え、どうしたんだって?
実はお姉ちゃんに怒っています。
なぜかというと、お姉ちゃんがアイスを食べてしまったからです。
そりゃもちろん自分のアイスを食べられたくらいでは怒りません。
だけど今回お姉ちゃんが食べたアイスは、本来私と一緒に食べるはずだったアイスなのです。
私は今日の朝からずっと「お姉ちゃんとアイス♪お姉ちゃんとアイス♪」と笑顔でつぶやいていました。
それほど楽しみにしてた私のアイスを食べてしまいました。
どうしてなんでしょう。
いつもだったら「憂ー、一緒に食べようねー、えへへ」なんて言って私のほうが帰るの遅くなっても待っててくれるのに。
家に帰ってきた私は無造作に置かれた二つのアイスの残骸を見て絶望してしまいました。
でもこんなことになるなら……と私はもう少し早く学校でおしゃべりなんかしないで、帰ってくればよかったと、ちょっと前の自分を軽くひっぱたいてやりたいほど後悔しています。
もう、どうしてくれましょう。
夕飯ができたので、お姉ちゃんの部屋のドアを開けました。
憂「……」
なんか、布団の中でうずくまっています。顔は出ていますが。
見た目は抱きついてぎゅっぎゅしたいほどの超かわいい女の子ですが、今の私から見れば解体前の豚そのものです。
お姉ちゃんは布団から顔だけ出して生まれたての子馬のようにガクガクと震えながら私のほうを弱く見ます。
憂「お姉ちゃん、ご飯だよ」
その言葉を聞いた瞬間お姉ちゃんは泣きそうになりました。
いつもなら「お姉ちゃ~んご飯だよぉ♪今日はお姉ちゃんが大好きなのいっぱい作ったからね♪早く降りておいで♪」と言ってあげるんだけど。
それが「お姉ちゃん、ご飯だよ」ってさらっと言っちゃったもんだから。
私が本当に怒ってるのを確信したのでしょう。
そんなお姉ちゃんが私にはいつもより可愛く見えてしまったのです。
唯「う……うん」
お姉ちゃんは精一杯の勇気をだし小さな、小さな声で返事をしました。
憂「ん」
私は「怒ってるんだよ、本当に怒ってるんだからね。」と憎しみのオーラ満々の応答をし、階段を下りていきました。
心なしかいつもの十倍は階段を降りる音が大きくなってしまいました。
きっとお姉ちゃんは私に会いたくないでしょう。
まさかこんなに怒るとは思ってもいなかったでしょう。
今日はお姉ちゃん、一緒に食べないと思いました。
……。
たったったったっ
もう来ました。
お姉ちゃんの部屋を出ると目の前には階段があります。
十年以上上り下りしている馴染みの階段。
そこで少しは躊躇するんだろう、やっぱり私にあわす顔なんかないとか、少しは考えてくれるのかなと思いました。
たっ……たっ……たっ……。
やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんでした。さすがに、いつもよりは降りるテンポがゆっくりだったような気もしなくもないですが。
半分ぐらい下りた頃でしょうか。
お姉ちゃんは大好きな匂いを嗅いだのでしょう。
そうです、今夜はお姉ちゃんの大好きな肉じゃがです。
あのホクホクとしたじゃがいもと柔らかいお肉がかもし出すハーモニー。
お姉ちゃんは天国への階段を勢いよく降りた気分だったのでしょう。いつものように。
階段を下りたお姉ちゃん、いつものように笑顔になりました。
いつものテーブル。
イス。
食器。
そして、妹の私。
最後に私を見たお姉ちゃんは、すぐに笑顔が消え、動きが止まりました。
憂「お姉ちゃん、早く座って?」
やっぱり、作りたてを食べるのなら、暖かいうちがいいじゃないですか。でも、やっぱりなんか納得できないので自然と声に威圧感が出てしまいました。
唯「……うん」
お姉ちゃんはいつもより静かにイスに座りました。
やっぱり、物凄く怒られるとか、後ろから刺されるんじゃないかとか。
そんな気さえしてくる絶望感を漂わせながらお姉ちゃんはイスに座りました。
そうだよ、お姉ちゃん。もっとちゃんと反省して。私、今日お姉ちゃんとアイスを一緒に食べるの、すごくすごく楽しみにしていたんだよ。 それなのに、お姉ちゃんは私に気も知らないで、それも全部食べちゃうなんて。
ああ神様、お願いです。
お姉ちゃんが私の目を見てちゃんと謝りますように。
憂「じゃあ食べよっか」
唯「そ、だね」
憂「いただきます」
唯「いただきます……」
テーブルの上に広がるのはいつものようにお姉ちゃんの為に作ったおかずの数々。
いつものお姉ちゃんならなりふり構わず口にかっこむはずなのに。
だけど今は目の前にはいつもと違う私がいます。
お姉ちゃんは私に目を合わせないように伏せ、口にかっこんでいきます。
ああこれが私に謝る覚悟を決めたお姉ちゃんというものか。
美味しい?お姉ちゃん。いつもみたいに作ってあげたんだよ。でも、美味しく感じないかな。私がこんな風だったら。
……ああ、すごく美味しいそうに食べています。
憂「お姉ちゃん、美味しい?」
唯「美味しい……よ」
憂「そっか」
私はいつものように聞いただけなんですが、お姉ちゃんの返事はどこか心許ない、力の無い返事です。
やっぱり、夕飯の直前にアイスを二つも食べたんだから、やっぱり少しはお腹が苦しいよね。大丈夫だよ、お姉ちゃん。そうだと思って、いつもより量は少し減らしてあるから。
ご飯は……並盛り。
私は料理ができるようになってからずっとお姉ちゃんのご飯を大盛りにしていました。
だけど、並盛り。
なんだかお姉ちゃんの様子がおかしいです。 汗がいっぱい出ています。
お姉ちゃん、そんなに無理しなくてもいいんだよ?そんな涙目になってまでおかわりとか無理にしなくていいんだからね。
さっきまでアイスを二つも食べたの、私が一番よく知ってるんだから。
お姉ちゃんはごはんおかわり3杯もすると、足早に自分の部屋に戻ってしまいました。
いくらなんでも、お姉ちゃんでも食べ過ぎだよ?
憂「もう、お姉ちゃんったら」
空っぽになった食器を片付けながら、ふと我に帰りました。お姉ちゃんは結局誤ってくれませんでした。
憂「まったく……もう。」
これからどのタイミングで謝りにくるのかな?
お姉ちゃんだって、いつまでもこんな気まずい雰囲気は嫌だろうし、私だって嫌だよ。
私の事、どうでもよくなったから一人で勝手にアイスを食べちゃったの?
自分で悲観的になりすぎるとは思いながら、洗った食器を棚に戻しました。
憂「あ……」
お姉ちゃんの携帯を発見しました。きっとアイスを食べている時に置いたままにしたんでしょう。
憂「お姉ちゃん、忘れも……」
私はやっぱりお姉ちゃんに声をかけるのをやめました。携帯を取りにくるのが、謝ってくれるきっかけになればいいと思って。
それから一時間くらいリビングで待っていたけど、お姉ちゃんは携帯を取りに戻ってきませんでした。
お姉ちゃんを待っている間、準備したお風呂のお湯が沸いたので、お姉ちゃんを呼びに行きました。
憂「お姉ちゃん、お風呂沸いたよ」
いつもの私なら「お姉ちゃんお風呂わいたよ♪それでね……洗いっこしたいな、なんて。えへへ♪」とか誘うんですが、今日は純に頼まれたビデオの録画がもうすぐなので、誘えませんでした。
唯「はい……」
お姉ちゃんは力の無い返事を返しました。やっぱり、私が怒ってる事に対して堪えているようです。
お母さん、お父さん。
お姉ちゃんがこんなになってしまったのは、二人のせいじゃないからね。
私、平沢憂は今日からお姉ちゃんを厳しくしたいと思います。
泣き付いてきても、甘やかさないでくださいね。
お姉ちゃんはヨッパライのような足取りで、階段を下りてお風呂場へ行きました。
脱衣所でなにやらもぞもぞしているお姉ちゃんが見えたので、ちょっと覗いてみます。
なにやら全裸になって、腕をよせて胸の谷間を作ろうとしていました。
唯「一度でいいから、おっぱいで谷間……作りたかったなぁ」
お姉ちゃんはなんかぶつくさいいながら、お風呂場に入っていきました。
唯「あちっ!」
熱かったかな?ごめんね、お姉ちゃん。お腹冷やさないように、今日はいつもよりちょっと熱くしたんだよ?でも、アイス二つも食べてお腹が冷えていないか心配で心配で……。ちょっと我慢して入ってね。
私がお姉ちゃんの着替えを持って脱衣所に行くと、いつも通りの鼻歌が聞こえてきました。どうやらお姉ちゃんは湯ぶねに浸かれたようです。
憂「お姉ちゃん、着替え置いておくね」
唯「ん……ありがと」
モザイクがかかってわからないけど、きっとお姉ちゃんは今にも昇天しそうな顔で湯ぶねに浸かっていることでしょう。
私はそのままリビングの方へ戻りました。
いつもの私なら三十秒置きに「お姉ちゃん湯加減はどう?」「背中流してあげよっか?」「私も入っちゃおっかな……」と誘っているのですが。
純に頼まれた録画の編集をしてあげないといけないので、誘う事ができませんでした。
ううん、甘やかしちゃいけないんです。さっきそう決めたばかりなんですが……。お姉ちゃん、せめてゆっくり浸かってね。
って思った矢先、お姉ちゃんはお風呂場から出てきました。
お姉ちゃんはお風呂から上がり、私の用意したパジャマとを着てリビングへやってきました。
そして冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぎ、それをいっきに飲みます。
唯「ぷはー!」
いつものお姉ちゃんの、お風呂上がりの最高の笑顔です。
それを見た私は、ため息をついてお姉ちゃんの後ろに立ちました。
お姉ちゃん、私が声をかけるまで気づかなかったみたいです。
憂「……お姉ちゃん」
そう、今まで怒っていた私の事を。
お母さん、お父さん。
私にこんな素敵なお姉ちゃんを本当にありがとう。
純ちゃん。
ビデオの録画くらい自分でやってね。
梓ちゃん。
お姉ちゃんの事、頼りない先輩かも知れないけど、これからもよろしくね。
律さん。
お姉ちゃんとあんまりはしゃぎ過ぎないでくださいね。
澪さん。
お姉ちゃん、時々変なことしますけど、私がいない時は面倒みてあげてください。
紬さん。
いつもおいしいお菓子をありがとうございます。今度、手作りのお菓子を軽音部に持っていきますね。
和さん。
昔からお姉ちゃんがご迷惑をおかけしてます。
さわ子先生。
私にまで変な服着せるのはやめてください。
憂「……お姉ちゃん」
唯「……はい」
憂「ごめんなさい、は?」
唯「……二人で食べようって言ったのに……一人で全部食べちゃって……」
唯「ほ゛ん゛どうに゛……ごべんな゛ざい゛!」
憂「……いいよ♪」
その夜私は、お姉ちゃんと一緒に寝ました♪
最終更新:2010年06月08日 21:36