梓「私が抜けたのも、二人が抜けたのと全く同じ理由。
同じくお酒と薬で私は完全にギターが弾けなくなっていたの。
コンサートのときは、私のギターはアンプにつながず、
ローディーをしていた憂ちゃんが、アンプの陰でギターを弾くありさまだった。
こんなんじゃ、当然続けられるわけないよね。」

梓「だから、3枚目を出した後のツアー最終日に、
ステージを終えるとすぐに荷物を抱えて出て行った。
最後に唯先輩は私にこう言った。
『中野さん、これ以上続けるのはもう無理だよね・・・』。
私は最後まで聞かずに、無視して外へ出た。先輩も追いかけてこなかった。
そして、次の日に、マネージャーからクビを通告するメッセージが留守電に入ってた。」


梓「それから、私はメンバーのだれとも自分から連絡を取らなかった。
一度、先に抜けた二人からバンドの誘いがあったけれど、
電話で断って、私は彼女たちに会いもしなかった。
それ以来、連絡は来なかった。そして、これが最後の会話になった。」

梓「紬先輩は私に病院を紹介してくれた。
それにこの先トラブルが起こったときのためにと、弁護士も紹介してくれた。
もっとも、病院と弁護士の連絡先が書いてあるメールをよこしただけだったけど。
私は返事もしなかった。」


梓「唯先輩からは・・・、何の連絡もなかった。
でもそれは、私が嫌われていたからではないと思う。
もう、どうやって接すればいいのかわからなくなっていたんだよ、きっと。
何でそう思うのかって?私がそうだったから。」

梓「これだけは忘れないで。私たちは喧嘩別れしたんじゃない、
ずっと友達だった。けど、お互いにどう接すればいいか分からなくなってしまっただけ。
もっとちゃんと話して、分かり合っていたら、こんなことにはならなかった」


澪と律は放課後ティータイム脱退後、新たにバンドを結成。
放課後ティータイムの方向性とは全く異なる、先鋭的で攻撃的な音のバンドであった。

それは聞くものを選び、商業的な成功は望めないようなマニアックなものであったが、
それ故に熱狂的な支持層を獲得し、また海外でも高い評価を得ることができた。


しかし、澪はその音のとおりの破滅的な生活の中で、
若くして命を落とすこととなる。
また、その翌年には律も後を追うように亡くなった。
彼女たちの早すぎる死は伝説となり、
放課後ティータイムを伝説のバンドとしていった。


バンド解散後、唯はソロアーティストとして活動していった。
その天才的なセンスと独特なキャラクターによって、商業的な成功を収めていく。
彼女の成功も、同じように放課後ティータイムを伝説のバンドとしていくこととなった。

紬は音楽の教師になるために大学に進学して、ミュージシャンを引退。
卒業後は母校で教鞭をとっていた。

そして梓は、忘れられたメンバーになっていった。



梓「さて、バンドを抜けた私が何をしていたかの話をしようか。
やっと、面白い話になってきたと思わない?」

梓「このままではいけないということは、私も分かっていた。
とりあえず、入院して体をきれいにすることから始めることにした。」

梓「リハビリを終えた後、音楽活動を再開した。とあるバンドのツアーサポートメンバーになったり、
自分でバンドを作ったこともあったし、ソロアルバムを作ったりしていた」

梓「けれども、ギタリストとしての仕事がそれほどあるわけでもなかったし、
自分のバンドもソロもすぐに契約を打ち切られてしまって、
経済的にもどんどん苦しくなっていった」


梓「唯先輩がテレビで活躍しているのをみると、すぐにチャンネルを変えてしまった。
嫉妬のあまり、ネットの掲示板にあることないこと書きまくったこともあったね」

梓「もう気持ちも荒みきって、また酒とクスリに浸るようになっていた。
ミュージシャンも廃業して、結婚をしたけど、その結婚も上手くいかなかった。」

梓「要するに、やることなすことが全て上手くいかなかったわけ。
そして、あるとき泥酔して2階の窓から転落して、
生死の境をさまようような大怪我をしてしまった。」

梓「しばらく病院のベッドで過ごして、自分の人生を色々考えた。
一体自分は何をやってきたんだろうって。
一度だけ母親が訪ねてきた以外は、誰も来なかった。」


梓「訪ねてきた母親にすら、『なんであの時に死んでくれなかったの』って言われただけ、
お見舞いではなく、お別れを告げに来ただけだったのね」

梓「こんなことを言われてしまうんだから、私がどれだけ荒んでたかわかるでしょ」

梓「音楽も、友人も、家庭も、家族も全て失ったんだなって。
でもこんなになったのは、自分のせいなんだって、
その時本当に受け入れることができた気がする」



梓「成功していたときには、それにうんざりしていた。
けれど、成功を失ったとたん、それにしがみついて囚われてしまうんだから、つくづく勝手なものよね」

梓「その時に思ったんだ、もう一度やり直そうって。で、私は思い出したの。
自分がギターを弾いていたのは、ギターが楽しかったから、音楽が好きだったからだって。」

梓「バンドを続けたのは、あの仲間と一緒にいることが楽しかったからだったということを。
いつの間にか、何かが転倒していたのね。ギターもバンドも成功の手段になってしまっていた」


梓「退院した後は、生活保護を受けながら職探しをしていた。それで、今の仕事にありついたの。
生活費を切り詰めて、中古のギターも買った。ボランティアで、病院とか施設でギターを弾いたり、歌ったりした。
今でも続けてるよ。」

梓「もう、唯先輩や澪先輩・律先輩を嫉妬することは無くなった。彼女たちのアルバムは全て手に入れたし、
それに合わせて一日中ギターを弾くこともあった。
でも、そうすることで、私は悲しい事実を知ることにもなったの」

梓「それは澪先輩・律先輩がとっくにこの世から去ってしまっていたという事実」

梓「かつての仲間が亡くなったということすら、知らなかったんだから、
どれだけ自分しか見えない生活を送っていたかってことよね。
我ながら、最低な人間に成り下がっていたことを知ったの」



梓「放課後ティータイムを再結成したいかって?もちろん。でもそれは、
もう一度あの華やかな生活をしたいとか、そういう意味じゃない。」

梓「あんな形で分かれたみんなと和解したいから。でも、それはもう不可能なのは分かっている。
すでにメンバーのうち2人は亡くなっているしね。」

梓「私は人前で歌うとき、『ふわふわ時間』を必ず歌うの。自分が昔いたバンドの曲です、
なんて紹介はもちろんしないけどね。昔は単なる、甘ったるいラブソングみたいに思ってたけど、
今はちょっと違う捉え方をしている」


梓「放課後ティータイムのメンバーのことを想いながら歌ってるの。
大げさかもしれないけど、お祈りみたいな。私のメンバーに対する思いの歌。
もう一度会いたい、会って和解したいっていう」

梓「『あぁ カミサマお願い一度だけのMiracle Timeください!
もしすんなり話せればその後はどうにかなるよね』
この歌詞は私の今の気持ちを表してるし、この意味を分かっていたら、
きっとあんな形で解散することはなかったと思う」

梓「だって、解散したのは、お互いがすんなり話せなくなったからからなんだからね」



しかし、このインタビューが始まった時には、全く予想もしていない事態がおこった。
それは奇跡といってもいいだろう。放課後ティータイム再結成の話が現実のものとなったのである。
 母校の校長をしていた紬が、新講堂落成記念に卒業生である平沢唯のコンサートを依頼したことが、
そのきっかけとなった。



唯「ムギちゃんから依頼があったとき、実は最初は断ったの。
だって、あそこで私一人がライブをするなんて考えられなかったから。
そしたら、ムギちゃんはなんていったと思う?
『じゃあ私も出ましょう、それならいいでしょ』だって」

唯「でもまだ納得いかなかった。それだって一人足りないじゃない。
そしたら、『梓ちゃんも一緒に決まってるじゃない』だって。」

唯「本当は、私はずっと再結成したいと考えていた。
放課後ティータイムは私にとってかけがえのないものだったし、
あんな形で終わったことを認めたくなかったから」


唯「再結成の話って、しょっちゅう持ちかけられていたの。でも、全て断ってきた。
だって、儲け話があるけど乗らない?って感じだったからね。
放課後ティータイムは、お金で取り戻せるようなものじゃないの」

唯「今回、再結成の話に乗ったのは、お金の絡む話じゃなかったし、大体、ムギちゃんが用意してくれたものだったから、
意味があるものだと思ったの。本当は、澪ちゃんもりっちゃんも、一緒にいることができたら。あまりに遅すぎたかもしれない」

唯「それでも、あずにゃんの生活が苦しいことを知っていたら、彼女の生活を助けるために
再結成の話に乗ったかもしれないけどね。でも、彼女がどこで何をしているのか、ずっとわからなかったの。
音信不通の状態が続いていたから。再結成の打診は、ムギちゃんに任せたの」


ある日、梓が仕事から帰ると、差出人が琴吹紬と書かれた郵便が届いていた。そこには、放課後ティータイムが再結成への参加の要請、
リハーサルのスケジュール、再結成メンバーはベースは鈴木純、ドラムは元ラブクライシスのマキに決まったということが書かれていた。

梓「最初は、何かのいたずらかと思った。大体、どうして私の住所を知っているわけ?って感じだった。
半信半疑で連絡先に電話を入れてみたら、本物の紬先輩が出てきたの」

梓「本当に緊張した。電話がつながった瞬間に切ろうと思ったくらいだし、紬先輩ともちゃんと話せなかった。
参加します、リハーサルも行きます、曲も覚えてます。それで電話を切っちゃった」


梓「期待と不安というよりも、不安の方が大きかった。
あんな別れ方をして20年近く会っていないメンバーに再開するんだから」

梓「スタジオについたら、唯先輩以外のメンバーは既に到着していて、打ち合わせをしているところだった。
すぐに紬先輩が駆け寄ってきてくれて、『久しぶりって』言って私を抱きしめてくれた」

紬「梓ちゃんがスタジオに入ってきたときは、初めて軽音部に来た時みたいだった。一瞬、高校時代の梓ちゃんとかぶって見えたわ。
私はすぐに駆け寄って、彼女を抱きしめた・・本当に再会できたんだって、嬉しくてたまらなかった」

梓「その後すぐに、リハーサルを始めたの。最初はぎこちなかったけど、
何度か合わせて弾いているうちに、徐々になじんできた。
リハーサルが終わるころには、すっかり昔の感覚が戻ってきた感じがした。
でも、その日は結局、唯先輩はスタジオには現れなかった」

梓「次の日になって、唯先輩が現れたの。何曲か合わせた後、
ふわふわ時間をやっている時に唯先輩が入ってきたの。
唯先輩は私たちの演奏をじっと立って聞いていた。最初私は、唯先輩から視線をはずしていた。
正直言って、ものすごくドキドキした」


梓「ふわふわ時間を一通り弾き終わった後、突然、紬先輩がキーボードを弾き出した。紬先輩が何をやりたいのか、
私はすぐに分かったし、みんなもわかったみたい。ドラムが後に続いて、ベース、そして私もギターを弾き出した」

梓「最後に唯先輩が加わって、私たちはふわふわ時間のサビをもう一度繰り返した。
ちょうどあの時の学園祭みたいにね。わたしは、思わず涙が出てしまった」

梓「演奏が終わると、唯先輩は『おかえり、あずにゃん。ずっと寂しかったよ』、そういって抱きしめてくれた。
しばらく二人で泣きながら抱き合っていたの」


この再結成コンサートは、新講堂の落成記念ということもあり、
シークレットライブとして行われた。
しかし、伝説のバンドが再結成してコンサートを行っていたという事実は、
大きな反響を呼ぶこととなった。
バンド側もそれに応え、その年の国内最大のロックフェスに出演し、
観客を大いに沸かせた。



梓「あのフェスに出演した後、3人だけで会って話し合いをしたの」

梓「もう一度、アルバムを作ろうって。わたしたちがずっと仲間であることの証明として」

梓「これは私がミュージシャンとしての活動を再開することとは別の話ね。唯先輩はまた一緒にやろうって
誘ってくれたけど、どうだろう。今、悩んでいるところなの」

梓「ちょっとごめん、今日はこれで終わりにしてくれないかな。最近、体調が良くなくて。
もう休ませて、ごめんね。次はいつにする?」

これが彼女の最後の言葉となった。


彼女は急性白血病と診断され、その一ヵ月後にこの世を去ることになった。

唯と紬に最後を看取られ天国へと送り出された彼女は、先に行っていた仲間である澪や律、
そして彼女のあこがれのミュージシャンたちと今もセッションを楽しんでいることだろう。

澪「梓、やっと会えたね、でもここじゃない場所の方がよかったけどね」

律「梓、ちょっと来るのが早すぎたねー。会えてうれしいのか、悲しんでいいのか。
とりあえず一緒にやろうぜ、ふわふわ時間!」


おわり



最終更新:2010年05月16日 00:30