律「ん?何の話?」
澪「もちろん部活の話だよ」
律「はぁ~?いつからうちは野球部になったんだよ」
唯「……ごめんねりっちゃん」
律「な、なんだよ唯。だいたい二軍って意味わかんないよ、ドッキリならタチ悪いぜ~?」
梓「……すみません、もう決まったことなんです」
律「あ、梓……?」
紬「ティータイムには呼ぶからね……」
律「お、おいおいムギまで……。私なんか悪いことしたか?」
唯「そんなことない!みんなりっちゃんのこと大好きだよ!!」
梓「できることなら……一緒に演奏したかったです……」
紬「りっちゃんはいつまでも軽音部のムードメーカーよ」
澪「聞いたか?おまえはみんなからすごく好かれてるんだ」
澪「もちろん私も……その……好きだよ。律のこと」
律「だったらなんで二軍落ちなんだよ!っていうか二軍ってなんだよ!!」
澪「それはな……」
澪「おまえのドラムがうんこ以下だからだ」
律「」
澪「私達放課後ティータイム……最初はなんにもないところから始まった……」
澪「今までいろんなことがあったが……ようやくちょっとは名の知れたバンドになってきた」
澪「梓の精密なリフさばき、ムギの芸術的なストローク……そして唯」
澪「唯はやっぱりすごいよ。一緒に弾いてる私達でさえ、聞き惚れて演奏にならないことがある」
澪「事実、ライブのたびにスカウトの連中が鷹のような眼をして視察にきている」
唯「うーん、あれはほとんど澪ちゃん目当てだと思うけどなぁ」
澪「ふ……ありがとう、唯」
澪「それに比べて……だ」ギロ
紬「……」ギロ
梓「……」ギロ
律「な、なんだよその目は」
唯「……走りすぎって、私達さんざん注意したよね……?」
紬「走るだけならダチョウにだってできるわ……」
梓「あんなドラムなら、自分で足踏みでもしてたほうがマシです……」
澪「……と、いうわけだ。二軍は各自自主練だ。ティータイムが終わったら帰ってもらうぞ」
律「自主練ってなんだよ!家で寂しく机叩いてろってか!?」
梓「レコードに合わせておわん叩くだけでも、結構練習になりますよ?」
律「コケにしやがって!大切なおわんが欠けたらどうすんだ!!」
澪「どうせ汚いおわんなんだからいいだろ。シミが広がって北方領土みたいになってたし」
律「おま……そんなこと考えながらうちで晩飯食ってたのかよ!」
紬「おわんくらい、1万個単位で送ってあげるわ。他ならぬりっちゃんのためだもの」
律「その金でドラムセット買えるわ!」
澪「さ、私達は練習があるから。また明日な」
律「……このやろー……いい加減にしろよ!」ガッシ
澪「……殴るのか?いいよなお前は、何かあったらすぐ暴力だ」
律「上等だ!ぶっ飛ばしてやる!!!」
唯「やめて!一番悲しんでるのは澪ちゃんなんだよ!」
律「えっ?」
澪「……」
唯「本当はね……りっちゃんにはマネージャーになってもらう予定だったの」
唯「それがダメなら解雇……って話もあった」
律「いや……雇われてるわけじゃねえんだけど……」
唯「でも澪ちゃんがね……『あいつにはドラムしかないんだ、あいつからドラムを奪わないでやってくれ』って……」
律「おわん叩かせようとしてるのはどこのどいつだよ」
澪「……わかってくれ、律。私達のためを思って言ってるんだ」
律「知ってるよ!?じゃあなんだ、おまえらはドラムなしでバンドやんのか?」
紬「まさか。ちゃんとこれからのことも考えてるわ」
唯「憂、和ちゃん、純ちゃん、とんちゃんを候補に考えてるんだけど……」
律「おまえらもたいがい交友関係狭いな……4手目がとんちゃんって……」
梓「皆忙しそうで、あんまり練習出れそうもないんですよねー」
律「……とんちゃんもか?」
唯「でもこの前演奏してもらったらみんなりっちゃんより上手かったし、ライブのときだけ来てもらえばいいかなーって」
律「とんちゃんも!?私より上手いの!?」
澪「そろそろ練習するから、みんな準備して」
唯「えー、もっとお茶しようよー」
律「……そ、そうだそうだー!」
唯「やっぱ練習しよう」
紬「そうね。ばいばいりっちゃん」
唯「また明日ー」
律「……」
梓「ドアに『一軍』って張り紙しておきません?間違える人がいると悪いですし」
律「ち、ちくしょー!!」ダッ
澪「律!」
律「やってらんねぇ!!お前らがそんなやつらだとは思わなかったよ!!」バタン
一同「……」
澪「じゃあ、合わせるか」
紬「そうね」
唯「そうだね」
梓「そうですね」
…
律「ただいまー…って、誰もいないのか?」
律(こんな時間だしそりゃそうか。いつもは部活で遅く帰るからなー)
律(くそ、あいつら……馬鹿にしやがって……)
律(だいたいあの部の部長は私だぞ!そりゃあ、たしかに書類を出し忘れたりしたけど…)
律(それにいつも遊んでばかりで、ドラムも全然上達しなくて……)
律(…………)
律(私が、悪かったのかな……)
…
唯「ふぅ~」
紬「完璧だったけど……」
澪「なんか、物足りないな」
梓「そうですね……」
唯「なんでだろうね……」
澪「っと、もうこんな時間か。今日は解散だな」
唯「疲れた~!!ねー、あーずにゃんっ!」
梓「にゃっ!?や、やめてください!うわ、汗びっしょりじゃないですか!」
唯「だって~練習たくさんしたんだも~ん」
澪「さて、後片付けするか」
…
律(四人とも、すごい上手くなったよな……)
律(唯なんて、有り得ない早さで上達していった)
律(憂ちゃんの話じゃ、家じゃ寝てるかギター弾いてるからしい)
律(あの手の皮を見たら納得いくよ。まあ才能もあるんだろうけど)
律(澪だってそうだ。中学の頃とは全然違う)
律(梓だってムギだって、幼い頃からやってるとはいえ、伸び続けてるのが見てとれる)
律(私は……?)
律(ミーハーな動機から音楽始めて、友達まで誘って、最初に脱落する……)
律(典型的なダメ人間じゃんか)
律(でも……それでも私……)
律(もっとみんなと演奏したいよ……)ピリリリリ
律「でんわ……?」
澪『もしもし?律か』
律「澪……」
澪『すまない、言い忘れてたことがある』
律「……」
澪『今練習終わったんだけどさ』
律「うん……」
澪『後片付けは二軍も強制参加だから。早めにこいよ』ピッ
律「…………」
律「くそったれええええええええ!!!!!!おわんでもなんでも叩いてやらああああ!!」
……
唯「こんにちは、軽音部です」
唯「私たちは放課後ティータイムっていうバンドを組んでます」
唯「部員は5人。これはそのままメンバーの人数です」
唯「まずは私。ギターとボーカルやってます」ジャカジャカジャカジャーン
唯「みんなの足を引っ張らないよう、日々精進中です!」
唯「この小さくて可愛い子は、ギターのあずにゃん」デケデケデケデーン
唯「こんなかわいいなおててなのに、とっても上手なんです!後輩なのに私より上手くてちょっと困ってます」
唯「美人でスタイルのいいあの子は、ベースの
秋山澪ちゃん」ベンベンベベーン
唯「みんなのまとめ役だけど、実はすっごく怖がりです。そこがまた可愛いんだけどね☆」
唯「おっとりしてて綺麗な彼女は、キーボードの
琴吹紬ちゃん」シャラララララーン
唯「とっても優しくて、いつもニコニコしてます。一度くらい怒らせてみたいなぁなんて」
唯「そして、我らがリーダー」
唯「おわんの田井中りっちゃん!!」チーンチーン
唯「おわんを叩く腕前はまさにプロ級で、将来を嘱望されています!」
律「……」チーンチーン
澪「しかしまさか、律にこんなおわんの才能があるとはなー……」
律「……」チーンチチーン
梓「おわんを叩く律先輩、かっこいいです……」ジュン
律「……」チーンチーン
紬「りっちゃん素敵……」
律「……」チーンチーン
律(あれから……私はムキになって、一心不乱におわんを叩き続けた……)
律(眠ることも食べることも忘れて、ひたすらおわんを叩く毎日)
律(思えば、飽きっぽい私がこんなにも一つのことに打ち込んだのは初めてかもしれない)
律(家族からは気が狂ったと思われていた)
律(それはそうか、一ヶ月ろくにご飯も食べずに楽器を演奏してたんだからな……)
律(体はボロボロ、穴という穴から吐瀉物を撒き散らしながら、それでも私は演奏をやめなかった)
律(……澪達を見返したいという動機はいつの間にか消え失せ、ただ純粋におわんを叩くのが楽しくて仕方なかったんだ)
律(胃液の味に慣れてきた頃、私の中に一つの確信が生まれていた)
律(ジャンルを問わず、こんな美しいリズムを耳にしたことが果たしてあっただろうか?)
律(自分の演奏を聴きながら、そう思った)
律(――――おわんの真髄)
律(その頃にはもう、ミーハーで飽きっぽくて、音楽の神様から見放された
田井中律は消え失せていた)
律(――程なくして、私は4人に演奏を聴かせた)
律(多少の不安もあったが、音才のある4人はすぐに私の演奏がただ事ではないと見抜いたようだった)
律(とりわけ感受性の高い唯は、演奏を聴き終える頃には泣いていた)
律(『
平沢唯は今日、もう一度生まれた』なんて言ってたっけ……)クスッ
律(そして私は……軽音部の一軍にもう一度返り咲いたのだった)
最終更新:2010年06月25日 22:47