次の日。
学校で澪ちゃんに中野梓さんのことを聞いてみましたが、
やっぱりムギちゃんや憂と同じような反応をするだけでした。

だれも味方はいません。
私一人で、真相を突き止めなければならないのでしょう。
中野梓さんがタブー視されている理由、
そして中野梓さんが私とコンタクトを取りたがっている理由……。
「軽音楽部」という言葉の謎……。

放課後、
私は1人で音楽室へと向かいました。

音楽室の前には、和ちゃんが立っていました。

唯「和ちゃん……?」

和「唯会長。この扉を、音楽室の扉をあけるの?」

唯「和ちゃんも……知っているんだね、中野梓さんのこと」

和「それは言えないわ。でも、これだけは忠告してあげる。
  この扉を開け、中にいる中野梓と接触すれば、取り返しのつかないことになる。
  それでもいいの?」

唯「な、何を……ねえ、知ってることがあるなら教えてよ!」

和「無理よ。私だけの責任じゃ無理なの」

唯「……みんなグルなんだね、澪ちゃんやりっちゃん、ムギちゃん、そして憂も」

和「ええ」

唯「みんな、何を隠してるの……」


和「この扉を開ければ分かるわ……
  でも、知らない方が良いこともある」


和「どうするの?私は、このまま引き返すのを勧めるけど」

唯「……見るよ」

和「唯……」

唯「知らない方が良いことなんてないよ……
  それが私に関わることなら、なおさら」

和「……そう……強くなったわね、唯……
  じゃあもう引き留めないわ、真実を見なさい」

和ちゃんはそう言い残し、
階段を降りて去って行きました。

唯「……」

私は音楽室のドアノブに手をかけました。

音楽室には中野梓さんがいました。

梓「唯先輩……」

唯「中野さん……教えて、何があったのかを」

梓「……先輩は、やぱり覚えていないんですね。
  軽音楽部にいたことを」

唯「私が軽音楽部に?」

梓「はい、ギターを弾いていました。
  澪先輩や、律先輩や、ムギ先輩、そして私も軽音部でした」

唯「どういうこと……?そんな記憶は……」

梓「…………夏休みの、合宿の帰りです。
  そこで私たちは事故にあいました」

唯「事故?」

梓「ええ、電車の事故です……乗っていた大勢の乗客が即死……
  悲惨な事故でした」

唯「そんな事故、聞いたこともないよ」

梓「そりゃそうです、こことは別の世界の出来事ですから」

唯「別の世界……その事故と、私と、何の関係が?」

梓「……私たち軽音部員は事故に巻き込まれて……
  澪先輩、律先輩、紬先輩、そして出迎えに来てくれていた憂と和先輩も……」

唯「し……死んだの?」

梓「はい」


梓「この世界は、生と死のはざまのような世界です」

唯「……」

梓「澪先輩たちは、ここで唯先輩が死ぬのを待っているんです」

唯「……現実世界の私は……」

梓「病院で、寝たきりの状態です。
  脳にダメージを受けていて……危ないそうです」

唯「中野さんはどうやってここに?」

梓「……私は一旦目覚めて、事故のことや先輩たちのことを知りました……
  そのあとまた昏睡状態に陥ってしまったみたいで、この世界に迷い込んできたみたいなんです」

唯「何で……中野さんは前の世界のことを覚えているの……」

梓「みんな覚えているはずです。澪先輩も律先輩も紬先輩も和先輩も憂も。
  覚えてないのは唯先輩だけです」


唯「なんで私だけが……」

梓「さっきも言いましたけど、唯先輩は脳にダメージを受けてるんです。
  そのせいで記憶が飛んだり、変になったり……
  ドラムがドラム缶になったりとか、楽器のベースじゃなくて野球のになったりとか」

唯「ということは、りっちゃんは軽音部でドラムをやってて、澪ちゃんはベース……
  ムギちゃんはキーボードってこと……」

梓「そうです」

唯「……ねぇ……中野さん…………」

梓「はい」

唯「私、どうしたらいいの……」


梓「……今ならまだ生き返ることもできます……
  でもその時は……他の先輩や憂とは……」

その時、勢いよく音楽室の扉が開かれました。

澪「唯!」

紬「ネタバレ厨氏ね」

和「……」

ドラム缶をかぶったりっちゃんもいました。

唯「みんな……」

澪「和の様子がおかしかったから、問いただしてみたら……
  梓と接触しただなんて」

憂「お姉ちゃん、みんなで一緒に死のう!
  元の世界に戻っても、私たちとはもう会えないよ……私はそんなの嫌だよ」

和「……」

梓「先輩、ダメです!まだ生きてください!」

唯「私は……」


和「唯、自分で選びなさい。梓と生きるのか、それとも私たちと死ぬのか」

澪「和、余計なこと言うな!」

憂「そうです……裏切り者……」

和「……私は、唯に自分の道を自分で選んでほしいだけよ……
  私たちが勝手に唯の進む道を決めて、それで唯は納得すると思うの?」

憂「しますよ!お姉ちゃんは私と一緒にいたいに決まってます……
  そうだよね、お姉ちゃん……」

唯「う、憂……」

澪「唯、ほら、こっちにこい」

紬「どう考えても死ぬべきだろ……これだから情弱は」

梓「先輩……」

唯「私は……」


唯「私は…………生きる」

澪「ゆ……唯……」

憂「な、なんで?お姉ちゃん、私とはなればなれになっちゃうんだよ?
  どうして……?」

紬「……」

和「唯……」

梓「唯先輩!」

唯「みんなが亡くなってるのは分かった……
  でも、だからってここで私も死んじゃうのは間違ってると思う……
  私はまだ生きてる……だから、これからも生き続けなくちゃならないと思うの」

憂「お姉ちゃん……っ」

唯「ごめんね憂……でも、最後にこうやって会えて嬉しいよ。
  普通なら会えるはずないもんね。神様に感謝しなきゃね」

憂「でも……おねえちゃ……うええぇっ」


私は泣きじゃくる憂を優しく抱きしめました。

憂「う……うああああああああん!!」

唯「憂……憂のこと、忘れないからね」

憂「ううううっ、おねえちゃ……うわああああん」

唯「私一人でも、大丈夫だから……」

憂「うああああああっ……」

唯「みんなも……」

澪「……」

紬「……」

和「……」

りっちゃんはドラム缶を脱いで、顔を見せてくれました。

唯「ありがとう」

そこで私の意識は飛びました。



唯「はっ」

目覚めるとそこは病院のベッドの上でした。
周りにはたくさんの機械があり、
私の身体はそこにチューブで繋がれていました。

ぼんやりした頭であたりを見回すと、
隣のベッドに梓ちゃんが寝ているのが見えました。

唯「あず……にゃん……」

私は現実の世界に戻ってこられたようです。


私は選びました。
生きることを。
澪ちゃんも、りっちゃんも、ムギちゃんも、和ちゃんも、憂もいない世界で。

生きている人間にできることは、
大事な人を追って死ぬことじゃなくて、
死を受け入れて、生きていくことだと思うから。

しばらくしてあずにゃんと私は退院し、
軽音楽部の活動を再開しました。
今はもう2人しかいませんが、なんとかやっていけてます。

私たちはみんなの分まで音楽を頑張って、
武道館ライブの夢を果たそうと思います。
それが、今生きている私が、みんなのためにできることなのです。

唯「さ、あずにゃん、練習するよ!」

梓「はい!」


            けいおん!

              完





最終更新:2009年12月02日 01:56