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季節は初夏。

高校生になって初めてのテストまであと三日だ。

帰りのHRが終わると周りの生徒は次々教室から出ていった。
皆、自習室に行ったり家で勉強するのだろう。

私も教科書を鞄に入れ教室を出ようとすると後ろから柔らかい衝撃が襲ってきた。

その衝撃の正体はこの子。

唯「和ちゃーん!」

私の幼馴染、平沢唯だ。
性格は正に天然といった感じでいつも心配をかけさせる困った子。
だから私は中学生までずっと付きっきりで世話をしてきた。
幼馴染というより我が子のような存在かもしれない。


 その唯が高校生になって初めて部活を始めた。

 その部活とは私がすすめた軽音楽部。
 そのおかげか最近は前よりしっかりしてきたようだ。
 私に頼ることが少なくなったのは嬉しいけれど、少しだけさびしい、かもしれない。

和「こら、唯離れなさい」

唯「いやだぁ」

和「ダメよ。ほらっ手を離して」

唯「ぶぅ」

 唯はいかにもふてくされたように口を三の字にさせる。

 可愛いけれど、ここで甘やかしてはいけない。



唯「じゃあ、私部活いくねー」

和「うん。頑張ってらっしゃい」

 入部最初こそ少し戸惑っていたが、今ではすっかり部活が大好きになったようだ。
 テスト前なのにあんな楽しそうに部室へ向かっていっちゃって。
 唯は部活をがんばってるんだから私も勉強頑張らなくちゃ。

 ……テスト前?



和「お邪魔します」

 私はそう言って音楽室のドアを開ける。

 すると予想どおり唯がポツンと一人で座っていた。


唯「あ、和ちゃん。どうしたの?」

和「どうしたのって……」

唯「ねぇ聞いてよー。皆まだ来ないんだよー?まったくダラけてるよ!」

和「あなたねぇ……。今はテスト三日前だから部活はないのよ」

唯「え、そうなの?」

和「先生も言ってたでしょ」

唯「……あー」

和「まったく……」

唯「えへへ、すっかり忘れてた」

 唯はそう言って頭をポイポリとかく動作をする。
 まるで漫画のキャラがそのまま出てきたような子だ。

唯「じゃあ和ちゃん一緒に帰ろうよ!」

和「うん」

唯「わーい!」

和「じゃあほら、早く鞄持って」

唯「うんー」


 そしていつもの帰り道。

 思えば唯と一緒に帰るのは久しぶりだ。
 別にそれがさびしかった、というわけではない。

 それでも唯と帰れるのは素直に嬉しい。

 ふと、横を見ると唯が私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。

和「……何?」

唯「和ちゃん、なんで笑ってるのかなぁって」

和「な……!」

 どうやら私はいつのまにかにやけていたようだ。
 それを指摘されると急に顔が熱くなった気がした。

和「なんでもないっ!」

 思わず顔を伏せてしまう。
 唯の前ではなるべくみっともない所を見せたくないけれど、真っ赤な顔を見られるのはもっと嫌だ。

唯「あはは、和ちゃんおもしろーい」

和「うぅ……からかわないで」

 私はそう言いながら顔を手でパタパタと仰ぐ。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか唯は急に話題を変えてきた。

唯「テスト一週間前かぁ……だから今日は半日だったんだねえ」

和「今さら?」

唯「うぅん……」

 唯は眉間にしわを寄せ、黙り込んでしまった。
 もしかしてテスト勉強のことでも考えているのだろうか?

 唯も成長したんだな。

 私はしみじみとそう思った。

唯「よし!」

和「何考えてたの?テストのこと?」

唯「和ちゃん!一緒に遊ぼう!」

 やっぱり、前言撤回。


和「変な冗談はやめて。テスト三日前って言ったでしょ」

唯「うーん……大丈夫だよ!」

 一体その自信はどこからでてくるのだろうか。

 唯は中学生の頃からお世辞にもテストの点数が良いとは言えず、いつも赤点ギリギリで先生に注意されてばかりだった。
 恐らくこのままでは今回もそうなってしまうだろう。

和「……唯が大丈夫でも私は勉強したいの」

唯「えー?和ちゃんのことだから二週間前からテスト勉強してるでしょ?」

 唯の言うとおり、もはや勉強が趣味のひとつになっている私は二週間前からテスト勉強をはじめていた。
 そして今回のテスト範囲もすべて理解できたつもりだが、念には念をいれて家で復習をしたい。

 それに私は大丈夫でも、唯のためにならないだろう。


和「ダメったらダーメ」

唯「やだ!」

和「やだって……自分のためなのよ?」

唯「でもやだ!遊ぶ!」

和「……」

唯「遊んでくれなきゃ勉強しない!」

 それは果たして、脅しになっているのだろうか?

和「……じゃあ一箇所だけよ」

唯「え?」

和「どこか一箇所だけ付き合ってあげる」

唯「ほんと!?和ちゃん大好きぃ!」

 そう言って唯は私の胸に顔をうずめてきた。
 道端でこういうことを恥ずかしがらずにできるのはある意味尊敬に値する。

和「はいはい」

 そしてそれをされても平然としている私も私だけれど。

唯「じゃあ行こう!」

和「え!?今から!?」

唯「善は急げだよ!」

和「あ、ちょっ!?」

 唯は私の手を引っ張り小走りする。
 一箇所だけ、なんていじわるなこと言っちゃったけど一体どこへ行くつもりなんだろうか。

 ファミレス?服屋?ゲームセンター?



唯「ふぅ……着いた」

和「あ、ここ……」

 着いたのは商店街にあるアイス屋。

 中学生の頃まで唯とよくきたところだ。
 最近は、まったく来なくなってしまったけれど。


唯「一箇所と言われたらここしかないよ!」

和「……ぷっ」

唯「え?どしたの?」

和「唯らしいなぁ……って」

唯「ふーん?」

 中に入ると、カラフルで、キラキラとしたアイスが私達を迎えてくれた。
 小さいころからずっと変わらない、見なれた光景だ。

唯「何にしようかなぁーっと」

和「どうせイチゴでしょ?」

唯「えー、なんでわかったの?」

和「唯はここに来たらほとんどそれしか食べないじゃない」

唯「むぅ。そういう和ちゃんこそ、チョコでしょ?」

和「ばれたか」


 その後私達はイチゴとチョコのアイスを受け取り、店の外へ出た。

唯「じゃあいつものベンチで食べよっか!」

和「うん」

 いつものベンチとは店の前にある小さな木製のベンチのこと。
 私達が小さいころは綺麗だったけど、今ではすっかり黒く汚れている。
 だけど、この妙に落ち着くすわり心地は昔のままだ。

唯「いただきまーす」

和「いただきます」

唯「んん……んまい!」

和「おいし」

唯「昔から変わらない味ですなぁ」

和「唯ったら年寄り臭い」

唯「失礼な!」

 唯が頬と膨らませる。
 思わず突っつきたくなるが、流石にそれは自重した。

和「ごめんごめん。ほら、私のアイス少しあげるから許して?」

唯「くるしゅーない。……むぐっ」

和「あっ」

 私が口の前にアイスを差し出すと、唯は少しどころか全体の四分の一を食べてしまった。
 唇をなめ、ドヤ顔で私の方を見ている。
 相変わらずこの子は遠慮というものがない。

和「唯、食べすぎ!」

唯「んまいんまい」

和「……しかえしっ」

唯「あぁ!?」

 私も唯のアイスにかぶりついた。
 うん、イチゴも美味しい。
 唯が私を睨みつけているが別に怖くないので気にしない。

 その後もお互い仕返しの繰り返しで結局自分のアイスはほとんど食べれずに終わった。


唯「私のイチゴが……」

和「私のチョコが……」

 そう言って私達は目を合わせた。

唯「……ぷっ」

和「……あはは」

唯「ぷぷっ、今和ちゃんすごい間抜けな顔だったよぉ」

和「そういう唯こそ……あはははっ」

 お互いのことを指差し笑う。
 お腹から笑ったのは久しぶりな気がする。

和「ほら、まだ口の横にアイスくっついてるわよ」

 私はポケットからハンカチを出し、唯の口を軽くぬぐう。
 それが終わると唯は私に軽くはにかんでくれた。

 この光景も小学生の頃からずっとかわらない。

唯「あー、おもしろかったぁ。……あと美味しかったぁ」

和「ほんと。じゃあそろそろ帰ろう?」

唯「うん……じゃあはい!」

 そう言って唯は私に手を差し伸べてくる。
 アイス代でも要求してるのだろうか。

和「……なに?」

唯「手ぇ繋いで帰ろ!」

 普通、この歳で手を繋ぐなんて恥ずかしいと思うだろう。
 だけどこのときは不思議とそんな気持ちがしなくて、素直に了承した。。
 握った唯の手はとても暖かくて、柔らかくて、とても気持ちの良いものだった。


唯「和ちゃん」

和「なあに」

唯「今日は遊んでくれてありがとう!」

和「ううん。私もいい息抜きになったわ」

唯「また、遊ぼうね」

和「テストが終わったら、ね」

唯「うん!」

 唯は私に向かって笑顔でそう頷いた。
 すると私の胸は何だかポカポカしてくる。

 どうやら私は、唯の笑顔が好きなようだ。


 そしてテストの返却日、私は自分の席で見直しをしている最中だ。
 返却されたテストはどれも90点以上はとることができていたので概ね満足できる結果だった。

 すると前からゾンビのように歩いてくる物体が私に近づいてくる。

唯「のぉどぉかぁちゃぁぁぁん」

和「あんた……顔がこわいわよ」

唯「だってぇ……」

 唯はプルプルと震えた手で私にテストを見せた。
 その中身は見事に斜線ばかり。
 見事にレッドポイントだった。

唯「追試だって……」

和「自業自得、ね」

唯「一体私が何をしたっていうのだ!」

和「何もしてないからそうなったのよ」

唯「うわぁぁどうしよぉぉぉ!」

和「……」

 どうしようと言われても、これはまともに勉強しなかった唯の自業自得。
 これで甘やかして勉強を教えてしまったらそれは唯のためにならない。

 ……だけど。

和「……くすっ」

和「唯、今日私の家に来なさい」

唯「へ?それって……」

和「勉強しなきゃダメでしょ?」

 そういうと唯の表情はパァッと明るくなりいつもの笑顔になる。
 私の大好きな笑顔だ。 

唯「和ちゃん、大好き!」

和「はいはい私も大好きよ」

 私は胸に飛びこんできた唯の頭を撫でながらそう言って軽く笑った。

 もう少し、私はこの笑顔を見ていたい。

 だから……幼馴染離れは、もう少し後でいいかな?



終わり



最終更新:2010年06月29日 22:35