彼女は一夜漬けが得意だった

前日教科書のテスト範囲を丸暗記して 思いっきり集中して望めば

なんとかなるのではなかろうか

もちろん全教科は厳しいが 単語を覚えるレベルのものなら・・・

「つまり、こうすれば・・」

15 30 00

13 00 00

15 04 38


「明日分のテストを一夜漬けして寝て起きて受験する過程を吹っ飛ばせる・・・」

流石に21時間30分跳ばすのは少し抵抗があったし

テスト後 頭からは勉強内容は抜けていくのだが

彼女は蛇の道を選択する


気付けば帰り道だった

眠い

頭がすこしぼーっとする

しかし、彼女の感情は 歓喜と安堵だった

「これ・・一応勉強してテスト受けてるし・・」

「かなりラクじゃね・・!?」

勉強しているのか していないのか

最早自分が何をしたのか

全く理解せぬままそのスケジュールを4日連続で続けた



返ってきたテストが 全て平均前後の点数だったこともあり

調子付いて積極的に時計を使用しようとする


それから

授業をよくスキップするようになった

なんならあとで軽く復習すればいい と自分に言い聞かせ

テスト前には一夜漬けして受験という手順をまとめてやらせればいい 

と他人事のように考える



朝を跳ばして授業を跳ばして宿題も跳ばすと

毎日が軽音部のティータイムになる

まるで天国だ

悩みなんて無い 苦しみなんて無い 面倒なんて無い

楽しいことばかりの毎日

彼女は 大事な時間を捨てて

酷く単純な日常を手に入れた


今日のお菓子はマドレーヌだった 紅茶が温かかった

唯が寒いダジャレを言って みんなで苦笑した

練習した 上手く演奏できた

澪と帰った 思い出話が楽しかった

家に帰った 風呂に入った アイスを食った

聡とゲームをした

時計をセットした

今日のお菓子はチョコレートケーキだった 紅茶が温かかった

梓が先生に絡まれてみんなで笑った

練習した 上手く演奏できた

澪と帰った 将来の夢を話し合った

家に帰った 風呂に入った アイスを食った

聡とゲームをした

時計をセットした

今日のお菓子はクッキーだった 紅茶が温かかった


究極に洗練された毎日が続く



澪が怖い話を聞かないように耳を塞ぐ様が面白かった

練習した そこそこに演奏できた

澪と帰った 楽器の話をした

家に帰った 風呂に入った アイスを食った

聡とゲームをした

時計をセットした

今日のお菓子はバナナクレープだった 紅茶が温かかった

ムギの家の話にみんな驚いた

練習した 完璧に演奏できた

澪と帰った

ベッドに寝転んでいる 星を眺めている

目が痛い


「・・・・え?」


唐突に 完璧なリズムが崩れた

究極の人生を謳歌していたところで 調子が狂ってしまう 

しばらく呆然とまたたく星を眺めた


何時の間にかベッドに寝転んでいたのだ

さっきまで帰宅途中だったので 何故か時間が跳んだことになる

だが しかし

時計を弄った記憶は無い

弄らなければ跳ぶはずがないのだが

机の上に時計が置いてある

何かおかしい 確認せねば


00 00 00

23 59 59

23 59 59


背筋が凍る


酷く嫌な予感がしたので 時計に手を伸ばした瞬間

いや 伸ばそうと意識した瞬間

視線は時計から夜空の星々に戻された



「どういう・・ことだよ・・・?」


勝手に時計の時刻が変わっているということは

自分以外の誰かが弄ったことになる

しかし この時計を学校の誰かに見せた事は無いし

聡もわざわざこんなことをしないだろう

つまり

「跳んでる最中の・・私が・・・?」

視線を横に向けた瞬間 星に視線が戻った


「ふぅ・・つまり 跳んでる時間の私は・・」

「この時間は毎日必ずこの位置で星を眺めるってわけね・・」

なんとか頑張って視線を他の物に向けると

机の上の小物が少しずつ位置をずらしている

星も段々移動して言っているようだ

自分の服も 一瞬一瞬で変わっていく

日捲りカレンダーが次々にカウントされる

不気味な光景だった

しかし そんなことよりも

最も危惧すべき問題に気付いた


「これ・・1日が 1秒で過ぎてくんだ・・・」

「1日が1秒・・1分で2カ月・・・1年が6分・・つまり・・」



「もうすぐ・・死ぬのか・・・!?」


間違い無く人生で一番焦る 今焦らなければ 死ぬ

時計を早く止めねば 寿命と競争するハメになる

壊すか なんとか解除をしようと 焦る 焦る 焦る

「くっそ・・なんでこんな設定にしてんだ・・・!」

思いっきり時計に手を伸ばすが 

届く前に元の位置に戻る

ベッドに寝転んでいる

星を眺めている

目が痛い

本気の蹴りで壊してやろうとするが

届く前に元の位置に戻る

ベッドに寝転んでいる

星を眺めている

目が痛い

「くっそ・・!」



抵抗を3分程続けたが 全くの徒労に終わる

何をしようと 元の位置に戻るだけだ

「畜生・・・」

掛け布団を思いっきり蹴る

すぐに丁寧に畳まれた

イライラする 洒落にならない

何度も何度も蹴ったところ

布団が破れ 綿が出てきた

しかし畳まれても 綿はそのままだ

「・・・・」

直らないものは直らないという当たり前のことを発見し

何かに利用できないかと思うが

結局どうにもならない


諦めた

星を眺めることにした 星座が動く様子が綺麗じゃないか

ある意味これも 究極に洗練された人生だ

そう考え始めた頃 部屋を何気なしに見まわしてみる

思えば名残惜しいものだ

軽音部の楽しい練習を思い出そうと ドラムスティックを探す

どこに置いたか

そうだ

ベッドの脇だ

「あった・・・!」

取れる位置に転がっていた

気が動転して気付かなかったのだろうか

ハッと思いついた 実に簡単なことだ

彼女はドラムスティックで時計を叩き割る

どれだけ日付を跨ごうが スティック捌きは衰えない


「はぁ・・助かった・・・」

「死ぬかと思ったぜ・・」

歩幅の大き過ぎるスキップが終わり ようやく一息ついた

髪が大分伸びてしまった

自分は何故こんな無茶苦茶な設定を選んだのか

跳ばされた時間がもう一つ意志でも持って 反乱でも起こしたのか

まさか 

それも自分なんだ 反乱も糞もあるものか

そうだ 

自分なのに 自分を閉じ込めて

何が何だかわからない


とにかく気が疲れてしまった

今日は寝て また明日から状況を整理しよう



―――――――――――――――
秋山澪の交通事故死は

田井中律の精神に深刻なダメージを与えた

事実を知る度彼女は 現実逃避と同時に 自分で自分を護ろうとする

事実を知らぬ 知ることもできぬ幸福な自分を 1秒でいいから作りたがった

悲惨な記憶は与えず 

幾度も流れる涙だってその1秒の為に拭いてやる 

しかし そんな何も知らない自分自身にも

どうしても

どうしても してやってほしいことがあった



空の星を

どうか 空の星を眺めていてほしい


一番大切な友人との時間だけは 絶対に跳ばせないから


終わり



最終更新:2010年04月17日 00:10