その後は
ちょっぴり眠たい授業を聞き流して
ちょっぴり恥ずかしい落ち葉のお弁当をみんなと食べて
ちょっぴり急ぎ足で部室まで向かいました
音楽室には澪ちゃんが先に着いてて
ベースギターの手入れをしていた
机の上には音楽雑誌と
CDケースが丁寧に積まれて
几帳面な澪ちゃんの性格が見て取れるね
「あ 唯、調子はどうだ?」
ドアをどうにかして開けた私に気付いて
澪ちゃんが声をかけてくれた
「大丈夫だよ~ ごめんね、今日は寝坊しちゃって・・」
って言いたいんだけど
ぎぃぎぃと唸っただけだった
「あぁそっか」
澪ちゃんはすぐ理解したみたいで
「まぁ、風邪ひいたりしてないなら安心したぞ」
笑顔で言ってくれたよ
しばらくして 掃除当番だった律っちゃんとムギちゃんが
バケツを抱えてやってきた
地味で平凡な掃除用の青いバケツ
でもその中身は御馳走でいっぱいだよぉ・・!
「唯、今日のティータイムは腹いっぱい食べられるぞっ!」
「紅茶がダメだったらミネラルウォーターを淹れてあげるわ」
ありがとうみんな~
「でも、ギターは弾けるのか?」
澪ちゃんが少し不安そうに尋ねたよ
ギー太をケースから取り出して
壁を背にして身体を曲げる
そして渾身の早弾きっ・・・!
「す、凄いテクニックだ!」
「むしろ前より上手くなってるかも・・!」
肢は以前の数十倍ですからっ
いつも通りティータイムが始まって
みんなの雑談を聞いてみる
澪ちゃんの音楽雑誌を机に広げて
欲しい楽器や好きなアーティスト
新曲のイメージや歌詞の話し合い
私には なんだかわからないものばかり・・・
30分ほどして、あずにゃんが部室にやってくる
「すみません、先生の手伝いをしてたら少し遅れちゃいました・・」
遅れた謝罪ををして ちらりと私の方を見る
その瞬間の表情は
喜びでも驚きでもない
憤ったものだった
「唯先輩、今日も朝練来なかったです!」
ごめんなさい・・・
「まぁまぁ梓ちゃんお菓子でも・・」
「それがダメなんですっ!いつも甘やかせちゃって・・」
ムギちゃんのお菓子攻撃も効かないみたい
今日のあずにゃん、恐ろしい子・・!
「今日はすぐに練習しましょう」
「そうだな、梓の言うとおりだぞ」
澪ちゃんも加勢して 練習の準備を始める
もうちょっと食べていたいかも・・
「んじゃっ、今日はやってやるかなぁ~」
ふぇっ!?
律っちゃんもそっちへ行っちゃうなら しょうがないね・・
練習が始まって30分
あずにゃんが一言
「まだ終わるのは早いですっ!」
私の頭の中は
もう食事の事ばっかになってて
練習は最初の10分で気が入らなくなっちゃった
「まぁまぁ、梓 少し落ち着いて・・」
律っちゃんがなだめようとするけど
私の昆虫語みたいに
もう伝わってないみたいだった
「ギターが上手なのはわかります」
「みんなと演奏するのが大好きなのも知ってます」
「けど、練習は疎かにしないでください!真面目にやらなきゃだめです!」
部室は凍ったように静まる
空気は張り詰めていて
何か気を紛らわすよそ事でも考えて無いと
緊張感に飲まれてしまいそうな空気
私には重すぎるよ
「もう今日は帰らせてもらいます・・・」
あずにゃんが出て行って、この日の部活は終わったよ
次の日も
その次の日も
部活の空気は変わってくれなくて
私の朝練の遅刻も 相変わらずだった
ごめんねみんな・・
ある曇り空の放課後
律っちゃんがいつになく真剣な目で 私を見て言う
「お前、なんでその姿になったか考えたことあるか?」
ぅーん・・なんでだろう・・
「軽音部のみんなとお茶飲んでお話しするのが大好き」
うんうん
「軽音部のみんなとステージでライブするのも大好き」
そうだよ
「ギー太もたまらなく愛してる」
もちろんっ
「でも へらへら笑いながらの演奏じゃない、真面目な練習はしたくない」
うっ・・
「朝練には結局来ない」
「一応みんなに謝ってはみる」
「でもやりたくないことはやらない」
「家では憂ちゃんが何でもしてくれる」
律っちゃん・・?
「そして虫が生まれるんだ」
律っちゃんの顔が少し哀しそうに陰る
「私達だって偉そうな口は叩けない・・ 唯を甘やかしたりもした・・」
「けど、おふざけも大概にしないと」
「梓が来なくなって、もう何日だろうな・・」
空を覆っていた雲から 雨が降り出した
開け放されていた窓から
容赦なく土砂降りは吹きこんできたよ
大雨の中
暗くて汚れた帰り道の道路は
私でも寒さを感じた
憂が傘を差していっしょに歩いてくれて
スピードを調整できない私に
一生懸命着いてきてくれたよ
その姿を見ながら
律っちゃんの言っていたことを何回も心の中で思い返す
私は酷く我儘で
自分勝手で
どうしようもないようなばかな子だったんだなぁって気付いたよ
この身体になって
今までみんなに何回も謝ってきたけど
心の底からごめんなさいしたいって
初めて思いました
家具は綺麗に整頓されて
埃もしっかり掃除してくれてる私の部屋
全部憂のお陰だね
今までの事を考えて
蹲って泣きたかったけど この姿じゃ涙は出ないみたい
その後
ひどく眠くなっちゃって
私は夢の中に堕ちて行った
長い長い夢を見たよ
鏡の前に立って
醜い虫の姿を眺めてる 少し不思議な夢
私の十数年の人生より長い感覚があって
このまま覚めなかったらどうしようと思ってた
朝6時の目覚まし時計で目が覚める
あくびをして窓の外を見ると
暗いとはいえ雲一つない快晴だった
なんだか身体がむずむずする・・・
ふと下を見て気付いたよ
「も・・・戻ってるよぉっ!」
い、何時の間にっ!?
人間に戻ってる!奇跡!万歳!
声が出るよ!
立って歩けるよ!
「憂~ 見て見て~!」
自分を包んでいた繭には目もくれず部屋を出る
急いで階段を駆け下りて
憂を喜ばせてあげるんだぁ~
電気の付いてないリビングは静かで
別の家庭のものみたいだった
テーブルの上は綺麗に片付けられていて
キッチンも誰も使ってないみたい
「あれ・・・?憂~」
もしやと思って憂の部屋を覗いてみると
憂が気持ちよさそうに、すやすや眠っていたよ
きっと毎日お疲れだったんだね
「いつもありがとう・・・」
「今日はゆっくり休んでね、憂・・」
リビングに書き置きを置いて
私は朝練の為に家を出る
ひんやりと気持ちの良い空気が目を覚ましてくれる
今朝のゴミ捨て場にはカラスもいなくて
寒い風なんて吹いてこなかった
しばらく歩いてると電話が鳴って
1コール目ですぐに出る
『唯?ちゃんと起きてるかー?』
ちょっと眠そうな律っちゃんの声が聞こえたよ
モーニングコールを掛けてくれたみたいだね
「もっちろん!今向かってるトコだよぉ!」
『お、話せるようになったな』
『今日はちゃんと練習できるな!』
律っちゃんの声から眠気が消えるのがわかる
「うんっ あ、それとね」
「昨日言われた事、私なりに一生懸命考えてみたよ」
「変わらなきゃって思って・・ その・・ホントに・・」
大きく息を吸って
「本当に、ごめんなさい!今まで好き勝手やって・・・」
大きく息を吐き出した
『いいっていいって』
『でもその本気の謝罪はみんなにもいってやらないとなっ』
律っちゃんが嬉しそうに言ったよ
電話を切って
空を見ると
すっかり明るくなってきていて
人生で一番綺麗な空が 私の視界いっぱいに広がった
ちょっと大きな水たまりを見付けた
覗いてみると 私と綺麗な空が映っている
ふと気付いて
背中を触ってみると
蝶みたいに 素敵な羽が生えていたよ
おわり
最終更新:2010年05月02日 20:49