今まで感じた事のない恐怖。
私は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
梓「…………」
梓ちゃんが何の感情も込もっていない目で私を見ている。
憂(殺……され…る……)ガクガク
梓「……なんて、冗談ですよ、冗談」
張りつめていた空気が緩む。
憂「え………?」
梓「私の存在を知ってしまった奴は全員殺すことにしているというのは本当ですが」
梓「表の私の友達を殺したりはしませんよ」
憂(……よかった)
ほっと胸を撫で下ろす。
梓「それにあなたには感謝してますから」
憂「感謝……?」
梓「私の霊力を封じていた術式を解いてくれたのはあなたでしょう?」
梓「あのまま封じられていたら、私は出てこれませんでしたから」
憂「……何故?」
梓「表の私に霊力が生まれたのと同時に、今の私が生まれたんです」
梓「だからなんでしょうか、霊力を封じられていると私は出てこれなくなるんです」
梓「表の私が霊力を封じられたまま
田井中律と戦った時は焦りました」
梓「もし、昨日私が殺されていたらそのまま死んでいましたからね」
梓「私は、表の私が死んだ時、正確には限りなく死に近づいた時に出てくることが出来るんです」
憂(………そうだったんだ)
梓「あなたがさっき田井中律に話した仮説は大体合ってますよ」
憂「梓ちゃんは?私の知っている梓ちゃんは今どうなっているの?」
梓「あ、表の私はちゃんと生きていますから安心してください」
梓「3年前の時は回復に3ヶ月近くかかりましたが、今回は2日くらいで目覚めると思いますから」
梓「それじゃあこれからもよろしくお願いしますね」
梓「表の私は機関に復帰するらしいので」
憂「梓ちゃんは3年前、牙の撃ちすぎで体を壊した………それは大丈夫なの……?」
梓「その点は大丈夫です。腕も脚も以前の状態に戻りましたし、これからは牙を撃つときは私が中から力を貸しますから」
梓「これを3年前にもやっておけばよかったんですけどね。まぁ……私のミスでした」
梓「まさかあれくらいで駄目になるとは思ってませんでしたから」
梓「じゃあ、私はそろそろ消えます。後のこと、任せますね」
そう言って、梓ちゃんはソファーに歩いていった。
梓「あ、私のことは内緒にしておいてくださいね」
梓「表の私は今の私のことを知りませんから」
梓「だから、田井中律を倒したのはあなたってことにしておいてもらえます?」
憂「……分かりました」
梓「……あなたとはまた会えるかもしれませんね」
そう言って梓ちゃんはソファーに座り目を閉じた。
私は、そのあとすぐに機関に連絡をし、梓ちゃんは機関直属の病院に運ばれていった。
音楽室には私と澪さんだけがいた。
憂「澪さん、起きてください」ユサユサ
澪「ん……あれ?憂ちゃん?ここは……」
憂「音楽室ですよ。澪さんが入っていくのが見えたのでちょっと覗いてみたんです」
澪「なんで私、こんなところに……」
澪「ダメだ、思い出せない……」
憂「……もう下校時間です。帰りませんか?」
澪「ああ……」
憂が音楽室のドアノブに手をかけた。
澪「……なぁ憂ちゃん」
憂「なんですか?」
澪「こんなこと、憂ちゃんに言うのもおかしいけど」
澪「私、夢を見てたんだ……律の夢」
憂「…………」
澪「律が私のことを呼びに来て、私は律と一緒に行こうとするんだけど梓が私の腕にしがみついて止めるんだ」
澪「行かないで、澪先輩、って」
澪「なんだったのかな……?」
憂「……気にすることはないですよ」
澪「え?」
憂「それは、ただの夢ですから」ニコッ
―――パチッ
ここは、どこだ……?
辺りを見渡す。どうやら病室のようだ。
憂「梓ちゃん……!!よかった、目が覚めたんだね……!!」
梓「憂……?」
梓(私はなんでここに……?)
そして、全てを思い出す。
梓「澪先輩……!!澪先輩はどうなったの!?律先輩、律先輩は!?」
憂「梓ちゃん、落ち着いて。澪さんはちゃんと生きてるよ」
梓「……ホントに?」
憂「うん。律さんは私が倒したからもう大丈夫だよ」
梓「私はなんで生きてるの……?確か、律先輩に殺されたはずじゃ……」
憂「梓ちゃん、律さんに胸を刺されたんだよね?それが運良く、急所を外れてたみたい」
梓「憂はどうやって律先輩を倒したの?」
憂「梓ちゃんが律さんに牙を何発を当てたでしょ?それで律さんはだいぶ体力を削られた」
憂「だから、私が倒すことが出来たんだよ」
梓「そうだったんだ……」
少し、律先輩と戦った時の記憶が曖昧だった。
でも憂が言うのであればその通りなのだろう。
憂「今、先生よんでくるね」
憂「お姉ちゃん達、梓ちゃんのこととても心配してたから、お姉ちゃん達にも連絡してくる」
憂「お姉ちゃん達には梓ちゃんは精神的ストレスとか疲れが溜まって入院したってことで話してあるから」
梓「うん」
そう言って憂は病室を出ていった。
梓「そうか……澪先輩は無事なんだ……」
梓「よかった……本当によかった……」ポロポロ
そして、私は病室で泣いた。
病室には唯先輩、澪先輩、ムギ先輩がすぐに来てくれた。
唯先輩は私にいきなり抱きついて私の名前を呼びながら泣き出してしまった。
澪先輩とムギ先輩もその光景を見て目に涙を浮かべながら笑っている。
そして、私もそんな澪先輩をみて……また、泣いてしまった。
―――その後のことを少し語ろう。
私が病院を退院してから数日後、澪先輩達が音楽室に来てくれた。
今まで待たせてごめん。私達、もう大丈夫だから。
音楽室にきて、澪先輩はそう言ってくれた。
そして、私達は学祭に向けて毎日遅くまで練習をしていた。
学祭を成功させて、天国にいる律に私達の歌を届けよう。それが私達が出来る唯一のことだ。
これも澪先輩が言ってくれた言葉だ。
そして、私達は今、四人で駅のホームにいる。
律先輩のお墓参りに行った帰りだ。
カナカナカナ………
ひぐらしが鳴いている。
梓(夏も、もうそろそろ終りだな……)
その時、ふと私の携帯が鳴った。
梓(誰からだろう……?)
携帯の画面を見る。
梓(通知不可能?)
携帯電話の画面に写った通知不可能の五文字。
私は先輩達から離れて、ホームの端に移動した。
そして電話に出る。
梓「もしもし……?」
?「もしも~し!!梓、私が誰だか分かる?」
この声は……!!
分からないはずがない。
忘れるはずがない。
だって、この声はついこの間まで毎日聞いていた声だ。
梓「律……先輩……?」
律「そう、当ったり~~!!」
そんな……バカな……!!
もういなくなったはずじゃ……!!
梓「律先輩……なんで……」
律「いや~いろいろあってまたこっちに戻って来ちゃった♪」
梓「なんで……戻ってきたんですか……?」
律「決まってるだろ?澪をこっちの世界に連れてくるためだよ」
梓「!!」
律先輩は続ける。
律「前は梓に邪魔されちゃったからな~」
律「でも……」
途端に律先輩の声色が変わった。
律「でも、今度は負けない」
律「必ず、澪を連れていく」
梓「………!!」
私は声を張り上げた。
梓「律先輩……!!今、今どこにいるんですか!?」
梓「隠れてないで、姿を見せたらどうです!?」
律「……隠れる?何言ってんだ梓」
律「私はちゃーんと梓の目の前にいるよ」
梓「!?」バッ
私は顔を上げて前をみる。
………いた。
線路を挟んで反対側。
向かいのホームに律先輩はいた。
あのカチューシャ、あの服装。
あれは間違いなく律先輩だ。
梓「…………!!」
私はあまりの事に言葉を失った。
戻ってきた……。律先輩が黄泉返ってきた。
一度消された悪霊が黄泉返る。そんなこと、あり得るのか……?
アナウンス「間もなく、一番線を快速列車が通過します。危険ですので白線の内側にお下がり下さい。」
場内にアナウンスが流れた。
律「じゃあそういうことだから。またな~♪」
梓「待っ……!!」
ゴォォォーーー!!!!
私の目の前を列車が通り過ぎる。
梓「…………」
向かいのホームに律先輩はもういなかった。
ツーッ、ツーッ、ツーッ……
私はすでに通話が切れた携帯電話を持ってその場に立ち尽くしていた。
そして、呟く。
完
最終更新:2010年08月20日 23:30