「話したいことは一つ。憂ちゃん、何でこんなことをしたの?」
「何の話ですか?」
「別にもう隠さなくたっていいよ」
ついでにその先ほどから後ろに隠している何かも隠さなくていいんだけど。
「じゃあ私から憂ちゃんに質問。なんで梓に嘘を吐いたのかな?和は憂ちゃんから話を聞いたって今電話で確認したよ。
けど、梓に憂ちゃんは何も知らないって話したよね?それはおかしくないか?憂ちゃんは知ってたんだよね、唯がジャズ研に移籍するいう噂を聞いて。
そして唯には澪がジャズ研に行くという嘘を教えた。なら、この二人には矛盾が生じる」
「……」
「梓が言っていたんだよ。唯と澪が喧嘩して一番得をする人は誰かって。それは……」
「もういいです、律さん」
憂ちゃんが立ち上がった。さて、後ろに煌めく刃は一体何に使うのか。まさか林檎を剥いてくれるなんていう事はないと思うし。
「私、お姉ちゃんが大好きなんです」
「うん、知ってる」
「お姉ちゃんも私が大好きなんですよ」
「そうだよなぁ、唯も憂ちゃん大好きだし」
「だけど最近はお姉ちゃん私に構ってくれないんですよ。私がどんなに愛情を注いだって、私がどんなに身を削ったって……おかしいと思いませんか」
いいえ、思いませんわよ。と内心で思う。
憂ちゃんも末期シスコンだから唯と結婚しようっていう将来の旦那さまは大変そうだ。
多分今の私みたいになる。
「考えたんです。お姉ちゃんが変わり始めたのは部活に入ってからだって。私としては嬉しい反面不安だったんです。その不安は的中しましたね」
「不安?」
「はい、お姉ちゃんは徐々に私に構わなくなりました。何事も自分で頑張る傾向に。ああ、これが捨てられることかぁと染々思いましたよ」
「で、唯と澪が喧嘩をすれば唯は部活に行かなくなるって訳か」
「はい。泣き付いてきたお姉ちゃん可愛かったですよー!ビデオに撮っておきたいくらい」
よいしょ、と私は立ち上がる。
これ以上長居すると悪いし。
主に私のストレスとかにね。
「そっかー。律さんは一番気が付かないと思ったんですけど」
「私、けいおん部の部長だから」
「ッ!」
憂ちゃんの身体が私目がけて突進してくる。
身体の前には小さな刃物が握られていて。
「私とお姉ちゃんの関係を邪魔するものは許さないっ!!」
ヒュ、と空気を刃物が切り裂き、私の顔を突き刺そうと動く。
こういう時漫画みたいに動ければいいのに!
「痛ッ……」
やっぱり私の運動神経じゃ避けられないか。
頬が一直線に焼かれたように熱い。
澪にまた心配かけそうだ。
「ごめんなさい、律さん。次はありませんから」
「こんのぉ!!」
憂ちゃん目がけてスピアーの形でタックル。夜中聡とプロレス見てて正解だ。
リビングの床目がけ押し倒す形になる。
憂ちゃんのナイフからは一時も目も、ようやく押さえた腕も放さない。
「……キレたナイフってか」
じたばたと暴れる魚を押さえる漁師さんを思い出した。
左手でナイフを押さえ、体全体で憂ちゃんを押さえ、空いた左手で私は『お守り』を探った。
「……お互い感電しそうだな」
私の思考一時停止。
まずい、かなりまずい。
膠着状態で不利なのは私だ。
そをなことを考えたら体液が漏れる頬が痛くなってきた。
「お姉ちゃんは!!私が!!守ります!!」
憂ちゃんの叫び声に呼ばれるようにどたどた!と誰かが階段を降りる音がした。
「憂!もうやめて!!りっちゃんが死んじゃう!」
「お、お姉ちゃん」
唯っ、と私は頭を上げた。いつものTシャツ姿。寝癖が付いているところを見るとありゃ寝てたな。
「全部、聞いてたの…?」
「ごめんね、憂……最近私が部活ばかりに行って淋しかったんだよね」
「お姉ちゃん、違うの、私は私はね!」
私は憂ちゃんを離し、頬を押さえながら立ち上がった。
あーあ、嫁入り前なのに顔に傷が。
澪、私のこと嫁に貰ってくれるかな。
あっ、いや逆に婿として迎えるか。
「お姉ちゃん!!」
「憂ッ!!」
崩れるように抱き締める憂ちゃんを唯が抱えるような形になっている。
「私、私……淋しかったから……お姉ちゃんごめんね嘘ついて」
「…憂、私こそごめんね。もっと私がしっかりしていたら……」
「……ある意味ハッピーエンドかな」
私的にはまだ終わりが見えないけど。
「りっちゃんも……ごめんね……」
「いいって、唯。私は部長だぞ!部長は部員の為に身を削るのさ」
文字どおり身を削るつもりはなかったんだけどさ。
「けど、怪我までしちゃって私、どうじだら……」
また涙まみれになってるぞ、と二年の文化祭を思い出しながら私は唯に笑い掛けた。
「じゃあ私と約束してくれ。一つは明日澪と仲直りすること。もう一つは憂ちゃんとも遊ぶこと。あとは……そうだな。パフェ奢ってくれよ」
……………。
「あっ、もしもし。ムギ?私だけど……あっ、それは8割解決したよ…うん、明日からはまたお茶会できそうだ……で、頼みたいことがあるんだが……病院紹介してくれない?」
怪我したの!?というムギの声が携帯から響き渡り、思わず顔を離した。
あれから憂ちゃんの涙まみれの介抱は受けたにしろ一応、私も乙女だし。
「ああ、少し切り傷がさ……あっ、じゃあバス停で待ってるから……悪いな、うん。じゃあ」
携帯を切る。すぐに迎えを出してくれる見たいだ。
さすが紬お嬢様。
さて、少し時間があるな、と私はバス停のベンチに座り、空を見上げた。
……死凶星が見える。嘘だけど。
……けどなんであの子まであんな事したのかなぁ。やっぱり唯には特別な何かがあるのかも知れない。
何か、こうフェロモンみたいな。
私は今までで一番かもしれない疲労に身体すべてをバス停の椅子に預ける。
頬は相変わらず痛い。
部活が無くならないなら安い代償だけど。
明日からはまたみんなでバンドができる。
また楽しい日々が始まる。
けど、やっぱりこんな真面目な役、ガラじゃないよなぁ。
やっぱり私は馬鹿やって澪からツッコミ貰って、ムギのケーキを食べて、梓と唯のスキンシップを煽りながら……。
眠気も最高潮になってきた。少しくらい寝たって大丈夫かな?
目を閉じる。
次、皆と会うときはいつもの私でいたいなぁ。
じゃあ次の放課後ティータイムまで……
……おやすみ。
後日談を少し話そう。
その後、私は眠ったままムギに拉致られ、気が付いたら治療も終わっていて自分の部屋のベッドの上だった。たまに頭使うとこうだよ、全く。
次の日、澪と唯もなんとか仲直りをした。
両方とも泣きながら抱き締め合ってたし。
少し唯に妬いたのは秘密だ。
そして私たちは再び楽しい楽しいティータイムの時間を手に入れましたとさ。
めでたしめでたし。
「だったんだけどなぁ……」
と、私は一人音楽室で生徒会の書類に向かっていた。
忘れてたんじゃない。後回しにしてたんだ。
「ええっと……放課後ティータイムっと」
講堂を使うのも一苦労だよなぁ。
ドアノブが回る音がして誰かが音楽室に入ってきた。
「あれ、律一人なの?」
「おおっ、和。そうなんだ。あっ、この書類取りに来てくれたんだろ?ちょっと待ってくれよ」
全く、と和は笑いながら音楽室をぐるりと見回した。
大丈夫だよ、今日は誰も来るなって言っておいたから。
「……そういえば、和。なんであんなことしたんだよ」
「……何の話?」
「あー、それなら別に追及はしないぜ。一番頭に来ているのはおまえじゃないかなと思ったけどな」
部長、
田井中律……と。
私は書類から目を離すことなく口を開く。
「……どうして気が付いたの」
「ん~、なんて言えばいいかな?気が付いたんだよ。まずはなんで和は澪に唯がジャズ研に入ることを聞いたのか、だな。
和と唯は幼なじみだろ?普通、まず唯に尋ねるよな。澪を挟むことは無かった。別に聞きにくいことでもないし」
「……それで」
「まずはそのおかしい点。あとは……憂ちゃんは唯がジャズ研に入る噂を聞いたんだ。もちろん本人じゃない。ということは憂ちゃんがこの噂を作ったんじゃない。と、なると……だ」
「律、やっぱりあなた結構鋭いわね」
「憂ちゃんに唯がジャズ研に入るなんていうデマを教えたのは和だろ?そしてもう一つ、澪がジャズ研に入る噂を流せば……という入れ知恵をした」
結局、憂ちゃんはまだ嘘を吐いていたことになる。
なんというか……純粋だよな。
「ご名答。律、あなた名探偵になれるわ」
「梓にも言われたよ」
ふぅ、と和はため息を吐き、私が座るテーブルの向かい側に腰掛けた。
「で、私のことどうするつもり?」
「べっつにー。どうもするつもりはないよ。ただ、一応確認したかっただけ。もうこのお話は終わってるし、時効だよ」
多分、私達の高校時代にはばれることはない話だ。
「まぁ、一つ頼みはあるんだけど」
「……何?」
「ここの書き方もう一回教えてくれ」
こうして、私達けいおん部最大の危機は去ったわけである。
あー、肩重い胃が痛い。ようやく私もドラムに専念できるわけだ。
Trrr...Trrr...
「律、電話」
「あっ、ハイハイ……もしもし?」
『律か!?私、澪だけど今教室で大変なことが起きて……』
「大変なこと??あっ、机の中にカビたパンでも入ってたか?」
『梓がムギを殴って……あっ、ほら止めろって!!早く来てくれ……律?……りーつー??』
携帯が手から離れる。
なんだか胃がキリキリと痛い。あー、また紬病院に通院かなぁ。
「……どうしたの?青い顔して」
「いやー……澪の机に隠した牛乳が発酵して見つかったみたいでさー」
笑う気力もない。
そのまま私は現実から逃げるように机に突っ伏した。
願うことなら
…………私達の青春が平和でありますように。
じゃあ……おやすみ。
最終更新:2010年07月20日 00:15