律「なあ、今日の放課後、
久々に音楽室を見に行かないか?
梓も誘ってさ」
唯「え、うん、いいけど」
律「私の予想では、何かが起こってるよ。間違いなく」
唯「何かって、何が?」
律「それはまだ分かんないけど。
ただ、私たちにとって良いことだといいな」
唯「切に願うね」
律「ああ」
6限目の授業が終わった後、
澪と紬はいつものように奇声を発しながら
全速力で教室を飛び出していった。
唯と律は梓と合流し、
音楽室へと向かった。
――
――――
――――――
澪と紬は以前よりも高く積まれた机の上で
ふんぞり返っていた。
これは前と変わらないが……。
唯「あっ、取り巻きの新入生が少なくなってる」
律「えっ、マジで?」
梓「あ、ほんとだ……5,6人しかいませんね」
律「一体どうなってんだ……?
どこいっちまったんだ、他の奴は」
唯「辞めちゃったとか」
律「あんなに崇拝してたのに?」
梓「違う宗教に鞍替えしたとか」
律「宗教て」
唯「いずれにせよ謎だね」
律「よし、じゃあもう本人に直接聞くか」
唯「えっ」
ガラッ
律「おい、澪! ムギ!」
澪「あっ、誰かとおもったらお前か……
何をしに来たんだ、今さら」
律「何しに来たってわけでもないけど。
お前らの取り巻きの新入生、ずいぶん減ってんじゃないか」
澪「っ……」
紬「ふん、それがどうしたというの?
私たちは私たちを崇めてくれる人がひとりでもいれば、
それでいいのよ」
澪「そうだ、ムギの言うとおりだ。
まあ律には分からないだろうな、
後輩に慕ってもらう楽しみって言うのはさ」
律「何いってんだ、お前らには梓って言う大事な後輩がいるだろ。
去年一人だけ入ってくれた、大事な後輩が」
梓「律先輩……」
律「思い出せよ、私たちが5人で部活やってた時のことを。
梓は生意気な後輩だったかも知れない、
お前らに立てついたことも確かにあった。
でもそれは軽音部のことが好きだったからだ。
梓は誰よりも軽音部を愛していたから、
お前らに愛想つかして出てっちまったんだよ」
唯「あ、りっちゃんったら良いとこ全部持ってく気だ」
律「そんな梓をないがしろにして、何をバカなことやってんだ。
お前らは結局、後輩に慕ってほしいんじゃなくて
自分を持ち上げてくれる、讃えてくれる人が欲しいだけだろ」
澪「う、うるさい! うるさいんだよさっきから!
良いじゃないか別に、後輩たちが私のことを好きで、
私はそれに答えてやったまでだ!
何かおかしいか、えぇこら!」
律「ああ、おかしいね。
お前らの行いで、確実に傷ついてる人間がいるんだから」
澪「生きてりゃ人の一人や二人は傷つける!
お前はアリを踏まないように気をつけて歩くのか!」
律「梓はお前にとってアリか!
なんで忘れちまったんだよ、梓と過ごした日々の思い出を」
澪「思い出? そんなものはとうに捨てたね。
私たちはこれからこの後輩たちと
新しい思い出を作っていくんだ!」
律「ふざけたこと言うな!」
澪「もういい、これ以上話しても無駄だ。
おいお前たち、こいつらを放り出せ!」
新入部員「かしこまりました、全知全能神ミオミオ様!」
新入部員「全知全能神ミオミオ様の名のもとに不埒な輩は追い返してくれる!」
新入部員「出てゆけ! 出てゆけ! 俗人は出てゆけ!」
新入部員「全知全能神ミオミオ様を穢す人間は消え去れ!」
律「痛い痛い痛い、やめろ!」
梓「ついに神になりましたか」
唯「何ノンキなこと言ってんの、逃げるよあずにゃん」
律「おい、まてよ二人とも……!」
――
――――
――――――
律「はあ、はあ」
唯「ここまでくれば大丈夫かなあ」
梓「それにしても、なんで新入生の数が減ってたんでしょうね」
豊崎「……あっ、軽音部の」
唯「あっ、吹奏楽部の」
律「またあんたか、よく会うな」
豊崎「これはこっちのセリフだわ。
息切らしてるけど、なんかあったの?」
唯「実は澪ちゃんたちの取り巻きが減ってて、
なんでなんだろーって思って」
豊崎「……フッ、そこに気付くとは」
唯「えっ……なにか知ってるの?」
豊崎「知ってるも何も……
私たち吹奏楽部があんたのとこの部員を
ごっそり頂いたのよ」
唯「ええっ?」
律「ど、どうやって?」
豊崎「そんなに難しいことはしていないわ。
ああいうのは崇拝対象の人間性ではなく
カリスマ性に惚れているだけなのよ。
つまりはちょっとそういうのを見せつけてやれば、
コロッと心変わりするものなのよ」
梓「へえ」
豊崎「まあ、ああいうのは基本的にバカだから。
思ったより簡単にいけちゃったわ」
唯「そうなんだ、すごいね」
律「ああ、あんたええ人やな……
私たちのために、わざわざ……」
豊崎「いえいえ、礼には及ばないわ。
人の役に立てと、幼い頃から教えられていて」
日笠「豊崎部長~、軽音楽部の不和に乗じて
部員を根こそぎ奪い取って部室奪還作戦は
うまくいk……」
豊崎「オラア!」ボカッ
日笠「ぐはっ」
唯「不和? 奪還?」
豊崎「ああ、いえ、気にしないでね。
あっ、残りの新入部員も近いうちにどうにかするから。
取り巻きがいなくなってしまえば、
全知全能神ミオミオ様と宇宙創造神ムギムギ様も
いいかげん目をさますでしょう」
梓「そうですね、ありがとうございます……
私たちのために、そこまでしてくれてっ……」ぐすっ
唯「ほんとだよ、感謝してもしきれないよ!
ありがとう、豊崎さん!」
豊崎「良心が痛むわ」
律「え、何?」
豊崎「なんでもないわ。
じゃあこれで失礼するわね、いくわよ日笠」
日笠「は、はい……」
――
――――
――――――
豊崎の言った通り、
すべての新入部員は軽音楽部を去っていった。
そして信仰者を失った澪と紬はようやく我に返ったのだった。
澪「すまなかったな、みんな……
私、やっと目がさめたよ」
紬「私もどうかしてたわ。
あんなバカなことをやっていたなんて……
もう忘れてちょうだいね」
唯「うん、分かってるよ」
律「…………全知全能神ミオミオ」
澪「ひぃっ」
梓「…………宇宙創造神ムギムギ」
紬「うわあああああああ」
梓「しばらくは脅迫の種に使えそうですね」
律「そうだな」
唯「人の黒歴史を掘り返しちゃいけません」
律「まあ、何はともあれ5人で再スタートだな」
梓「はい……やっぱりこの5人でやるのが、
一番いいです」
唯「そうだね」
澪「ようし、じゃあ早速音楽室に行こう!」
紬「お~!」
和「……ダメよ」
唯「うおっ、和ちゃん」
梓「ダメってどういうことです?」
和「吹奏楽部の部員が爆発的に増加したのよ。
だから軽音楽部が使用していた2つの音楽室は、
両方とも吹奏楽部に開け渡してもらうわ」
唯「えっ!? なんでそんないきなり」
和「弱小部であるあんたらに反論する権利はないわよ。
あっ、ちなみに軽音楽部にの新しい部室なんだけど、
どこも教室が空いてなくって。
申し訳ないけど、プール用具倉庫を使ってもらうことになったから。
じゃあ、そういうことで」
律「……」
梓「……」
澪「……」
紬「……」
律「くそ……吹奏楽部にハメられたな」
唯「まあまあ、いいじゃん部室くらい。
吹奏楽部のおかげで解決したんだしさ」
梓「そうですよ。ほら、プール用具倉庫に楽器運びますよ!
急いでください、先輩たちも!」
澪「はいはい、元気だな梓は」
紬「ティーセットも持っていっていいのかしら?」
こうして新たな始まりを迎えた軽音楽部。
翌年たくさんの新入部員が入って、
吹奏楽部から音楽室を取り返したのはまた別の話である。
お わ り
最終更新:2010年04月16日 01:18