8月9日12:00――。

平沢憂が一人暮らしを営むマンションの一室に、インターホンのチャイムを鳴らす音が響いた。

唯「………和ちゃん?」

和「そうよ、唯。迎えに来たわ」

聞き覚えのあり過ぎる幼馴染の声に安堵を覚えた唯は、迷うことなく何重にも施錠されたドアのカギを外し、来客を迎えんとした。

唯「ようこそのどk――」

幼馴染を迎えたはずの唯の笑顔が歪む。

己の腹に刃渡り20センチはあるナイフが刺さっていることに気づけばそれも当然で――。

唯「がっ……はっ……?」

唯は眼前に信じられないものを見てしまった。


目の前に立っているのは、間違いなく秋山“グリシュナック”澪の姿――。

和「ごめんね、唯。実は私も秋山“グリシュナック”澪派の人間だったの」

幼稚園の頃からの幼馴染である真鍋和を利用すれば、警戒心の強い唯の扉のガードも少しは甘くなるだろう――澪の目論見はまんまと成功した。

唯「そ……んな……」

澪「唯、お前は前々から言ってたよな。『サタンは生贄を欲する』――って。
  この世からキリスト教みたいな腐った思想を廃絶し、全てを悪魔に塗り替えること、それには当然それ相応の代償が必要だ」

唯「く……ぁ……」

澪「次の生贄はお前だよ、唯――」

唯「――――ぁ」

そうして血の海に横たわる平沢“ユーロニモス”唯の物言わぬ身体に残ったのは、23か所に渡る多数の刺し傷だった。

致命傷となったのは頭部への一撃。

頭蓋骨に深々と突き刺さったナイフの刃は、かなりの力を入れて引っ張らないと抜けなかったものとすら思われる。

平沢“ユーロニモス”唯、20年の短い生涯であった。



律「夕方だったかな。家で何となくつけたら聞き覚えのある名前が聞こえてきたんだ。
  最初は『ああ、また唯のやつ、放火でもしたのかな』って思ったくらいだった。それが……」

紬「私はすぐに思ったわ。『なんてこと! これは澪ちゃんの仕業に間違いない』って。そのあとすぐりっちゃんに電話をしたわ」

律「ムギが澪のせいに間違いないって言うんだ。
  私は澪のことを昔からよく知っている。だからこそ言えるが、昔のアイツは人殺しなんかとてもできるタマじゃなかった。
  それでも私も『ムギの言うことは本当かも』と思ってしまった。それくらいに、当時の二人は憎み合っていたんだ」

実行犯、秋山“グリシュナック”澪は、計画的な殺人だったとはいえ、焦りもあってか現場に多数の指紋を残し、逃走――。
唯の死亡がセンセーショナルにメディアで報道されたその僅か2日後に逮捕された。

澪と共謀し、唯を裏切った真鍋和もそれからほどなくして逮捕――。

これが、秋山澪による平沢唯殺害事件の顛末であり、稀代のブラックメタル・バンド『放課後インナーサークル』の最初の歴史の終了でもあった。



憂「世間では『インナーサークル内での権力争いが事件の原因』って言われてるけど、お姉ちゃんの話では違った。
  お姉ちゃんと澪さんの間には、金銭的なトラブルもあったらしいの――」

律「唯はHIC(放課後インナーサークル)のメジャー契約を画策していてね。アンダーグラウンド主義の澪とは対立していたんだ」

紬「その頃までに私たちは2枚のアルバムを出していたんだけど、作詞作曲面で澪ちゃんは大きく貢献していた。
  でも、その印税が澪ちゃんに払われていなかったのも事実ね――。
  当時、バンドの金銭面の権力を一方的に握っていたのは唯ちゃんだったから」

律「『悪魔主義を完遂するために仲間をも手にかける、恐るべき秋山澪』なんて言われていたけど、
  本当の原因はもっと単純なこと、つまり澪は自分が唯より偉いってことを示したかっただけなのさ」

紬「事件の前夜、澪ちゃんと偶々電話をしたの。こう言ってたわ。
  『唯のヤツが私の殺害を計画しているらしい。殺られる前に殺ってやる』って」

インナーサークル内の派閥争い、金銭トラブル、個人的な憎悪、唯が先に手を出したが故の正当防衛――
様々な憶測が飛び交う中で、澪が唯を殺害した本当の動機は、今でもわかっていないという。



その後の話をしよう――。

田井中“ヘルハマー”律は、唯の死後、そして澪の収監後もバンドを継続。
新たなメンバーを加え、現在でもその超人的なドラミングで、
ピュアなブラックメタルを聴かせる最凶のバンドとして第2期放課後インナーサークルを引っ張り続けている。

琴吹“イーサーン”紬は、律とともに放課後インナーサークルを継続。
唯一無二の陰鬱サウンドを奏でるキーボードプレイヤーとして、
そして禍々しくも美しい数々の楽曲を生みだすソングライターとして活躍。
その後、自分独自の音楽性を追求するためにソロへ転向。
ソロプロジェクト『沢庵エンペラー』の首謀者として、カリスマ的人気を誇っている。


かのオリジナルメンバーによる『放課後インナーサークル』において、
5人のうちただ2人の生存者である(正確には澪は死んでいないが、社会的には死んだも同然であった)律と紬は、
悪魔に取りつかれひたすらに奔走した若き頃の自分を、各々こう総括している。

律「今でも私はキリスト教が大嫌いだし、人種差別主義者だ。
  でもあんな過激な行動からはもう卒業した――。
  私に限って言えば、あの頃起こったことは全て『悪魔』の名を借りて、
  ただ自分がどれだけタフで刺激的な人間かを周りに示すための大げさな演出だったように思えるよ」

紬「私は悪魔主義からは卒業したし、昔は毎日飲んでいた蝙蝠の生き血も、今では月に1度しか飲まないわ。
  ただ、私はあの頃のことを決して後悔はしていない。
  少なくとも私は、例えどんな形にせよ、若い頃に自分の意見をしっかりと持って行動できていたから。
  それだけは今でも誇りに思っているわ」



そして、居なくなってしまった人間達のことを思い出してみる。

中野“Dead”梓――。

バンドの全盛期と最悪の混乱を見ることなく自らの頭を撃ち抜いた彼女は、
その特異な存在と死に様故に、現在でもファンの間では神格視されるメンバーである。

彼女が唯一参加したインディーズ1stアルバムや当時隠密に録音された梓在籍時のライヴ音源、
また平沢“ユーロニモス”唯が撮影した、梓の脳漿と頭蓋骨の飛び散る血に塗れた写真をジャケットにした海賊盤等は、
その貴重さ故、中古市場では法外な高値で取引されているという。

現在でも『中野“Dead”梓在籍時以外は認めない』、『最も純粋に悪魔に殉じた中野“Dead”梓こそブラックメタルの象徴』と考える、
あまりにもピュアすぎるHICファンが、世界に多く存在する。



平沢“ユーロニモス”唯――。

放課後インナーサークルの光と影の歴史を一人で体現しきった彼女は、
死後数年経った今でもブラックメタル・ファンの間では永遠のアイコンである。

ただ、「中野梓の死を宣伝に利用した」、「金銭面に五月蠅く、ケチな人間だった」、
「晩年はナチズムに傾倒していた」、「キリスト教やバンドメンバーには冷酷だった一方、自分の妹に対してだけは悪魔になりきれていなかった」等――
バンドの中で最も敬虔な悪魔主義者だったはずの彼女の評価は今日になって揺らいでいるともいえる。

しかし、ただのお茶系まったりバンドだった放課後ティータイムを、
『放課後インナーサークル』というブラックメタル・バンドに仕立て上げたのは紛れもなく彼女の功績であり、
その事実だけは未来永劫、揺らぐことはないだろう。


秋山“グリシュナック”澪――。

唯の殺害と数件の教会放火等数件の余罪で逮捕された彼女は、
裁判の末、懲役21年の刑を言い渡され、現在も監獄に身を置く日々である。

しかし、HICの中では最も音楽への情熱の高かったメンバーでもあった澪の創作意欲は檻の中でもとどまることを知らず、
刑務所に唯一持ち込みを許された楽器であるシンセサイザーで楽曲を制作。

アルバムまで発表し、囚人でありながらも今でも支持を拡大し続けている現役のミュージシャンである。

なお、彼女の口から、唯の殺害に対する反省や後悔の言葉は、今でも一切語られていない。

澪「私は自分のしたことを後悔してはいないよ。唯は殺すべき存在だった。
  そして、唯の脳髄にあのナイフを突き立ててやった瞬間、若い頃の弱虫で恥ずかしがり屋だった秋山澪は完全に消えたんだ。


狂ってしまったのか、はたまた運命だったのか――。

『放課後ティータイム』として女の子らしいロックを追求していた女子高生5人が、
一瞬にして悪魔に魅入られ、結果的にその身を堕落させてしまったのだ。

もしかすると、彼女たちの信じた悪魔というのは、空想の存在などでは決してないのかもしれない。

(終わり)







唯「……という夢を見たんだ~」

律「ひ、酷過ぎる……。あまりにも酷過ぎるぞ唯!!」

紬「流石に言葉を失うわ……」

澪「律とムギはまだいいよ! 私なんて殺人犯でブタ箱入りだぞ!! 出所したら40過ぎのオバンじゃないか」

梓「私なんかすぐに殺されました……しかも唯先輩全然悲しんでくれないし……」


唯「まぁまぁみんな、夢の話なんだからいいじゃん!」

律「よくねえよ!!」

澪「そうだぞ! 私たちは悪魔崇拝だなんて、夢や創作話にしたって度が過ぎる!」

梓「ありえないですよね!」

紬「そうね、レズビアンをボコボコにするなんてありえないと思うわ!」

律澪梓「(そっちかよ……)」

唯「まぁ、そうだよね~。私たちはこうやって平和に、まったりお茶を飲んで過ごすのがお似合いだよ~」


さわ子「あら、全員そろってるわね!」

澪「相変わらず唐突ですね……」

律「そうだ! 聞いてくれよ~さわちゃん! 唯のやつがとんでもない夢を見てさぁ~……」

さわ子「そんなことよりも、貴方達が言ってたCD、持ってきたわよ!」

梓「え、CD……ですか?」

さわ子「そうよ。『新曲の参考にするからメタルのCDを貸してほしい』って言ったの、貴方たちの方じゃない?」

紬「え、そんなことを言った記憶は……」

さわ子「張り切って昔の段ボールとか漁って探してきたんだから!」(ドサッ)

梓「うわ。メタルのCDが一杯ですね……」

澪「ん? こ、このCDは……」

律「あれ? これ、どっかでみたことある気が……」

唯「えーと……ま、ま……MAYHEMにEMPERORに……BURZUM?」

全員「………えぇっ!?」


(本当に終わり)








なお、作中で描写した9割の出来事は史実というから恐ろしやノルウェーのブラックメタル。

ちなみにりっちゃんがボコッたレズビアンは史実ではホモですが、半殺しでは済まず死んでいます。

澪ちゃんのモデルになった人は去年出所したらしいです。

あとあずにゃんの自殺写真のモデルとなった写真は今でも世の中に出回っています。

『興味のある方』は『Mayhem Dead』※(反転 自己責任で!!) で画像検索でもしてみてください。

絶対後悔するとは思いますがwwwww
最終更新:2010年05月03日 02:22