わない。
自分は、あの軽音楽部が好きだったのだ。
5人で仲良く、紬が持ってきたお茶を飲んで、
唯たちとお喋りして、笑い合って、練習もして、
ライブではみんなが一つになって。

唯「ふわっふわターイム!」

新入部員「ふわっふわターイム!」
新入部員「ふわっふわターイム!」
新入部員「ふわっふわターイム!」
新入部員「ふわっふわターイム!」

あの5人なら、なんでもできる気がした。
あの5人じゃなきゃ、何もできない気がした。
唯、澪、律、紬、そして梓。
5人でやる軽音楽部が、なによりも好きだった。
かけがえのないものだった。

だが今はどうだ。
5人はバラバラになり、
唯や紬は新入生のご機嫌取りをしているだけだ。
とくに唯はもう新入生の指導もろくにせずに、
ただギターを掻き鳴らしてはしゃいでいる。
唯や新入生はそれで楽しいのかも知れないが、
こんなものはもう部活としての体をなしていない。

唯「必殺、ぐるぐる弾き~!」ジャーンジャーン

新入部員「出たー、平沢さんの必殺技!」
新入部員「いよっ、平沢さん日本一!」

この現状を見かねて、
マジメに軽音楽をやりたかった新入生は辞めていった。
あとに残ったのは、ただ平沢唯を信奉しているだけの
音楽に微塵の興味もないろくでもない新入生ばかり。
辞めていった新入生たちの選択は正解だったろう。
もうマジメに軽音楽をやろうというほうが少数派なのだ。

軽音楽部は変わってしまった。
もう、こんなのは自分が好きだった軽音楽部ではない。
自分が好きだった先輩たちも、もういない……。
梓はずっとそんなことを考えていた。

そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった思いが、
きれいに失われていることに梓は気づき、もう限界だと知った時、部活を辞めた。



――

――――

――――――

唯「りっちゃんりっちゃん!
  あずにゃんが部活辞めたって本当!?」

律「えっ、ああ、本当だよ。
  さわ子先生から聞いた」

唯「なんで辞めちゃったの?」

律「部員が多すぎて居心地が悪くなった……らしい」

唯「ええッ、何それ。
  部員がいっぱいだったら楽しいのに!」

律「……」

唯「ねー、りっちゃんもそう思うよね」

律「……分かってないな、お前は」

唯「え、何を?」

律「ほら、授業始まるから席もどれよ」

唯「ねーねー、何を分かってないの?
  教えてよお」

律「あーもー、先生来るから早く席もどれよ」

唯「教えてくれたら戻る」

律「えー」

唯「早く教えてよ」

律「……」

唯「ねーねー」

律「…………唯が悪いんだぞ」

唯「えっ?」

律「梓は、私たち5人で軽音楽部をやりたかったんだ。
  でも唯や澪、ムギは新入生におだてられていい気になって、
  もう5人で演奏することも無くなっちゃったからな。
  それで梓は嫌になっちゃったんだろ」


先生「早く席につけー」




放課後。

紬「やっと授業終わったわね」

澪「よーし、今日も部活行くか!」

律「私帰るわ」

澪「なんだよ、また帰るのか?
  最近ろくに部活でてないじゃないか」

律「別にいーだろ、じゃーな」
ガラッ

澪「なんだあいつ」

紬「まあまあ、部活に行きましょう」

澪「そうだな、今日は新入生のために詞を書いてきたんだ!
  みんな喜んでくれるだろうな~」

紬「私も、いつもより8倍高級なお菓子を持ってきたの。
  みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶわ~」

唯「……」

澪「どうした、唯。早く行くぞ」

唯「え、うん……
  そういえば、あずにゃん部活辞めたんだってね」

澪「あー、そうらしいな」

紬「せっかく1年間やってきたのに、勿体無いわね」

唯「…………え、それだけ?」

澪「? 何が?」

唯「あ、あずにゃんが部活辞めたんだよ?」

紬「ええ、それがどうかしたの?」

唯「え、でも……」

澪「そんなことより、早く部室に行こう!
  新入生たちが待っている!」

紬「ええ、そうね!」

澪「あははははははははははは」
紬「あははははははははははは」

唯「…………おーい」

――

――――

――――――

豊崎「はあ、今日もプール用具倉庫で部活か」

日笠「涼しくていいじゃないですか、狭いけど」

豊崎「あんな屈辱的な涼しさならいらないわ……ん?」

唯「……」

豊崎「あっ、軽音楽部の平沢唯」

唯「……あ、吹奏楽部の部長」

豊崎「こんなとこで何やってんの?
    せっかく部室あげたんだから、
    とっとと練習しに行きなさいよ」

唯「あ、うん……いやまあ、ちょっと」

豊崎「何よ」


唯「2年生の後輩が辞めちゃって」

豊崎「あっそう」

唯「それが実は私が原因みたいなんだよね」

豊崎「どういうこと?」

唯「私が新入生にばっかりかまけて、
  新入生に褒められて良い気になって、
  そっちにばっかり傾倒しちゃって……
  普段の活動をおろそかにしちゃって。
  それで、嫌になって辞めちゃったみたい」

豊崎「ふうん」

唯「へへ、ダメな先輩だよね、私って」

豊崎「まあ確かにあんたはダメだけど、
    その子が辞めたのって
    もっと違うことが理由なんじゃないの」

唯「どういうこと?」


豊崎「だって原因があんただけなら、
    その子はあんたに注意するはずじゃない。
    ちゃんと練習してください、って。
    その子から注意された?」

唯「されてない……
  注意どころか何も言わずに辞めてっちゃった」

豊崎「何も言わずに、ねえ」

唯「なんで何も言ってくれなかったんだろ」

豊崎「何か言える雰囲気じゃなかったんじゃない?
    そうね、その子はその軽音楽部の雰囲気に負けて、
    辞めていったんでしょうね」

唯「雰囲気……?」

豊崎「心当たりはないの?」

唯「……」

日笠「部長、そろそろ部活に」

豊崎「ああそうね。じゃあね、平沢さん。
    いつか音楽室返してもらうからね」

唯「え、あ、うん……」





音楽室。

唯「……雰囲気、かあ」

紬「あら、どうしたの唯ちゃん。
  第2音楽室の方は行かないの?」

唯「いや、ちょっとね」

紬「あら、そう」

澪「今日はみんなのために歌詞を書いてきたんだ!
  いまから歌うから、聴いてくれよな!」

新入部員「ミオミオの歌を聴けるなんて幸せで死にそうです!」
新入部員「耳だけじゃなく5感のすべてでミオミオの歌を感じたいです!」
新入部員「私たちのために歌詞を書いてくれるなんて感激で泣きそうです!」
新入部員「ミオミオ最高です! 私、ミオミオに一生ついていきまあああす!」

澪「だひゃひゃひゃ、参っちゃうなーもう!
  じゃあ歌っちゃうぜー!」

新入部員「うおおおおおおお!」

唯「……」


紬「ほーらみんな~、お茶にしましょ~。
  今日の紅茶とお菓子は、みんなのために
  いつもより8倍高級なのを持ってきたわ!」

新入部員「いつも美味しいお菓子をありがとうございます、紬お姉さま!」
新入部員「紬お姉さまのお菓子のおかげで毎日を生きていられます!」
新入部員「せっかく紬お姉さまが持ってきてくださったお菓子、なんだか食べるのがもったいないです!」
新入部員「紬お姉さま最高です! 私、紬お姉さまに一生ついていきまあああす!」

紬「どぅふふふふ、もうみんな、
  そんなに褒めても何も出ないわよ~……
  と言いたいところだけど、
  今日はおまけでいつもより20倍高級なお菓子も用意しちゃいましたー!!」

新入部員「うおおおおおおお!」

唯「……」

紬「唯ちゃんもどう?」

唯「いや……遠慮しとく」

唯は、初めて自分たちの姿を冷静に見ることができた。
そこにあったのは確かに異様な光景だった。
梓は毎日これを見て、何を考えていたのだろう……
と唯は思った。


第2音楽室。

ガラッ
唯「やあ」

新入部員「あーっ、遅かったじゃないですか平沢さん!」
新入部員「みんなで心配してたとこなんですよー!」
新入部員「もうっ、授業終わったらすぐに来てくんなきゃイヤイヤですぅー!」
新入部員「ここにいる全員、平沢さんに会いたくて来てるんですからね!」

唯「え、うん……ごめん」

新入部員「あれっ、なんか元気ないですね!」
新入部員「具合でも悪いんですか? 保健室行きますか?」
新入部員「頭痛ですか? 腹痛ですか? 関節痛ですか?」
新入部員「あんまりご無理をなさらないでください、平沢さん!」

唯「だ、だ、大丈夫だよぉー、ほら元気元気。
  じゃあ早速練習しようか」

新入部員「はあーい」

今まで自分を崇め讃え信奉していた新入生たち。
唯にはそれが気持ち悪いものに見えてしまっていた。


唯(そうか……あずにゃんはこの雰囲気がイヤで、
  部活を辞めちゃったんだね)

新入部員「平沢さん、早くやりましょうよお」

唯(この新入生たちのせいで……
  いや、この新入生たちに踊らされて、
  自分を見失っていたバカな私が悪いんだ)

新入部員「ひっらさっわさーん」

唯(そんな私を見るのが耐えられなくて……
  音楽室に居るのも嫌になって……
  あずにゃんは……)

新入部員「あのー、平沢さん?」

唯(そういえばりっちゃんも言ってた。
  あずにゃんはもう軽音部が嫌になった、って。
  ……あ、そうか、りっちゃんも……!!)

新入部員「あの……」

唯「ごめん、やっぱり私、今日は帰る!」ダッシュ

新入部員「あ、ひ、平沢さん!?」


――

――――

――――――

夕焼けの茜に染まる閑静な住宅街、
家に向かう律の背中に息を切らせた唯が飛びついた。

唯「り゛っぢゃああああああああああん!!!」

律「うおっ、唯!? どうしたんだ、いきなり」

唯「はあ、はあ、きょ、ね、はあ、はあ、が、はあ、はあ、あずにゃ、はあ、はあ」

律「まず息を整えろ」

唯「はーはーはーはー……はあー……」

律「落ち着いたか」

唯「うん」

律「で、なんでいきなり人の名前を叫びながら全力疾走してきたんだ。
  すげえ恥ずかしいぞ」


唯「いやあ、一刻も早くりっちゃんと話がしたくなって」

律「じゃあ電話でもすりゃいいじゃん」

唯「なんか学校にいたくなくて……
  特にあの部室には……」

律「……」

唯「あずにゃんが辞めちゃった理由、
  分かった気がするよ。
  私、大勢の新入生に慕われて、
  いい気になりすぎちゃってた」

律「うん」

唯「自分自身を見失って、
  もう軽音楽部のこともどうでもいい感じになっちゃって。
  ただ自分を褒めてくれる人たちの中で、
  楽しい思いをしていたいだけだったんだ」

律「うん」

唯「……あずにゃんはそれが嫌だったんだよね。
  あずにゃんは、誰よりもあの軽音楽部が好きだったから」

律「ああ、そうだな」


唯「今日やっと自分でも分かったよ。
  確かにあの雰囲気は異常だって。
  りっちゃんもそれに気づいてたんだね」

律「ああ、まあな。
  澪やムギが、唯の言ったように
  新入生に持ち上げられて、馬鹿みたいになって……
  私はそんなの見たくないんだ」

唯「そっか」

律「私も……もう部活辞めようかな」

唯「えっ、そんな……」

律「だって、あんな音楽室にいても楽しくねえよ。
  不愉快になるだけだもん」

唯「でも……」

律「私な」

唯「何?」

律「前、梓に言ったんだ。
  軽音楽部がバラバラになってるように見えても、
  心の底では放課後ティータイムは繋がってる、って」

唯「へえ、良いこと言うね」

律「でも……実際には違ってしまってるみたいだな。
  ほんとにバラバラだったんだ」

唯「……」


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最終更新:2010年04月16日 01:19