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「あれっ、…傘がない」

今日の天気はくもりのち雨。
午後からポツポツと降りだした雨は次第に強くなって
すぐに大降りとなった。
普段から折り畳み傘を持ってきていた私は
みんなのお迎えラッシュに被らないよう少し遅れて教室をでた。

「どうしよう…今日に限って忘れてきちゃった」

すでにお迎えラッシュを終えた学校に残っている
友達など居るはずもなく1人この大雨を前に途方にくる。
傘置き場には誰かが忘れて行った傘が何本かあったけど
それを勝手に借りていこうなんて言う考えは私にはわいてこなかった。


「雨、やまないな」

外は相変わらず、雨はまったく弱まらない。
それどころか益々勢いを増してきているみたい。

「いったん教室にもどろうっと」

学校の昇降口は寒い上に暗い。
その独特な雰囲気が私にとって苦手だった。

「うう、暗いよぉ…」

電気のついていない薄暗い廊下をビクビクしながら
歩き、4ー1の教室まで着く。

「あれ?電気ついてる」

不思議に思って教室を覗くとそこにはすでに先客がいた。
その先客は私を見るなり少し驚いてその後すぐに
満面の笑みで私に駆け寄ってくる。


「みおちゃんまだ帰ってなかったの?忘れ物?」

教室に居たのはカチューシャがトレードマークの
田井中律ちゃんだった。
りっちゃんは、しょっちゅう私にちょっかいを
出してくる、ちょっといじわるな女の子。
そんなりっちゃんが私は最初苦手だった。

「う、うん。えっと、りっちゃんこそどうしたの?」

でも、今は違う。

「私?私はさっきまで先生にお説教くらってた!」

「ちょうど良かった。みおちゃん一緒に帰ろうよ!」


だってりっちゃんは誰よりも気配りが出来て太陽みたいに明るい人。
私が作文を全校の前で読みたくないと
落ち込んでいたときに私を笑わせ、勇気付けてくれた。

「でも、私傘忘れちゃって」

「傘忘れちゃったの?なら私の傘貸してあげるよ。私はカッパがあるし」

今だってそう、私にりっちゃんは私が困っているときに
駆けつけてくれるヒーローみたいな存在。

「そうときまれば行こう!」

ほら、早く早くとりっちゃんは私の手を引いて
教室を出て薄暗い廊下を一気にかけていく。


「ちょっ、待ってよりっちゃん!」

さっきまで怖かったはずの廊下だってりっちゃんと一緒なら平気。
怖くなんかない。

「りっちゃん、雨の日は廊下が滑るから走っちゃ駄目だよ」

「いいのいいの!先生居ないんだし」

お得意の自信満々な笑顔で私の方を向く
りっちゃんを見てると、自然と顔がほころんでくる。
りっちゃんと居ると、凄く楽しい。
胸がわくわくドキドキして自分が自分じゃないみたい。
私は引っ張ってくれるりっちゃんの小さな手を
さりげなくキュっと握りかえした。

──────────────────────



「…ん」

重たい目蓋を何とか開けベッドから這い上がる。
どうやら、懐かしい夢を見ていたようだ。
夢の余韻に浸っていたいところだけれど
残念ながら私の朝はそんな優雅なものではない。
自室からでてリビングに着くとテレビは
ちょうど天気予報を映していた。
今日の天気はくもりのち雨。
何だかデジャヴ。
私はさっさと朝の支度を済ませ、私よりもっと
朝が苦手なあいつの家へと急ぐことにした。

───────────────────────


「じゃー今日はここまで!みんなお疲れー」

天気予報の通り午後から空はどんどん暗くなり、
私たちが学校を出る頃には大雨となっていた。

「もう、今日もお茶飲んでばっかりだったじゃないか」

「はは、まあまあいいじゃん。雨なんだし!」

「そうだよ澪ちゃん!雨の日は特別なんだよ」

「特別って何なんですか唯先輩…」

「あれー?あずにゃん天気にまで嫉妬してるの~?」

「なっ意味が分かりません!ムギ先輩何とか言ってあげてください」

「唯ちゃん実は私晴れ女なの…。
こんな私でも捨てないでくれる?」


「もちろんだよ。ムギちゃん!!」

「一体どんなシチュエーション何ですか!」

「…なぁーにやってんだあいつらは」

律はじゃれあっている3人を呆れながらも
優しい眼差しで見つめている。
3年になってからこんな風に律は一歩引いてみんなを
見つめることが多くなった気がする。
もしかしたら私が気づかなかっただけで
律はずっと私たちを見守ってくれていたのかもしれない。
そんな頼れる我が部の部長は私の誇りだけど、ちょっと寂しい。
ねえ、置いていかないでよ律。
なんて、こんなことを考えてしまうのは
今日見た夢のせいにしてしまいたかった。


あの日とまったく変わらない今日の天気。
それが私の背中を押しているように思えてならない。
私は鞄から折り畳み傘を取り出そうとして、やめた。
昔、律からもらった勇気を振り絞り、
私より数歩前を歩く律のシャツの裾をつまんだ。
すると律は少し肩をピクリとさせ歩みを止める。

「ん、どうした澪?」

私の方を振り向いた律は眉をあげて笑っていた。
あ、これもデジャヴ。
あの日のわくわくを思い出してまたほんの少しの勇気が湧く。

「…律、私傘忘れちゃった」

「へ?」


長い付き合いだ、律は私が常に折り畳みを持って
きていることぐらい当然知っている。
私は自分の顔にカァッ熱くなるのを感じながら
律の返事を待った。

「珍しいこともあるもんだな~。ほら、入れよ。
唯たち先行っちゃったぞ」

私の真意を知ってか知らずか律はそのことについて
何も追及してこなかった。
聞いてほしかったわけではないけど、ちょっと残念。
かつては嫌がらせにしか思えなかった私への
ちょっかいを、自ら求めてまで律に構ってほしいと
思ってしまう私はまだまだ子どもだ。


「じゃーほら、入れよ」

「うん…」

律のあまり大きいとは言えない傘の中に入ると
雨の匂いとは対照的な律の匂いがした。
暖かい、太陽みたいな匂い。
私が大好きな律の匂い。
この幸せな時間を少しでも長く味わいたくて
歩くスピードは自然と遅くなる。
いつもは私の少し前を歩いている律は、
私が濡れないようにと歩調を合わせてくれる。
そんな気遣いが堪らなく嬉しくてただでさえ近い
律と私の距離をさりげなくつめた。


「はは、さすがにちょっとせまいな。小さくてごめんな澪」

律はたぶん、気づいている。
私の方を見て困ったように笑う律を見ると
近づいたはずの距離がますます遠く感じた。
ごめん、ごめんな律。いつも困らせてばかりでごめん。

「もー!2人とも遅いよ~」

前までゆっくり時間をかけて到着すると
唯たちが待っていてくれた。


「あー!りっちゃん澪ちゃん相合い傘してるー!!」

「へへー、良いだろ~。澪のやつ傘忘れたらしくてさ」

「そうなんだ。じゃあ、私たちも相合い傘しよっか。あずにゃーん、いーれて!」

「ちょっ何で自分のがあるのに私の傘へ入ってくるんですか!」

「私相合い傘するの夢だったの~」

「ムギ先輩も!?3人も入るわけないでしょ!」

「えへへ~相合い合い傘だね」

「もー、いい加減にしてください!」

──────────────────────


「じゃーなー澪。明日もお迎えよろしくっ!」

結局律は何故私が傘を忘れたと嘘をついたのか
聞いてこなかった。
さっきは残念だと言ったけどたぶんこれで
良かったんだと思う。
もし律に何故かと問い詰められたら、
自分でも抑えることのできない想いを
ぶつけて、律をさらに困らせてしまっていたかもしれない。
本当はもっと一緒にいたかったけど
これ以上わがままを言うわけには行かない。


「律!」

だからせめてものアピールに飛びきりの笑顔で律をお見送り。

「今日は…今日もありがとう。また明日!」

「…おう」

律は照れかくしにややぶっきらぼうに言い放つと
雨のなかを一気に駆けて行った。
小さくて、でも頼れる律の背中は夢の中の
あの日とまったく変わらない。
だんだんと遠ざかっていくその背中を私は見つめ続けた。


「律…」

もっと律に近づきたい。寄り添いたい。
ずっと私を側に置いてほしい。

「好きだよ」

そんな願いを込めて私は小さく呟いた。



END



最終更新:2010年07月05日 23:56