梓「唯先輩が……まだ……終わってないって……」

澪「なんだ? 何が終わってないって?」

梓「放課後ティータイムが……まだ終わってないって……」

律「ほ、本当か!?」

涙が止まりません。

胸の奥から熱い感情がこみあげてきて溜まりません。

泣くなと言う方が無理です。

唯先輩は断言してくれた。

まだ放課後ティータイムは終わっていないって。


梓「唯先輩に……会いたいです……」

澪「梓……お前……」

梓「会いたい……会いたいよ……唯先輩に会いたいよぅ……」

そこから先はもはや言葉になりませんでした。

結局、私はあの人から離れられない。

新入生歓迎会で初めて、唯先輩の演奏を見て憧れたその日から、何も変わってなんかいなかったんです。


その後、私は正式にアクアブルー・ストライプスへの加入を断りました。
しかし、澪先輩も律先輩も私のその決断を咎めることはなく、寧ろ、

澪「梓の気持ちは私もよくわかるんだ」

律「そうだなっ! 私もいい加減唯の弾く轟音ギターが恋しくなってきたところだったんだ」

放課後ティータイム再始動への意欲を見せてくれたのです。

しかし、唯先輩が動き出さない限り、HTTの再始動はあり得ません。
そして、それがどれだけ難しいことかも、3人とも理解していたのです。

そんな時、久しぶりに私たちのもとにムギ先輩からの連絡が入りました。

紬『そういうことなら任せて! 実はね、私今度のサマーソニックにマユゲ・パンク名義で出ることになったんだけど、ちょうど同じステージのトリでプライマル・アイスクリームが出演するのよ~』

梓「そ、それじゃあ……!」

紬『ええ。唯ちゃんと何とか会って、HTTの今後について具体的な話をしてみるわ』

ムギ先輩の提案は渡りに船でした。しかし、一方で葛藤もあります。

梓「でも……いいんですか? ムギ先輩はもうバンドは……」

紬『いいのよ。何よりも大事なのは梓ちゃんの気持ちだもの』

梓「……っ!」


紬『まだ好きなんでしょ? 唯ちゃんのこと』

梓「……はい」

紬『だとしたら元々私には協力する以外の選択肢がないわ♪(ニヤニヤ)』

ああ、やっぱりこの人にはこの手のことで隠しごとができないな……。

そして数カ月後――。

紬「唯ちゃんは前向きに考えているみたいだったわ。ただし、当然今参加しているプライマルのツアーが終わってからになるみたいだけど」

律「ほ、本当か!?」

澪「そ、それじゃ……!」

紬「ええ。まずはライヴ活動からになると思うけど、皆が良ければ放課後ティータイムを再始動させたいって」

ムギ先輩の報告は、まさに私が待ち望んだものであった。

紬「梓ちゃん、よかったわね」

しかし、私の中にはまだ迷いがあった。

あの雑誌記事のインタビューを読む限り、HTTは唯先輩の中では終わっていなかった。
だとすれば、HTTを終わらせようとしてしまったのは唯先輩でなく、あの日感情に任せてレコーディングスタジオを、そしてマンションを飛び出して行ってしまった私だ。



梓「唯先輩は……私を許してくれるでしょうか」

紬「どうして許される必要があるの? 梓ちゃんは何も悪いことをしていないじゃない」

梓「いえ……結局、唯先輩を信じられなかったのは私なんです……」

一抹の不安を抱えたまま、放課後ティータイムは再始動に乗り出しました。

再始動の舞台は、苗場でのフジ・ロック・フェスティバル大トリのステージに決まりました。

何とも皮肉な巡り合せです。

フジロックは唯先輩と私の気持ちが初めて通じ合った場所なんですから。

リハーサルが始まると、あの『音楽界のニート』だったはずの唯先輩は一度も遅刻することなくスタジオに現れ、演奏に加わったといいます。

『いいます』というのは……私がそこにいなかったから。

私は唯先輩の前に立つことにまだ戸惑いがあり、結局リハーサルでは一度も唯先輩と顔を合わすことができませんでした。

そうして、放課後ティータイムは結局、5人でのリハーサルは一度もすることなく、再始動のステージ本番を迎えることとなりました。



梓「唯先輩にどうしても聞きたいことがあります!」

唯「ふぁに? ふぁずにゃん?(なぁに? あずにゃん?)」

私の問いかけに、唯先輩はお茶受けのお菓子を口いっぱいに含んだまま応えました。

梓「どうやったら唯先輩のようなギターが弾けますか?」

唯「それ、前も聞いたよね」

梓「はい。だけどあえてもう一度聞くんです。唯先輩達に借りたCDも聴きこんで……とても参考になりました。
  機材もエフェクターも揃えましたし、毎日練習もしています。でも……それでもまだ私は唯先輩のようなギターが弾けない……」

唯「あずにゃんは考えすぎなんだよ」

梓「考え過ぎですか……?」

唯「わたしたちがやってるのは音楽だよ? だからもっと楽しくやらなきゃ!」

梓「楽しくやれば……唯先輩のようなギターが弾けますか?」

唯「うん! それにわたしはあずにゃんと一緒にギターを弾くの、楽しいよ?」


梓「ほ、本当ですか!?」

唯「ほんとうだよ! だからね、もうあずにゃんは別にわたしになる必要はなくて……うまく言えないけど、
  一緒に演奏していて、『楽しい!』って思える時点で、あずにゃんはもうHTTになくてはならない存在なんだよ?」

梓「唯先輩……」

唯「それにお世辞でもわたしのようになりたいなんていってくれて、嬉しかったな~。
  だって、わたし、昔から何やってもダメダメで、人にそんな風に誉められたことなんてなかったから~」

梓「ふふふ、確かに普段の唯先輩は少し怠けすぎかもしれませんね」

唯「そうだよね~……このままじゃ将来は本当にニート……? う~、考えたくないよ~」

梓「大丈夫ですよ。HTTがありますから」

唯「ほんと? HTTで武道館、目指せるかな~?」

梓「はい!」


出番を待つ舞台裏で、私は不意に昔の……高校時代のことを思い出していました。

私にとって唯先輩はずっと憧れのギタリストで……それがいつかは最愛の人になっていた。

その過去は今更変えられないし、微塵の後悔もしていない。

唯「最初の曲はどうしようかな~……」

澪「おいおい、まだ決めてなかったのかよ……」

律「相変わらずだな~」

紬「とりあえず唯ちゃんの一番よく覚えている曲から、始めてみたらどうかしら?」

唯「う~ん、それじゃあ『ホッチキス』か『カレーのちライス』か……」

さっきから私はメンバー同士の会話にも入れず、唯先輩の顔も見れずにいます。

口の中はカラカラと乾いて、心臓はドキドキと波打って今にも飛び出しそう・・・・・・。

しかし、いつまでもこのままではいられません。

私は……今日自分の想いに決着をつける!


ステージに上がると、真っ暗な夜の野外だというのに鮮明にわかるほど、大勢の観客がスキー場のゲレンデを埋め尽くしているのがわかりました。

唯「え~、久しぶりです。放課後ティータイムで~す」

唯先輩の気の抜ける相変わらずなMCに観客が沸きます。

唯「わたし平沢唯、ここ最近ずーっと引き篭もっていたせいで『ニート』だの『お菓子の食い過ぎで太りまくった』だの『池沼』だの色々言われましたけど、どっこい! こうして生きてます! それじゃいきます! 1曲目――」

そうして演奏が始まった瞬間、私はギターを弾くのを忘れ、その場に立ちつくしてしまいました。

ゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!
ギュギュギュググググワワワーーーーン!!!!!!!!!!
ガガガガガゴワーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!
グワワワワワワワワワワワワワワワワ!!!!!!!!!!!!!!

耳を劈く轟音が唯先輩の弾くギー太から放たれています。

あの頃と何も変わっていない、それどころかパワーアップすらしている……平沢唯のギターでした。

私は既に泣いていました。
やっぱり唯先輩は――何も変わってなんかいなかった。

私も負けていられないと、ビッグマフのスイッチととワウペダルを思い切り踏み込み、ムスタングの弦を掻き毟りました。

ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!!!!

真夏の苗場に、二本のギターの轟音がどこまでも響き渡ります。

それからあとは、まるで夢の中にいるような感覚でした。



そして、

唯「次で最後の曲です! でもきっとまた帰ってくるよ~、『ふわふわ時間』!!」

あの曲が始まりました。

――君を見てるといつもハートドキドキ ゆれる想いはマシュマロみたいにふわふわ♪

律先輩が疾走するドラミングで、澪先輩はブリブリに歪んでドライヴするベースとコーラスで、ムギ先輩が幽玄なキーボードで、演奏を盛りたてます。

――AH 神様 どうして 好きになるほど Dream Night 切ないの♪

そして、あのパートがやってきます。

――とっておきのくまちゃん 出したし 今夜は大丈夫かな?♪

ゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!

間奏のノイズパート、今までのどの演奏よりもラウドに、そして美しくなり響いた二本のギターの咆哮の最中、私は期せずして唯先輩と目があいました。

唯「(ニコッ)」

唯先輩は確かに笑いました。笑ったんです!

そして、史上最長40分に渡ったノイズパートの間、轟音に陶酔していたのは観客だけでなく、
ステージ上で一心不乱に弦を掻き毟り続ける二人のギタリストもまた、この轟音の中で果てない夢を見ていたのです。




終演後――私は唯先輩を楽屋裏に呼びだしました。

梓「言いたいことはいっぱいあるんです――」

梓「この○年間ずっと何してたんですかとか、ダラダラニートばっかりしてちゃダメですとか、早くアルバムのリマスター盤出せよとか、早くニューアルバム出せよとか、でも今日のライヴは最高でしたねとか……」

梓「でも、一番大事なことを、そう言えば私は自分から一度も言ったことがなかったな、と思って」

梓「だから何よりもまず、それを言います」

梓「私、唯先輩のこと、大好きです」

梓「おそらく初めて会った時からずっと……そして会えなかった時もずっと……そしてこれからもずっと」

梓「唯先輩のことが大好きです」

すると唯先輩は、にっこり笑って、私の頭を撫でました。

唯「あずにゃんの気持ち、全部知ってるよ」

唯「寂しい思いをさせてごめんね」

唯「これからも寂しい思いをさせちゃうかもしれない」

唯「でもこれだけは言えるよ」

唯「私もあずにゃんのことが大好き!」

この瞬間、あの名盤『らぶれす!』の完成を境に止まっていた私たちの時間が、再び動き出しました。


(エピローグ)

梓「唯先輩! いい加減に毎日食っちゃ寝食っちゃ寝してないで、新しいアルバム用のデモテープ渡さないと! 真鍋先輩怒ってましたよ!?」

唯「いいんだよ~。和ちゃんは私のことよくわかってくれてるし、あともうちょっと待ってって言っておけば」

梓「ダメですよ! せっかく真鍋先輩が創造レコードと再契約させてくれたんですから、今度こそ期待を裏切らないようにしないと……」

唯「ん~、わかったよ~」

あれから、私はまた唯先輩と暮らし始めました。

しかし、最近になってわかったことがあります。

唯先輩の仕事に時間がかかるのは、コントロールフリークだからでも、こだわりすぎだからでもなく、ただ単に唯先輩が怠け者だからということです。

いや、そんなこと、高校時代から気付いていることですよね(笑)



梓「1stアルバムと『らぶれす!』のリマスターCDも出すって断言しちゃったのに、ちっとも作業進んでないじゃないですか!
  これじゃまた2ちゃんのHTTスレに『平沢唯がニートに再就職www』とか『平沢早くCD出せや』とか
  『また出す出す詐欺か』とか『YOSHIKIとどっちが先にCD出すか賭けようぜ』とか書かれますよ?」

唯「う~、あずにゃんのいじわる~……」

でも、昔と違うのは、唯先輩の隣には私がいること。

梓「ほら、私も手伝いますから。アルバム用のデモテープ、早く作りましょう。
  曲の原案はもうできてるんだし、澪先輩も律先輩もムギ先輩も首を長くして待っていますよ?」

唯「……うん。そうだね、あずにゃんと一緒なら、面倒くさいデモテープ作りも楽しいかも!」

ただ、いい加減に無自覚で恥ずかしい台詞を言うのは止めて欲しいものです。

梓「そうですね。私も楽しいです」

でも、もう認めちゃいます。

この人には、一生かかっても叶いそうにありません。

そんなことを考えながら、私は今日もムスタングでかき鳴らす轟音の中で、小さく『唯先輩、大好きです』と囁いてみるのです。

(おわり)



補足
HTTのモデルとなったバンド→My Bloody Valentine

唯のモデル→ケヴィン・シールズ(同バンドのリーダー)
梓のモデル→ビリンダ・ブッチャー(同バンドのギタリスト&ボーカル、ケヴィンの妻)

その他モデルとなった固有名詞色々。

でした。

GW中に読んだ、同バンドのアルバム『Loveless』にまつわるヒストリー本と
昔ロキノンで連載してたシューゲイザーの主人公が青春パンクに立ち向かうというカオスな漫画、
なんかからモロに影響をされています。

百合を書くのは難しいですね。

なにはともあれ遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




最終更新:2010年05月23日 00:09