なぜ嘘をつくんだろう?
私はこうやって自分をどんどん追い詰めている
はっきりと自分の気持ちを伝えれば
こんな事には・・
だけど・・

私は・・
自分の気持ちの事よりも
やっぱり澪や唯の気持ちの方が大事だった
女の子同士の恋愛
それを否定すれば、澪も唯も裏切ってしまう気がしたから・・
だから自分の気持ちを偽った

さっきまでは全てを打ち明ける覚悟を決めていたのに
2人を前にすると、そんな気も起きなくなってしまった
臆病だ、どうしようもなく
人に嫌われるっていう事がこんなにも恐ろしい事だとは思わなかった

澪「律・・だったら・・」

澪「選んでくれないか?」

律「・・・」

澪「・・今・・この場で・・」

律「・・・」

唯「・・りっちゃん・・お願い・・」

唯「・・はっきりさせて・・」

律「・・・」

律「・・・わ、私は・・」

紬「勝手だよ!!」

私は2人のうち、どちらかを選ぶなんて事はできない
そう伝えようとしたが、
ムギの声が私達の間に割って入った

澪「・・・ムギ・・」

唯「ムギちゃん・・?」

紬「勝手だよ・・そんなの・・」

律「・・・ムギ・・なんで・・?」

紬「りっちゃんは・・」

紬「りっちゃんは、本当はそんな関係望んでないんだよっ」

律「・・・!」

本当は私の口から2人に伝えなくてはいけない事
それをムギは目に涙を溜めながら必死に2人に訴えかけた
2人に私の本当の気持ちが伝えられてしまった
焦るべき場面の筈なのに・・
焦って、ムギの言った言葉を否定しなくてはいけないのに・・
なぜか私はそうしなかった

なんでかな・・
私の心に一番最初に浮かんできたのは、
ムギへの感謝だった

澪「ムギ・・律は、そんな事・・ないと思うぞ」

唯「・・そうだよムギちゃん、だってりっちゃんあんなに楽しそうに・・」

紬「・・じゃあ・・聞かせて欲しいんだけど・・」

紬「・・今まで一緒にいてりっちゃんの本当の笑顔を見た事があった?」

紬「近くにいると、みんながつられて笑顔になるような」

紬「りっちゃんは2人に対してそんな笑顔を一度でも見せてくれた?」

澪「・・・」

唯「・・・」

紬「・・ほ、本当にりっちゃんが2人の事が好きなら・・」

紬「こんなに元気の無い姿になる訳ないじゃないっ!」ぽろぽろっ

律「・・・」

澪「・・・」

唯「・・・ムギちゃん・・」

紬「ねぇ・・みんな・・」

紬「戻ろうよ、あの頃みたいに・・」

紬「・・・」スッ・・

ムギが皆の前に差し出したのは、
アルファベットのIを型どった小さなストラップ
いつの日か皆で一緒に買った物だ

律「・・・」

澪「・・・」

唯「・・・ごめんね・・りっちゃん・・ムギちゃん・・」

唯「私・・勝手だった」

律「・・唯・・」

澪「・・・」

澪「・・・戻ろう、あの頃にさ・・」

律「・・・澪」

澪「・・ごめんな・・律」

律「・・・いいよ」

紬「・・・」

紬「・・・・」にこっ

紬「みんな、一緒に帰ろっか」

律「ああ」

澪「そうだな」

唯「うんっ!」


――
―――

15ヵ月の月日が流れた
今日は私達3年生の卒業式だ

律「・・・おはよう」

澪「おはよう・・」

あれから何があったのか
私達の話に興味がある人だけ聞いて欲しい

律「・・・」スタスタ

澪「・・・」スタスタ

あの丘で話し合って以来ね
私達はなるべく昔の姿に戻ろうとしていた
だけどね
放課後に集まる部員は一人・・また一人と姿を消していった

今ではね
顔を合わせると軽くあいさつを交わすだけの
そんな仲になった

15か月の間にみんなそれぞれ新しい友達ができたみたいだ
そんな中今日という日を迎えたんだ

さわ子「みんなー、最後のホームルーム始めるわよ」

律「・・・」

卒業式は済ませた
みんな今日限りで顔を合わせる事は無くなる
クラスの誰もがそれを自覚しているせいか
さわちゃんの声にみんな耳を傾けずに
どこか哀しげな表情を見せながら雑談を続けていた
中には涙を流す子や、お互い抱き合っている子もいる
そんな光景をさわちゃんは仕方ないといった表情で見渡していた

律「さわちゃん・・3年間ありがとう・・」

さわ子「・・りっちゃん・・どこに行くの?席につきなさい」

律「・・・」スタスタ・・

さわ子「りっちゃん!」

さわ子「・・最後なのよ?」

律「・・・」

律「・・すみません・・もう・・辛いだけなので・・」

さわ子「・・・」

私はそっと教室を抜け出した
クラスメイトの誰にも気づかれずに抜け出したつもりだ

本当の事だった
私にとって
この空間はもう
辛いものでしかなかった

鎮まりかえった下駄箱に歩みを進め
靴を履き替える
下ばきの靴を持ちかえるという行為が
もうここにはくる事が無いんだなと
改めて私に実感させる

紬「りっちゃん!」

律「・・・ムギ・・」

紬「はぁ・・はぁ」

律「・・・」

紬「・・・」

律「ムギ・・ありがとな・・」

紬「・・・」

紬「最後・・」

紬「なんだよ・・?」

律「・・・」

紬「・・・私達・・ずっと・・!」

律「・・元気・・でね」

紬「・・・」

私は
一番大切なものを選べなかった
全てを求めた結果
全てを失った
澪も唯もムギも梓も
そして私の居場所だった軽音部も

結局私には亀裂の入った綺麗なガラス玉を元に戻す事はできなかった
あの時ああしてればとか
なんでこうしなかったんだろうとか
そんなこと今になって考えてもどうしようもない事だ
後悔なんてものは
先に立つもんじゃない

律「・・・」スタスタ・・

なんでかな
校門に向かって歩みを進める度
昔の事を思い出すんだ
澪と銭湯に行った事
唯と遊園地に行った事
ムギが一緒に買ったストラップを嬉しそうに眺めている所
みんなで汗を流しながら音楽室で練習をした事

どれも懐かしいな

なんで・・

なんであのまま今日という日を迎えられなかった?

律「・・・」スタスタ・・

後ろで唯の声がする
振り返る事はしなかった

振り向けなかったんだ
涙を見せる訳にはいかない

律「バイバイ・・みんな・・」

ポケットに忍ばせたKの文字のストラップを握りしめる
校門をくぐり、私の高校生活は幕を閉じた

(完)



(澪)
今日で最後だ
そんな事は分かっている
教室で最後の会話を楽しむクラスメイト
私もクラスの一員として友達の話に耳を傾けていた

だけどね
目の端にはちゃんととらえていたんだ
律の姿をさ

律の姿が教室から消える
多分一番初めに気づいたのは私なんだ

クラスメイト「澪っ、これで最後だね!」うるうる・・

澪「ご、ごめん!ちょっとトイレに・・」

トイレの鏡に映った私の顔をじっと見つめる
律の後を追わないと・・

そんな事は
分かっている
でもね
何かが私の中で邪魔をして
そうさせてくれないんだ

「律がこんなに元気の無い姿になる訳ないじゃない」
ムギがあの丘で言った言葉
私の脳裏に焼き付いている

私は・・
私は幼馴染で恋人っていう立場にありながら・・
ムギ程に律の事を思いやっていただろうか?

私は自分の気の向くままにわがままを律に押しつけていただけだ
そんな私にいまさら律の前に立つ資格があるのか?

澪「・・・くっ・・グッス・・」

トイレの鏡が涙にまみれた私の顔を映しだす
ムギだ・・
ムギが律の後を追っていった
この足音は・・
きっと唯だな・・

私も・・後に続かないと・・
もう、これで・・
会う事は無いのだから・・

澪「・・・うっ・・くっ」どさっ

トイレの床に膝をつく
私にはどうしてもみんなの後を追う度胸はない
私は・・
私は・・臆病で・・
卑怯者だ・・

律・・
最後に律に思いを伝えられるのならこう伝えたい・・


ごめんね
大好き



(唯)
りっちゃん
りっちゃんは気付いているかな
今日も私はギー太を連れてきている事に
みんなで音楽室に集まって
演奏する事はもうなくなっちゃったね

だけどね
私は毎日欠かさずにギー太を連れて登校していたんだよ
みんなで楽器屋さんに行って悩んで買ったギー太をさ
気づいていたかな?

唯「・・・あれっ?」

りっちゃんの姿が消えた
少しして教室から澪ちゃんもムギちゃんもいなくなっちゃった

嫌な予感を感じて
さわちゃん先生の制止を振り切って3人の後を追った

唯「はぁ・・はぁ・・!」たったった

下駄箱を出た所でムギちゃんがへたりこんでいる
嫌な予感はきっと的中しているんだろうな

唯「ムギちゃん!りっちゃんは?!」

紬「・・・行っちゃう・・」ぽろぽろ・・

ムギちゃんが指さした先には
校門に向かって歩みを進めているりっちゃんの姿があった

唯「りっちゃん!」

いやだっ
いやだ!いやだ!
こんな別れ方・・
これで・・

これで最後なんだよ?

明日からはもうみんな会う事はないんだ

先生「おいおい!卒業生はホームルームの時間だろう?」ぐいっ

唯「いやだっ!離して!りっちゃんが!りっちゃんがぁ・・!」ぽろぽろ・・

なんで?
なんでりっちゃんは行ってしまうの?

私の声・・
聞こえている筈なのに・・

りっちゃん
りっちゃん私ね
朝音楽室に寄ってきたんだ
りっちゃんのドラムも
みんなで使ってたアンプも準備して
最後にみんなで演奏しようって!
そう思ってたんだ

行かないで
行かないで・・りっちゃん・・

りっちゃん・・
私まだりっちゃんの事―――――――




(紬)
りっちゃんの浮かない顔
もう見なれてしまった
私はできうるかぎりの事はした
毎晩考えて・・考えて・・
りっちゃんだけじゃなくて
みんなが笑顔になれるように

紬「りっちゃん!」

律「・・・ムギ・・」

紬「はぁ・・はぁ」

律「・・・」

紬「・・・」

律「ムギ・・ありがとな・・」

私は何もできなかったも同然なんだ
りっちゃんの力に何一つなれなかった
りっちゃんのあの眩しい笑顔は
あの後も一回も見る事はできなかった

私も辛いんだけど
きっとりっちゃんはもっと辛い
優しい人だから
自分の事よりも
他人の心配をまず第一にに考える様な人だから

紬「・・・最後・・なんだよ?」

律「・・・」

紬「私達・・ずっと・・・!」

律「元気でね・・」

友達でしょ?
そう伝えたかった
りっちゃんは言葉を待たずに振り返ってしまった
今理解した
あの楽しかった日々はもう過去のものなんだって

絶望から私は立っている事ができなくなってしまった

唯「ムギちゃん!りっちゃんは?!」

紬「・・・行っちゃう・・」

もう過去には戻れない

涙が止まらない

明日からは
みんな顔を合わせる事はない

失われた時間は

もう取り戻せない

(本当に完)



最終更新:2010年08月17日 23:59