「謝っても許してもらえないよな…」

はぁ、と溜め息をはき女の子は椅子に腰掛けると顔を伏せた。

「怖かった…。こうやって直接お前と会うことが」

「お前がそうやって眠り続けているのをみるのが」

ぽつりぽつりと女の子は語り始めた。
表情は見えない。

「これは悪い夢で、いつか覚める。そんな馬鹿げたことだって考えた」

「でも…やっぱり夢じゃなかった。どんなに願ってもこれは現実で…」

「…」

「頭ではわかってた。でも心がついてこなかった」

「会わなくちゃいけない。そんなことわかってたさ」


「けど…どんなに謝ったところで取り返しもつかないし、許してもらえないことが…怖かった。私は臆病者で卑怯者だ」

今まで溜めていた何かをぶつけるかのように女の子は喋り続けた。しかしどこからも返事はかえってこない。
当然だろう。
この部屋にいるもう一人の女の子からは生気を感じることができない。
眠っているように死んでいる、そんな表現がよく似合う。



「…」

「いや…違うな。許してもらえないこと怖かったんじゃない」

「澪に嫌われることが怖かったんじゃない」

「みんなに責められることが怖かったんじゃない」

「怖かったのは…」

「私が本当に怖かったのは…」

顔をあげる。
その顔は今にも泣き出しそうで。
あと一言でも喋れば言葉と一緒に涙まで溢れでてきそうで。
無理しなくても良いんだよ、そう言いたかったけど私の言葉はこの子には届かないから。喉元まででかかったその言葉を私はのみこんだ。


「澪がいなくなってしまうことだったんだ…っ」

「嫌われてもいい、ただ…お前が生きていてくれるのなら…っ、私はそれで…っ!!」


そこまで話し終えると女の子は泣きじゃくった。
声を震わせ、肩を震わせて。
その姿はまるで小さな子供のように弱くて儚げだった。
そう、まるで小さな子供が…。
その時だった。
ふと、何かの映像が私の脳裏を駆け巡った。何なんだ、この映像は。

「…グスッ」

…泣いている。
小さな女の子が。
それは今目の前で泣いている女の子にそっくりだった。


私はその光景をどこかで見たことがある。
必死にそれがいつ、どこで見たものなのか思い出そうとした。
だが思い出すことが出来ない。
あと一つのピースがどうしても埋まらない、そんな感覚だ。

「…澪」

目の前の女の子がそう呟いた。
みお…。
みお…。

「起きてくれよ…っ!!これからまだまだお前とやりたいことがいっぱいあったんだ…っ」

「ライブに合宿に、修学旅行だってあるんだぞ。お前も楽しみにしてたじゃないか…っ!!」

「だからお願いだ…。目を覚ましてくれ。目を覚ましていつもみたいに私を殴ってくれ。こんな馬鹿な私を…叱ってくれよ…澪…」




女の子の悲痛な姿に居てもたってもいられない気持ちに駆られた私は一歩、二歩と歩を進め、女の子のすぐ側まで移動すると、その小さな頭を撫でた。
触ることは出来なかったから撫でるフリだったが。

りつ

無意識の内に私はそう呟いていた。

「…澪」

何だよ、馬鹿律。
みお、そう呼ばれた私は返事をしていた。
…澪。
そうだ、それは私の名前だ。
カチッ、と最後の一ピースが埋まった。

そう、これはずっとずっと昔の話。
私ともう一人の女の子…律との二人の記憶


ずっとずっと遠い昔。私は今よりも輪をかけて人見知りでいつも一人で遊んでいた。
寂しくなんかない、私は一人が好きなんだ、そう自分に言いきかせることで自分を守っていた。
本当は寂しかった。だからだろう、クラスメイトが発した何気ない一言で泣いてしまったのは。

‐いつも一人で遊んでるけど澪ちゃんって友達居ないの?‐

多分その子に悪気はなかっただろう。小さな子供が言ったことだ。ただ純粋にいつも一人で居る私を不思議に思ったのだろう。
でもその頃の私はその事実を指摘されたことが惨めで恥ずかしくて…泣いてしまったんだ。


泣いたら余計惨めになるのにな。
そんなこと幼心ながら分かってた。
でも一度流れ始めた涙を止めることなんて当時の私には出来なくて、ただただ泣き続けた。
そんな時だった。一つの手が私の目の前に差し出されたのは。

「…グスッ。…え?」

「ちょっとこっちに来いよ」

グイっとその手は私の腕を掴んで歩き始めた。有無を言わさぬその手の力強さに私は逆らうことが出来なかった。逆らうつもりもなかったが。

「え…え?」

「…」

ずんずんと先を歩く少女に連れられて着いた先は人気のない空き教室だった。


「気にすることないぞ。あんな奴らの言うことなんて」

開口一番、目の前の少女はあっけらかんと私に言い放った。

「え…、あ、あの…」

「何だ?」

「…」

言葉が出てこなかった。こういう時どんな言葉を投げかけたらいいのか私にはわからなかった。

「…」

きっとこの少女は私が何も言い出さないことに苛立ちを感じていることだろう。そう考えると余計に言葉が出てこなかった。
そんな自分の情けなさに私はまた泣けてきてひたすらに謝り続けた。


「…グスッ」

「…ほら、泣くなって」

「…ごめ…っ、…ん…なさ…ヒック」

「…」

「…グスッ…ヒッ…なさい…」

「…仕様がないやつだな」

「…」

「…ほーら、髭!!」

「…え」

そう言って少女はショートの髪の毛を口元まで引っ張って私に見せた。
理解するまでに少しの間が空いたのが少女を不安にさせたのか、面白くなかったかな、やっぱり違うギャグが良かったかな、などと言ったことをぶつぶつと呟いていた。


「…ふふ」

そんな少女の姿が微笑ましくて私はつい泣くのを忘れ笑いだしてしまった。

「あっ」

「…え?」

「やっぱり笑うと可愛いな」

「な…っ」

「いや~、せっかく可愛い顔してるのにいつも難しそうな顔ばっかしてるなぁって思ってたんだ」

少女は私の顔をジッ、と見つめた後、

「私は田井中律

そう言って人懐っこい顔で笑った。


「わ、私は…」

秋山澪、だろ?」

「…うん」

「宜しくな」

後から聞いた話だが、この時律が私を助けてくれたのは単なる気まぐれだったそうだ。
目の前で泣いてる人が居たら誰だってそうするだろ、そう付け加えて。
それは気まぐれなんかじゃなくて律の優しさだ、なんて言おうかと思ったのを覚えている。恥ずかしくて言わなかったけど。
とにかく、それから私は一人じゃなくなった。
私の隣にはいつも律がいた。

昔の思い出に浸っていると突然映像が切り替わった。


「律は何で私なんかと一緒に居てくれるんだ?」

幾分か成長した私たちだ。
そう、確かこれは中学生に成り立てのころの話。
知らない人たちがたくさんいるこの環境が私を滅入らせていた。
すっかり弱気になっていた私は今まで思っていても口には決して出さなかった事を律に訊いたんだ。
口に出さなかったのは怖かったから。
律が私から離れていってしまうきっかけになるんじゃないか、そんな気がしてたから。


「何でって…。そうだな、私が居ないと澪が一人ぼっちなっちゃうだろ」

いたずらっ子のように笑いながら律は答えた。

「なんだよ…それじゃまるで私が可愛そうだから一緒に居てくれてるってことなのか」

「冗談だって。本気にするなよ。一緒に居たいから一緒に居るんだ。そこに意味なんか必要ないだろ」

「…」

「な?だからそんな不安そうな顔するなって。私たちはずっと一緒だ。ほら」

「…え?」

「指切り。そうすれば澪も安心できるだろ?」

「…うん」

小指を重ねてお決まりの文句を口ずさんだ。


「指きった、っと。これで私たちはこれからもずっと一緒だな」

「…うん」

「…澪?」

「…え?」

「…ぷっ。お前今すごい変な顔だぞ…っ!!アハハっ!!」

「な、何だよ!!悪いかよ!!」

泣きそうだったんだ。お前の優しさが暖かくて。

「…くっ。この馬鹿律!!」

「お~怖い怖い」


‐ずっと一緒だ‐

その一言で私はどれほど救われただろうか。

「…ありがと」

「…ん?何か言ったか?」

「…何でもない!!」

ばーか。
わかれよ、それくらい。


そうだったな。
何でこんな大事な事を忘れてしまっていたんだろう。
目の前で泣いているのは私の大親友なのに。
ずっとずっと一緒だったのに。

「…」

泣かないでくれ。
そんなに悲しそうに。
「…澪」

律、私はお前に何が出来るんだろうか。出来ることはあるんだろうか。

~♪
何だ?
頭の中に微かに残っているこれは…歌?
…そうだ。
今の私にも出来ることがあるじゃないか。
届くかどうかわからないけど…
律、聞いてくれ。
‐ふわふわ時間‐


‐キミを見てるといつもハートドキドキ
揺れる想いはマシュマロみたいにふわふわ

律、聞こえるか
私は今、ここにいる
例えお前が見えなくってもここにいるんだ。私はもうすぐ居なくなる。
分かってしまうんだ。


‐いつも頑張る君の横顔
ずっと見てても気付かないよね

お前が居たから私は私で居られた。
初めて見つけた自分の居場所。


‐夢の中なら二人の距離縮められるのにな

楽しかった。
嬉しかった。
喧嘩もしたけどお前と過ごした時間はどれも私の中で輝いていた。



‐あぁカミサマお願い二人だけのDreamTime下さい
お気に入りのうさちゃん抱いて今夜もおやすみ

それなのに最後に見たお前は泣いていたんじゃ心配になるじゃないか。
最後まで世話焼かせるやつだな。
…な~んて言える私じゃないよな。
分かってた。本当は私がお前に寄りかかっていたことも、その優しさに甘えていたことも。


‐あぁ神様お願い一度だけのMiracle Timeください
もしすんなり話せればその後は…どうにかなるよね

約束は守れなかったけど…。
いや、違うな。
私が律の事を、律が私の事を覚えていられる限り私たちは一緒だ。辛くなったり、苦しくなった時、律の中の私が少しでも力になれたら嬉しいな。


だから…
私は精一杯歌う。
この歌がお前に届くと信じて。
お前を想って書いたこの詩を歌う。
大きなありがとうを、沢山のありがとうをのせて。

ふわふわ時間
ふわふわ時間
ふわふわ時間






大好きだ


ばいばい




………

「律先輩…その…元気だしてください」

「…」

「…先輩」

「…なぁ、梓。聞いてくれないか」

「…何ですか?」

「歌が聞こえたんだ」

「…」

「優しい歌だった。頑張れっていってくれてる様な…そんな気がした」

「…」

「それは恥ずかしがりやで怖いものが大嫌いな…そんなやつの声だった」

「…」

「…ずっと隣で聞いてきた声だった」

「…」


「…信じないよな、やっぱり。だってそいつは目を覚まさないまま…いなくなっちまったからな」

「…信じますよ」

「梓?」

「私は信じます。それはきっと、いえ…絶対気のせいなんかじゃありません」

「梓…」

「澪先輩から律先輩に宛てた歌…ですよ。少し羨ましいです」

「…」

「それだけ澪先輩にとって律先輩は大切な人だったんですね」

「そうかな…」

「澪先輩恥ずかしがりやですから面と向かっては言わなかったはずですけど、律先輩のこと想っていたはずですよ」

「そうだったら…嬉しいな」


「…」

「…梓」

「はい」

「ありがとな」

「…」

「もう私は大丈夫だ。私の中に澪はいる。私が忘れない限り澪は私の中で生き続ける。まだまだ辛い思いが自分の中で勝っているけど、泣いてばかりいたら澪に怒られちゃうしな」

「…馬鹿律、ってさ。いつもの調子で」

「…そうですね」

「行こう、梓。みんなの所へ。心配かけてしまったことをまずは謝らないとな」

「…はい!!」

……………



私の名前は秋山澪。
怖いのがちょっぴり苦手な普通の女の子。
幼なじみの律とはいつも一緒。
ケンカもしたり、すれ違ったりもしたけれど、それでも私たちはずっと一緒だった。
それは私が律の事が好きだったから。
今は遠く離れてしまったけれど私の想いはこれからもずっと…ずっと変わらなることはないだろう。



以上で終わりです。



最終更新:2010年06月13日 21:37