ロープが投げ下ろされる。
時間がない───
憂「お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのこと大好きで大好きで、お姉ちゃんがこんな場所にいるってだけで死んじゃいたいぐらい胸が締め付けられるの」
唯「そんなの私だって…」
憂「ううん、違うの。お姉ちゃんには軽音部のみんながいる。私がいない分の寂しさだって埋めてくれる」
唯「そんなことないよっ! 私の心の憂の場所は…憂じゃないと埋まらないんだからぁっ!」
憂「泣かないで、お姉ちゃん。きっとまた会えるよ」ニコッ
唯「やだよ…やだよ憂っ!」
憂「純ちゃん。少ししかお話出来なかったけど、私純ちゃんの友達になれたかな?」
純「友達どころか大親友だよ…憂っ」だきっ
憂「ありがとう…純ちゃん」
憂の瞳から涙が零れ落ちる。
憂「二人とも早く行って。じゃないと私のやって来たこと、意味がなくなっちゃうから」
唯「ういいいい…」
純「唯さん…行きましょう! 憂の気持ちを無駄にしちゃ駄目です…!」
純はロープを強く、しっかりと持つ。
憂「お姉ちゃん、帰ったら大好きなアイスいっぱい食べてね」
唯「アイスなんかより憂がいいよぉっ!」
憂「唯、お姉ちゃんでしょう! 私の大好きなお姉ちゃんは…! 怠けてもいつまでも駄々はこねないよ!」
唯「憂…」
憂は唯にロープを渡す。
憂「またね、お姉ちゃん」ニコッ
唯「う…」
その瞬間、力強くロープが引き上げられた────。
憂「行っちゃった…。」
さてと、私は最後の仕事をしないと。
いくらサーチライトが消えて暗くなってると言っても壁の上に立って色々してたらバレちゃうかもだしね。
小屋に戻れるかわからないけど確か灯油があったはず…あれで火をつけて注意を惹こう。
逃亡のお手伝いにもなる筈だ。
見つかれば私は二度とここを出られないだろう…それでもよかった。
お姉ちゃんが無事ならそれで…。
─────
看守「────!」
看守「──!」
憂「駄目か…」
もう小屋にまで手が回っている。さて、どうやって気を惹こう。
こうなったらどこかで武器になるものでも拾って暴れようか。
しかし武器になるようなもの…
姫子『────』
憂「あっ…あれがあった」
草影に隠れながら出てきた場所、診察室に戻って来た。
広い中庭をカバーするためにほとんどが出払っているのだろう。まさか中に戻るとは思ってないのか診察室の窓は開けっ放し、辺りは伽藍洞だ。
サーチライトが未だ復旧しておらず、警察も来てないことから先輩達の計画が上手くいっていることがわかる。
診察室を一通り見た後、中に入り、武器になりそうなものを物色する。
和「あなた……」
憂「しまっ…」
ちょうど死角なっていたベッドのカーテンの中に人がいた。しかもここでは一番会いたくなかった人が…。
和「……」
憂「看守の人を呼ぶんですか…?」
和「そうね、そうしなきゃいけないわ」
和「まさか本当に脱獄するなんて思わなかったわ。おとなしそうな顔してやることはやるのねあなた」
憂「……期待を裏切ったみたいですみません」
和「全くよ。私が逃がしたんじゃないかって疑われたわ。ただガムの詰めた後を見て疑いは晴れたけどね」
憂「ご迷惑をおかけしました…」
和「……。お姉ちゃんの方は逃げたの?」
憂「…はい。」
和「他に逃げたのは?」
憂「…言えません」
和「…そ。」
和は赤渕眼鏡を外し、憂の肩に手を置いた。
和「あなたは何もかも背負いすぎよ。こんな小さい肩に…そんな重たいものばかり背負ってちゃ壊れてしまうわ」
憂「…これでいいんです。私が選んだ道だから」
和「でもこのままじゃあなたは一生お姉ちゃんと会えることもなく一生を終えることになるわよ? こんな冷たくて寒い、獄中で」
憂「お姉ちゃんが無事なら…」
和「お姉ちゃんが無事でもね、そのお姉ちゃんはずっとずっとあなたのことで悩むわ。私のせいで…って。二人の人生はもう…壊れてるのよ」
憂「そんな…ことないっ!」
和「賭けてもいいわ。彼女はあなたと同じことをして助けようとする…か、またここに来てあなたと共に暮らす。次はもっともっと重い罪を犯してね」
憂「そんな…じゃあどうしたらよかったんですか!? 私は…私は…」
和「自分を捨てちゃ駄目。その時自分自身はなくなるわ…」
憂「自分を…?」
和「そう、あなたはまだ生きてる。そしてお姉ちゃんも。片方が欠けたら死ぬというなら…二人とも生きなさい! そして償いなさい、自分の犯した罪を。長い人生を賭けて…」
憂「それって…」
和「あなたは何も関係ない、熱が酷かったからここに連れてこられて寝ていた。いいわね?」
憂「えっ…」
和「あなた達みたいな姉妹みたことないわ。私はね、きっとあなた達が好きなの。一人が一人を、何よりも尊重し合うあなた達が…人間のあるべき姿だと思ったから。助けなきゃ、私が人を助けてきた意味がなくなるわ」
憂「いいん…ですか?」
憂「また…お姉ちゃんと会って…」ポロポロ
和「えぇ。あなた達はずっと一緒にいなさい。ずっと……」
─────
姫子「ったくどこまで続いてんだよこの穴!」
もう結構歩いたのにまだ出口につかない。
姫子「つーか暗いくて見えないっての。はあ~まあ脱獄出来たらまたオシャレして玉の輿でも狙おうかな。さすがにもうあそこは飽きたや」
ドンッ
姫子「あいたっ。何よも~…行き止まり? 嘘でしょ~…?」
道を見落としたのか、姫子はため息をつきながら引き返す。
姫子「……明かり」
遠くに明かりが見える、それは段々近づいてくる。
多数の足音と共に───
姫子「唯達かな…。さっきはあんなこといって追い払っちゃったけど……やっぱり心配して来てくれたのかな」
「────!」
「───!!」
姫子「違う…唯達じゃない…」
看守にバレたの?
まさか…嘘でしょ…?
姫子「ふふ…憂って子に嵌められたかしら」
でもここで捕まったら終わりだ。何もかも終わり。
私は懐からメスを取り出し構える。隠れる場所はない。先手必勝、私は明かりに向かって駆けた。
こんな狭い道に何人も来てるわけない…!
更に同士討ちを怖がって銃は使い難いはず。
内側に入り込んでメスで…!
看守「お、おい!」
看守「うわっ!」
姫子「やああああああああっ」
パァンッ────
姫子「えっ…」
看守「」ガクガク
メスを持って突撃してきた姫子を恐れ、発砲。
それは見事に姫子の左胸を射貫き、暗闇の洞窟に鮮血を散らした。
ドサッ…
姫子「ごふっ」
思わず沸き出るモノを吐き出すと口いっぱいに血の味が溢れた。
姫子「あ…う…」
上手く喋れない、呼吸が出来ない。きっと肺を撃たれたのだろう。
姫子「(こんなあっさり終わっちゃうなんてね…私の人生)」
姫子「(人を使う為だけに近寄って…本当の友達なんて…私にいたのかな)」
姫子「(唯…暖かかったな……ごめんね…唯。ごめんね…ゆ…い…)」
────────
─────
私は憂の書いた字を眺めながら何時間もこうしていた。
アイスはすっかり溶け、辺りは霜が溶けて水浸しになっている。
あの事件の詳細は詳しく知らない。澪ちゃんが話してくれたけどまともに聞けなかった。
唯「憂……ういっ!」
紙を抱くようにして、ただひたすら泣いた。
神様、お願いします。私はどうなっても構いません…!
アイスも二度と食べません!
だから憂を…憂を…
唯「憂を返してください…!」
「お姉ちゃん…」
───憂の、声がした。
幻聴だろうか。
私は辺りを見渡すと……そこに憂を見つけた。
憂「こんなに部屋汚して…。全くお姉ちゃんは」
唯「憂……?」
憂「…憂だよ」
唯「本当に…?」
憂「本当に」
唯「消えない…?」
憂「消えないよ」ニコッ
唯「憂……、憂っ!!!!!!!!」
私は無我夢中で憂に抱きついた。
唯「ほんとに憂だよね! りっちゃんとかの変装じゃないよね!?」
憂「むっ! お姉ちゃんは律さんと私を間違えるの?」
憂「///」←見られて照れてる
唯「憂だっ! 間違いないよぉ!!! 憂いいいいいいいい」
憂「お姉ちゃん苦しいよぉ」
二人とも涙を流しながら抱き合う。
お互いの名前を何度も何度も呼び合い、そしてまた抱きしめる。
まるで自分の片身を体に戻すかのように抱き合った。
─────
憂「和さんに…助けてもらったの。あの後私は熱で寝ていたってことになって…普通に独房に戻ったの」
唯「そうだったんだ…でもそれじゃあ…」
憂「うん…刑は執行されたよ。だからもう…アイスは二度と食べられないの…」
唯「憂……」
憂「大丈夫、私にはもっと大好きなお姉ちゃんがいるもん」
唯「憂…。あっ! そうだ! ちょっと待っててね憂!」
憂「?」
──────
────
律「もう二度とあんなことしちゃダメだぞ?」
女の子「ごめんなさ~い…」ポロポロ
律「わかってくれたらいいんだ。ほら行きな、お母さんが心配してるよ」
女の子「うん…」
トットットッ
律「結局真相はこんな呆気ないもんだったんだな…」
澪「ああ…。唯はアイスを当たり棒で交換しようとしてコンビニのレジに棒を置いた。それをあの子が落ちてると勘違いして持ってっいってしまった…。」
律「あぁ。こんな些細なことで…世界はこんなにも揺れるんだな」
澪「けどあの子を責めたって戻って来ないし罪は消えない。あの二人は一生をかけて罪を償っていくんだろうな…」
律「唯達なら大丈夫さ、あの二人なら…」
澪「そうだな。なんたって世界一の姉妹だもんな」
律「だな。これからどうする? アイスでも食べるか?」ニヤニヤ
澪「もうアイスはこりごりだよ~」
───────
紬「ばってん今日のお菓子のできばえはよかとよ?」
斎藤「どんこええできやなぁ! うまっちょうまっちょ」
紬父「なにやってるんだお前達…」
斎藤「はっ! あ、あの…」
紬父「わっちも混ぜんかいな!」
斎藤「なんとっ!?」
紬「おっとんも一緒にお菓子食べんよ食べんよ~♪」
───────
────
梓「えっ…二階のトイレはよしと」
掃除係「もう仕事には慣れたかい?」
梓「はいっ! おかげさまで!」
掃除係「でも驚いたわぁ。短期の契約だったのにまさか続けてくれるなんて。ここ人がなかなか入らないから助かるわぁ」
梓「確かに怖いこともあるけど…ここにいるみんなも色々な理由があるんだなって。人の味方が変わった気がします、ここに来て」
掃除係「そうかぇ。あっ、診察室の電球代えといてくれんかねぇ」
梓「はいですっ! 行ってきます!」
掃除係「ほんとよう働く子やねぇ」
コンコン
和「はい、どうぞ」
梓「電球代えに来ました!」
和「助かるわ。ありがとう」
梓「はい! じゃあ早速!」
梓「よいしょっ! よいしょっ!」キュッキュッ
梓「おしまいと!」
梓「じゃあ次の仕事があるので!」
和「えぇ、ご苦労様。あっ、もうガムなんて詰めないでね?」
梓「にゃっ!(バレてた…?)」
和「あの姉妹に会ったらよろしく言っといてね」
梓「はい…です」
────
男の子A「はははっ! やっぱジャンプ面白っ」
男の子B「ばっかマガジンのが面白いだろJK」
純「こらああああー!」
男の子A「やべっ! 逃げろ!」
男の子B「うわ~!」
純「立ち読みはダメなんだからねーッ!」
純「全く…現行犯でしか捕まらないと思って…!」
純「あ~本ぐしゃぐしゃにして~もう~…」
純「さてと…お客さんもいなくなったし」
純はレジの椅子に座ると分厚い本を読み始めた。
純「後4990冊か~…先は長いや」
─────
唯「ほら出来たよっ!」
憂「えっと……これ…かき氷?」
唯「そう! かき氷! これならアイスじゃないから食べられるでしょ!?」
憂「…うんっ! ありがとうお姉ちゃん♪」
唯「えへへ~///」
唯「どれだけ好きな食べ物でも、やっぱり一人じゃ美味しくないよね。
逆に隣に好きな人がいればなんだって美味しくなるんだって気づいたよ!」
私達忘れない、忘れられない、あの獄中での出来事。
罪は確かにこの胸に刻まれているのだから
でも────
憂「そうだね。お姉ちゃんと一緒なら、なんだって幸せだよ」
唯「ずっと一緒だよ、憂」
憂「うんっ!」
二人なら、きっと大丈夫
おしまい
最終更新:2010年08月14日 20:58