一介の女子高生が

指先一つで世界を滅ぼす力を持ったら どうなるだろうか


「え・・い、今 何て言いました?」

「ボタンです。見ておわかりの通り」

「いや そうじゃなくて・・それを押すと・・・」

「隕石が降ります。小惑星が降ります。何なら太陽でも構いません」

「そんな滅茶苦茶な・・・」

「とにかく、押せば地球は砕け散るでしょう。これを差し上げます」

「要りません!」

「いえ、是非受け取ってください」

「な、なんで私が・・・」

「未来の会議で このどうしようも無いボタンは過去の人物に渡せと決定したもので・・・」

「何がなんだか・・・」


秋山澪は 超凶悪大量破壊兵器を手に入れた
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彼女は登校中 見知らぬ老紳士に出会った

今時日本で見かけるファッションではないが、きっと悪い人では無い

話しかけられた時そう思ったが

しばらくして 世界を滅ぼすボタンをくれたので

多分悪い人だったのだろう

少なくとも

良い人はそんなボタンをくれない


親指サイズの小さな円盤に突起が付いている

これを押したら地球の未来に明日は無い らしい

しかし老紳士は去り際に言ったのだ

「因みに 私の言ったこと、嘘かもしれませんので」

「え・・・?」

「と思わせて、本当かもしれません。何にせよ あまりいたずらに押さないように・・」

嘘かもしれない でも 本当かもしれない

ヒントのような 嫌がらせのようなその台詞は

彼女を一層混乱させる






ボタンを丁寧に丁寧に持ちながら

震える足で学校へ向かう

例え嘘の可能性を孕んでいようと 

これはいくらなんでも、危険性が高過ぎる

くしゃみのはずみにでも押して 地球が崩壊しました では

笑い話にもならないのだ


校門まであと少しのところで

「おーい澪!」

「うわっ!?」

親友の田井中律が背中を強く叩く

危ない

危なすぎる

肝を冷やすどころか 凍結してしまいそうだ

今 バランスを崩していたら

この親友にも明日は来ないところだった ・・多分

とにかく地球の運命を一人で抱えていたくないので

この元気少女に説明をして あわよくば助けを求めよう

そもそも、こんなこと信じてもらえるか怪しいものだが・・・

「つまり、これを押すとみんな死んじゃうんだよ!」

「へー おもしろーい」

棒読みだった


つまりは、まったく信じて無いとみえる

何度真剣に説明しても へらへら笑いながら

「ま、澪はそういうのに弱いもんなー」

などと言いながら全く聞く耳を持たない

しかしそれは

仕方ないと言えば仕方ないし

澪自身 老紳士の言葉を100%信じているわけではないので

怒る気にもならなかった

それでもこのボタンは怖くてたまらないが



部活の時間になり

他の部員にもこのボタンのことを教えてみる

これが拳銃や毒薬だったら 教師や警察に相談したいところだが

隕石を落とすボタンは流石に話す気にならないのだ



秋山澪の所属する軽音部には 部員が5人と1匹しかいない

彼女とその親友の田井中律 

マイペースな平沢唯と社長令嬢の琴吹紬

後輩の中野梓にスッポンモドキのトンちゃん


正直 世界の命運について語り合うには

些か頼りないメンバーではある

しかし

友人が特別多い訳でない彼女にとっては

これが最も信頼できるコミュニティだった

澪が事のいきさつを伝えると 平沢唯が目を輝かせる

「凄いね澪ちゃん・・これ、絶対押しちゃダメだよ!」


丸っきり完全に信じ切っている それこそ当事者の澪よりも

何故か楽しんでいるようだが


「・・・でも、『押すな』って言われると 逆に押したくなるのよねぇ」

琴吹紬は ボタンが特別なものであることは否定しないが 何か裏があると踏んだようだ

正直 これが一番それらしい


「そんなものおもちゃに決まってます!大体、未来人って設定が怪し過ぎますよ」

中野梓は全否定した

常識的な人間ならこうなるんだろうな と思いながらも

澪は少し肩身が狭かった


律は先程のように笑って相手にしようとしない

「ほーら 落としてボタン押しちゃうかもしれないぞー」

と脅かしたりもするが はっきり言ってそれは洒落にならない


「なんでこんな物渡したのかも気になるけどさ、わざわざ『嘘かもしれない』って言う必要はあるのかな・・」

澪は言う

押させたくないものを渡すなら そんなややこしいことを言う必要は無いだろう

「じゃあホントは押させたいんじゃないんですか?澪先輩の苦手な びっくり箱みたいな仕掛けで・・・」

「・・や、やっぱりそうなのかな・・・」

「そうかもしれないし、渡した人もはっきりした情報を知らないのかも・・・?」

そんな曖昧な認識で こんな物騒な物を人に渡さないで欲しいものだ

自分なら

無責任に誰かに渡すことはできないだろう

「いたずらに押すな ってことは やっぱり押すとタイヘンなことになるんだよ!」

「でも地球破壊って いたずらに押すな じゃ済まされないんじゃ・・・」

「じゃあ押せって事だよ。さぁ澪、勇気出せー」




その後もケーキを頬張りながら

老紳士の意図について語るが 全くもって答えが出てこない


埒が明かず

澪が話題を変える

「とりあえず押さないものと仮定して これはどこに置いておけば・・」

捨てるわけにもいかず

しかし家に厳重な金庫のような 絶対安全な場所があるわけでもない・・・

と思った所へ 社長令嬢の顔が目に入る

「ムギ、家に良い金庫あるかな・・?」

「えぇ、ナパーム弾でも壊れないのはあるけど・・・」


流石は流石

超お金持ち 当然金庫は持ってるか

「でもいいの・・?その人、澪ちゃんを選んで渡したのよね?」

その言葉によって

今度は何故 老紳士が澪を選んだのかという疑問が出てくる

偶然か それとも何か理由があってのことか

しかしそれについて考え出すと また延々と議論する羽目になり

疲れてしまった彼女はそれを避け

素直に琴吹家の金庫を利用することにした

律が勿体無いと渋っていたが 最早そういう次元の代物では無い ハズ



翌日

友人の金庫にボタンを納め 

わけのわからない責任から解放された澪は 上機嫌で登校する

普通の授業に 落ち着いた昼食

そして平穏な部活動と洒落こもうとしたが

そうは問屋が卸さなかった

部室に着き 何気なく鞄を開くと

ころり

小さななにかがこぼれおちた


見覚えのあるそれは 突起を上にして床に着地する

「あれ?」

「み、澪ちゃんそれ・・・」

間違い無い 昨日紬に預けたハズのボタンだ

「な、なんで私の鞄の中に・・・」

それを見た紬は 慌てて自宅に電話をかけ

金庫の中身を確認させた

「え、無くなってる!?誰も入ってないハズよね・・?」

どうやら 持ち主のところに帰ってくる仕組みらしい


「意地でも私に決めさせるのか・・」 

無茶苦茶だ


「てか澪の鞄に入ってたのに、気付かなかったのかよ」

律が言う

確かに気付かなかった 単に見落としていただけだろうが

下手をすれば、知らぬ間にボタンを押していたかもしれない

そう思うと背筋が冷える

「ひょっとしたら既に何回か押してて 何も作動しなかったかもしれませんよ?」

「その線もあるんだよなぁ・・もう勘弁してくれ・・・」

その後もこのボタンについて話し合う

老紳士は押して欲しくて渡したのか

嫌がらせの為に押しつけたのか

ただのおもちゃなのか

実は押すと『ハッピーバースデー澪!』のような垂れ幕が降ってくるかも・・


やはり

女子高生のティータイムには手が余る


遂に業を煮やした唯が叫んだ

「じゃあトンちゃんに決めてもらおうよ!」

盛り上がった議論の熱は 氷点下へと急下降する

確かに答えを出すのは難しいが

水槽の中の住民にどうしろというのか

これはまさに 論争の放棄

「何言ってるんですか唯先輩・・」

「トンちゃんに聞いて、うなずいたらGO!うなずかなかったらNO!だよ」

「んなムチャな・・・」

誰もが呆れたが

澪としてはボタンは押したくないものであり この水生部員は日本語が苦手だ

つまりうなずくなんてそうそうあることではない

「うん もうそれでいいよ・・・」

投げやりといえばその通りだが

これで議論を終結させることにした


唯がボタンを水槽に近づけ 後輩に問う

「さぁトンちゃん、コレを押すべきかな・・?」

皆諦め半分で見つめていたが

水中で漂う「トンちゃん」は

こくり とうなずいた・・・ように見えた

「おぉー 流石はトンちゃんだねぇ・・・」

「え・・ちょ、ちょっと待て・・!」

まさかまさか

うなずいてしまった 押すことになってしまった


これで世界が終わったら それこそ一週回って笑い話だ

「しょーがないだろ澪、なんせトンちゃんが決めたんだからなぁー」

楽しそうに律が言った

だからこれは洒落にならないのだが・・


議決 押す

これはもう動かない 

全員が注目の中 あの子はうなずいてしまったから

「じゃじゃじゃあ・・み、みみんなで・・押そう・・・」

声の震えが止まらない

手の震えが止まらない

足の震えが止まらない

部員を見てみれば 

最初からまるで信じていない梓と律は 全く動じていないようだ

紬は少し心配そうに 唯はヤケクソに笑いながら泣いてる どっちだ

「澪 大丈夫だって・・そんな半べそかくことじゃないぞ」

律はそう言うが まるで理解できない

そして遂に

その時が来た


「3、2、1・・・」

カチ

ボタンは多少の反発力を感じさせつつも 割と柔らかいものだった

底まで押しこんだ音が聞こえたが

静寂        何も起こらない

「・・・・・はぁー・・」

一気に脱力する そして安心

どれだけ緊張したことか どれだけ悩んだことか

その結果が「何もおこらない」 

なんとも拍子抜けだ

「ほらやっぱり、タダのおもちゃですよ」


それは確かに良かったのだが、謎も多く出る

老紳士は何故これを渡したのだろうか

せめて何らかの効果があるなら まだしも

何もおこらないというのなら 何故・・


突然 部室に白い煙が広がる

その中から、例の老紳士が現れた

「おや、押したようですな。案外お早いご決断で・・・」

「あ、あなたは・・・」

「いやはや助かりました。そのボタンはもう必要ありませんので差し上げますよ」

勿論いらない

「なんで私にあんなものを・・」

「過去の人間からランダムで選んだ結果があなたでした」

色々な時代の 全人類からランダム

どれだけ運が悪いのだろうか

というか 運が悪かっただけか・・・

「なんだったんですか、このボタンは・・?」

「戦争です」

白い口髭の奥から 物騒な単語が飛びだした


「先程まで、私の世界では大戦争中でした。勝者はまさに『世界の覇者』となる世界大戦です」

「そ、それが・・どういう関係で・・?」

「これらの国々は全て完全な拮抗状態、不毛な持久戦に持ち込まざるをえなかった・・」

部員は皆ポカンと口を開けている  何が何だか

「このままでは仕方ない ということで 国家間で賭けをすることになりまして」

「賭け・・って まさか・・・」

「はい。あのような意味深な言葉で 彼女は何日以内にボタンを押すのかと・・・」

耳を疑った

いくらなんでも そんな決着の付け方は無いだろう

戦争の放棄か


老紳士は苦笑しながら言った

「ランダムに番号を選ばせてもよかったのですが、やはり決めるまでに いくらか悩んで貰いたいらしいのですな」

酷い話だ 

コレがオチか

戦争などという重い重いモノの結果を 

ゲームなんていう軽い軽いモノで決める

まるで軽い気持ちで押せば良かったのか 

しかし決まるのは死者を巻き込む重い結果だ

そして彼女達は

「おや・・5人も集まって決めてもらえるとは 中々大きな論争があったようですな」

「あ・・いや・・・それが・・・」

「トンちゃんが・・・」

スッポンモドキの裁決により 

未来の覇者を決めてしまったのだった


「まさか・・このスッポンに決めさせてしまったのですか・・!?」

老紳士は見たことの無いような顔をした

「信じられないことを・・・あなた達からしたら、世界がかかってたのですよ・・?」

「で、でも・・・」

唯が反論する

「おじさん達だって じょしこーせーに決めさせちゃったんだよ!」


このまま時が経てば

女子高生かスッポンモドキが世界の覇者になる




かもしれない



終わり



最終更新:2010年04月26日 14:03