私はこの後自分が元にいた世界に帰れる。なんだか分からないが確信している。
さーてパッパと帰ったろーとドアノブを手に掛けた時
あーでもせめて秋山にはアニメキャラに煙たがられてる写真を見せたいなーとか
ことぶきはこっちでもカツゼツが悪いのかなーとかこの世界の田井中達の姿も見てみたかったなーとか
今更ながら思いつく土産話のための材料について部屋の前ではた、と止まる。
その時、寝ているはずの唯の部屋からギイイとドアが空くものだから私はドキッとした。

唯「お父さん。」

唯「えへへ。」

進「目が腫れすぎだろう・・。」

進「一瞬唯とわからなk」

唯「お父さん」

先ほどの確認するような強い抱擁じゃなくて、ただ甘える思いを伝えるためだけに優しく唯が抱き付いてくる。
答えるように私は頭を軽く撫でる。外野から見れば我ながらなかなか気持ち悪い光景だと思うぞ?

唯「行っちゃうの?」

進「ああ」



唯「ねえ、わたし、ね」

唯「おとなになるよ。」

唯「お父さんが来たのだってモトは私のわがままからなんだ。」

唯「いつまでたっても付き合わせるわけにいかないよ。」

進「本音は?」

唯「おとうさんのかば」

進「ふは」

唯「りっちゃんがいってたんだ」

進「人は成長するために時には必要な別れを体験しなくちゃいけないんだって」

進「あの子もそんな考えできるのか。」良かったじゃないか田井中よ。娘は立派だ。


唯「憂と今まで助け合ってきたから、これからも大丈夫だと思う。」

進「大丈夫、か」

さすが姉妹、といったところかな。こんなに単純な言葉なのに安心するのは何故だろう?

唯「さびしくなんかないんだからね!べ~」


進「なあ」

進「唯がずっと私の事を師匠と呼んでいた理由、アニメで覚えたからだろう?」

唯「えへへ、それでもやっぱり師匠なんだってば」

進「それに、お父さんと呼びづらかったのもあるな」

唯「うあーほーんとぜんぶおみとおしだー」

進「家族なんだから当然だろう」うむ。この子はバカだが優しい子だ。負い目を感じていて当然。

それに物分りも良いし本質的な頭のよさも・・・おおっと。ヒラサワよ。自制。

進「それとあの歌」

唯「ああ」

進「なんという曲か思い出したぞ」

唯「そっか」

唯「もうお父さんは元に戻っちゃうから分かるんだろうね」

進「ちょっと歌ってみなさい」

唯「?」


唯「頂上に降る雪
  夜は密か
  身体を着て立ち
  キミよ行けよ」

ああ間違いない。人体夜行だ。

進「その先で気になる場所があるんだ」

唯「うん?」

進「歌い続けてくれないか」

唯「わ~ら~えよ・・♪」

これで娘の歌も聞けない。
うん、やはり芯はある。私の娘だ。
聞こえたとしてもそれは画面越しで、
今聞けるような声色では聞けない。二度と。

唯「めくるめく雨
  誰も濡れず
  声を出して立て
  謎は怖いと 」



進「そこなんだが」

考えてみればこの世界で私は一度も歌を歌わなかった。これが最初で最後だ。

進「めくるめく雨
  誰も濡れず
  声を出して立て
  謎は終わりと 」


進「謎は怖くないんだ」

進「謎は、終わりなんだ」


進「謎はもう終わりなんだよ、唯。」

彼女の顔が綻んでいく。
もう怖くなくなったのだ。終わりなのだから。



唯「ねえ」

進「うん?」

唯「お父さんが行っちゃった後でも私は家族でいいのかなあ」

進「ああもちろん私達は家族だろうな」

唯「確かに、元のお父さんは戻ってくる。でもあれはあなたじゃない」

唯「私にとってのお父さんは、ししょうだけだよ」

進「それも言われて悪い気はしないが」

進「唯は私を受け止めてくれた。今度は受け入れてくれないか?」





律「ゆいー。もうお父さんココ来ないのかー?」

唯「ううううん!最近また忙しくなっちゃってさ~」

澪「そうなのか・・・あの人が弾く所もっかいみたいな・・」

律「およ?」

紬「あらら?」

澪「ちょ、ちょっとまった!違う!違うから!」

律「澪もまだまだ若いってことだね~」

澪「違うって言ってるだろ!」

梓「あの~唯先輩・・」

唯「なーにーあずにゃん」

梓「その、お父さん、何かあったんですか・・・?」

唯「ああそっか、あずにゃんは知ってるってお父さんが言ってたっけ。」


梓「帰った・・・んですか。」



梓「私が言った試すって言葉は別の意味だったのに」

梓「まさか帰っちゃうだなんて・・・」

唯「ん~あずにゃん何の話?」

梓「・・その、私・・・」

中略

唯「あずにゃんとお父さんそんな話してたんだ!私のいないあいだにウワキしたのねあずにゃああん」

梓「も、もう!茶化さないでください!まじめな話です!」

梓「戻る事を試すって事じゃなくて唯先輩達との愛を試すってことなんです。」

梓「やっぱり私が感情に言葉を乗せたばっかりに、勘違いさせてしまったのでしょうか・・」

唯「ああ~だったらそっちで合ってるよ。お父さんは間違えなかった!」

梓「へ。でも帰っちゃったんですよね?」





進「受け入れて欲しいんだ、これから戻ってくるこの世界の父親の事も。」

進「全くの別人。だが、私なのだから」

進「私がここに呼ばれた理由は、ちょっとした軌道修正。」

進「私がここに来る事そのものは運命じゃなかったんだ。君達の愛されずひねくれた心の軌道修正が運命だったのだ」

進「そこで君の意思との相互作用が生まれた。だから私はここに来た。」

進「この世界にアニメの私が存在してなかったら、私は君とこうして話す事も無かっただろうな。

進「君達はもう大丈夫。」

進「大丈夫なんて言葉は必要ないな。きっと君達がこれから自分で自覚していく事だ。」



進「みんな元気、だ、な。」





唯「何があったかは、秘密なんだ。」

唯「でもまあ、お父さんの私達への愛!だよ!」

梓「む?む・・」

律「あそうだ、今日P-MODELが出てるアニメのDVD持ってきたぜ~」

澪「ああ私達の父親にそっくりとか言う・・」

律「いやほんとすごい偶然だよなー」カチッ

律「かなーり初期の頃らしいぞ」

「♪ミーーーーサーーーーーイーーーールの」


律「なんじゃこりゃ」

澪「このクネクネしてるの・・平沢さん?」


唯「ぶっ・・・」

唯「あっははっは!」

唯「お父さんの新しく知れる所、どんどん増えていくよ。」


唯「あはは、みんな元気!」


梓「(・・何があったかは私が逡巡しても分からない。)」

梓「(でも・・うん。)」

梓「(唯先輩は今日も笑っていますよ)」






しかしまさかまさかの展開だった。結局あの部屋に入っても何も起きない。
おいおい頼むぞ相互作用さんよ、と思っていれば眠気が私を襲う。最近の労働は老体に少しキツかったようだ。
スワーッと私は睡魔の手招きに答える。ちょっと待ってね今そこまで行くからー
突然眩しい閃光がビッシャーンと私に襲い掛かる。

進「ハッ!?」

進「何と」

だがそれは閃光ではなく、目を瞑った私に襲い掛かる「三次元世界の元いた部屋」の明かりであった。

進「転送される瞬間を目の当たりに出来なかった!」

進「いや果たして目を開け続けていたらここに戻れなかったのかもしれない」

誰に話しかけるわけでもなく言葉を紡ぐ。真夜中に一人明かりに照らされながら。
寂しさなど無い。
いつの間にか立ち上がっていた私は布団に戻り、うーんこれはテクノな体験だったと言えるのではないかなーとか
いやこんな事体験できた私こそがテクノだとか色々ぐるぐる思う。
それと、唯。
2度目の睡魔に誘われるまでの間、少し涙を落としてしまった。ああ不覚。


そして起床。というわけでヒラサワは無事現代にバックしました。ヤッホッホ。
変化と言えば私の足は今つくば山頂の土をしっかり踏んでいる事か。
うむ懐かしい。
そしてもう一つ、あの娘たちはいないのだと。


それから毎週けいおん!を録画するようになった。
以前秋葉原に必要なものを買いに行った時、唯たちの歌う音楽が流れついニヤニヤしてしまったところ
近くを通る若者にその姿を見られ、アノオッサンナニワラッテンダロキモクネー?
という心の声が聞こえた気がしたので私が一番のけいおんファンだというのは誰にも言わない秘密にしてある。
しかし修学旅行の回を見ても全くヒラサワが映っていないのはどういう事だろうな?
いくらなんでもあざといぞ。
そのように、これからも私は彼女達のこれからを、こっそりと見届けたいと思っている。


ちなみにそこの馬の骨にわきまえて頂きたい事が。
あくまでもヒラサワは君を選んだわけじゃない。
多くの数ある馬の骨らすべてを選んだわけなので。個人の価値なんて計りにかけるまでもない。
"キャラクターや今までのやり方なんかにとらわれない、私のやりたい事。
平沢進だから何なのだ?平沢進だから?バカバカしい。
私の人生なのだ。馬の骨も有象無象も関係が無い。私の人生なのだ。"
と言ったはず。
いっそ言うとあんた以外の馬の骨が大事なのね。決して勘違いして調子に乗らないように。

しかし戻ってきてからもうるさいのが私の周りで飛ぶハエどもだ。
けいおんだの平沢が元ネタだの・・・。私が本物だ。彼女は彼女で別個の人間なのだ。
くだらない事をさえずらないで頂きたい。本当に。
私達は今でも親子として繋がっているつもりだ。そこに土足でドカドカ立ち入られると非常に迷惑である。
twitterは私の呟きにいちいち反応してフォロアーが増えるし。
あーもう早く減らないかな。過剰に期待されると困るんだよね。


「私は平沢進だぞ。平沢唯じゃない。」


こう明記しておけば平気だろう。って呟いたらニュースになってフォロワー増えてるし。
全くどういう事か?私の意志と運命は相互作用しないらしい。あっそう。別いいよ。

おわり



最終更新:2010年05月18日 22:56