律「梓もそれを心のどこかで感じ取ったから、
  軽音部を辞めちゃったのかもな」

唯「そ、そんなこと……
  澪ちゃんやムギちゃんだって、説得して……」

律「説得して、改心すると思うか?
  あいつら本気で幸せそうな顔してたぜ。
  梓が辞めたことだって、まったく気にしてないみたいだったし」

唯「でも……」

律「……」


律「……こんなことになるなら、
  新入部員なんて入んない方が良かったな」

唯「それは違うよ、りっちゃん……
  私たちが部活という体裁を取っている以上、
  新しい部員が入ってくれるのは喜ぶべきだよ。
  悪いのは新入部員じゃなくて、私たちだよ」

律「……お前は偉いな」

唯「そ、そうかな」

律「そうだよ……私なんて部長なのに、
  もう諦めて退部しようとしてるんだぜ?」

唯「あは、そういえばりっちゃんは部長だったね」

律「忘れてたのかよ」

唯「うん……なんか自分が部長みたいな気になってたから」

律「そっか…………」

唯「……」

律「…………もう、戻れないのかな」

唯「……」


その夜、唯は梓に電話をかけて、
今までの過ちを全て謝罪した。
梓も泣きながら自分の胸中を告白した。

梓「ううっ……嫌だったんです、
  みんな変わっていってしまって……」

唯「うん」

梓「私たちのっ……ぐすっ、軽音部が……
  ひっく、壊れていく気がしてぇ……」

唯「うん」

梓「5人で……のっ、演奏も、ひぐっ、
  しなくなってっ……」

唯「うん」

梓「軽音部のこと……先輩たちのこと、
  ひぐっ、大好きだったのにっ……」

唯「ごめんね、つらかったね……」

梓「ぶわあぁぁぁぁん!」

唯「もう部活には来ないの?」

梓「はい……
  あの軽音部には、行きたくありません」

唯「そっか……」

梓「すみません」

唯「いや、いいんだよ。気にしないで。
  でも……」

梓「?」

唯「澪ちゃんとムギちゃんを説得してみない?
  もしかしたら元の軽音部に戻るかも知れないよ」

梓「えー……そんなにうまくいきますかね」

唯「やってみる価値はあるよ。
  りっちゃんも誘ってさ、明日、やってみようよ」

梓「……はあ、唯先輩がそこまで言うなら……」

――

――――

――――――

翌日、放課後。

澪「はあはあ、ふっひひひひ、やっと授業終わったなあムギ……」

紬「ああもう部室に行きたくて行きたくてたまらないわ!
  早く行きましょう、澪ちゃん!」

澪「ああそうだな、このために学校来てるようなもんだしな!
  行くぜムギ!」ダッシュ

紬「ええ!」ダッシュ

律「……あいつら日に日にヤバくなっていってないか」

唯「あはは……」

律「ほんとに元に戻せるのかよ」

唯「それはやってみないと分かんないよ」

ガラッ
梓「あのー……先輩」

唯「あ、あずにゃん」

梓「さっきそこで、澪先輩とムギ先輩とすれ違ったんですけど……
  あれ大丈夫なんですか?
  目とか完全に逝っちゃってるじゃないですか」

律「大丈夫かどうかはこれから確かめに行くんだ」

梓「……どうにも手遅れっぽいですけど」

唯「そう決めつけるのは早計だよ。
  さあ、音楽室に行こう」

律「ああ」

梓「はあ……でもなんだか、
  あんな先輩たちを見るのはもう嫌です……」

律「だからこそ、あいつらの目を覚まさせてやる必要があるんだ」

唯「うん、そうだよ。
  そしてそれには、軽音部の変化に一番敏感だったあずにゃんの説得が欠かせない」

梓「は、はい……分かりました」

律「よし、じゃあ行くか……敵陣へ」

――

――――

――――――

音楽室。
そこにはうず高く積まれた机の上でふんぞり返って、
新入部員の崇拝を一身に集める澪と紬の姿があった。

澪「はははははは! 跪け! 崇めろ!
  私は天下のミオミオ様だぞ!」

新入部員「ははーっ、ミオミオ様ー!」
新入部員「ミオミオ様、ミオミオ様ー!」
新入部員「ミオミオ様のお声を聞けて幸せです!」
新入部員「私、ミオミオ様のために死にます!」

紬「ほうれほうれ、お菓子だぞお菓子!
  私の慈しみと優しさの心を食すがいいわ!」

新入部員「ははーっ、ありがたき幸せ!」
新入部員「ああっ、こちらにも! こちらにもお願いします!」
新入部員「おいしゅうございます紬お姉さま!」
新入部員「もっと、もっとくださいませ!」

梓「…………帰りたいです」

唯「……」

律「おい、澪、ムギ!
  いいかげん目を覚ませ!
  こんなこと続けてたって良いことないぞ!」

唯「そうだよ、澪ちゃん!
  そこから下りてきて!」

梓「ムギ先輩もお菓子で餌付けはやめて下さい」

澪「ん……なんだ、お前らか。
  お前らも早く部活をやれよ」

律「馬鹿か、これのどこが部活だ!
  思い出せ、あの日の軽音部を!」

唯「そうだよ、5人で楽しく、
  お茶したりバンドしたりしてたじゃん」

梓「私、もうこんな澪先輩やムギ先輩は見たくないんです!
  もとに戻ってください!」

澪「ハッ……何を言っているのか分からんな」

紬「そうよ、馬鹿なことばかり言って……
  あなたたち、あいつらを追い出しなさい」


新入部員「はっ! 了解しました紬お姉さま!」
新入部員「オラオラ、紬お姉さまにたてつく奴は今すぐに出て行け!」
新入部員「消え失せろ、オラオラ!」
新入部員「神聖なる紬お姉さまを穢す俗物め!」

唯「ひいっ、痛い、痛い!」

梓「や、やめてっ……!」

律「ゆ、唯、梓、ここは一時撤退だ!」

唯「らじゃー!」

梓「ちょ、ちょっと待ってくださいよう……」


――

――――

――――――

教室。

律「はあ、はあ……」

唯「まさかあんなことになってるとは思わなかったね」

梓「ど、どうするんですか?」

律「えー、もうどうにもならんと思う……」

梓「諦めるんですか」

律「だって行っても追い返されるし……
  あいつらの気が済むまでやらせとこうよ、もう」

唯「気が済めば、いいんだけどね……」

梓「放置しといたら今以上に増長しますよね」

ガラッ
豊崎「……あっ、軽音楽部の」

唯「あ、吹奏楽部の」

豊崎「何やってんの?」

唯「実はカクカクシカジカで」

豊崎「ふうん……後輩とは仲直りしたけど、
    他の部員がエラいことになってる、と」

唯「まあそんなかんじ」

豊崎「部員が多いと色々大変ね、
    部員が多いと」

唯「あはは、吹奏楽部並の部員数が丁度いいよね」

梓「嫌味言い合ってる場合じゃないでしょう。
  これからどうするかが問題です」

律「いいじゃんもう、様子見で」

唯「ううん……現状だとそれしかないかなあ」

梓「部室じゃなくて、新入生のいないとこで……
  休み時間とかにこのクラスで話すってのは」

律「だめだめ、あいつら、授業中も休み時間も
  新入生たちとずーっとメールしてるもん。
  こっちの話なんか聞きゃしねえ」

梓「はあ……」

豊崎「……」


それから何もしないまま数日が過ぎた。
相変わらず澪と紬は新入生からの崇拝を受けて
音楽室の神様を続けていた。

律はもうすっかり諦めた様子で、
もう軽音楽部のことを気に掛けることもなくなった。
澪と紬のことも完全にスルーし、
今では澪よりも唯と仲良く過ごしている。

唯は軽音楽部に行かなくなった。
澪と紬のことは心配だったが、
どうにもできないまま悶々とした日々を送っていた。
ときおり教室に唯を信奉していた新入生がやってきて
軽音楽部に戻るように説得されたが、
唯はきっぱりとNOを突きつけていた。
そしてそのうち新入生も来なくなった。

梓はまだ諦められなかった。
あの5人でやっていた軽音楽部を、
放課後ティータイムを、その手に取り戻したかった。
しかし唯と同じく、澪と紬に対して何もすることが出来ず、
もどかしい気持ちを抱えていた。

だが異変は起こっていた。
誰にも知られないまま、少しずつ、確実に。
最初に気づいたのは律だった。


律「なあ、唯。気付いたか?」

唯「なにが?」

律「澪とムギがメールを打つ回数、
  明らかに減っている」

唯「えっ、そうなの?」

律「ほら、現に今、携帯に触れてもいないだろ」

唯「あ、ホントだ。前までは一日中携帯開いてたのに」

律「なんかあったのかね」

唯「へへ」

律「ん、なんだよ」

唯「いやー、なんだかんだ言っても、
  やっぱり澪ちゃんたちのこと気にしてるんだなって思って」

律「ただ視界に入るだけだよ」

唯「どうだか」


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最終更新:2010年04月16日 01:19