Why did she arrive there?
――琴吹邸・ホール――

唯「――来たよ」

アーチャー「遅いわよ。もう少しで、ミオを殺してしまうところだった」

セイバー「アーチャー! ミオはどこか答えなさい!」

アーチャー「この先にあるワイン庫にいるわよ。一応、今のところは無事」

唯「……澪ちゃんを返して」

アーチャー「それは出来ないね」

唯「どうして!?」

アーチャー「ヒラサワユイ。貴女を殺すからよ」

ランサー「随分なことを言うじゃねえかアーチャー。俺とセイバーの姿が見え
ねえとは言わせねえぞ」

アーチャー「――単独行動の限界が過ぎ、魔力が枯渇しかかってるワタシ
相手に、あなたたちが戦う?」

セイバー「当然です。ユイが、貴様と戦うことは――」

唯「私が戦う」

セイバーランサー「!?」

唯「私が、アーチャーと戦う。それで、澪ちゃんは返してくれるんでしょ?」

アーチャー「そうね。貴女と戦ってる間は、セイバーとランサーが空いちゃう
もの。そうしたら、ミオを助けるのも楽チンね」

唯「――セイバーちゃん、ランサー。そういうことだから、いい?」

セイバー「了解しました。しかし、こちらにも条件があります」

ランサー「同じく。無条件ではやらせられねえな」

唯「?」

セイバー「私たちはここで見守ります。ユイが、アーチャーに命を脅かされる
ことがあろうことなら」

ランサー「俺たちが加勢する。だが、それまでは手は出さねえ。これでいいか?」

唯「……うん。それならいいよ」

アーチャー「これはまたきついなー。どっちにしても、私はもうここで終わり
ってことじゃない」

セイバー「当然でしょう。本来なら、すでに貴女を切り伏して、ミオの救出
に向かっている」

アーチャー「――それもそうか。それじゃあ、ヒラサワユイ。決着をつけま
しょうか」

唯「――うん」


アーチャー「――ワタシの真名は、知ってるわよね」かつん

唯「……唯、でしょ?」

アーチャー「そう。ワタシの名は真鍋唯。出来れば、この名前は名乗りたくな
かったけれど、ワタシという存在は、すでに平沢唯としてではなく真鍋唯と
しての記号が正しい」かつん

唯「――和ちゃんと、一緒になったの?」

アーチャー「それも正解。和は、私にとってかけがえのない人だった」かつん

唯「私だってそうだよ。でも、私が守りたい人は和ちゃんじゃなくて――」

アーチャー「ミオなんでしょう。そんなこと、とうの昔に気が付いていた。だか
ら、ワタシは貴女と戦う」かつん

唯「澪ちゃんを助ける。そして、守る。そのための障害になるのなら、私は、
たとえサーヴァントであっても倒す」

アーチャー「とぼけた顔をしていても、本質的には変わらないわね」かつん

唯「だって、同じ唯だもん」

アーチャー「それもそうか」かつん

アーチャー「それじゃあ、始めようか。どちらの唯が正しいのかを、ここで決め
てしまおう」カツンッ!

唯「――セイバーちゃん」

セイバー「はい」

唯「剣、貸してくれない?」

セイバー「断る理由はありませんよ。私は貴女の剣なのですから、私の剣
も、等しく貴女のものだ」

唯「……ありがとう」

セイバー「これで、私が手を出すことはできなくなりました」

ランサー「俺の槍を奪ってでも助太刀に入るかい?」

セイバー「まさか。貴方の魔槍は、貴方にしか扱えませんよ」

ランサー「それもそうか」

唯「――思ったより、軽いんだね」

アーチャー「それは妖精が鍛ったものだからよ。持った者の、力によって
その形状すらも変化させる」

唯「詳しいんだね」

アーチャー「無駄話よ。――ギー太、ちょっと荒く扱うけど、我慢してね」


唯「ギー太――まだ、持ってたんだ」

アーチャー「これは私が一番楽しいと感じた瞬間の思い出の象徴。ワタシは、
生涯このギターしか使わなかった」

唯「ムギちゃんが聞いたら、きっと驚いて喜ぶよ」

アーチャー「興味がない。それよりも、切りかかってきなさい。カウンターとる
から」

唯「――!」ブン

アーチャー「まるで素人ね。間合いも剣の握りも全て0点よ」

唯「うるさい!」ブン

セイバー「……駄目だ。あれでは、いくら魔力が僅かしかないとはいえ、
アーチャーには触れられない」

唯「――!!」ブンブン!

アーチャー「どこを見ているの?」

唯「――アーチャー!」

アーチャー「少し静かにしなさい」ガン!

唯「ん!」ぐらり

アーチャー「やっぱり、ギー太で殴ると効くでしょう? レスポールは重いから
ね。よくもまあ、こんな代物を選んだものよ」

唯「ギー太で、ギー太をそんなふうに使わないでよ!」ブン

アーチャー「――だったら、これはなんのためにあるのよ!」ガン!

唯「――痛っ!」

アーチャー「私にとって、もうギターなんてものは意味がない! 戦いの道具
に使えるのであれば、このギターはもうそれしか価値がない!」

唯「違う! ギターは楽器なの! 人を傷つけるものじゃない!」

アーチャー「なら――他者を傷つけないために、自分を傷つけていいの!?」

唯「――!」

アーチャー「私には、かつてのヒラサワユイには夢があった!」ガン

唯「あ――!」

アーチャー「武道館でライブをして、アーティストになってお金を稼いで、
憂に楽をさせたい! そう思った!」

セイバー「……」


唯「ハァ……ハァ……」

アーチャー「そうよ。私には才能があった。だから、澪ちゃんやりっちゃんたち
をおいて、あっさりプロになれたし、CDも飛ぶように売れた」

唯「――」

アーチャー「そのために何をしたか。どこかの社長と寝たり、そういった汚い
ことなんて一つもせず、ただ愚直なまでに鍛錬した!」

ランサー「――」

アーチャー「置いてきてしまった仲間たちのため。蔑ろにしてきた妹のため
に、私は孤独に震えながらも、それに耐えてきた」

アーチャー「得るものはいくつもあった。カネなんて、使っても使っても次の
日にはその10倍の額が振り込まれる。そんな、夢のようでいて幻のような
生活の中で、私は結局一つのことしか知らなかった!」

唯「……歌うことと、弾くこと」

アーチャー「そうよ。それしか知らなかった私は、まるで子供のよう
に――否、未だ子供だったのよ。あの時の私は――」

セイバー「ユイ……」

アーチャー「そうして、武道館での夢が叶ったの。それでも、私の心の中は、
変わらずに空っぽのままだった」


セイバー「――」

唯「夢が叶ったのに、空っぽ――?」

アーチャー「私にとって、夢は軽音部のみんなと武道館のステージに立つ
ことだった。それを、たった一人でしか果たせなかった私は、何も得ること
もなく、そのライブを終えた」

アーチャー「終わっても、なにも感じなかった」

アーチャー「こんなにも、こんなにも意味のないものだったのかと、恐ろしさ
すら感じたよ」

唯「……そんなこと」

アーチャー「そんなことがあったのよ。それでも、夢を叶えても私が出来るこ
となんて、一つしかなかった。だから――私は歌い続けた」

アーチャー「歌い続けると、誰もが私を見てくれた」

アーチャー「ギターを弾いているだけで、誰しもが私を好きでいてくれた」

アーチャー「――永く、本当に永く孤独だった」

アーチャー「でも、私にも転機があった。27歳の春のことだ」

アーチャー「イギリスでの公演で、私は街で和と再会したの」

唯「――和ちゃんと……」

アーチャー「何も変わっていなかった。あの時の、私の世話をしてくれたあの
頃と、なにも変わってくれないでいた」

唯「……」

アーチャー「私たちが、再びその関係を修復するのに時間は要らなかった」

セイバー「ノドカ……」

アーチャー「ずっと、共にあろうと誓ったのは、再会して一年後のことよ」

唯「――私が……和ちゃんと……」

アーチャー「毎日のように愛し合った。毎日のように、私たちは――」

唯「――」

アーチャー「しかし、そのころには私は世界的なアーティストになっていた。
知らぬ間に、気が付いたらだ」

唯「……」

アーチャー「ヒラサワユイ。世間は、私たちを見てどう感じると思う?」


唯「幼馴染同士が、恋人になってよかったねって……祝福してくれ――」

アーチャー「ちがう!! 世間は、マスコミは私たちを異常者として祀り上げ
た! 同性愛者、それは世界的なアーティストであっても、侮蔑の対象でしか
なかったのよ!!」

唯「――!」

アーチャー「毎日のように流れていた私の歌は、一部の国では発禁ものと
なり、どの国に行っても誰かに後ろ指を指される始末だ。私は、そんなも
のは望んでなどいなかった!」

唯「うそ……」

アーチャー「それでも、私は歌い続けた。それしか知らなかったし、なにより
もこれからは和を守ってあげるという在り方を選んだから!」ガン!

アーチャー「辛かったなどというレベルではなかった。スタッフの目は軽蔑。
私の同類の人間からは、肉体の関係を迫られた! それは、決して一度や
二度ではない!」

アーチャー「それでも私は笑うしかなかった。和に、心配をかけたくなかった
から……」ギン

唯「――んん……!」ギギギ

アーチャー「歌ってさえいれば、私を見てくれていた。私は、今の自分を忘れ
ることができた」

アーチャー「でもね――和には、そんなものはなかったのよ」


アーチャー「……和は、パパラッチのクルマに撥ねられて……」

唯「!?」ギン!

アーチャー「和がいなくなって、私はまた一人になってしまった」ガン!

唯「……!」

アーチャー「――本当なら、それで終わりなんだろうけど。私には、やっぱり
歌うことしかできなかった」

セイバー「ユイ、アーチャー……」

アーチャー「世間は、私を悲運のヒロインとして扱った。それを利用しようと、
多くの団体や組織が、私にすり寄ってきた」

アーチャー「全てが真っ当なものではなかった! 怪しいものもあったし、中
には宗教さえも、私を利用した!」ギン!

唯「――!」

アーチャー「でもね、そんなことなんてどうでもよかった! 私は私を生まない
ために、私を犠牲にしてもいいと思った!」

唯「……ん!」

アーチャー「それで赦してもらおうなんて思っていたわけではない。ただ私
は――私が知りうる限りの世界では、誰にも涙してほしくなかっただけ……」


アーチャー「……」

唯「だから――自分が可哀想だって言いたいの?」

アーチャー「その通りよ! 私は不幸よ! あんな目にあっても、それでも
笑っていられる人間なんていない!」ギン!

唯「私は笑っていてみせる!」ギン!

アーチャー「――!」

唯「だって、私は一人じゃないもん! 澪ちゃんだって、りっちゃんだって、
ムギちゃんもあずにゃんも――憂も和ちゃんもセイバーちゃんもランサーも、
皆がいるもん!!」

アーチャー「皆が、私から離れていった! 最終的には、世間は私を忘れ、
誰も私を見てなどくれなくなった!」

唯「壁を作らないでよ! 構ってほしいから歌ってたくせに!」

アーチャー「違う!」

唯「そうだよ! 結局、アーチャーは逃げてただけなんだ!」


アーチャー「……貴女と、私では存在が違う」

唯「当たり前だよ」

アーチャー「生きてきた世界も違う」

唯「――それが、違うということなんだから」

アーチャー「……合点がいった。やはり、和のために殺しておくべきね」

唯「……私は、澪ちゃんと一緒に生きる」

アーチャー「なら、ミオのために貴女を殺す」

唯「――お互いに、譲れないんだね」

アーチャー「それが、違うっていうことなんでしょう?」

唯「うん。……セイバーちゃん、見ててね」

セイバー「もちろんです。マスター」

唯「―――――――――――!!!!」ダッ

アーチャー「―――――――――――――!!!!」ダッ




唯「――――私の勝ちだね。アーチャー」


アーチャー「ええ。やっぱり、ワタシと貴女は違う人間だよ」




――――

澪「――ねえ、アーチャー」

アーチャー「なぁに? 正直、もう魔力なんて0以下なんだけど」

澪「それはそうだろ。私を裏切ったんだから」

アーチャー「それは、軽くごめん」

澪「謝る気ないだろ」

アーチャー「ないかも。……後悔は、してないしね」

澪「まったく。変わらないな、唯はさ」

アーチャー「――いつから、知ってた?」

澪「わからないよ。気が付いたら、アーチャーが唯にしか見えなくなってた」

アーチャー「フフ。それって、ただの恋じゃない」

澪「そうかな。――そうかもしれないな」

アーチャー「――私を、頼んだよ」

澪「あの可愛い唯が、お前みたいにならないように頑張るよ」

アーチャー「――澪ちゃん」

澪「なんだ? 足元、もう消えてるじゃないか」

アーチャー「――私に伝えておいてね。澪ちゃんを悲しませたら、今度こそ、
私は殺しに行くよって」

澪「――それじゃあ、これが最後の別れだな」

アーチャー「そうなると思う」

澪「さようなら、アーチャー。お前との時間は、多分、人生の宝になると思う」

アーチャー「これからも、私と過ごす時間だよ」

澪「唯とお前は、違うよ」

アーチャー「まったくだね。ちょっと、唯に嫉妬しちゃうよ」

澪「……うん」

アーチャー「じゃあ、また会おうね」

澪「いいや、これで最後だよ。絶対にな」

アーチャー「――うん」

 これが一人の英霊の物語。
 これが、一人の女の物語。
 これからが、二人の物語。

                                    ~了~



最終更新:2010年06月25日 21:49