唯「うまい!うまいよ!和ちゃんっ!」
和「食べながら喋らないの」
唯は口をモグモグ動かすともう一度口を開いた。
唯「でも本当に美味しいよ!和ちゃんが作ったんでしょ?」
和「そう、ありがとう」
澪「でも、和はお弁当食べなくていいのか?」
和「いいのよ。今日はいいことがあったから」
いいこと。というか嬉しかったこと。
ゴールデンチョコパンを食べれたこともそうだけど、おじさんに感謝してもらったことが嬉しかった。
別に感謝してもらいたくて、いつも頑張っているわけじゃないけど、なんだかおじさんのお礼の言葉は不思議と心地よかった。
紬「ただいま帰りましたー」
ムギがようやく帰ってきた。
ただし、ゾンビのように腰にしがみつく律と一緒にだが。
あれだ。ごぞーろっぷに染み渡るってやつだ。
澪がくれた卵焼きは味付けが妙に甘口だったけど、腹が減った私にはどんな高級料理にも勝るくらいの美味しさに感じられた。
律「卵焼きうめー」
唯「りっちゃん、これ和ちゃんのお弁当だけど、ミニハンバーグあげるね」
律「ハンバーグうめー」
紬「はい、りっちゃん、いっぱい食べて」
律「うめー!!」
いや、さっきからうめーしか言ってないけど味わって食べてるからな。
ムギが用意してくれたお茶を飲む。これがまたうまい!
うん、こういうとき、私は思うんだ。
友達は素晴らしいなあ、と。
律「かあーっ!ムギのお茶もうまい!」
紬「ふふ、ありがとう」
澪「律、オヤジくさいぞ」
律「ははは、なんとでも言うがいいさ!」
唯「いいなあ、澪ちゃんの卵焼き美味しそう」
和「アンタはどれだけ食べるつもりよ」
やっぱりみんなで食べるご飯が一番美味しいな、とママが作ってくれたピーマンの肉詰めをそしゃくしながら思う。
こうしてみんなで他愛のない話しで、盛り上がって笑いあって……
律「澪?どした?」
ただ、一方で寂しくも思う。
こうやって私たちが、この学校で一緒にお昼ご飯を食べられるのも、後一年……ううん、一年もないのか。
やだな……みんなと離れたくない。いつまでもこうしてみんなと一緒にいたい……
律「おーいみーお」
澪「うん……ああ」
どうやら少しだけ自分の世界に入っていたらしい。
唯「どうしたの、澪ちゃん?」
紬「体調悪いの?」
澪「え?」
和「律の面倒を見るのに疲れたんじゃないの?」
律「な、なんだとー!」
唯「りっちゃん、ダメだよ?澪ちゃんに頼りっぱなしじゃ」
和「アンタが言うか」
律「そーだそーだ」
和「律も人のこと言えないでしょ」
私がしんみりしている間にみんなは相変わらずのやりとりをしていた。
紬「澪ちゃん」
隣に座っていたムギが私の腕をつついた。
紬「私は、みんなでこうやって楽しく過ごしてる時間が一番好きなの」
澪ちゃんもそうでしょ――そう言ってムギは微笑んだ。
どうやら私が今、何を考えているのか、ムギにはわかっているらしい。
澪「うん」
ムギには人を素直にさせる力でもあるのかもされない。私は小さく頷いていた。
律「ほい、澪あーん」
律がいつの間にか私のきんぴらごぼうを私の目の前に突き付けていた。
私は食べてやった。
律「!?」
うん、美味しい。律の驚いた顔で二度美味しかった。
律「どうしたんだ澪!?普段なら恥ずかしがるところだろ!?」
澪「別に……たまにはいいだろ」
それでもやっぱりそこは私、顔に血が集中するのを感じて目をそらした。
唯「わあー二人ともラブラブだー」
律「じゃあ次は卵焼きを……あーん」
澪「調子に乗るな!」
律「あだっ!」
紬「ふふ」
唯「和ちゃん、わたしたちもやろっ。はいあーん」
和「遠慮するわ」
気づけばそこにはいつも通りの日常が広がっていた。
うん。今はまだ感傷にひたるには早すぎるな。
今はこの何気ない日常ををしっかり楽しもう。
私は一人そう、心の中で呟いた。
新年をうっかりトイレで過ごしてしまったなんて経験の人は私以外にどれくらいいるんだろう。
まあ、私の間の悪さは半端じゃないけどね。
今だってしっかりタイミングを逃したせいで全力疾走しているわけだし。
まさか、自分の立てた作戦によってかえって首を絞めるハメになるとは。
ちなみに私の企てた作戦はこうだ。
まず私の教室は購買から近くないので、とりあえず購買に一番近い、保健室に仮病を使って行く。
授業終了と同時に保健室からダッシュで購買に行き、一番乗り。
そしてゴールデンチョコパンゲット!
……のはずだったのに。
保健室のベッドに寝転がっていたらうっかり寝過ごしてしまうなんて。
しかし、私の行き先は購買じゃない。
いや、ていうか今さら購買に行ったってコッペパンすら売ってないだろう。
純「はあ……はあ、はあ」
お腹が空きすぎて力が出ないけど、ここで足を止めたらまじめにノーランチになってしまう。
純「待て、猫ー!」
そう、私は猫を全力で追い掛けている。言わなくてもわかるだろうけど、
空腹に耐えられなくなって学校に迷い込んだ猫を捕まて食ってやろう、とかそんなことは一切考えてない。
黒い猫――そいつが口に加えているパン。
私の目に狂いがなければ、そのパンは間違いない。
純「ゴールデンチョコパン!」
我が輩は猫である。
いえ、私はこれ読んだことないんですけどね。
今日授業でやったこゝろも読んだことありませんし。
しかし、猫は好きです。犬よりもはるかにかわいいと思いますし。野良猫は怖くて苦手ですけど。
なんで、急に猫の話をしたのかと言うと、それは単純明快な話で、目の前に猫がいるからです。
にゃあ
か、かわいい。なんて愛らしい鳴き声なんでしょう。
唯先輩じゃないですけど思わず、抱きしめたくなります。
憂「あれ、この猫……」
私の隣で憂が不思議そうに呟きました。
梓「なんでパンをくわえてるんだろうね」
しかもそのパンは桜校一人気のゴールデンチョコパンだったりします。
【PM 1:36 鈴木純】
本来猫の走る速度に人間が追いつけるわけないんだけど
それでも私はなんとか猫に距離を離されることなくついていくことができていた。
ていうか多分、猫はゴールデンチョコパンをくわえているせいでスピードが遅くなってるんだろうけど。
しかし、しんどい。ちなみにどうでもいいけど名古屋弁では、しんどいをえらい、というらしい。
自分で言っといてなんだけど、本当にどうでもいいなあ!
いったいさっきから一階と二階を何回行ったり来たりしてるんだ私は……?
【PM 1:37 中野梓】
しばらく、にらめっこをするかのように固まっていた私たちと猫さんでしたが
猫さんはやがて私たちに興味を無くしたのか、踵を返すと、トボトボ歩き出しました。
太くて短いしっぽがまた、かわいい。
憂「どこに行くんだろうね?」
梓「さあ?それより早くも純のところに行かないと、お昼休み終わっちゃうよ」
憂「そうだね、純ちゃんのとこに行かなきゃね。でも……」
梓「?」
憂「今の猫さんゴールデンチョコパン、だっけ?あれ持ってたね」
梓「不思議だね」
憂「不思議だよ」
【PM 1:38 鈴木純】
神様は私を見捨てなかった。
ついに、ついに……私は活路を見出だした!
現在、私がいるのは保健室。そう、完璧な密室空間である保健室。
すでに入口は閉じてある。
いかに俊敏な猫とはいえ、この密室かつ狭い空間なら十分に勝機はある!
猫はどうやらどこかに隠れたみたいだけど、こっちだって猫飼い主歴十年!
純「さあ、猫はどこいった~」
あたりをじっくりちっくりぱっくりみっちり探す。
純「おぉ?」
棚と棚の隙間から長くて細いにょろにょろ動く物体が見えた。
まさに頭隠して尻隠さず!
この勝負、もらった!
【PM 1:39 中野梓】
特筆するべきこともなくごく普通に保健室の前に私と憂は、たどりつきました。
にゃあ
いいえ訂正します。プラス一匹、しっぽの太くて短い黒猫を随伴しています。
相変わらずパンをくわえて。
憂「知らないうちにこの猫さん、ついてきちゃったね」
梓「本当だね」
しかし、この短いしっぽは本当に愛らしい。
ちょっとだけ触ってみようかな?
気づかれないようにそーっと触ろうとする前に、猫さんは保健室に入っていきました。
梓「……」
ちょっとだけガッカリ。
【PM 1:40 鈴木純】
純「ふふふ」
ついに、ついに私は手に入れた。
そう伝説のパン。
ゴールデンチョコパン。
猫の激闘のすえ、ついに私はついに勝利し、そして戦利品をゲットした。
猫が私を恨むかのようにねめつけてくるけど、そんなのはもちろん気にしない。
なにせ、私はずっとご飯を食べてないんだ。もうこのパンを食べないと餓死してしまう。
遠慮なんてしないんだからね。
袋を開ける。ああ……甘い香りがする!
さあ大きく口を開いて……
いっただきまーす!
純「あ~ぉいしぃなぁーゴール……で……チョコパン、モグモグ」
梓「何だか幸せそうだね、純」
憂「うん、すごく幸せそうな顔してる」
純ちゃんは本当に幸せそうな顔をしてベッドに寝ていました。
ただ、抱いた枕に歯を立ててヨダレを垂らす姿はちょっと女の子的にどうなんでしょう。
純「もぅ……食べ、られな、ぃよ……」
ぐううぅ~
純ちゃんの台詞とは裏腹にそんな低い地鳴りのような音が、彼女のお腹からしました。
梓「そういえば、純はまだお昼食べてないんだったよね」
憂「そっか……今までずっと寝てたんだろうしね」
にゃあ
まるで私の言葉に相槌を打つかのように猫さんは鳴きました。
梓「あ……」
梓ちゃんの足元にいた猫さんが、ジャンプして純ちゃんが寝ているベッドに飛び乗りました。
……猫ってこんなに高く跳べるんですね。
にゃあ
黒猫さんはもう一回そう鳴くと今までくわえていた、ゴールデンチョコパンを純ちゃんの顔の前に置きました。
それで用は済んだと言わんばかりに猫さんはベッドから飛び下りると、そそくさと出口に向かいました。
保健室から出る瞬間、黒猫さんはもう一度だけ、振り返りました。
にゃあ
なんとなく笑ったようにも見えましたが、私が表情を確認するよりも先に、猫さんは去っていきました。
梓「そういうば、黒い猫はアメリカでは幸福を呼ぶって聞いたことがあるけど……」
梓ちゃんが、そこで言葉を切りました。私もその話は聞いたことがあります。
純「えへへ……」
まあ、純ちゃんはすでに幸せの絶頂を夢の中で迎えているようですけど。
梓「せっかくだし、ゴールデンチョコパンは置いといてあげよっか」
憂「そうだね……純ちゃん喜ぶだろうなあ」
そろそろチャイムが鳴ってランチタイムも終わる頃です。お暇するとしましょう。
ぐううぅ~
また純ちゃんのお腹が鳴りました。
この調子だと起きたらすぐに純ちゃんはゴールデンチョコパンにかぶりつくだろうなあ。
私と梓ちゃんは顔を見合わせて笑って、保健室を後にしました。
おわり
最終更新:2010年06月01日 00:13