そのとき、不意に手術中のランプが消えた。

ガチャン

手術室の扉が開き、中から医者がでてきた。

医者はまっすぐに唯の両親の前へと進み、口をひらいた。


医者「…真に…残念ですが………」



そんな………


嘘だ…



2012年 8月19日  唯


みんなが寝静まったあと、トイレに起きて目が冴えてしまった私は、
一人でスタジオで練習をしていた。

うーん…ここのところが、まだちょっと不安なんだよなあ…

ガチャ

梓「唯さん…?」

一人で黙々と練習していると、扉が開いて梓が入ってきた。

唯「ごめん、起こしちゃった?」

梓「……」

唯「梓?」

梓「あ、すいません、ちょっと、昔のことを思い出しちゃって…」

唯「そっか…」

梓「私も一緒に練習してもいいですか?」

唯「もちろん」

私がそう言うと、梓は部屋のすみに置いてあったギターを持ってきて隣に座った。

唯「そういえば、梓はどうしてそのギターを選んだの?」

梓「え?」

唯「だって、ネックは太いし、重いしで、梓には弾きにくいんじゃないかなあって」

梓「それは……かわいいから…です」

唯「…かわいい?」

梓「はい」

かわいい、か。
梓の感性はよくわからないなあ。




2009年 9月29日  律


唯が死んでから、私はずっと部屋にこもっていた。

みんなに会うのが嫌だった、唯のことを思い出して悲しくなってしまうから。

楽器を見るのが嫌だった、唯のことを思い出して涙がでてきてしまうから。

だけど、部屋に一人でこもっていても、結局唯のことを思い出してしまう…

唯、なんで…どうして死んじゃったんだよ…
みんなで、武道館にいこうねって、約束、したのに…

コンコン

ガチャ

部屋がノックされ、返事も待たずに扉が開けられた。

梓「律先輩…」

律「梓か…」

梓「律先輩、いつまで、そうしてるつもりですか…?」

律「ほっといてくれよ…」

梓「澪先輩も、ムギ先輩も、みんな待ってますから…学校、来てくださいよ」

律「ほっといてくれって言ってるだろ…」

梓「軽音部はどうするんですか…」

律「もう、どうでもいい…」

梓「そんな!律先輩がつくった軽音部でしょう!」

梓「それなのに、どうでもいいだなんて、あんまりです!」

律「うるさいな!梓は、唯が死んで悲しくないのかよ!」

梓「悲しいに決まってるじゃないですか!」

律「!」

それまで暗くてよくわからなかったけど、梓は泣いていた…

梓「…悲しくないわけ…ないじゃないですか…」

梓「だけど、悲しんでいたって、きっと唯先輩は…喜んではくれないです…」

律「…」

梓「唯先輩はもう、武道館を目指すことすらできないんです…」

梓「だけど、私達はまだ、生きてるじゃないですか」

梓「私達が唯先輩にしてあげられることは…私達が、武道館を目指し続けることだと思うんです…」

梓「唯先輩と、約束…したから…」

律「梓…」

梓は泣いていた…

そっか、そうだよな。
みんなだって悲しいんだ。
だけど梓は、唯の事を想って、その悲しみを乗り越えようとしているんだ…

私はただ悲しみから逃げているだけだった…

そうだ、私達は唯と約束したんだ、必ず、武道館のステージに立つんだと。




2011年 6月7日  律


律「CDデビュー?」

私は、自分の耳を疑った。

紬「ええ、小さなレコード会社らしいんだけど、ライブハウスでの私達の演奏を聴いて、ぜひにって」

澪「やったな!みんな」

梓「武道館ライブへの、大きな一歩ですね…」

紬「ええ、だけど一つ問題があって…」

ムギは複雑な表情をしてそういった。
ムギの言いたいことはみんなもわかっていた…

律「ギターパートか…」

紬「ええ、梓ちゃんが入ってからは、ずっとツインギターで作曲してきたから…」

梓「CDを出すとなると、やっぱりなんとかしなくちゃだめですよね…」

やっぱり、探すしかないか…




2012年 9月20日  唯


唯「うう、緊張してきた…」

ここは日本武道館の控え室。
武道館ライブ本番まであと30分。
私はいつものように緊張でがちがちになっていた。

梓「唯さん、そういうときは掌に人って書いてのみこむといいですよ」

梓の言うとおりにやってみる。

ごっくん

うん、だめだ、よけいに緊張してきた。
私っていつも本番に弱いんだよなあ、
このあがり症だけは、いつまでたっても治りそうにない。


コンコン

スタッフ「失礼しまーす」

ガチャ

控え室の扉が開き、スタッフさんが入ってきた。

スタッフ「田井中律さん、秋山澪さん、松田唯さん、琴吹紬さん、中野梓さん、
あと30分で本番が始まりますので、スタンバイお願いします」

律澪唯紬梓「はーーーい」


律「いよいよだな…」

澪「ようやく、約束を果たせるな」

紬「きっと、天国で聞いていてくれるよね」

梓「唯先輩、私、唯先輩のギー太で精一杯演奏しますから、見ててください…」

唯「今日がその、平沢唯さんの命日なんだよね?」

律「ああ、そうだよ。お前と同じ名前なのも、なんて言うか、運命なのかもしれないな」

澪「ぷっ」

律「何で笑うんだよ、みおー」

澪「だって、律が運命だなんて、にあわな…ぷぷ」

律「なんだとー!私だってたまには乙女な気分になったりするんだよ」

紬「うふふ」

みんなのいつものやりとりを見ていたら、だんだんと緊張もとれてきた。
もしかしたら、りっちゃんは私の緊張をとるために気をつかってくれたのかもしれない。
この1年、一緒にやってきてわかった、りっちゃんがそういう風に、他のメンバーを常に気にかけていることを。

唯「私は会ったことは無いけれど、今日はその平沢唯さんのために、精一杯演奏するよ!」

梓「唯さん、ありがとう」

律「さあみんな、時間だ、行こう!」


………

私たちが舞台の上にあがると、歓声が沸き起こった。

澪「みなさーん、こんにちはーー!放課後ティータイムでーす」

澪ちゃんがマイクに向かって話しだすと、歓声がよりいっそう大きくなる。

澪「今日は私たちのライブに来てくれて、どうもありがとう!」

澪「実は私達には、もう一人の仲間がいました、平沢唯というリードギターです」

澪「だけど唯は病気のためにこの世を去ってしまいました。私たちは唯と交わした約束を守るために、
必死になってこの武道館を目指してきました」

澪「その後、私たちは新たなメンバーを加えて、今日、ようやくその約束を果たすことができます」

澪「最初の曲は、唯のために捧げる曲です、聴いてください、ふわふわ時間!」


律「ワン、ツー、スリー、フォー!」


りっちゃんのカウントで演奏が始まる、みんなの思い出の曲、ふわふわ時間が。


聴こえますか、平沢唯さん。

私はまだ放課後ティータイムに入ってから1年しかたっていないけれど、
みんなは、いつも楽しそうにあなたの話をしてくれます。
その笑顔を見ていると、あなたがみんなからどれほど愛されていたのかがわかります。

だから、どうか聴いてください、私たちの演奏を…

きっとあなたも、天国でこの曲を聴いて、笑っていてくれますよね。




おわり




最終更新:2009年11月26日 10:08