唯「ハッ、私……尾行けられているッ!!」
律「唯、どうしたーー?」
唯「いや、なんかさっきから誰かに尾行されている感じがするんでさぁ、りっちゃん刑事」
律「何ィ? どこだどこだ? 平沢デカ!!」
唯「あ……でも今気配消えちゃった」
澪「唯の気のせいじゃないのか?」
唯「違うよ、りっちゃんが不用意に騒ぐからだよぉ~ぶぅぶぅー」
律「何をぉ!」
澪「二人とも喧嘩はやめろよ、往来で恥ずかしいじゃないか」
今日は私こと、
平沢唯はりっちゃんと澪ちゃんの三人で街までお買い物。
二人は高校時代からの親友で、目下熱愛中の私の恋人でもある。
友情と愛情が同時成立するのが、女の子の凄いところだと個人的には思う。
唯「んー、でもさっきの気配、本当に何だったんだろう」
憂「お姉ちゃん、週末なのに実家にも帰らず……出かける予定って、律さんたちとのデートだったんだね。ひどいよ……」
澪「しかし、三人でこうやって買い物に行くのも久しぶりだなー」
律「澪が、唯と私との仲に嫉妬して、デートの誘いがあっても無視したりするからだろぉ」
澪「ちがっ、ヤキモチなんて私は焼いてない! たまたま忙しかっただけだ!」
唯「えへへー、澪ちゃんは、三人の関係が正三角形でないと!って意見だもんね。ちょっと最近は澪ちゃんに寂しい想いをさせすぎたかな?」
澪「……うん、それはそうかも。私も少しだけ意地になってたかも、ごめん」
律「あ、認めた。こいつ唯の言うことなら素直に認めるようになったなー。正三角形とか言ってるくせに、エコひいきだー。アタシにも唯へのと同じぐらいの愛情を寄越せー」
澪「べ、別にそんなわけじゃ。それに律とは今朝も出がけにキスしたし、ラブレターも書いて渡しただろ」
唯「ラブレター!? そんなロマンチックな物体を献上させているのでありますか、りっちゃん隊員は!」
澪「最近、律に無理やり書かされるんだよ、愛情確認とか言って」
律「澪ちゅわんの、メルヘンポエミーな恋文で、純愛を確認したいのですわよん」
唯「イイナー。律っちゃん、ちゃんと愛されてるじゃん」
律「でも、澪は唯に対するみたいにあたしには優しくないし」
唯「まあ、澪ちゃんとりっちゃんは夫婦、私と澪ちゃんは恋人だからねー。奥さんとは喧嘩して、愛人さんの言うことは素直に聞くもんだよ」
律「じゃ、私と唯の関係は何だよ?」
唯「え~~、それを私の口から言わせるのぉ?」
律「……い、言ってみろよ」
唯「本当に言っちゃっていいの?」
律「わ!! や、やっぱダメ!! 言わなくていい! 唯の気持ちは私の心の中の想像に留める!」
唯「にしし。ほんと、りっちゃんは可愛いなー。クラクラするぐらいに可愛いよ」
律「だって、不安なんだもん……私が唯や澪にどう思われてるかって」
唯「はっ、今のしゅんとした表情可愛すぎる。抱きしめてもよかですか!!」
澪「おい、それはムギだろ」
唯「まあ、りっちゃんは私にとっては親友かな?」
律「そ、それだけぇ……?」
唯「うふふ」
私は黙って律っちゃんに近づくと、彼女の形の良いあごを指で持ち上げ、そっと熱いベーゼを交わした。
唯「言葉で言える関係だなんて思ってないよ。これが答え。不足?」
りっちゃんは、目をシバシバさせて、じっとくちびるに指を当てていた。
律「くぅ!何か色んな意味で負けた気がする……」
澪「え、エロすぎる……唯、私にもキス……」
唯「いいけど、りっちゃんとキスして」
澪「え、律と?」
唯「うん。りっちゃんと澪ちゃんが仲良くしてないとイヤだから。ね? そしたら、澪ちゃんとキスする。」
澪「わ、分かった……でもいつもしてるから、改めて言われると結構照れるな……」
律「外でのキスなんて、は、はずかしい」
こんなふうにいつもと同じような楽しく幸せな日常が、今日も始まろうとしている。その時には、私は単純にそう思っていたのだった。
唯「はっ、今さっきの気配と同じ気配がまた……」
唯「あれ? でも、すぐに消えちゃった」
憂「……お姉ちゃん、さすがに勘が鋭いね。」
「でも、いったい何人の恋人を作るつもりなの? そのたびに私の心が傷ついていることにも気づいてよ…」
澪「あれ?あの窓の外にいるの、憂ちゃんじゃないか?」
律「あれ、ほんとだ。店に入ってくるぞ」
日差しが強くなってきたので、喫茶店で涼みながら休憩をしていた私たち3人のところにやってきたのは、
平沢憂、私の妹だ。
憂は実家から大学に通っているので、一人暮らしの私(唯)とは、久しぶりの再会となる。
憂「お姉ちゃん、お久しぶり」
唯「うい? どうしたの? こんなところで すごい偶然だねー」
澪・律「こんにちは、憂ちゃん」
憂「……偶然? 偶然なわけないでしょ、お姉ちゃん。お姉ちゃんを家から尾行してきたんだよ。気づいていたんでしょ?」
律「あ、さっき唯が言ってたのって」
澪(憂ちゃんだったのか、相変わらずだなー)
唯「ふぅ、またなの、憂。いい加減に私ばかり追いかけてないで、独り立ちしてくれないと。いつまでも子どもじゃないんだから」
憂「お姉ちゃんの言う大人っていうのは、こういうことですか?」
そう言って、憂が私たちのテーブルの上にぶちまけたのは、どこから撮ったのだろうか、私と、律ちゃんやムギちゃん、澪ちゃんなどとのデート中の写真などだった。
中にはホテルに入る写真まである。
憂「私はお父さんたちが日本にいない間、お姉ちゃんの私生活についてもちゃんと見るように言われてるんです。それなのに、こんなに乱れた生活で……いったい、どうしちゃったの、お姉ちゃん!!」
唯「別に恥ずかしいことはしてないよ、私」
憂「最近は和ちゃんまで篭絡したんでしょ! 和ちゃん、ノーマルな人なのに、無理やりお姉ちゃんの趣味に引きずり込んで、可哀そうだと思わないの?」
唯「……」
澪「和までっ!……それは聞いてないぞっ、唯!」
律「わたしは先週聞いたけどなー」
澪「何ーーーー!」
澪ちゃんとりっちゃんが大騒ぎしている間も、憂は私のことだけをじっと見つめて、私の答えを無言で求めている。
憂が求めているもの、それを与える方法を私は知っていたが、それはできなかった。
唯「私の下半身事情を、憂が調べる必要はないんだよ。男相手に遊んでいるわけじゃないし、私の身体も相手の身体も傷つかないんだから」
憂「私の心は傷ついているよっ!!」
唯「……っ!」
律「と、とにかく落ち着いて。ここじゃ迷惑かかるから、河岸を変えよう、なっ」
澪「そ、そうだな。とりあえず、この写真もしまって……憂ちゃん。どこかに移動するよ」
だが憂は澪ちゃんたちの配慮も無視して、お腹の底から振り絞ったような悲痛な叫びを上げるのだった。
憂「星の数ほど、恋人を作るつもりなら、どうして私を入れてくれないのっ!! 私はお姉ちゃんの一番大事なひとになれなくてもいい、one of themで十分なのに!!」
それだけ叫ぶと、ぶちまけた写真もそのままに、憂は店を飛び出して、駈け出していった。
澪「……う、憂ちゃん!……ゆ、唯、急いで、追いかけないと」
律「唯……」
でも、その時、私には憂を追いかけるつもりはなかった。
永劫にも思えるような沈黙だったが、実際には1分もたっていなかったのだろう。
私は重い息を吐き出すように、誰にともなくつぶやくのだった。
唯「……家族はね、決して、one of themになんか……なれないんだよ。」
唯「憂はね、子どものころから聞き分けのいいできた子だったんだ。あたしなんかとは比べ物にならないぐらいね」
唯「あたしは姉だというのに、みんなも知ってるとおり、高校卒業までずっと、妹の憂に頼りっぱなしだった。大学入学を期に家を出たのはそのため、なんだ」
律「知ってたよ。唯が憂ちゃんに迷惑かけないようにって、頑張っていたこと。それに、唯にとって、憂ちゃんは別格なんだって、こともな。」
唯「そりゃあ、家族……だからね」
澪「でも、あの子の気持ち、唯は気づいているんだろ? だったら、どうして!」
律「澪……!」
唯「いいんだよ、律ちゃん。ありがとう。」
別に二人に聞かせてどうなる話でもないが、この二人になら素直になんでも話せる気がしていた。
私はおもむろに語りだした。
唯「子どものころ、まだ性に明確な関心も持たなかったころなんだけど、憂と二人でお医者さんごっこをしたときがあって……それで、両親に珍しく、こっぴどく叱られた時があったんだ。」
唯「その時は、どうして叱られるのか分からなかった。でも成長して、自分が同性である女性にしか興味を持てないんだって気づいた時にようやく理解したんだ。
たぶん、うちの両親は私の性的嗜好に気づいていたんだろうね。だから、憂を私の趣味に引き込ませたくなかった。せめて、憂だけはって」
澪「でも、憂ちゃんは唯のことが好きなんだろっ。同性同士だって私たちみたいに恋人にはなれる。それなのに、どうして憂ちゃんだけは……」
唯「家族……だから」
澪「……!」
唯「憂は私にとって一番大切な家族なんだ。だから、こっちの世界に来て欲しくない。
そんなの親友や幼なじみまで巻き込んでいる私が言えた義理じゃないし、みんなにも怒られるかもしれないけど、憂には、わたし、普通の女の子として幸せになって欲しいんだ。今まで苦労をかけた分もね……」
唯「ごめんね、勝手な言い草だよね。まるでりっちゃんや澪ちゃんならどうなってもいいみたいな考えだもん。あたしって酷いな。……もう、嫌いになった?」
律「バカ!! 嫌いになんてなるわけないだろっ、絶対にっ! 私も澪もムギも和もお前を嫌いになることなんてないッ!! 唯は梓には嫌われているって思ってるかもしれないけど、あいつだって、お前のことがっ」
澪「うん。嫌いになんてなれないよ。ちょっとジェラシー感じるけど、家族と恋人は違うもんな。唯から大切に思われている、憂ちゃんが羨ましいのと同時に、唯がこちらの世界で一緒に歩んでくれる相手に、私たちを選んでくれたことは誇りに思いたいんだ。」
唯「りっちゃん、澪ちゃん……」
澪「でも、だからこそ、唯はその気持ちを憂ちゃんに伝えるべきだ。……その気持ちをちゃんと言葉にしてね」
澪ちゃんのその言葉に、律ちゃんも大きくうんうんとうなづいた。
―ああ、親友って、恋人って本当に嬉しい存在だな。
唯「涙が出そうになったーー」
律「いや、涙も鼻水も既にダダ漏れだし」
澪「汚いなー、唯は……」
そうだった。私はいつの間にか、号泣するように泣いていたらしい。
私は勢い良く立ち上がって、鼻をすすりながら、涙声のまま、宣言した。
唯「悪いけど、本日はこれにて御免!! 拙者は走らなければならない!! 行き先は……」
澪・律「憂ちゃんの所!!」
私は親指を立てて、大きくうなづくと、クシャクシャの顔のまま、店を飛び出していった。
―キミがいないと何もできない
キミのご飯が食べたいよ
もしキミが帰ってきたら
とびっきりの笑顔で抱きしめたい
キミがいないと謝れないよ
キミの声が聞きたいよ
高校時代に作詞した曲のフレーズが、頭の中に思い浮かぶ。
ごめんね、憂。本当にごめん!
私は憂を恋から遠ざけるために、姉妹としての普通の接触も避けすぎていたんだ。
私、平沢唯は、今、無性に、平沢憂に会いたかった。この世界でたった一人の血をわけた妹に!!
でも、私は憂のことを追いかける間に、澪ちゃんのアドバイスを一点だけ、無視することに決めた。
つまり、気持ちを「ちゃんと言葉にして伝える」のは中止にしたのだ。
ごめんネ、澪ちゃん。
言葉で言える関係じゃない、ってことを伝えるための手段はりっちゃんでさきほど実践済みだ。
だから、憂に追いついたら、私は全身で抱きしめて、これを伝えたい。
I love you!
憂のこと、平沢唯は、世界中の誰よりも愛しているんだって!!
家族にでも、同性にでも使える、キスは愛情をたっぷり込めた最強の挨拶なのだから。
うい編、以上です。
うい編・おまけ(憂ED)
唯「ハッ、どうして私は憂とすっぽんぽん同士で寝ているのだッ」
憂「すごく、情熱的なキスだったよ~ エッチも上手だね~ さすがお姉ちゃん」
唯「……あのまま、盛り上がってホテルに入ってしまったみたいでごわす」
憂「これで、もうずっと一緒だね、お姉ちゃん」
唯「どうしよう!! お母さんたちに、怒られるーーー」
最終更新:2010年08月13日 23:23