~退部してから3日~
梓の部屋
梓(部活が無いと学校終わるの早いなぁ…)
もう明日は土曜日だ。
梓(…こうやって、唯先輩に会えないのも慣れていって忘れちゃうのかな…)
ピピピピ
梓「…!」(携帯か…)
梓(メールが一件…。え…?)
先輩からだった。
唯『あのさ、私あずにゃんともっとよく話したいから…明日会えるかな?』
梓(…)
確かにもっと話したいと思うのは当然だ。
最後にあんな事を言ってしまったのだから。
梓(どうしよう…行って話した方がいいのかな…)
梓「…いや、ダメだよね」
今までの態度、そしてあの言葉は最後になると思って言った言葉なのだ。
梓(もう一度会うなんてできないよ…)
梓「唯先輩……」
そう呟いて、返信していないことにも気付かず眠りについた。
~次の日~
梓(…何もすることがないな…)
部屋を見渡すと、ギターケースが目に入った。
梓(…むったん。ぴったりな名前だってムギ先輩が言ってくれたっけ)
ギターを手に取る。
シールドをアンプにさし、音量を上げていく。
梓(唯先輩が歌ってた曲…弾いてみようかな…)
小さな部屋に歪んだ軽快なギターの音と歌声が響いた。
梓(あ…もうこんな時間だ。夢中になってた…)
時計を見るともう夕方だった。
梓(やっぱり…ギター弾くのって楽しいな)
大好きな先輩と弾きたかったが、退部してしまった今、もう無理だ。
ピピピピ
梓(ん…メール、誰からかな…)
唯『今日は無理だったけど…明日はどうかな?お願い!』
梓「……っ」
躊躇っていた。
ギターを弾いていたら先輩の事を強く思い出してしまったから。
梓(会いたい…けどっ…)
そんな迷いを断つように携帯電話が鳴った。
梓(電話…先輩からだ。どうしよう)
そう思っていたが、指が通話ボタンを押すのを止められなかった。
梓「も、もしもしっ」
唯『あ、あずにゃん?…よかった~。あのさ、明日会えるかな…?』
梓「え、あ、はい」
無意識だった。
唯『ホント!?じゃあ明日午後2時にあの喫茶店に……』
梓「…はい。はい、……分かりました。それでは明日」ピッ
梓「…どーしよ…」
~次の日~
2時
梓(…来てしまった)
唯先輩はまだ来ていない。
梓(あーどうしよ…!どうやって説明すれば…いやそもそも何から話始めれば…)
梓(う…落ち着かないと…)
深呼吸をする。
少し待った後、
唯「あずにゃ~ん!遅くなってごめんっ」
先輩が来た。
梓「あ、あの…先輩…」
唯「とりあえずお店に入ろ!さっき起きたばかりだからお腹すいてて…!」
梓「え?あ、はい」
~喫茶店~
唯「ごめんね~…夜遅くまでギター弾いてたから寝坊しちゃって…」
梓「いえ、別にいいですよ」(唯先輩らしいな…)
久々に会ったからか、緊張してしまう。
梓「あの、先ぱ――」
唯「あのさっ、ちょっと買いたいものがあるからそこのデパートまでついてってくれるかな?」
梓「いやそうじゃなくて…」
唯「お願いっ!」
梓「わ、分かりました…」(あの時と違う…、いつもの先輩だ)
~デパート~
唯「ねぇねぇ、どっちが似合うかな!?」
私は服の買い物に付き合わされていた。
梓「えと…そっちの明るい感じの方が…」
唯「ほほぅ!じゃあこれ買っちゃおっ」ダッ
梓(レジまで走って行ってしまった…)ポカーン
梓(…なんかいつも通りすぎるなぁ)
唯「あーずにゃんっ」
梓「わっ!もう買ってきたんですかっ」
唯「おいしいアイスクリーム屋さんがあるんだけど、食べない?」ニコニコ
梓(話がしたかったんじゃなかったの…)
唯「おいしいねー」ペロペロ
梓(あの時の事色々聞かれるかと思ったけど…普通に遊んでるみたいだなぁ…うーん…)ペロペロ
唯「…あのね、あずにゃん」
梓「…?」(本題かな…?)
唯「隣のお店にも…寄っていいかな?」
また買い物だった。
唯「えへへ~、この鞄ここでしか売ってないんだ!」
嬉しそうに笑っている。
梓「…それで、そろそろ話を」
唯「あずにゃんっ!」
梓「はい…?」
唯「次は楽器店にっ」
そして楽器店で楽器を見ながら楽しんだ先輩は、
唯「次はこっちのお菓子屋さんにっ♪」
いくつかお菓子を買って私と食べた後、
唯「次はあの景色がいい場所にっ♪」
よく分かりません。
~夕方
梓(もうこんな時間…、結局何も…いや、それより)
唯「…ねぇ、楽しかった?」
梓「え、えぇ…楽しかったです」
唯「えへへ、良かった。…それじゃあ、話してもらっていいかな?」
梓「…!」
唯「どうして…退部なんてしたの…?」
梓「…色々事情があるんです」
唯「それじゃ分からないよ…」
梓「……」
唯「話せないの…?」
唯「…何か、怖がってるんじゃないのかな」
梓「っ……」
唯「そんな気がしたんだ…。退部までしたのも、誰かのせいなんでしょ?」
梓「……」
唯「…ね?…私は、あずにゃんの事、嫌いになんかなってないよ。あんな冷たい態度だったけど…嫌いになんか、…なってないもん」
梓「…もう…いいです…」
唯「どうして…っ!私はまだあずにゃんと一緒に部活やりたいよ!ギターも弾きたいよ…っ!」
唯「だから…」
梓「…もう、いいよ。憂」
唯「え…?何言って…」
梓「唯先輩の真似はもういいよ、憂」
唯「ち…違うよっ!私は唯だよ!?」
唯「なんでっ…そんな事…!」
梓「胸の大きさが違うから」キリッ
唯「…!?//」
梓「…なんてね。そんなので分かるわけないよ」
唯「そうだよ!それに、私は唯だもん…!」
梓「…私、唯先輩の事が大好きなんだ」
唯「…」
梓「だからね、今日見てたら分かったんだよ。ここにいるのは唯先輩じゃないってことにね」
梓「このまま先輩のこと忘れちゃうのかな、って思ってた。…だけど、忘れてなかった」
梓「声も、仕草も、笑顔も、全部全部…覚えてた。だから、分かったんだ。あなたは唯先輩じゃない」
唯「そんなの、嘘に決まってるよ…!」
梓「じゃあ憂、もし唯先輩にそっくりな人と唯先輩が入れ替わったら気付かない?」
唯「それは…」
梓「気付くよね?だって、憂も同じじゃない。唯先輩のこと、大好きなんだから。大好きな人を…間違えるはずないもん」
唯「梓…ちゃん…」
梓「…だよね?憂」
憂「…うんっ」
梓「…どうして、こんな事したの?それと、本当の唯先輩は?」
憂「お姉ちゃんは…風邪で寝込んでる。…梓ちゃんが退部した日から」
梓「…そっか」
憂「…もう、いつものお姉ちゃんじゃなくなってた。私が梓ちゃんにあんなことして…部活をやめることになったから…」
梓「……」
憂「ひ…ぐっ…!私のせいで…私のせいで…っ!」ポロポロ
梓「…どうして今日はこんなことしたの?」
憂「っ…梓ちゃんが退部したって聞いて…お姉ちゃんもそんな状態で……。だから、仲直りして部活に戻ってほしかったの…!」
梓「…そんなの、自分勝手だよ」
憂「うん…分かってた…、でもお姉ちゃんのあんな姿、もう見たくなかった…!私のせいで軽音部がバラバラになってしまったから…私が元に戻さなくちゃって思った…っ」
憂「…梓ちゃんと、前みたいに戻ってほしかった。だからっ…お姉ちゃんになって仲直りしたかった…」
梓「でも、ここで仲直りできたって唯先輩とはなんの関係もないよ」
梓「それで部活行っても、解決しない」
憂「…でも」
梓「でも先輩の笑った顔が見たかったんでしょ?」
憂「……うん。最低、だよ…」
本当に、自分勝手だ。
憂「…私、梓ちゃんに…大切な友達に、あんなひどい事もした…怒ってるよね」
だけど、その行動が好きだという感情で出たのなら。
私が憂になっていた可能性もある。
憂「あの梓ちゃんにしたひどいこと……私にやっても、何も文句は言えないよ…。許せないもんね…」
梓「…!?」
憂「梓ちゃんの…好きにしていいよ」
梓「…え?憂はああいうことを私にしてもらいたいの?」
憂「ふぇっ?//い、いやそうじゃなくてね!?//」
憂「梓ちゃんにあんなことしたから…私がされたとしても仕返しというか…当然、というか…」
梓「……」
憂「だ、だからされたいって意味じゃないってばっ//…本当に」
梓(そっか…)
要は許すか、許さないかだ。
憂「……」
梓(…許さなければ、憂を私と同じ目に遭わせることができる)
梓(今までの、辛い思いを全部、全部…。でもそれは正しいの…?)
梓(そして許したとして…今までの生活に戻れるのかな…。分からない)
やっぱり…
梓「憂」
憂「…うん」
梓「私は許したくない。許せないよ」
憂「…うん、分かったよ。…じゃあ何でも――」
梓「ケーキ」
憂「え?……え…?」
梓「あの時、一緒にケーキ作ろうって言ったじゃん。今までにない、おいしいもの作ろうって」
憂「う、うん…」
梓「なのに約束破ってあんなことした、…許せないよ」
憂「え…?」
梓「…私、楽しみにしてたんだよ?憂と一緒にケーキ作るの。そして唯先輩に食べてもらって、すごくおいしいって褒めてもらって、いつものように抱きついてくれること。そして憂と一緒に笑って、さ…楽しみにしてたんだよ?」
憂「…」
梓「だから今日は憂の家に行く。んで、ケーキが出来上がるまで帰らないっ」
憂「え…そんなの、で…」
梓「唯先輩が笑ってくれるまで、許さないからね?」
~憂の家~
憂「梓ちゃん、この材料ある?」ペラ
梓「ん、あるよー」
私と憂はケーキを作っていた。
梓「…これ、ホントに今までにないおいしさになるのかなぁ…?」
憂「なるはずだよっ、えへへ、少しアレンジを加えてねー」
梓「あ、確かにちょっとクリームが違うかも」ペロ
憂「でしょ?それと泡立て器についたクリームをなめるのは行儀悪いと思うなぁ、子供みたいっ」クスクス
梓「…っ、いいでしょっ!もう…//」
許さずに、憂を同じ目に遭わせることもできた。
だけどそんなことをしたら、多分今と同じ状況になる。
憂と私が逆になるだけだ。
私だって唯先輩を独り占めしたいと思ったことはある。
憂「あはは、顔赤いよー?」
梓「うるさーいっ!!」
でも唯先輩はそんなの望んでいない。
先輩は、みんなのことが大好きだから。誰か一人でもいなくなったら嫌なんだ。
だから私は…
憂「あははっ……梓ちゃん…」
梓「ん?」
憂「…ありがとう」
憂と…、皆と一緒に唯先輩を元気にさせたい。
数時間後~
梓「で…できたっ…!」
憂「これで完成だね…!」
いままでにないおいしさ(二人の中で)のケーキが出来上がった。
梓「じゃあ明日持ってこっか。…部室に。唯先輩、もう熱ひいてたんでしょ?」
憂「うん、さっき聞いたら明日は行くって言ってたから…。部室、行くの?」
梓「うん。再入部しないといけないから」
憂「その、私のせいであんなことになったけど…大丈夫なの…?」
梓「テキトーに理由はつけるつもりだよー。ケーキの開発中のため一時止めました、とか」
憂「あはは、それはちょっと…」
~翌日の朝~
憂の家
唯「…おはよー…」
憂「お姉ちゃんおはよー。具合はどう?」
唯「んー治ったよぉー。う~…上手く歩けない…」
憂「部活、行くよね?」
唯「…っ、うん」
憂「…ん!そっか」
憂(これ以上は…言わない方がいいよね)
~放課後~
廊下
梓「ケーキ崩れなかった?」
憂「うん、大丈夫」
梓「うー…緊張するなあ…。あ、それと様子がおかしかったのは憂とケンカしてたせい、ってことにするからねっ」
憂「うん。…ごめんね、ありがとう」
私も憂も唯先輩のことが大好きだ。
今となっては憂の気持ちも分かる気がする。
梓「…私たち、似てるんだと思う」
憂「え?」
梓「自分だけを見てもらいたくて、頑張って、でも上手くいかなくて…、そんな感じ。んー、何ていうのかな」
憂「うん…でも、皆と一緒に笑って楽しそうにしてるお姉ちゃんを見てるのが幸せだったんだよ。独り占めなんてしたら、あんな笑顔は見せてくれないもん」
そう。
もうすぐで、元に戻る。
~部室前~
梓「……」
憂「……」
梓「いやー…、これは律先輩に…殴られるなぁ」
憂「はは…」
梓「じゃあ行くよっ…!」
憂「うんっ」
どうなるだろう。
皆驚いて何も言えないかもしれない。
きっと最初に声をあげるのは律先輩だ。
そして… またここから始まるのだろう。
ガラッ
梓「再入部希望ですっ!!」
今日は忘れられない放課後ティータイムになりそうだ。
静まりかえる部室。
最初に声をあげたのは…
「あずにゃん――?」
終わり
最終更新:2010年07月01日 22:05