今日はペットショップは別の店にはなっていなかった。
まぁ、飼育部のままだったのだからそうなのだろう。

家に帰るとすぐにテレビをつけた。
今日の変化は唯先輩以外は無かったようだ。

しかし、唯先輩が変わってしまったのは正直きつかった。
今までの思い出が頭をよぎって、一人でまた泣いてしまった。

今日はよく泣く日だ。


泣き疲れて寝てしまっていたようで、気が付いたら外は明るかった。

今日は何が無くなってしまうのだろうか。
そう思うと学校へ行くのが辛くなった。

でもここで学校へ行かなかったら問題は解決しない。
それに、先輩がたが…

…唯先輩とはちゃんと話して仲良くなろう。

天気予報は快晴だった。占いの運勢は吉。
今日は何かいいことがありそうだ。


ー昼休みをお知らせします

相変わらずチャイムじゃないのは慣れない。

憂「梓ちゃん、ちょっといい?」

純「ん?何々なんの話?」

憂「ごめんね、梓ちゃんと二人だけで話したい内容なんだ」

純「ふーん、じゃあその話が終わったら一緒にご飯食べよ」

梓「うん、わかった」

憂の話しって何だろう…
純がいるとまずい話なのかな…

もしかして…


憂「梓ちゃん、変なこと聞いていい?」

梓「うん」

憂「梓ちゃんは冬って知ってる?」

梓「ふゆ…?」

予想だにしていない言葉。
憂の口から知らない単語が出てきた。

憂「そっか…梓ちゃんはまた別の世界なんだね…」

梓「憂、それってどういうこと?」

憂「梓ちゃんのことはお姉ちゃんから聞いてたから知ってたの」

梓「あの唯先輩が?」

憂「今の世界のお姉ちゃんじゃなくて、前の世界のお姉ちゃんからね」

梓「前の世界って…憂、もしかして…」

憂「私も…違う世界から来たの」

梓「じゃあ…」

憂「…でも梓ちゃんと私では元が違う世界みたい」

それで憂は私の知らない単語を…

憂「ちなみに冬っていうのは季節の一つで、秋と春の間にあるの」

憂「…とっても寒いんだけど、そのかわりにみんなと一緒にいて心はあったかいの」

憂「マフラーを一緒に巻いたり…手袋をプレゼントしたり…」

憂の目には涙が滲んでいたような気がする。
でも、私にはそんな憂にかける言葉は思いつかなかった。


どうやら憂は今日の朝この世界に着いたらしい。
唯先輩にたまたま私のことを聞いたら、ちょっとムッとして家を出て行ってしまったらしい。

あと憂は唯先輩や他の人に迷惑をかけないようにずっと我慢していたようだ。
すぐさま相談した私って図々しいんだろうか…

憂と情報交換をしたが、私が知っていて憂が知らないものは音楽だけだった。
逆に私が知らなくて憂が知ってるものはたくさんあった。

今までは自分の元いた世界が完璧な世界だと思っていたが、そんなことはなかったようだ。

憂のほうが私よりずっとつらかっただろう。
私は同じ立場の人が他にいてホッとした半面、自分の心の弱さを実感した。


梓「憂もみんなに相談しよう!」

憂「うん!」

…と後ろから人影が現れた。

純「なーにこそこそしてんのかと思ったらなんかすごいこと話してるじゃん」

梓「純、聞いてたの!?」

純「だっていつまでたっても戻ってこないし、おなか減ったんだもん」

憂「純ちゃんの登場、かっこよかった」

憂がクスッと笑った。私も純もつられて笑った。
なんで初めからこの二人にも相談しなかったのだろうか。



ー放課後をお知らせします

放課後、私達は多目的室へと向かった。

ガラッ
ドアを開けても誰もいなかった。

純「まぁ今日はうちらが終わるの早かったしねぇ…」

生き物達はちゃんといる。
少なくとも部活はあるのだろう。

憂「私の元いた世界ではお姉ちゃん達は書道部だったんだよ」

書道部…失礼な話だがあの先輩がたが書道なんて想像ができない。

純「さっきから元いた世界とか言ってるけどそれって何なの?」

純にはまだ十分に事情を説明できてはいなかった。

憂「私達は気が付いたらあるはずの物が無かったり、人間関係が変わってたりしてるの」

純「大変そうだね」


ガラッ

澪「お、梓、今日は早かったな」

律「それに憂と…」

純「澪先輩!私鈴木純って言います!発表会のときからのファンなんです!」

澪「…ええ!」

紬「あらあら」

どうやら飼育部で飼育してる動物たちの発表をしてみたところ、
澪先輩の人気が出てしまったらしい。

その辺は微妙に他の世界とリンクしているのだろうか。


唯先輩はしぶしぶ入ってきた。

梓「唯先輩!」

唯「…」

梓「どうして私を避けるんですか、私は唯先輩と仲良くしたいです」

唯「…憂」

憂「私はお姉ちゃんがどうして梓ちゃんを嫌ってるのか分からないけど…」

憂「私はお姉ちゃんと梓ちゃんが仲良くしてるほうがいい」

唯先輩は周りをぐるりと見た。
この部屋にいる全員がうなずいていた。

唯先輩は突然泣き出した。

唯「…今までごめんね、梓ちゃん…本当は私も仲良くしたかったんだけど…」

唯「私はドジで梓ちゃんはできる子だから…その…どう接していいか…」

澪「なんだ、そんなことか」

唯「あと…入ったばっかりの時に真面目に飼育しろって怒鳴られて…」

梓「…そんなことしてたのか、この世界の私…もう怒鳴ったりしないですよ」

唯「こんな私でも…仲良くできる?」

梓「もちろんです、学校で会うのはあとちょっとですけどこれからも仲良くしましょう!」

唯「…うん、分かった、梓ちゃ…」

梓「ただし、許す条件があります!」

唯「…え」

梓「私のことはあずにゃんって呼んでください」

唯「…?…あ、うん!分かった、あずにゃん!」

『あずにゃん』…この言葉が聞きたかった。
私は今日も泣いてしまった。

紬「それで…憂ちゃんも梓ちゃんと同じなの?」

憂「はい、この世界での私は知りませんけど、少なくともこの私は半年ぐらい前から…」

唯「憂も相談してくれればよかったのに…」

梓「憂も唯先輩に迷惑かけたくなかったんですよ」

律「でも唯も憂の変化に気付けよなー」

唯「ごめん」

やっぱりこの世界の唯先輩はちょっとよわよわしい。
でもそんな唯先輩をちょっと可愛いと思ってしまった。

澪「それで、憂は何か元の世界に戻る方法とかは知ってるか」

律「知ってたらこの世界に来てないんじゃないか?」

憂「いえ、知ってるとも知ってないとも言えない感じですけど…」

憂はこの半年で、何かを掴んでいるらしい。

憂「私は朝の5時に世界が変わるらしいんですけど…
その時に『戻りたい』って考えてたら世界は変わります」

律「それだけでいいのかよ!?」

唯「そういえば最近憂の起きるのが早かったような…」

憂「でも世界が変わるだけで、どんな世界になるかは分からないし…
梓ちゃんがやっても上手くいくかも分からないし」

梓「でも、試してみる価値はあるね!」

意外と世界なんて簡単な作りをしているのかもしれない。
むしろ難しく考えすぎていたのかも…

今日の飼育部は憂と純も一緒に活動した。
…といっても雑談ばっかりだが。

でも、唯先輩がこんな提案をした。
唯「今年も…飼育部で出し物しようよ」

飼育部の出し物…全く想像がつかないんですけど…

梓「去年の出し物は何だったんですか?」

紬「去年は飼育してる子たちを私達が紹介しながら律ちゃんと澪ちゃんで漫才をやって…」

律「そのとき澪がコケてパンツを…」
ドスッ

梓「じゃあ、今年はお茶会をしましょう!可愛い動物を楽しむカフェみたいな!」

憂「面白そう!」

紬「素敵ねー、じゃあ家から食器とか持ってこないと」

唯「私も…あ、あずにゃんに賛成!」

律「じゃあもう反対しても多数決で決まりだなー」

澪「まぁ、私達も賛成なんだけどな!」

純「澪先輩のメイド服が見れるなら…」
バシッ

純は澪先輩に新たなトラウマを植えつけかねないので自重してもらおう。


…といっても元の世界に戻ろうとすれば、飼育部じゃない世界に行ってしまうのかもしれない。
また別のトラブルを抱えた世界になってしまうかもしれない。

憂「どうしたの?梓ちゃん」

梓「いや…憂は…元の世界に戻りたい?」

憂「もちろん、梓ちゃんもそうなんでしょ?」

梓「わからない…こんなにうまくいってるんだったら…この世界も悪くは無いのかなって…」

憂「…そっか」

憂は私の言葉に何を思ったのだろうか。
彼女の笑顔が何を語っていたのかは分からなかった。


正直、ここで元に戻らないのは逃げでしかない。
必ず同じ世界に戻れるわけじゃないんだから、今の世界に残るのが一番安全なだけだ。

私だって音楽がしたい。
でも憂は半年経った今でも元の世界には戻れていないのだ。

梓「憂…私、どうしよう…」

純「行きなよ!」

意外な人物からの台詞にちょっと驚いた。

純「よくわかんないけど私は梓がどんなことになっても協力するよ!
だから賭けてみなよ!」

梓「なんか今日の純、無駄にかっこいい」

純「…無駄には余計じゃない!?」

憂「ある程度は世界同士でリンクがあるし、この世界であったいいことも他の世界で残ってるかもよ


次の日、放課後は憂と純の3人で迎えた。

私は強く「戻りたい」と思い続けた。

こんなのでいいのかと思うような行為だが、今は信じるしかない。

ーキーンコーンカーンコーン

チャイムの音が鳴った。
音楽が戻った!?

梓「憂!音楽が戻った!」

憂「おめでとう、これで私もいつか元の世界に戻れるって自信がついたよ」

純「やったじゃん!早速先輩に報告しなきゃ!」

梓「澪先輩目的なの?」

純「…ばれたか」

この世界の昨日の私は、また違うものを探していたらしい。
憂も昨日の憂とは違うようだった。

でも、私が満足しているのだから、きっと他の世界の私も満足しているのではないだろうか。

私は少しだけ足早に音楽室へ向かった。
理由は簡単、みんなで演奏をするためだ。

音楽室の前まで来た。

中からは先輩がた4人の声がした。
もうみんな来ているらしい。

ふと、ドアの上を見た。
そこには『音楽室』と書かれた札があった。

ガラッ

梓「こんにちは~」

音楽室のドアを開けるといつも通りテーブルに5人分のケーキと紅茶が鎮座していた。

唯「あ~ずにゃ~~~~ん!!」

唯先輩がいつも通り飛びついてきた。いや、時間が空いていた分勢いが強い気がする。

紬「あらあら」

先輩がたにも私が満足いく結果になったこと、前までの世界のことなどを伝えた。

唯「別の私がすみませんねぇ、あの子も悪い子じゃないんです」

律「お前は別の世界の唯を一人もみてないだろ」

澪「もしかするとその世界の梓を救うのが梓のパラレルワールドでの目標だったのかもな」

梓「どうでしょう…まだ本当に元の世界なのかはわかりませんし」

でも、元の世界だろうが違おうが…
音楽があって、みんなでお茶して、唯先輩と仲良しなこの世界を私は選ぶ。


梓「…って、お茶してないで練習しますよ!」

唯「怒鳴らないって言ったじゃ~ん」

梓「あー、それってこの世界でも有効なんですか…」

律「それに梓~、お前今日ギター持ってきてないぞ」

梓「あっ…」

純「教室にも無かったしね」

紬「今日はゆっくりお話しましょう」

唯「すぐにギター弾きたいんだったらギー太をちょっとだけ使ってもいいよ!」

梓「…はい!」

唯「…でも本当にちょっとだけだからねー」

梓「分かってますよ…」

私はこの世界で生きていく、どんなことがあろうとも。

終わり



最終更新:2010年07月28日 21:30