老紳士は悔いる

ふとしたことから渡してしまった その未来の兵器

女子高生が持つものでは・・・

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じめじめした梅雨が過ぎて あったかい初夏がやってきました

夏休みも近づき 心もぽかぽか浮かび上がるこの季節

私と軽音部のみんなは、学校の中庭に集合しています

「んで、・・なんだっけソレ?」

律っちゃんは私の持ってるストローを見つめて言う

この前道で助けたお爺さんに貰ったストロー

見た目じゃどこが凄いのかわかんないよね

「ぐんよーすいほーへきせいせーストロー・・だよ!」

「ぐ・・軍用・・?」

その単語を聞いた澪ちゃんは ブルブル震えてうずくまる

怖がり過ぎな気もするけど、子犬さんみたいで可愛いよぉ


「これに息を吹き込むと、凄いおっきなシャボン玉が作れるんだよ!」

ストローを咥えたまま ぷーっと息を吐くと

先っぽに透明のシャボン玉・・みたいのが現れて

少しづつ大きくなっていく

「・・・・・・えー」

でも、それを見てるあずにゃんとりっちゃんの視線は・・

なんというか・・・ 馬鹿にしてる・・!?

「それだけですか・・?」

「ただのシャボン玉ストローじゃん」

違うよあずにゃん!これは凄いんだよ!

「そ、そうなのか・・・?」

あぁ 澪ちゃんまで安心しだしたよぉ・・


「唯ちゃん・・私、シャボン玉見るの初めてなの!凄いわ!」

「むぅ・・・」

シャボン玉はどんどん大きくなっていきます

足元に広がる 踏み心地抜群の芝生には私達5人の影が写ってて

透けてるシャボン玉の影が 私の影の半分程の大きさになったところで吹くのをやめました

「おぉ・・これ かなりでかいな・・」

「ほら、スゴイでしょ?いくらでも大きくなるんだよ!」

えっへん でもまだスゴイとこがあるんだよねぇ

「このシャボン玉 浮かばないんですか?」

「地面に置いても割れてない・・」

ほぉ と関心してる澪ちゃんを尻目に

私はヘアピンを一つ外して シャボン玉に押し込みます

ヘアピンはシャボン玉の中心にふわふわと漂って

なんだかお魚みたいです

「って・・なんだよそれ!?」

みんなが驚いてる・・へっへへー

だから言ったじゃん 凄いシャボン玉だって


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未来の戦争中 猛威を奮ったのは特殊水泡壁だった

一兵士でも容易に精製できるそれは まず兵器の運搬に役立った

大量の凶悪な無人兵器を水泡で包み

敵地へ放つ

水泡は 銃弾では決して割れない

レーダーにも写らず 夜間は視認も難しい

老紳士は悔いる

「あぁ恐ろしい・・あんな凶悪なものを持ったら、彼女たちは何を包むことやら・・」

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「これは色んな物をふわふわできるふわふわシャボン玉なのです!」

そして更に! 巨大シャボン玉を軽く下から突き上げると!

「浮いた・・・」

「へぇ・・・」

緑の香りを孕んだ

ふわふわな風に乗って  ふわふわと飛んで行きました

「どう?どう?ねぇねぇ?」

ニヤニヤせずにはいられないんだよぉ

「不思議だけど、こんなものどうしたんだ?」

「えっへへー 内緒だよー」

「それより唯先輩、ヘアピンどうするんですか?」

「え」

しまった・・!何も考えずにヘアピン包んじゃったよぉ・・・

空を見ると 淡く光る太陽と 逞しそうな白い雲が ふわふわ浮いてて

遥か遠くに私のヘアピン入りシャボン玉も 呑気にふわふわしてるのでした・・・


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未来の戦争中 猛威を奮ったのは特殊水泡壁だった

一兵士でも容易に精製できるそれは まず歩兵の一掃に役立った

水泡は人間に触れると 全身の肉を破裂させ絶命させる

空一面を包む水泡は 兵士の畏怖の対象となった

老紳士は悔いる

「あぁ恐ろしい・・あんな空はもう見たくない・・」

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「これ遊べそうだな!」

律っちゃんがはしゃぎ始める

こういうのは三度のおやつよりも大好きなんだよね

「唯、ちょっと貸してくれないか?」

そんな律っちゃんを見て元気が出たのか

澪ちゃんは楽しそうにストローを吹き始めた

ほんの少し膨らませて ぽとりと掌にシャボン玉を落としたよ

「これでお花を入れてさ・・」

「あら素敵・・!」

風に乗って 小さなシャボンが飛んでいく

澪ちゃんとムギちゃんが 他にもいくつか飛ばしてみると

まるでお空に 花畑ができたみたい

「メルヘンだなー・・」


でも律っちゃんはそんな雰囲気が苦手みたいで

1つ提案をしたんだ

「これって超デッカイのつくって、人が入ったりできないかな?」


「あ、危なくないか・・?」

澪ちゃんが不安そうに言う

いつも元気な律っちゃんに励まされてるけど 心配もいっぱいしてるんだよね

でもでも 大丈夫なんだよ

「あ、これは生き物は入れないって言ってたよぉ」

「マジで・・?」

少し落ち込む律っちゃんと 少しホッとした澪ちゃん

おもろい・・


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未来の戦争中 猛威を奮ったのは特殊水泡壁だった

一兵士でも容易に精製できるそれは まず超質量兵器として利用された

水泡は内側からの圧力には弱い

一定時間触れられなければ 内部の爆弾が炸裂する

水泡は 大きささえ合えば どんな質量の物体でも内包し浮遊する

時には山のような巨岩も浮遊していた

老紳士は悔いる

「あぁ恐ろしい・・・悪魔の水泡に何を詰め込むのだろうか・・」

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「ま、いっか。私も何か入れてみよーっと」

何回か試してみて

1つのシャボンに 超いっぱい物が入ることがわかると

律っちゃんは鞄からいろんな物を取り出した

使いかけのリップ 食べかけのお菓子 飲みかけのペットボトル・・

「何してるんですか?」

「いやー 福袋的な・・」

「使いかけの物ばっかりじゃないですか・・」

というか入れ過ぎだよ律っちゃん・・!

なんだか不気味な福袋シャボンはふわふわと浮かんで行き

やがて見えなくなりました

「あー!?」

「どしたの律っちゃん!?」

「財布も入れちゃった・・・」

御愁傷様・・・


律っちゃんはハッとしたように言う

「あれって地面に置いても割れないけど、ちゃんと割れるのかな」

「一回浮かんだあとは 生き物が触ると割れるようになるんだってー」

それ以外じゃ絶対割れないとかなんとか  凄いですなー

流石スーパーシャボン玉っ



その後もめいっぱい遊んで 

お空が私達のプリクラだらけになったり

5人全員入ってしまいそうな大きなシャボンを作ったり

遊んで遊んで遊びました


「いやー楽しかったなー」

「結構いろんなことやりましたね」

「あ!」

私がシャボンを膨らませていると ムギちゃんが突然叫んだ

「これって、生き物じゃなければ なんでも入るのよね・・?」



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未来の戦争中 猛威を奮ったのは特殊水泡壁だった

一兵士でも容易に精製できるそれは まず化学兵器として利用された

凶悪な無人兵器と共に 危険な毒ガスを詰め込み

有無を言わさず一気に敵地を制圧する

「あぁ恐ろしい・・・どんな毒ガスを詰め込むのだろう・・・」

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老紳士はタイムマシンに乗り 唯達の時代へ戻る

やはりあのような戦争の遺物は 礼に困っても渡すべきではなかったのだ

取り返さねば

そう思って学校へ向かっていると 老紳士は空に無数の水泡を見た

戦争の恐怖が思い出される

しかし 身構えたその時 

中に見えたのは小さなコスモス

老紳士は拍子抜けする

「・・・?」

しかし空を包む花畑は 

何でも揃う未来でも見たことの無い程 美しかった

空を眺めながら その華やかさに感心しながらも

老紳士は警戒を怠ることなく道を行く

触れると命はないのだ

その時 前方で遊んでいる子供たちを見付けた

空の水泡に興味を示しているようだ

老紳士の背筋が凍る 

それに触れてはいけない

制止しようと近づく間もなく 子供は水泡に飛び付いた





思わず目を背けたが 何の悲鳴も音も無い

何かおかしい

「・・・・?」

子供は笑いながら中のコスモスを取り出している


どうやら彼女達の肺活量では 協力な水泡を作るに至らなかったようだ

老紳士は拍子抜けする

しかし水泡で遊ぶ子供の顔は

何でも揃う未来でも見たことの無い程 幸せそうだった

またしばらく歩いていると

老紳士は 自分が影に包まれるのがわかった

頭上に何か 巨大な物が浮遊している

割れたらそれまで

基地1つ壊滅させることだってあり得る 強力な質量兵器が


しかし おそるおそる上を見ると

ガラクタが詰まった水泡が浮かんでいるだけだった

老紳士は拍子抜けする

「・・・・?」

しかし水泡に詰まったガラクタの数々は

何でも揃う未来でも見たことの無い程 楽しそうだった



その後も 幾度となく水泡を見ることになったが

何一つ悲劇は起こらない


未来において 水泡を見ることは死を意味している


自身の抱いてきた不安と恐怖はなんだったのかと

呆れながら歩いていると

今度は何も入っていない水泡が飛んできた

ひょっとしたら 目に見えない危険な物質が入っているかもしれない

割れたら自分だけでなく、周りの人々もただでは済まない

老紳士は袋を取り出し それに水泡を誘導する

こうすれば安全に対処できる

空気より軽いこの物体は 時折予想だにしない動きを見せる

それがある種の強みであり、脅威の1つでもあった

風が吹き

軌道を変えた水泡が 老紳士の腕に触れる

「・・・!」

水泡が割れ 中から見えない何かが跳び出す

心臓がひっくり返りそうな恐怖に襲われたが

身体に大きな異常は無い

あるとすれば

耳に残るわずかな音だけだ

小さな音は次第に大きくなって 幾つも重なりながら

1つの曲になった


「・・・・・」

あぁそうか

水泡は一応 一応だが メッセージの伝達にも利用されていたのだ

占領が完了しただの 戦術を変えろだの

そんな指令が飛ぶとこはあったが 

そんなもの無線ですればいいということで 音を入れるものは殆どいなかった

しかし水泡に詰まったその演奏は

何でも揃う未来でも聴いたことの無い程 素晴らしいものだ





老紳士は道を引き返す

酷く哀しくなったのだ 

兵器を扱ってばかりの時代に生まれた自分が 何と哀れなことか

何をするにも 争いのことしか考えていない


未来へ変える直前に 老紳士はもう一度空を見た

やたら大きい水泡の中に 

小さなヘアピンが入っている

無害だろうし 流しておこう

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財布を飛ばした律っちゃんをみんな慰める帰り道

今日したことを話し合った

「あのストロー、結局何処が軍用だったのかな・・?」

澪ちゃんは首を傾げる

「うーん・・ただの遊ぶ道具にしか思えなかったけど・・」

「むしろどうやったら軍用にできるのか さっぱりわからないよねぇ」

茜色の空に 

どこかで見たようなでっかいシャボン玉が浮いている

「あー!」

間違い無い 私のヘアピン・・!

「あーホントだ・・取りに行くか?」

「ぅーん・・ いいよ・・あのままで」

律っちゃんは不思議そうな顔で 私を見てる

でもいいんだ

あのままで

私のヘアピン入れたまま飛ばしておけば

きっとこのシャボン玉は 

いつまでも シャボン玉のままでいられるんだ


終わり



最終更新:2010年04月19日 08:29