涙で顔をぐしゃぐしゃにして憂は懺悔する様に思いの丈を語り終えた。
一旦背を向けて短く深呼吸をし、腕で顔を拭う。
振り向いて精一杯の作り笑いを浮かべた憂が言葉を紡ぐ。

憂「じゃあ……さようなら、梓ちゃん」

梓「待ってよ、憂。言いたい事だけ言って、それでさよならなんて、それこそ自分勝手だよ」

憂「梓ちゃん……そうだよね。梓ちゃんだけが傷付いちゃってるもんね。いいよ、私にも同じ事して」

梓「――っ! じゃあ目を瞑ってよ」

憂「うん……」

梓「行くよ」

私がそういうと、憂は閉じた両目の端にぐっと力を込める。
小刻みに震えている両肩に、少し背伸びして手を置いた。
憂は一瞬ビクッとしたが、覚悟を決めたように震えを止めた。
それを見届けてから、まだ少しだけ引きつった憂の頬に目掛けて――――

憂「――っ!? あ、あああ梓ちゃん!?」

梓「えへへ……ファーストキスってやつ、しちゃった」

憂「梓ちゃん……何で?」

梓「私も憂の事が一番大好きってことだよ!」

憂「えっ、えっ?」

突然の出来事に憂は混乱している。
私は憂と二人きりになったら言おうと決めていた事を語りだす。

梓「謝るのは私の方だよ。約束を破って唯先輩に告白したのは私なんだから」

梓「実は私も怖かったんだ」

梓「世話が焼けるけどほっとけない唯先輩。気配り完璧、何でもこなして尽くしてくれる憂。顔は似てるけど、全然性格の違う姉妹」

梓「二人の事深く知っていくにつれて、私はどっちが本当に好きな人なのか分からなくなっちゃってた」

憂「あ、私と同じ……」

梓「それで答えが出せなかった私は、焦って唯先輩に告白した。本当に好きなのは憂だったのにね」

梓「弱かったんだ。憂に告白して振られるより、唯先輩に告白して憂とは今まで通りでいようって。そんな上手くいくはずないのにね」

憂「そう、だったんだ」

梓「訳分かんないよね。憂が好きだから、憂に嫌われたくない為に唯先輩に告白しちゃうとか。本末転倒って感じ」

自然と涙が出てた。
溜め込んでいた気持ちを吐き出すように、それを流すように、言葉と涙が溢れ出てきた。
憂も落ち着きを取り戻したようで、今は真剣に私の話を聞いてくれている。

梓「軽蔑、しちゃった?」

憂「ううん、そんなことしないよ。私だって梓ちゃんに酷いことしたもん。お互い様だよ。それに――」

梓「それに?」

憂「私と梓ちゃんの気持ちが一緒だったって、そっちの方が嬉しくて……」

梓「憂……!」

憂「梓ちゃんは本当に卑怯だよ。こんなこと言われたら……お別れなんてしたくなくなっちゃう……よっ」

梓「憂……私も! 私も嬉しい! あー、こんな簡単に解決しちゃうことで悩んでて、私達何やってたんだろうね」

憂「うんっ。ふふ、何か私今日泣いてばっかりだよ。それより頭の怪我、本当にごめんね?」

梓「これは憂を裏切った身勝手な私への罰なんだよ。傷は治っちゃうけど、この痛みは一生忘れないよ」

憂「私も……私も、この気持ちは絶対に忘れない」

梓「じゃあ、ウジウジしちゃうのはここまで! ……ゴホン、では改めまして」

憂「?」

梓「こんなワガママで自分勝手な私だけど、付き合ってもらえますでしょうか!」

憂「あ……! こんな弱くて自分勝手な私でよければ、こちらこそよろしくお願いします!」

梓「えへへ……」

憂「ふふふ……」

梓憂『あははははっ!』


……

梓「大変ご迷惑をお掛けしました。今日からまたよろしくお願いします!」ペコリ

律「いやー梓が無事でよかったよかった。これでまた練習ができるな!」

澪「本当に練習するんだろうな? まぁ、大事無くてよかったよ。私達は気にしてないからさ」

紬「ええ、またよろしくね? 今日は快気祝いってことで、一杯お菓子持ってきたの~」

唯「えっ本当!? わ~い、あずにゃんも復帰するし、お菓子も一杯だし最高だよ~」

憂「もう、お姉ちゃんったら」

澪「まぁ、今日位いいじゃないか」

律「そうだぜ。私らが用意するからさ、梓と憂ちゃんは座った座った!」

梓「えっ、そんな悪いですよ。私も手伝います」

紬「いいのいいの。今日は梓ちゃんが主役なんだから。憂ちゃんも座って」

いつもの軽音部の光景。
違うのは私の横に憂がいて、先輩方が快気祝いってことで目まぐるしく用意していること。
めんどくさがりの唯先輩と律先輩まで私の為に動いてくれている。
少し気恥ずかしさを感じていたら、おぼつかない手つきで唯先輩がティーセットを運んできた。

唯「お、ま、た、せっ……ととっ! フラフラしちゃうよ~」ガチャガチャ

梓「あわわわわっ!」

憂「お、お姉ちゃん危ないっ!」

唯「だい、じょうぶ、っとぉ! これからは私も一人で色々できるようにならないとだもんね!」

憂「えっ? それってどういう」

律「おい、唯!」

唯「あれっ、まだ秘密だっけ!?」

澪「おいおい、確認しても無いのにもうバラしちゃったのか」

梓「えっ……もしかして」

紬「ごめんなさい、梓ちゃん。事後の説明が必要だったし、なによりこういうことは皆でお祝いした方がいいと思ったの」

なんという。
時期を見て憂と付き合っている事を皆さんに報告しようと思っていたのに。
ムギ先輩は天使なのか、悪魔なのか。
私は耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。

憂「もう観念したら、梓ちゃん?」

梓「……うーっ……わかった! わかりましたよ!」

覚悟を決めて椅子から立ち上がる。
だけど、部室内の全視線を一斉に受けて少し決心が揺らぐ。
トンちゃんまで見つめてる気がしてきた。

梓「えっと、その……あのですね……つまりですね」

律「……じれったいなー」

澪「静かに聞いてろ!」

憂「梓ちゃん」

憂が力一杯握り締めている私のこぶしにそっと手を置いた。
びっくりして憂の方を見る。

憂「落ち着いた?」

梓「……うん! それじゃあですね」

梓「えっと、わ、わたくし中野梓は、こちらの平沢憂さんと……お、お付き合いすることになりました!」

憂「なりました~」

パチパチパチパチパチパチ!!

澪「おめでとう、二人とも」

律「遅かれ早かれこうなると思ってたぞー?」

紬「素敵~、赤飯も持って来ればよかったわ~♪」

唯「ううぅぅぅうう! あずにゃんんん、う、憂を宜しくお願いしますうぅぅぅ!! ふえぇぇぇぇん!」

梓「あはは……何だか恥ずかしいです」

憂「うふふ、そうだね!」

梓「あ、そういえば唯先輩! この間のことなんですけど」

唯「ひっく、ふぇ?」

梓「あの、その、唯先輩を好きだって言った件なんですが……」

唯「おー、あのことね! 私もあずにゃんの事は出会った頃からずーっと大好きだよ!」

梓「そ、それなんですけど」

唯「もちろん、りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん、憂もみーんな大好きだよ!」フンス

梓「あ……えぇ?」

紬「(梓ちゃん)」ボソボソ

梓「(は、はいっ!)」

紬「(唯ちゃんは告白と受け止めてなかったみたい。それとなくフォローもしておいたから大丈夫よ)」

梓「(あ、ありがとうございます。何から何まで)」

唯「こらーあずにゃん! 内緒話ばっかしてないで、飲んだ飲んだ! 食べた食べた!」

梓「そ、そんなに食べられませんよ!」

紬「うふふ」


律「ふぃー、もう食べられねー! 澪ーおんぶしてくれー」

澪「調子に乗って食べるからだろ。全く」

紬「戸締り完了しました~」

梓「じゃあ皆さん帰りましょうか」

澪「おい、律」

律「! ああ、そうそう! 澪、お前新しいイヤホン欲しいって言ってたっけー」

澪「ああそうだったー。律、すまないけどちょっと付き合ってくれよー」

梓「え、何か凄い棒読みですよ」

律「お前らはごゆっくりどうぞー、じゃあなー」タッタッタッ

紬「唯ちゃん、帰る途中でアイスでも食べに行かない?」

唯「アイス! 行きます! あずにゃんと憂も一緒に……むぐっ」

紬「じゃあ梓ちゃん、憂ちゃんまた明日ね~」ズルズル

梓「あ、あはは」

憂「何か気を使わせちゃったみたいだね」

梓「そ、そだね、こういう時だけ完璧に合わせるんだから……行こうか?」

憂「うん。あ! 梓ちゃん、アレ何かな?」

梓「えっ?」

指差した方向を見るが、特に変哲も無い光景があるだけである。
憂にしては珍しいいたずらだ。

梓「もー、何にもないよ。って――――むぐっ!!??」

驚いた。
振り向いたら目を閉じた憂の顔があって……私は一気に、く、唇を奪われた……。
突然の事で硬直してしまったが、次第に私も目を閉じて憂を受け入れた。

憂「…………えへへ」

梓「はぁっ、はぁっ……ううう憂! いいいいきなりなな何を!」

憂「この間のお返し。私だけびっくりしたんじゃ不公平だもん。お返しは倍返しってことで唇、ご馳走様でした!」

普段の天使と見紛うばかりの笑顔。
そして今の、普段は見せない小悪魔の笑顔。

こんなに可愛い憂を独り占めできちゃうんだとか、やっぱり憂が大好きなんだって考えてたら、
一気に感情が押し寄せてきて、また私は泣いちゃった。

憂「あ! ご、ごめんね。いきなり唇とか嫌だったよね?」

梓「あ、ううん。これは違うの」

憂「えっ」

梓「うーん、なんか実感しちゃったっていうか、何というか。想いのままを言葉にするのは難しいね」

憂「梓ちゃん……」

梓「えへへ。さっ、折角気を使ってもらったんだし、どこか寄って帰ろうか?」

憂「そうだね! あ、梓ちゃん、その……手、繋いでもいいかな?」

梓「(か、可愛いっ!!)う、うん、もちろんいいよ!」

憂「ふふ……梓ちゃん大好きだよ」

梓「うぅ……う、憂は……可愛すぎだよ!」

憂「そう思うならさ、梓ちゃんも私に言うこと、あるよね?」

梓「ホントにもう……卑怯だよ……コホン!」

多分この時は耳たぶまで真っ赤だったと思う。
体温計なんて振り切っちゃうくらいの熱もある。
期待してる憂の目を見据えて、息を整えて、私もとびっきりの笑顔で答えた。

梓「私も憂が、世界で一番大好きだよっ!」



おしまい!



最終更新:2010年08月13日 21:15