律「本気で言ったと思うか……?」

澪「…………」

律「なぁ澪、お前と私……一緒にバンドやり始めてからどれくらい経つ?」

澪「随分と長くなるな」

律「そうだよ……。私たちが一緒にHTTを始めたのは15歳の時からだ!
  それどころか、お前とは幼稚園の頃から一緒につるんできた……。
  そんなお前はもはや家族同然だ!! 姉妹みたいなもんだ!! わかるだろ!?」

澪「…………」

律「喧嘩なんて数えきれないくらいした!!
  それでも私はお前と一心同体だと思ってる!!
  それは私だけの思い違いか!? なぁ!」

澪「…………」


律「確かに私は難しい人間だ!!
  リーダーとしての責任感にも、このレコーディングに対するプレッシャーにも、
  到底耐えきれそうにないし、今にも潰れそうだよっ!!
  だけど、こんな情けない愚痴を……クソったれな感情を……
  私は澪以外の誰に吐き出せばいいって言うんだよ……!!
  ガキの頃からずっと一緒にいる澪以外の誰に……こんなこと言えるっていうんだ!!」

澪「律……」

律「なぁ、澪……私、本当はお前と喧嘩なんてしたくないんだ……」

澪「それは私もだよ……」

律「澪……私が悪かった……どうか許してくれ」

そうして肩を抱き合った二人を、その場の誰もが固唾を飲んで見守っていた。


波乱万丈を経て、完成した放課後ティータイムの最新アルバム。

5人の汗と努力と歴史の詰まった最高の自信作。

しかし、業界の反応はといえば――

律「また契約を断られたよ……」

紬「これで10社目……ですか」

梓「レコード会社が決まらなければ、アルバムは発売できない……」

澪「手詰まりだな……」


よくも悪くも『変わらない』ことが売りだったHTTの音楽性が詰まった最新アルバムは、
『時代遅れ』のレッテルを貼られ、契約を結ぼうなどというレコード会社は現れなかった。



律「正直、そろそろ潮時かなと思う時もある。弟の聡には『ねーちゃん、いつまで夢見てるんだよ』なんて、手厳しい言葉をもらうこともあるよ」

澪「でももう今更戻れないし、戻る気もないんだ」

紬「琴吹グループも失墜した今、私にもう失うものはありません」

梓「HTTのアルバムを世に出すためなら、私はなんだってする」

唯「バカな夢だと言われるかもしれない。現実を見ていないと言われるかもしれない……」

唯「それでも私たちは諦めない!! HTTは絶対にビックになってやる!!」


思い続ければいつかは叶う――その言葉をまさしく地で行った5人に、その知らせが届いたのは突然であった。

唯「私たちのアルバムを発売したい……?」

とあるインディーズ・レーベルが、HTTのアルバムを自社から発売してもよいと手を挙げたのだ。

律「しかもライヴまで決定した……だと?」

それもとある大型ロックフェスティバルへの出演決定というオマケ付で――。


律「ここが幕張○ッセか……」

フェス会場となる広いホールを見回し、律は溜息を吐いた。

紬「私たちの出番は……昼間の一番最初ですね」

梓「本当にお客さんが来てくれるんでしょうか……」

澪「大丈夫だ……信じよう」

唯「そうだよ。わたしたちはこんなに長く一緒にやってきた。その歴史は……ぜったいにうそをつかない!」

そして、ステージに出ると――

紬「うそ……」

梓「なんて……ことでしょう……」

律「こんなことって……」

澪「こんなことって……あるんだな……」

『ウワーーーーーーーーーーッ!!』

観客席を埋め尽くす人、人、人――。

放課後ティータイムは幾年ぶりかに大観衆に迎えられたのであった。


そして、象徴的な出来事は次の瞬間に起きた。

夢にまで見た光景に、興奮を抑えられず、唯がマイクににじり寄り、

唯「それじゃあ1曲目行きます! ふわふわタイ……ぶへっ!」

興奮のあまり、マイクに顔面をぶつけて鼻血を出したのだ。

まるで、初めてライヴハウスで演奏したあの頃のように――。

大物「あのフェスには俺のバンドも出演する予定でさ、勿論トリでね。
   それで、会場に着いてみたらなんと出演者リストにHTTの名前があるじゃないか!! 
   驚いた俺はすぐさまステージ前最前列に陣取ってHTTのライヴを見たよ! 
   その日入っていた取材も何もかもすっぽかしてね(笑) 
   あの時ばかりは、初めてHTTを見てバンドに憧れた子供の気持ちに戻っていたよ! ああ、最高のライブだった!」

マキ「ラブ・クライシスもあのフェスには出演していた。
   私は舞台袖からHTTのステージを見たわ。
   持ち時間は少なかったけど、それが終わる頃には完全にHTTは観客の心を掴んでいた。
   平沢さんがまたマイクに顔面をぶつけたりして……そう、あの頃と同じようにね――。
   あのバンドは良い意味で何年たっても変わらないの」


唯「どんな経験も、無駄になることはないって学んだ気がするよ」

律「そうだな……トラックの運転手みたいなキツイ仕事も」

梓「ギターの講師も」

紬「会社の倒産も」

澪「無職期間も」

唯「それでもやっぱり、私たちが帰るところはひとつ、音楽なんだね」

そう、放課後ティータイムの歴史はまだこれからなのだ――。

律「そうだな! 私たちはまだ夢半ばだ!」

梓「アルバムも出したばっかりですしね!」

紬「次はまたツアーができるように、いろんなプロモーターに売り込みましょう!」

澪「わたしも今度こそ職を見つけるよ!」

ロックスターになる、そんなばかげた夢を彼女たちはこれからも追い求めてゆくだろう。

唯「わたしたちは……絶対に夢をあきらめないよっ!」


おわり



最終更新:2010年05月07日 01:22