澪「だから、唯の想いには応えられないんだ」
唯「……そっか、ざ、残念だなー」
澪「唯は本当に仲の良い友達だと思ってるんだけど……」
唯「い、いいんだよ! 澪ちゃんなら憂を任せられるよ!」
澪「本当か!」
唯「え? ……あ、うん」
澪「そっかそっか……って、あ、ごめん」
唯「い、いいんだ、じゃ、じゃあ、またあしたね!」
澪「う、うん……」
平沢唯です。
今日生まれて初めての愛の告白というのをしたんですが見事にふられてしまいました。
でも、澪ちゃんは友達だと言ってくれたので、まだ望みはあると思います。
高校生活はまだ長いですから!
でも、今日の帰り道くらいではちょっとくらい泣いてもいいよね?
あ、でも、憂にバレないようにしないと。
私の妹は優しいからきっといろいろ効いてくるに決まってる。
そんな事になったら澪ちゃんの評価を下げちゃうかも知れない。
うん、そうだ。
涙はそっと胸の奥に隠して、
いつもの通りの笑顔でいないとね!
梓「あれ、唯先輩?」
こういう時に限って人に会ってしまう。
別にあずにゃんに会いたいわけじゃなくて、今きっと口を開いたら涙声になってしまいそうだから。
梓「忘れ物でも取りに来たんですか?」
唯「そ、そう! そうなんだよぉ、私うっかりさんだからねえー」
梓「唯先輩らしいですね」
夕日が差し込む廊下で苦笑いを浮かべる。
上手に笑えているかどうかは分からないけど、
泣き顔よりはきっと数倍マシだろうから。
梓「もう、忘れ物はいいんですか?」
唯「あずにゃんこそぉー、何を忘れたのかなー?」
梓「え? ああ、別に私は忘れ物を取りに来たわけじゃないですよ」
唯「へ?」
梓「唯先輩を待……いえ、澪先輩に声をかけてから帰ろうと思ってたんです」
唯「澪ちゃんは大人気だねえ」
梓「ええ、私の友達でも憧れている人がいるですよ」
唯「澪ちゃんみたいに格好良かったらよかったのになー」
梓「唯先輩には無理ですよ」
唯「そうだねー、だったらせめて、憂みたいに色んな事ができたらなー」
梓「……べつに、このままでもいいじゃないですか」
唯「ほへ?」
梓「人には向き不向きっていうものがあるんですから。」
靴を履き替える途中であずにゃんがじっと私を見ていることに気がついた。
唯「どうしたの?」
梓「いえ、唯先輩が澪先輩みたいになったら気持ち悪いなあって」
唯「ひどいこといってる!?」
梓「唯先輩がクールで凛々しくてキリキリ動いてたら変ですよ、唯先輩は唯先輩のままでいいんです」
唯「えへへー、そうかなー」
校門を出てしばらく歩いていると腕を小さい力で引かれる。
梓「何か、食べていきませんか?」
唯「あ、幻のフランクフルト屋とかどうかな!」
梓「なんですかそれ」
唯「この街の何処かを回っているっていう絶品のフランクフルト屋さんだよ! ブラジル人のアッシマー・ガーさんがやってるの!」
梓「普通のたい焼き屋さんでいいじゃないですか……」
あずにゃんは基本的に甘いモノが好きだ。
こういう所は私も同じだけど、あずにゃんは小さいから数倍女の子っぽく感じる。
小さい口を開いて一生懸命たい焼きを食べているところとか……
唯「あずにゃん、鯛さんとキスしてるー」
梓「唯先輩こそ、尻尾から食べるなんて行儀悪いですよ」
唯「こっちからの方が美味しいんだよ!」
梓「はあ、そんなもんですか」
唯「そんなもんなのです」
このたい焼き屋さんは、どこの人だか分からないけどゴアさんというのがやってる。
とても巨大な人で本業はトラック運転手らしい。
梓「唯先輩」
あずにゃんが私を呼んだ。
なんだか普通じゃない感じで、切羽詰まるという表現がとても似合う感じだ。
梓「私、さっき見ちゃいました」
唯「あー、澪ちゃん探してたんだもんねー」
だとすれば悪いことをしてしまった。
先輩が後輩に気を使わせてしまうなんて、
私はこれだからいけない。
梓「唯先輩は、澪先輩のどんなところが好きなんですか?」
唯「え?」
梓「気になるんです。教えてもらえますか?」
澪ちゃんの好きなところか……。
まずは、女の子の間でも評判のスタイルのいいところかな。
りっちゃんとか、ムギちゃんが澪ちゃんのいないところで大抵ネタにしてるし。
他のみんなは恥ずかしがり屋って言うとけど、澪ちゃんの場合はそうじゃない。
あれはすっごい慎ましい女の子なんだよ、と思う。そういうところも好き。
でも、澪ちゃんの一番好きな部分は、髪かな。
スラリと長くて、澪ちゃんみたいに格好いい。
唯「語り尽せないねえ……」
梓「随分誤魔化しましたね」
唯「好きすぎて好きな部分がいっぱいあるからねえ」
あずにゃんがとても悲しそうな顔をした。
きっと、澪ちゃんに憧れている部分があるとか、
そもそも女の子が女の子を好きなんて、という、
道徳的な部分でも感じるところがあるからだろう。
唯「でもね!」
梓「はあ」
唯「高校生活はまだ長いよ! これから夏休みになって! 合宿して、あずにゃんが入っての初めてのライブ!」
梓「テストも近いですね」
唯「どぼじてあずにゃんはわたしのSAN値を0にしよぉとするのぉー」
なんだか涙が出てきた。
梓「泣いて良いんですよ」
唯「うぅえぇぇ……やだ、なみだ……ぁ、とばらなぁいよぉ……」
梓「小さいですけど、どうぞ」
あずにゃんが手を広げる。
これは、私の胸に飛び込んでおいでの合図だ。
じゃあ、お言葉に甘えて。
唯「うわぁぁぁ! ふられちゃったよぉ! うぅ、ぐす……かなじいよぉ!」
梓「好きな人にふられたんなら当たり前です、悲しくてやりきれないのは当然です」
梓ちゃん……年幾つ?
梓「好きな人が、他に好きな人がいるっていうだけでも辛いのに、その好きな人が妹なんて」
唯「……あずにゃん?」
梓「憂は良い子ですよね、澪先輩が好きになるのも当然だと思います」
そっか、あずにゃんも澪ちゃんのことが好きだから……
唯「ごべ、ごめんねぇえ……あずにゃんもつらいのにぃ!」
梓「……」
梓「落ち着きました?」
唯「落ち着きました」
梓「ところでこれからどうします?」
唯「え? 家に帰ろうかと思ってるけど」
梓「そうじゃありませんよ」
あずさちゃんがやれやれって感じで首を振る。
梓「澪先輩の恋路を応援するか、それとも唯先輩が頑張って澪先輩に振り向いてもらうかです」
梓「どうしますか?」
唯「どう……って……」
梓「私のオススメは、振り向いてもらう方ですね」
唯「ええ!? あずにゃんも澪ちゃんのこと好きなのに!?」
梓「そうですね、まあ、私はそういう健気な部分も良いかなって思うんですよ」
恐れいった。
澪ちゃんの幸せを第一に考えるなんて、
さすがあずにゃんはとても優しい。
私も見習いたい点はある……けど、私は私のことを見て欲しいよ。
唯「わかった! 頑張る! 頑張って澪ちゃんに振り向いてもらうよ!」
梓「……そ、それはよかったです、では、何から始めましょう」
唯「ほ、へ?」
梓「今のままでは唯先輩に振り向いてもらえる可能性はゼロです。だったら、努力しなくちゃいけません」
努力……。
澪ちゃんは憂が好きだって言ってたよね、じゃあ、憂みたいに……
梓「憂みたいに、家事万能で優秀な女の子になるっていうつもりでしょう」
唯「なぜばれたし!」
梓「私はわりと、唯先輩のことは理解してるんですよね」
唯「あずにゃん……」
私はどうしてここまで単純なんだろう。
梓「まあ、まずは手始めに格好良くなるとかはどうでしょう」
唯「澪ちゃんみたいに?」
梓「そうですね、憧れていると同時に近くにいますから、良い案だと思いますよ」
唯「ふふふー、私が澪ちゃんみたいに格好良くなっても惚れちゃダメですぞぉ」
梓「……!? ふ、ふざけないでください! 唯先輩は唯先輩のことだけを考えてください!」
唯「へへへー、冗談だってばぁ……冗談だっぜ!」
梓「……口調はべつに変えなくても良いと思いますけど」
じたく!
唯「ただいまー」
憂「おかえりお姉ちゃん」
唯「おそくなってごめんねー……くんくん、あれ? 匂いしないね?」
憂「私も色々あってついさっき帰ってきたばっかりだから」
唯「じゃあじゃあ、お手伝いするよ!」
憂「え? いいよ、お腹空いてるでしょ」
唯「だいじょうぶ、補給はしたから!」
憂「ふふ、紬さんのお菓子は美味しいもんね」
唯「それもあるけど、帰るときあずにゃんとたい焼き食べたの!」
憂「梓ちゃん?」
ゆうしょく!
唯「え!? ムギちゃんに告白された!?」
憂「そ、そうなの、帰りが遅くなったのもそれが原因なの」
唯「ほへー、憂すごいねー」
憂「すごくは……ないと思うけど」
唯「お姉ちゃんの見立てだと、憂のこと好きな人はまだまだいるよ!」
憂「(え……それってもしかして、お姉ちゃんが!?)」
唯「でも、それは教えてあげないんだよ」
憂「ざんねん……」
唯「?」
唯「それでそれで、どうしたの?」
憂「どうしたって」
唯「告白されたら、お答えしないと! ムギちゃんきっと待ってるよ」
憂「ああ、お断りしたよ」
唯「断ったの!?」
憂「うん、私は他に好きな人がいるから……」
そうかー、だったら仕方ないね。
ムギちゃんには明日私からも謝っておこう。
憂「お、お姉ちゃんは私の好きな人とか興味ないかな!」
唯「憂の好きな人でしょ、きっと素敵な人なんだろうねえ……」
憂「う、うん、素敵な人だよ」
唯「きっと、勉強が良く出来て家庭的で、すっごく格好良くて運動もよく出来るんだろうなあ……」
憂「……」
唯「えへへ、私とは正反対の人だねぇ」
べっど!
憂の好きな人か……
きっと澪ちゃんみたいな凛々しい女の子なんだろうなあ。
ムギちゃんみたいに、お嬢様だけどっぽやぽやした柔らかい雰囲気な女の子も良いと思うけど、
どこか私と似ている部分があるから、きっとそれのせいでムギちゃんは……
ごめんね。
唯「あ、りっちゃんからメール着てる」
『憂ちゃんくれ』
なんだか二人の告白を聞いちゃったし、意味深な表現な気がするよぉ。
でも、りっちゃんはああ見えて頼りがいがあるし、リーダーとして責任感もあるし、
りっちゃんでも、憂は任せられるかな……。
でも、憂の隣に立つのは澪ちゃんがあってる気がする……。
『格好良くなったらいいよ』
メールを送り返す。
直ぐに返事が来た。
『イケメンになったぞ』
添付ファイルに髪をおろしたりっちゃんの写真があった。
確かに普段と違ってちょっと格好イイかも。
『鬼太郎みたい』
格好イイよね、鬼太郎。
よくじつ!
憂「お姉ちゃん、朝だよー、朝ごはん食べて学校にいくよー」
唯「起きないから奇跡っていうんだよ……すぴー……」
梓「まったく、格好良くなるんじゃないんですか」
唯「ほへ!?」
憂「あ、お姉ちゃん起きた」
梓「情けないですねえ……」
どうしてあずにゃんがこんな所に。
あ、そっか、これはきっと夢なんだね。
唯「おやすみなさい……」
憂「お姉ちゃん二度寝ダメー!」
梓「やれやれ」
梓「それで、格好良くなるって台詞は嘘だったんですか」
唯「朝一番だから仕方ないんだよぉ」
梓「まったく、ぽやぽやして、家事も憂に任せっきりで、昨日の迫真の台詞はなんだったんですか?」
唯「反論がひとつも出来ないよぉ」
憂「昨日のことって?」
梓「唯先輩、澪先輩みたいに格好良くなるって、そう宣言したんだよ」
憂「(かっこういい……かな……? 見た目だけのような気がするけど)」
唯「えへへ、澪ちゃんみたいに、しゃんとして、きりっとして、怪傑ずばっとするんだよ!」
梓「できない予想のはらたいらさんにしゃんぜんてんです」
唯「うう、巨泉がいるよ……」
憂「それで、どうして梓ちゃんは朝から家に?」
梓「ああ、唯先輩がいるときに言うっていったよね」
憂「うん」
梓「ちゃんとしているかなーって気になったのが一つ」
憂「……ぜ、全然出来てなかった?」
梓「がっかりした!」
唯「うう、ごめんなさい……」
憂「でもお姉ちゃんのために朝早くから来てくれたんだよね」
唯「そうだよぉ。ありがとうあずにゃん」
梓「昨日結局おごってもらったたい焼きのお礼なだけです!」
憂「(素直じゃないなあ……)」
唯「澪ちゃんに奢ったら、澪ちゃん来てくれるかなあ……」
梓「!? ……き、来てくれるわけないじゃないですか!」
唯「そうだよねえ」
最終更新:2010年07月26日 21:21