おっとりぽわぽわ、色で例えるなら暖色。

ケーキならスポンジかミルフィーユ

ビーズ入りのクッション、低反発みたいに押し返してこない、丸ごと全部受け止めてくれる。

琴吹紬と言う人は、優しさとか柔らかさを連想させるものがよく似合うし

実際本人だって優しいし柔らかいし、あったかいし、あとそれにいい匂いだってする。

というわけで私はムギちゃんが大好きだ。


向かい合う私とムギちゃんは、夜の川を小さな船に乗って下り落ちている。

ムギちゃんがオールを持って、船をゆっくりゆっくり漕いでいる。

そういえばムギちゃんのイメージにスローテンポもあった。

きっといつも私たちを後ろから見守ってくれるからそういうイメージがついちゃったんだろうなあ。

あれ?どうしてこんな所にいるんだっけ?思い出を漁ってもこの状況を説明する妥当な理由が見当たらない。

代わりになんだか嫌な気分を思い出した。


「ねえムギちゃんここどこ?いつの間にかこんなところいるからびっくりしちゃった

きおくそーしつって奴かな?

ああでも、なんだかわかんないけど、ムギちゃんがいてくれてよかったあ。

こんなとこ一人じゃこわいもん。ねえ。ムギちゃん」


ムギちゃんはオールから視線をあげ、私の方を見る。それから優しく微笑んだ。

ムギちゃんが笑うと、私はすごく安心する。

ムギちゃんはまるでお母さんみたいだお姉さんみたいで、隣の家のお婆ちゃんみたいにあったかい



「ねえ、ムギちゃんこれは一体どこに向かうのかなあ。」


オールを漕いでいく時に少しだけ波が立つ。

それ以外水は静かなもんで、音だって私が動くたびに跳ねる水の音だけだ。

ムギちゃんと私の間を遮っていたランプを手に取り、水面を照らし出してみる。

水面を覗いても底は見えない。青の上にかぶせる様にある黒のおかげで顔も映らない。

しぶきがぴしゃり、ぴしゃりと跳ねる。手に少しだけあたった。


「ねえ、ムギちゃん」


返事が随分無いから、顔を上げたらムギちゃんのいる辺りが暗くて見えない。

背筋がひやりとして、ランプを落としそうになって、慌てて持ち直す。


「ムギちゃん?」


元あった場所にランプを下ろせば、ムギちゃんは変わらずオールを漕いでいた。


「ムギちゃん。」


ランプは私たちを遮っていたのではなく、繋げていたのだ。

さっきは疎ましく思ってごめんなさい。



ムギちゃんの声。やっぱり柔らかい。私を否定したことなんか無い声。

やっと聞けたムギちゃんの声に私はすごく安心した。心臓が規則正しく動いている。


「なに?」

「私たちはどこへ向かってるのかしらね。」

「やだあそれ、さっき私も言ったよ。」

「うふふ、そうね、ごめんなさい。」


夢のなかで沢庵だった眉毛をハの字曲げて、ムギちゃんが笑った。



「ねえ、唯ちゃん。」

「うん」

「この世は理不尽ね、理不尽だわ。どうにもならないことがたくさんあるの。

それに私は時々すごく憤るの。腹ただしいの。

オールを自分が持っていないとどこに流されるのか、わからないの。」


腹ただしいだって、憤るだって、ムギちゃんには見当たらなさそうな感情なのに。

似合わなさそうな感情なのに。笑ってるムギちゃんが好きなのに

今だってムギちゃんは怒った顔なんてしてない。悲しそうな顔をしているだけだ。




「この船はどこへ向かうのかしら。」

ムギちゃんはもう一度同じことを繰り返した。

雨が、降り始めた。





しとしとしと。本当は音なんてしないけど、憂と読んだ本にそう書いてあったからそうなんだと思う。

暗い闇の中、細い雨がふる。

ランプには屋根が着いているから今も火はぼうぼうと燃えて、私とムギちゃんをつなげている。

光に当たる雨が、まるで銀の糸みたいにキラキラと光っている。


「このランプ、ムギちゃんみたい。」

「あら?どうして?」

「あったかいもん」



濡れて冷えた体はすっかり感覚を鈍らせているけど、ランプに手をかざせば温かさを感じることはできる。

ああ、感覚はまだ生きていたのかと、ちょっとだけ嬉しい。


「ねえ、ムギちゃん」

「なあに。」

「この世は理不尽なの?どうにもならないことはそんなに溢れきっているの?」

「ええ」

「そーなんだ」

「でも私は、唯ちゃんがいてくれてよかったの。

唯ちゃんとの思い出があるから大丈夫、大丈夫よ。これからも、これから先もずうっと。」

「えへへ」



ムギちゃんはいっつも私の欲しい言葉を見つけてくれる。

見つけて両手で丁寧に渡してくれるもんだから、私はきっとムギちゃんがいなくなってしまったら

寂しくて痛くて泣いちゃうんだろうなあ。

簡単に予想のつく未来はあずにゃん辺りに馬鹿にされそうだけど、でもそれは間違いない未来だ。

だから私はこれからもムギちゃんと一緒にいたい。




「唯ちゃん」

「うん」

「言いたいことがあったの。」


雨。

ムギちゃんのやわかい声とあったかい言葉は、雨の隙間をぬって、私の元に届けられる。

むぎちゃんもびっしょり濡れていて、顔に流れ続ける水滴がランプの光を僅かに反射している。



「色々言いたいことがあったの。唯ちゃんに会えて良かったって。」

「私もだよ。」

「今までありがとうって。唯ちゃんのギターは世界一。あなたは太陽みたいな人。

あのね、私ずっと憧れていたの。唯ちゃんに」

「嘘」

私がムギちゃんに憧れているのに。

キラキラと雨と一緒に光る髪の毛だって、白い肌にだって

気配りができるところとか、優しいところとか、やわらかい声だって、一杯

ムギちゃんは笑っている。




「太陽みたいに笑う唯ちゃん。ギターを弾く唯ちゃん。

たくさん、たくさんあるの。キリが無いくらい。

今まで優しくしてくれてありがとう。

一杯ありがとう。

唯ちゃん伝えたい言葉がこんなにたくさんあったから、

どんどん溢れてしまいそう。

溢れて、溢れてきっとこの船を沈めちゃうわ。」





過去形しか無い言葉達。

ムギちゃんは笑っているけれど、雨が邪魔。

感情の些細な機微がわかんなくなっちゃう。

ムギちゃんはだって嘘つくの上手なんだから、気持ちが解んなくなっちゃう


「楽しかった。嬉しかった。私、唯ちゃん達に会うまでお友達いなかったから

毎日がずうっと新鮮になったの。」



「放課後ティータイムは、私の永遠の宝物。」

寒い。さっきからずっとだ。

雨が降ってるからだって、ランプに手をかざしてももう全然あったかくない。

ムギちゃん、ムギちゃんムギちゃん、ねえ。


「ムギちゃ…わっ!」


ムギちゃんに手を伸ばそうと思って、勢いをつけすぎた

船が大きく揺れて、オールですくわれた水が思いっきりかかっちゃった。




「…………むぎちゃん?」

ランプが消えてしまった。

何もみえない。まっくら

「むぎちゃん」

なんにも見えない。雨の音も聞こえない。オールを漕ぐ音だって。

真っ暗。真っ暗闇。

「むぎちゃん。むぎちゃん、寒いよう。」




「ムギちゃん」


寒いよう。寂しいよう。なんにも見えないだけで、こんなに隙間があくなんて思ってなかった。

かくれんぼで、一人きりになった時みたいだ、置いていかれて日が沈んで

憂に迎えに来てもらう間のあの感覚。それより今はもっと怖い

世界中で自分が一人取り残されたみたいだ。暗い。ムギちゃんに置いて行かれたみたいだ。

鼻の頭がツンとして、喉の奥が痛い。


「唯ちゃん。手、貸して」




ムギちゃんの声が、まるでのれんをかき分けるみたいに私の耳に届く。

ちょっと、いやすごく、とっても安心した。ムギちゃんがそばにいる。

手が伸ばしたら、ぎゅっと両手で包み込む様に握ってくれた。


「あったかい。」

「うふふ。私体温高いから」


あったかいあったかい。そうなんだムギちゃんはあったかいのだ。

やわらかい手、優しい声、あったかい手。

五感全部がムギちゃんを見つける。ああ、感覚はまだ生きていたいのかな私。





「ねえ、どこでも理不尽なことで溢れてるの。血が流れなかった地面が無いみたいに。」

「そうなの?」

「ええ、でも唯ちゃん。それでも本当は大丈夫なのよ。

憤っても悲しくても泣いちゃっても、寂しくったって、

大丈夫なの。唯ちゃん。」

「……うん」

「うん。だから私だって大丈夫。」


ムギちゃんの手が少し震えているから

もう片方の手でムギちゃんの手を包んだ。



「冷たい。」

「えへへ。ねえ、ムギちゃん。今泣いてるでしょ。」

「……・言わない」

「私は泣いてるよ。」

「………」

ムギちゃんと私の体温が一緒くたになっていく

ほっぺたにあったかい線が流れて、雨と混じって二人の手の上に落ちていく。



「唯ちゃん」
「うん」

「ありがとう。」
「うん。」

「好き。」
「うん」

「唯ちゃんが好き。」
「うん」

「だいすき」
「うん」

「さよなら」





これでおわり




※後日談は1レスで(途中)終わってるためカットしました。
(※二人は死んでません)



最終更新:2010年07月07日 21:55