私の名前は秋山澪

 人前に立つことや虫や爬虫類、オバケその他気持ち悪いもの怖いもの大嫌い。
 趣味はベースを弾くことと詩を書くこと。

 自分で言うのも何だけど詩作りの腕前は中々だと思う。
 部屋には自慢の詩がつまったノートが山ほど置いてある。
 前に一度ママに見せたらそのまましばらく固まってしまった。
 感動のあまり言葉を失っちゃったんだ。
 きっと心の中では

「やだこの子これで食べていけるんじゃないかしら?いや絶対いけるよしそうと決まれば早速デビューよ!」

 とか思ってたんだろうな。
 でもごめんねママ私は放課後ティータイムのベースとして食べて行くのが夢だからそれは無理なんだ。

 ああ、私ってすごい親不孝者。


 いやこの話はどうでもいいんだ。
 実は今私にはたった一つだけ、それでいてとても大きな悩みがある。

 私の幼馴染が、田井中律が最近私に冷たい。

 今まではいくら私が嫌がっても

「みーおみーおー、グヘヘヘ今何色のパンツ履いてるのぉ?」

 なんてちょっかい出してきたくせに今は私に関わろうとしてこない。
 私から話しかけてもうんうんと頷くだけでそれ以上話が続かない始末。
 そのくせ、私以外の人には普段どおり接している。

 え?なんでこれが大きな悩みなのかって?

 だって私は律のことが好きだから。
 ライクじゃない、ラブだ。
 手繋いだり一緒に映画見たりチューしたりしたい。

 あと、エッチなことも……なんて。


とにかく私は律が大大大好きだ。

ノー律ノーライフ。
語呂わるっ。
ノーりっちゃんノーライフ。
よしこれだ。

とにかくその悩みのせいで詩は思い浮かばないベースはうまく弾けない食欲は落ちる体重は別に減らないちくしょう。
だけど私はある可能性を思いついた。

もしかして最近私に冷たいのはすべて律のイタズラの内ではないのだろうか?

私が律を好きだということをすでに知っていて、わざと私に冷たくして私を落ち込ませようとしてるのではないのだろうか?
それでついに私が律に構って構ってと泣きついた時に

「よちよち、澪ちゃんは寂しがりですわねぇ。でもレズきもい話しかけるな近寄るな」

なんて言うのではないだろうか?
うわぁ律のドヤ顔が目に浮かんで何だか腹が立ってきたぞ。


いやもちろん私が悪戯に引っかかった時の律の笑顔も好きだよ。

あの無邪気な笑顔にどれだけ救われたことか。
私が落ち込んだ時何度も救われてきた。

しかし私にも我慢の限界というものがある。
今までずっと律に騙されて騙されて騙されて騙されての繰り返しでいいかげん悔しいのだ。

こうなったら私はこれからしばらく律のやることなすこと全部信用しない。
絶対に!

だけど、ただ信用しないだけじゃつまらない。
日ごろからからかわれてるから何か仕返しをしたい。
そうだ、ワザと律の悪戯に付き合い、最後に律がネタばらしをした時に私はドヤ顔でこう言ってやるのだ。

「ふふ、最初から全部わかってたよ」

かっくいー。



 そして翌日。

 時刻は朝八時五十分。
 場所は桜ヶ丘高校の三年二組の教室。 
 そこに私はいた。 

 唯はいつも通り天然ボケをかまし、和は冷静につっこむ。
 ムギはそのやりとりを笑顔で見守り、律は……。
 あれ?律は?

澪「唯」

唯「なぁに?」

澪「律はどこ?」

唯「りっちゃんはあそこー」

 唯が指差した場所は律の席。
 律はそこで肘をついて何か考え事をしてる様子だった。

 考え事をしてる時の真剣な顔の律もかっこいいなぁ。
 その考え事が私に関係してることだったらいいのに。
 うーん澪を振り向かせるにはどうすればいいかなぁ、なんて。
 大丈夫だぞ、私はいつでも律を見てるからな!


すると律は視線を感じたのか私のほうを見てきた。

律「!」

 しかし何も言わずすぐ机に顔伏せてしまった。
 もしかして私の顔に何かついてるのか?
 さては律のやつ何か落書きを?

澪「和、私の顔に何かついてる?」

和「ううん。何もついてないわよ」

澪「ふぅん」

 それじゃあ私が怒るような新しい悪戯でも考えていたんだろうか。
 でも残念だな律。
 今の私はすべてを信用していないし、何も怖くないからな。
 言うなればスーパー無敵秋山澪だ。

紬「あ、澪ちゃん背中に虫ついてる」

澪「ひぃぃ!?ムギ取ってぇぇぇ!」

 ……スーパー無敵秋山澪だ。


 それから特に何もないまま時間は進み、あっという間に放課後になる。
 しかし律はずっと何かを考えてるようだった。
 珍しく寝ずに授業を受けてたがボーっとしてるだけ。
 一体どれだけの悪戯を思いついたんだこいつは。
 そっちがその気ならこっちも全力でいくぞ田井中律。

 私がせっかく授業中ノートも取らずに四方八方見回してイタズラに備えていたのに意味がなかった。
 しょうがない後でムギの綺麗な綺麗なノートを見せてもらおう。

 そんなちょっとせこいことを考えていると唯が私の元にテケテケと寄って来た。

唯「澪ちゃん、部活いこぉ!」

澪「うん、行こうか」

唯「ムギちゃんもりっちゃんもー」

律「あー……悪いちょっと先行ってて」

唯「ほぇ?どうかしたの?」

律「いいからいいから。あと澪」

澪「はい!」

 いきなり話しかけるなよマイワイフ。
 思わず敬語になっちゃったじゃんか。


律「ちょっと澪も残って」

澪「へ?」

 もしかして何か私にするつもりなのか?
 授業中ずっと考えていた悪戯を今私にやるつもりなのか?

 よしいいだろうかかってこい。
 もう昔みたいに何でも怖がって何でもビックリする私ではないっていうことを証明してやる。

紬「じゃあ唯ちゃん先いってようか」

唯「うんー」

 は、待てよ。
 もしかしてこの二人もグルなんじゃないんだろうか。
 律が私のことをひき止めそのうちに部室では秋山澪ビックリ大作戦の準備が着々と進められるんじゃ。

澪「ちょ、ムギ待って!」 

紬「ごゆっくりー」

ちくしょうお前ら大嫌いだ。



律「あの、さ」

澪「……何」

 なるべくそっちけない態度を取ってはやくこの場を抜け出さなければ。
 ああ今頃ドアの上の部分に黒板しかけられてるんだろうな。
 お願いだからチョークの粉は少なめにしてね。

律「あー……ここじゃちょっと話しづらいから屋上いこうぜ」

澪「屋上?」

律「な」

澪「……わかった」

 まさかこれは呼び出しというやつではないのだろうか。
 お前最近舐めすぎじゃけんのぉ屋上こいやワレこらカレーパンかって来いよオラ、ということではないだろうか。

 まずい、力では律に勝つことはできないぞ。


 そして私は律の後ろをついていく形で屋上まで上っていく。
 律は背中もかわいいなぁ。
 後ろから思い切り抱き着いて

「わぁ、律の背中あったかぁい」

「こらこら澪、こんなとこで恥ずかしいZO☆」

 とか言われながら頭なでなでされたい。

 もしかしたらこれからぼこぼこ時間になるかもしれないのに私の頭の中はふわふわ時間。
 だけど律にぼこぼこにされて私の魂がふわふわになったらそれはそれでいいかもしれないな。

 そんなことを考えているうちに私と律は屋上へ繋がるドアの前へ着いた。

 ガチャガチャ

律「あ、あれ」

どうやら鍵がかかってたようだ。
ばんざーい。



澪「屋上いけないんなら仕方が無いな。早く部室にいこう」

 早く早く早く早く。
 あーもう私の座るイスに画鋲がセットされてる頃だろうな。
 いやもしかしたらお菓子の中に危ない薬をいれられてるかもしれない。

律「あー……じゃあここでいいや。どうせ人こないし」

 人がこない。
 これはボコボコ確定だ。
 服の上からは見えないあらゆるところが痣だらけになるんだ。
 そして私はお風呂に入るたびにすすり泣くのだ。
 もうお嫁にいけない……と。
 あーでもそれなら律に責任とってもらえるじゃんハッピーエンドじゃん。

律「澪……」

澪「こ、こい!」


律「……」

澪「……?」

 律は私に殴りかかろうとせずそのまま自分の足を見るようにうつむいてしまった。
 これもあれか、作戦か。
 油断したところで私を階段の上から落とそうとしてるのか。

律「あの、さ」

澪「うん」

律「えと……」

澪「……?」

律「わ、私!ずっと澪の好きだった!だからそのよければ私と付き合ってください!」

ソーリーワタシニホンジンダカラエイゴワカラナイネー。


あ、今解読できた。
つまり律は私と恋人同士になりたいということかハッハッハ。

いよっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!

なんて少し前の私ならその場で狂喜乱舞してたかもしれない。
しかしスーパー無敵秋山澪はである私はこれが律の悪戯だということに十秒で気づいた。
きっと私が喜んだ瞬間悪魔のような笑顔を浮かべ

「澪ってレズだったんだキモーいまじ縞パーン」

なんて言って私を絶望のどん底へ落とすつもりだ。
いいだろうその悪戯に付き合ってやる。

澪「……うん、いいよ」

律「ほんと!?」

澪「本当だよ。これからもよろしくね律」

律「は、はは……やった!やったぁ!」

律は犬のようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現していた。
いや、喜んでる「ふり」か。
でもかわいいなぁ、頭をなでなでして骨っこあげたい。


澪「お手」

律「へ?」

澪「なんでもない」

 きっと心の中では私のこと単細胞ミジンコウンコとか思ってるんだろう。
 いいさ好きなだけ思うがいい。
 さぁイタズラにひっかかってやったんだから早くネタばらししてしまえ。
 付き合うわけないだろバーカと言ってしまえ。

律「じゃあ、明日早速遊びにいこうぜ!あ……デートか」

 あれ?まだネタばらししないのか?
 そうか二日間かけての悪戯か手が込んでるな。

 だけどいくらなんでもひどくないか。
 私は律のことをこんなに愛しているのに律はそれを知った上で悪戯で私に告白をする。
 やばいちょっと涙でてきた。


澪「ひ……ぶふっ……ひえっ」

 泣くな空気よめ私の涙腺やめろやめろ声上げるな泣いたら負けだ。

澪「……うぇぇぇん」

 あーダメだもう止まらない。

律「ど、どうした澪!?泣くほど嬉しかったのか!?」

澪「ちが……律、律、律が……律がぁ……」

律「私!?私がどうかした!?」

澪「りづ、律が、私に悪戯するからぁ……ぶふっ」

律「は!?え?悪戯?ん?」


 それから私は顔をくしゃくしゃにしながら今までのことをすべて話した。
 主に私がどれだけ律を愛してる、ということを。

律「……アホか」

澪「だって!だって今までずっと!」

律「そりゃあ悪戯したりからかったりしたけどさぁ……それは全部澪が好きだからこそで」

律「ずっと私の気持ち伝えたかったけどなんか恥ずかしくて……」

澪「じゃあ何で今頃になって言うのさ……」

律「だってもう三年生だしさ……もうチャンスなくなっちゃうかなぁて」

澪「……ばか」

律「澪だって私がここ最近ずっとそのことで悩んでたこと知らないだろぉ」

澪「……ふ、ふふ」

律「うん?」

澪「最初から全部……わかってたよ」


終わり



最終更新:2010年06月05日 22:43